-5-
その後、船長たちは船に戻った。
出発は明日だ、戻る気があるなら正午までに来い。
船長はただそれだけ言い捨てて、さっさと帰ってしまった。
「ほんっと、素直じゃないのよね、船長って」
ミヤコさんは笑顔でそう言い残して去っていった。
サザナミさんもナギさんもイズミも、その言葉を聞いてなにも言わずに微笑みを浮かべたまま船長のあとを追った。
それがすべてを物語っていた。
僕は、船に戻ってもいいんだ。
理星さんも、船長たちと一緒に事務所を出ていった。
小さな家族のことが心配で、すぐにでも家に飛んで帰りたかった理星さんを引き止めたのは、船長だった。
理星さんから家族の病の状況を細かく聞いて、宇宙船に常備している薬で治せるくらいの一般的な魔法毒による症状だと、イズミが判断したからだ。
もちろん精密な検査はしたほうがいいだろうけど、薬で治るはずだし、仮に治らなくても症状を悪化させることはありえない。
イズミはそう言っていた。
それで薬をもらうため、理星さんは宇宙船の停泊している港へと船員たちとともに向かったのだ。
そして僕は、陽和たちのマンションで最後の夜を迎えることになった。
優陽さんも今日はマンションに泊まるそうだ。
「しかし、僕もキミも、アラシの奴にしてやられたね」
マンションへと向かう途中、ふと優陽さんがそうつぶやいた。
……え? どういうこと?
キョトンとしている僕に、優陽さんは解説を加えてくれた。
「きっとアイツは、キミを放り出せば陽光さんとのつながりから僕のもとに潜り込む、と最初から考えていたんじゃないかな?」
……そうか、そう考えるとこの惑星に来たとき、どうして船長があそこまで僕を邪険にしたのかも説明がつく気がする。
もし本当にそうだとしたら、僕も優陽さんも利用されていたことになるんだよね。
なんか、ひどいな……。
「ひどいな、なんて考えてるような顔だね」
「…………」
「でも、アイツがひどいだけの男じゃないのは、気もよくわかってるだろ?」
爽やかな笑顔を向けて優陽さんはそう言ったけど、僕には言葉を返すことができなかった。
マンションに着くと簡単な食事を明灯さんが用意してくれた。
あんなことが起こったあとだし、さすがに明るい団らん、という感じにまではならなかったけど。
お互いの絆を深め合った明灯さんと優陽さんは、言葉を交わさずとも意思は通じているといった雰囲気だった。
では、僕と陽和はどうだろうか?
陽和はなにも言ってくれない。
ただ、いろいろと思い悩んでいるようではあった。
明日になれば、僕は帰ってしまう。そう考えているからだろう。
最初からそう言ってはいた。
ともあれ、この一週間でいろいろなことがあった。
僕は……どうするべきなんだろう……?
結局そのまま会話をすることもなく、僕は借りている部屋へと戻った。
ここを使わせてもらうのも、今日で最後になるのかな……。
布団に入っても、僕はずっと考え続けていた。
ファイブナインズの住人だった優陽さんは、この惑星に住むことを決めた。
明灯さんと出会い、新たな出発を誓ったからだ。
その優陽さんは、今では明灯さんのために精いっぱい生きている。
……僕は陽和のために、そこまでできるだろうか?
そこで気づいた。
僕はやっぱり陽和が好きなんだと。
だから、優陽さんと明灯さんのふたりと重ね合わせて考えているのだ。
陽光さんの孫だから、というのもまったくないとは言いきれないけど。
でも僕は、陽和が陽和だから惹かれている。それは間違いない。
料理も掃除もあまり得意じゃなくて、過去には引きこもっていた時期もあった。
そういったこともすべて含めて、陽和というひとりの女性なんだ。
陽和の中の温かな心は、今の僕にはよくわかっている。
それに陽和は、引きこもっていた時期があったとはいえ、弱いだけの女の子じゃない。
月夜深に対して、決死の覚悟で立ち向かっていった。
正直僕は、あのときとても驚いた。
そんなことをするような子だとは思っていなかったからだ。
陽和はあの状況でも諦めず立ち向かった。
とても無謀なことだったかもしれない。
だけど、どんな不利な状況に陥っても諦めずに立ち向かっていく強さを、陽和は見せてくれた。
僕はそんな強い意思を持てるだろうか?
陽和とともに、ここで生きていく資格なんて、あるのだろうか?
……答えは、ノーだ。
僕は結局なにもできなかった。
今回この惑星に来て、最初から僕は逃げていた。
船長に怒られて、船長や船員のみんなから逃げた。
月夜深に武器を向けられたときも、もうどうしようもないと諦めていた。
陽和の勇気を目の当たりにして、最後には勇気を振りしぼり、どうにかイズミの手助けくらいはしたものの、僕にできたのは結局その程度だ。
それに、僕には父さんの意思を継ぐという夢がある。夢を実現させるためには、この惑星に残るわけにはいかない。
これでは、陽光さんのときと同じなのはわかっている。
たとえそうであっても、僕はファイブナインズ世界で生きていかなければならない。
夢に向かって歩み続けていく。これが僕の意思だ。
そうだ、僕はそうするしかないんだ。
明日、僕は船に戻って旅立つ。
それで、決まりだ。
陽和に止められたら、その意思も揺らぎかねないけど……。
こんなことを考えてしまう僕は、ほんとに弱いな。
気持ちが揺るがないように明日は早めに起きて、誰にも気づかれないうちにそっと出ていこう。
うん、それがいい。
そうと決まれば、寝坊しないように早く寝ないと!
僕は、決意を胸に眠りに就いた。
☆☆☆☆☆
翌朝、僕は町外れにある宇宙船の港に向けて歩いていた。
まだ日も昇っていない早朝。やっと明るくなり始め、一日が始まる、そんな肌寒い時間だ。
吹き抜ける風が僕の心に冷たく突き刺さる。
やっぱり、さよならくらいは言ったほうがよかったかな。いろいろお世話になったわけだし……。
僕は頭を左右に振って、そんな迷いを消し去ろうとしたけど、いくら振り払おうとしても消えてはくれなかった。
それでも足は少しずつ動かし続け、一歩一歩、僕は宇宙船と仲間たちの待つ港へと近づいていった。
港に着き、宇宙船の姿が視界に映り込む。
宇宙船の前には、ひとつの人影が見えた。
……船長だ。
あれだけ怒っていた船長。
それなのに、こんな朝早くから僕のことを待ってくれていた。
優陽さんの言葉どおりなら、怒っていたのも船長の策略のうちだったのかもしれないけど。
船長は結局、僕を利用していただけなのかもしれない。
昨日も考えた推測が、僕の歩みを止める。
そんな様子を見て取ったからか、船長はお得意のスマイルを浮かべて優しく僕に話しかけてきた。
「おかえり、ミサキ」
……そうだ、やっぱりここが僕の居場所なんだ。
「ただいま……戻りました」
僕は素直に答えていた。
自分の居場所がある。それはなんて嬉しいことなのだろう。改めて実感した。
宇宙船に入ろうとする僕に、船長は言った。
「……ひとりか?」
僕は足を止める。
迷っていることの紛れもない証拠だろう。
でも――。
「はい」
僕は決意してここに来たんだ。
力強く、答えた。
……つもりだったけど、なぜか声は震えていた。
「そうか……」
船長の声は、心なしか寂しそうに聞こえた。
そして僕はゆっくりと、宇宙船まで続くタラップに足をかけた。