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「優陽は、ギャラクシーローズでの俺の同僚だった。ともに協力して仕事をしていた時期もあった」
そして、ともに仕事をしていたその時期に、優陽さんはムーンナイトフラワーに手を貸していた。
それは裏切り行為と言ってもよかった。だけど、あとには引けなかったのだろう。
同僚の苦悩に気づけなかった俺にも責任はある、苦味を堪えるような表情で、船長はそう言った。
さらに話を続けようとする船長を、優陽さんが制した。
ここからは自分で話すよ、という意思表示だった。
「奴らに手を貸すのが悪いことだというのは自分でもわかっていた。罪は償わなければならない。会社にすべてを話した僕は拘留された。
ギャラクシーローズの中にも刑務所がある。一般的な刑務所とは違うかもしれないけど、機能としては同じようなものだろう。
その刑務所生活を経て釈放された僕は、上層部からの計らいで再び働かせてもらえることにはなった。でも心の中では、いくら謝罪しても償いきれない後ろめたい気持ちを背負いながら、辛い日々を過ごしていたんだ」
優陽さんは、視線を明灯さんのほうに向けた。
明灯さんはなにも言わず、優陽さんの目を見つめ返す。
「そんな日々の中で、たまたまこの惑星に仕事に来た際に、取り引き先の手伝いをしている明灯のことを目にした。あとから知ったんだけど、両親を亡くしてすぐの頃だったようだ。悲しみに打ちひしがれながらも、お婆さんや妹さんとともに必死に頑張っている幼い明灯の姿を見て、僕も今のままではいけない、そう思った。そして、この惑星で一からやり直そうと、そう決めたんだ」
「え……? そんなの、聞いたことないよ……? 初めて会ったのって、この会社に誘ってもらったときだと思ってた……」
「小さい頃だったからね、明灯が覚えていないのも当然だよ。でも、僕はそれを話さなかった。その点では、僕はキミをも騙していたことになるのかもしれないね。ごめん」
優陽さんは、明灯さんから目を逸らすことなく、じっと優しい目を向けながら続けた。
「僕はステーションに戻ると、自分の意思を会社側に伝えた。会社の上層部も、そんな僕の決意を尊重してくれた。過去の件もあるから、おそらく監視がつけられていただろうとは思うけど。ともかく僕は、この惑星で暮らしていくことを許された。
この惑星に戻ってきた僕は、資金は少なかったけど会社を起こし、ファイブナインズの知識を使って仕事をこなしていった。そしてどうにか軌道に乗ってきた頃、偶然にも大人になったキミと再会できた」
こくん。
明灯さんは、黙って頷いた。
「僕に再出発のきっかけを与えてくれたキミに、少しでも恩返しがしたいと思って、ともにこの会社で働かないかと持ちかけた。自分にそんな資格はないとは思っていたから、断られたらそれ以上キミには関わらないつもりだったけどね。でもキミは、迷うことなく僕の申し出を受け入れてくれた。あとは、キミも知っているとおりだろう」
優陽さんは、ふぅ、と息を吐く。
長く心に仕舞い込んだままだった過去を、ようやく伝えることができた。
そう思いながらも、ずっと黙っていたことへの罪悪感で、その苦悩はまだ消えていないようだった。
「黙っていてすまなかった。それに、僕は言わば犯罪者だ。キミを幸せにする資格なんか……」
その言葉を制し、潤んだ瞳を向けながら、明灯さんは優陽さんの頭をそっと撫でる。
「罪はもう刑務所で償ったのでしょう? それなら、もう関係ないと思うの。過去は消せないかもしれないけど、それはあなたをずっと悩ませ続けてきた。そろそろ解放されていいはずよ。だって、今のあなたはとっても素敵な人なんだから」
「明灯……」
力強く抱き合う優陽さんと明灯さん。
見ているこっちが恥ずかしくなるような、ふたりだけの世界が出来上がっていた。
☆☆☆☆☆
「う……ん……」
優陽さんと明灯さんがふたりの世界から戻り、周りの全員から口々に冷やかされていると、すぐ横に寝かされていた理星さんが起き上がった。
そうだ。理星さんの件もまだ残っていた。
お金のために月夜深たちに加担したという理星さん。
魔王石のことなんて知らなかっただろうし、ファイブナインズでもないから優陽さんとは状況が違うけど……。
理星さんはこれから罪を償わなければならない、ということになってしまうのだろうか?
