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ひかりひらり  作者: 沙φ亜竜
第5章 月夜に照らされ咲く花に
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-2-

 バチバチバチバチ!!

 大きな音が辺りに響いた。


「ぐっ!?」


 うめき声を上げたのは、しかし、月夜深のほうだった。


「間に合ったようだな!」


 その声は、船長!?


「ミサキさん! 大丈夫ですか!?」


 そう言って真っ先に羽根をせわしなく羽ばたかせながら飛び込んできたのは、イズミだった。

 そうか、今のはイズミの魔法か!


 部屋の入り口には、船長が立っていた。

 イズミの魔法で武器を落とし、痛みに顔を歪めてうずくまる月夜深を、船長はじっと見下ろす。

 一瞬呆然としていたけど、すぐに動き出したのは、月夜深の裏にいた四人の黒ずくめだった。

 でも、その動きもすぐに止まる。


 入り口に一番近かった黒ずくめは、アラシ船長に組みかかったものの、素早く後ろに回られ首を固められると、そのまま力なく崩れ落ちた。

 加減は心得ているといったところか、気絶させただけなのだろう。


 残りの三人の背後には、いつの間にやら、ナギさん、サザナミさん、ミヤコさんが回り込んでいた。

 ナギさんは首筋への手刀、サザナミさんはみぞおちへの頭突き、ミヤコさんは……振り向いた黒ずくめへの……金的で。

 黒ずくめは、それぞれ沈黙していた。

 ……ひとりは苦しそうにうめき声を上げていたけど……。


 陽和も呆然としていたけど、はっと我に返り、再び僕のそばへと戻っていた。


「ど……どうして船長が!?」

「その話はあとだ。……月夜深、もう終わりだ。観念しろ!」

「ぐっ……。包囲している奴らは、なにをしていたんですか……!」

「ああ。月が綺麗だからじゃないか? みんな、気持ちよさそうに眠っていたぞ」


 爽やかに歯をキラリと光らせながら、さらりと言ってのける船長。

 ……眠らせた、の間違いでしょ。

 その言葉で状況は理解したのだろう、月夜深はがくっと項垂れる。


「さあ、これでジ・エンドだ。お前の身柄は拘束させてもらうぞ!」


 船長がうずくまっている月夜深に手を伸ばす。

 その瞬間、

 奴が、動いた。

 ……僕のほうへ!


「え……っ!?」


 あまりに突然のことで反応できなかった僕に向かって、月夜深が突進してくる。

 ……いや、奴の狙いは僕ではなかった。


 ガッ!

 鋭い一撃で、僕がずっと持ったままだった魔王石の箱が宙に舞う。

 それをつかむ月夜深。

 そして素早く、箱から魔王石を取り外した。


 凄まじい光がほとばしる。

 箱に仕舞われていた状態でも、そのパワーは溢れんばかりに感じてはいたけど、それでも箱の力で押さえ込まれていたようだ。

 今や奴の手に握られた魔王石から、空気が力の凄まじさに耐えきれずに放電しているかのような光の筋がはっきりと見えていた。


 僕は動くことすらできなかった。

 それは船長を初め、他の船員たちも同じだった。


 月夜深が箱を投げ捨て、魔王石を高々と掲げる。

 勝ち誇ったような笑顔を張りつかせた奴の顔は、魔王石の放つ光によって不気味に染め上げられていた。


「ふふふふふふ、形勢逆転ですね! この石の力ならば、事務所ごと吹き飛ばすことすらできます。私は制御法も心得ていますからね。外側に向けてだけ、魔王石の力を解放することだって可能です。下手に逆らわないほうがいいですよ!」


 イズミが魔法を唱えようと構えるものの、すぐに動きを止めていた。


「おわかりかと思いますが、今ここで私に魔法を放てば、その魔力の影響で魔王石は大爆発を起こしますよ?」


 誰も、動けなかった。


「それにしても、本当に凄まじい力です。ここまでの物は見たことがありません。いったいどれほどの値打ちがあるのか……」


 満足そうに微笑む月夜深を、船長が睨みつける。


「ここでその力を放出してしまったら、価値が下がるのではないか?」

「そうですね、確かに若干の価値の低下は免れないでしょう。ですがそれも微々たるものですよ。それよりも、ここに大きな爆発の痕跡を残してそれがこの魔王石の力だとつけ加えれば、逆に価値を跳ね上げることだって可能かもしれませんよ?」


 その思いつきにさらに満足度を上げたのか、奴の笑顔が今まで以上に歪んでいくのが見て取れた。

 こちらの動きを牽制するように魔王石を掲げたまま、月夜深は部屋の入り口のほうへと移動していった。

 船員たちも手出しはできず、奴の動きに合わせてじりじりと後退する。


 イズミが、再び腕を上げた。

 魔法を唱えようとしているのか?