「ごめんなさい……」
これまでの経緯を聞いた理星さんは、すべてを語り素直に頭を下げた。
月夜深に加担していたのは、確かに事実だ。
理星さんにしてみれば仕方がなかったと言える。
最初のうちは協力を拒んでいたものの、どうしても急にお金が必要になったのだ。
それは、小さな弟や妹たちの何人かが、病に倒れたからだった。
病院で診てもらうと、この惑星の医療技術では対応できない状態で、ファイブナインズの力を借りなければ治せないと言われた。
その場合には多額の治療費が必要になってくる。
優陽さんに相談してお金を借りることも考えた。
とはいえ、軌道に乗ってきてはいるものの、まだ厳しい状態だというのを、理星さんは知っていた。
会社の経理も、理星さんの仕事だったからだ。
そのとき、再び月夜深が現れた。しかも、条件をさらによくして、だ。
急がないと弟たちの命に関わる……。
理星さんには、他に選択の余地はなかった。
「私は罪を犯しました。裁かれるのは当然です」
理星さんは涙を拭いもせずに、ひたすら頭を下げ続けていた。
「優陽……」
明灯さんが不安そうな顔を優陽さんに向ける。
「うん」
力強く頷く優陽さんは、理星さんにこう告げた。
「確かにキミにも罪はあるだろう。でも、仕方がなかったとも考えられる。これは推測でしかないが、キミの弟たちは、月夜深によって魔法による毒などを体内に送り込まれたんじゃないだろうか。キミを協力させるために」
「…………っ!?」
理星さんが、驚きの表情で顔を上げる。
そんなことは、考えてもいなかったのだろう。
ともあれ、さっきの月夜深の態度を思い出す限り、そういった汚いやり方すら躊躇なくやってのける非情な奴だと確信せざるを得なかった。
「僕自身としては、キミを許すつもりだ」
明灯さんが明るい表情を浮かべる。
さすが私の優陽さん、そう言いたげな顔だ。
だけど、続いて放たれた優陽さんの言葉は、その顔をも一瞬にして凍りつかせるものだった。
「でも……罪は罪だ。償う義務がある」
え……?
なにを言っているんだ、この人は。
僕は、耳を疑った。
明灯さんも、信じられない、いや、信じたくない、といった様子で困惑していた。
そんな僕たちをよそに、優陽さんは発言を続ける。
「だから、ギャラクシーローズを代表して、アラシ船長に裁きを委ねる」
それを予測していたかのように、すっと、船長が一歩前に歩み出てきた。
「理星さん。中央政府より命を受けているギャラクシーローズを代表して、あなたに裁きを下します」
小さく息を吸い込み、船長は判決の言葉を紡ぎ出した。
「汝は己の罪を心に刻み、これからも今までどおり、優陽社長のもと、この会社で働き続けることをもって、その罪の償いとする!」
「……というわけだから、これからもよろしくね、理星くん」
優陽さんは、これ以上ないほどの温かな微笑みを理星さんに向けていた。
理星さんは魔王石のことを知らなかったわけだし、病気の件を考えれば月夜深に騙されて仕方なく奴らの手伝いをしていただけなのだ。
もともと理星さんには大した罪はなかったと言っていい。
ただ、月夜深が現れたときも異常なほどおろおろしていたし、さっき謝罪の言葉を口にしたときだって今にも泣き出しそうなほどだった。
知らなかったとはいっても、理星さんが感じていた罪悪感は相当なものだったに違いない。
それで、理星さんの苦悩を察した優陽さんは、船長が裁きを下すことで理星さんの中にある罪の意識を少しでも和らげようとしたのだ。
その優陽さんの考えを、船長は相談もせずアイコンタクトで理解した。
普段は結構ちゃらんぽらんに見えるけど、やっぱりすごい人なんだ、我らが船長は。
僕は改めてそう感じた。
泣き崩れる理星さんの肩を、明灯さんが優しく抱きしめる。
そんな様子を、僕はすぐ隣で微笑んでいる陽和とともに見つめていた。