「そこのフェアリーは、物覚えが悪いのですか? 先ほど私が言った言葉を理解していないんですかねぇ?」


 月夜深は落ち着いていた。

 その声に反応したように、ミヤコさんがイズミに向かって叱責の叫び声を飛ばす。


「イズミ! あんたはホントに役立たずね! おとなしくしてなさい!」

「うぅ…………」


 力なく呻くと、イズミは飛ぶ気力すら失ったのかフラフラと地面に落ちていった。


「ふっふっふ。まぁ、そのフェアリーだけでなく、他のみなさんにしても抵抗ができるとは思えませんがね。無駄なことはしないほうが利口というものですよ」


 月夜深の笑い声が響く中、僕は不自然さを感じていた。


 確かにミヤコさんとイズミは、よくケンカをする。

 だけど、今はそんな場合ではない。

 イズミにしたって、魔法を使ったらヤバイということを二度も言われなければわからないほど、頭の回転が遅いほうでは決してなかった。


 ということは……なにか策があるのか……?


 僕は月夜深に気づかれないように注意しながら、辺りの状況を確認する。

 月夜深の足もとには、投げ捨てられた箱とともに、倒れた数人の黒ずくめたちの体が転がっていた。


 船員たちは、成すすべもなく黙り込んではいるものの、機を見つけるべく船長のそばへと集まっている。

 その背後に、明灯さんと優陽さんが隠れている感じだ。

 陽和は僕のすぐ後ろにいる。部屋の入り口付近には、倒れたままの理星さんの姿も見えた。


 理星さん、まったく動かないけど大丈夫だろうか。

 心配ではあるけど、今はそれよりも現状をどうにかしないと。


 あれ、そういえばイズミはどこに……?


 …………なるほど、そういうことか。

 すべてを悟った僕は、意を決して叫んだ。


「おい、月夜深!」

「むっ?」


 部屋をゆっくりと見回していた月夜深の視線がこちらを向く。


「この期に及んで、なにか解決法でも思いつきましたか? ふっふっふ。ですが、私にはこの魔王石があるのですよ? すぐにでも力を解放できる状態です。それとも、全員まとめてあの世へと招待してほしいのですかな?」

「すぐにでも解放できると言うわりには、そうしないじゃないか。お前としても、それは望んでいる方法ではないってことだ」


 僕の声に、もともと細い目をさらに細める月夜深。


「ふっふっふ。確かに私も、そこまでしたくはありません。かつての協力者でもある優陽さんや他の方々へのせめてもの情けとでも言いましょうか。ですが、それを指摘されてしまっては、私が心変わりするというのもありえないことではないと思いますがね」


 この状況をも楽しんでいる。そんなふうに、奴は笑っていた。


「優陽さんたちへの情けか……。仲間を助ける時間稼ぎ、とかではないのか?」


 仲間という言葉を口にしてしまい、少々マズったかとも思った。

 それでも月夜深は、足もとに転がる黒ずくめには目もくれず、笑い続けていた。


「くっくっく、仲間、ね。いい言葉です。ですがあいにく、我々は目的のためならば自らの犠牲をも厭わない、そういった組織に組み込まれた者でしてね」


 月夜深は淡々と言い放つ。

 ただ僕は、なんとなく感じていた。

 時間稼ぎは、確かにしているのだと。


 足もとに倒れた黒ずくめはともかく、この事務所の周囲にも月夜深の手下がいた。

 船長たちが眠らせたようだけど、外にいた手下が組織のすべてというわけではないだろう。

 仮設事務所があると言っていたし、そこから増援が来ることも考えられる。


 もちろん、ここに長居するつもりはないはずだ。

 この惑星にだって治安を守る警察のような機関はある。

 技術力の面で遥かに優位な月夜深側にしてみれば、それらを蹴散らすことも可能ではあるだろう。


 とはいえ、表立って警察機関までも手にかける事態を引き起こしてしまえば、ファイブナインズの中央政府から徹底的に追われる結果にもなりかねない。

 それは奴らとしても避けたいだろう。

 ならば、外に倒れている手下だけでも回収して、素早く逃げるのが一番だ。


「無駄なことはしないほうが身のためですよ」


 足もとに転がる黒ずくめのうちのひとりを避けようと、月夜深がその身をひねる。

 その一瞬の隙を突いて。


 バサッ!


 …………!?


 月夜深が、飛び出して来たそれに気づいたときには、もう遅かった。


 ガコッ!


「ナイスだ、イズミ!」


 箱の中に再び納められた魔王石を抱えたイズミが、僕の胸の中へ飛び込んでくる。

 イズミは、投げ捨てられ箱のそばに隠れていた。

 月夜深からはちょうど黒ずくめたちの陰になってよく見えない位置だった。

 そこでイズミは、箱を抱きかかえて機会をうかがっていたのだ。


 おそらくさっきのミヤコさんの言葉は、イズミが役立たずだということを月夜深に印象づけ、奴の注意から逸らせるための作戦。

 地面に降り立ったイズミは、転がったままになっていた箱まで、月夜深に悟られないように少しずつ移動していた。

 そのことに気づき、僕は月夜深を挑発して奴の意識をこちらに向けた。


 タイミングを見計らって、イズミが箱を掲げたまま飛びかかり、月夜深の手に握られた魔王石を挟み込んで箱の中に収める。

 驚いた拍子など、予測していなかった事態に思考が追いついていない場合、人は力が弱まるものだ。

 その一瞬で、魔王石を奪った。


 もともとこの箱の中に仕舞って力を押さえ込んでいたのだから、しっかりと固定まではできなくても再び箱の中に戻せば、あの強大な力の放出も止まるだろう。

 イズミはそれを狙っていたのだ。


 僕たちの連係プレーによって、形勢は再び逆転した。


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