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ドサッ……!
大きな音とともに、その場に崩れ落ちる理星さんの姿が目に映った。
「月夜深さん……!」
「安心してください。殺してなどいませんよ。今はまだ、ね。ふふふ」
いつでも笑顔を浮かべていたその人は、やはり今も同じように笑みを浮かべていた。
でも、深々とかぶった帽子からわずかにのぞくその目は、まったく笑ってなどいなかった。
部屋の入り口に立つ月夜深さん、いや、もはや「さん」をつけて呼ぶこともないな……。
月夜深の手には、なにか小型の機械のような物が握られていた。
おそらくそれで、理星さんを……。
倒れた理星さんは気絶しているだけと考えていいだろう。
……殺してなどいない、その言葉を信じるならば、ということにはなるけど。
部屋の奥には今、僕と陽和、そのすぐ目の前に優陽さんがいる。
そして入り口のそばでは、先ほど理星さんとともに部屋に駆け込んできた明灯さんが立ち尽くしていた。
新たな侵入者と倒れた理星さんを目の当たりにして、明灯さんは怯えた目をしたまま、それでも無意識にだろうか少しずつ後ずさる。
混乱しながらも危険だというのは本能的に悟っている、といったところか。
とはいえ、月夜深から一番近い位置にいることには変わりがない。
今一番危険なのは、明灯さんだ。
僕は奴をじっと睨みつけ、飛びかかる隙をうかがう。
「おっと、動かないほうがいいですよ?」
そんな僕の動きに気づいたのか、牽制をかけてくる月夜深。
その声に応えるかのように、黒ずくめの人影が四つ、音もなく部屋に滑り込んできた。
「事務所の外にも待機させています。完全包囲というやつですかね。下手な抵抗は、死期を早めるだけですよ?」
成すすべのない僕たちの反抗的な視線を楽しむかのように、月夜深は気味の悪い微笑みを浮かべていた。
「なぜだ、なぜこんなことを!?」
優陽さんが叫ぶ。
「なぜ? 決まっています。お金のためですよ。その石はただの魔法石じゃありません」
月夜深は落ち着き払った態度のまま、僕が持つ石に視線を向けてきた。
「魔王石……。通常の魔法石の数十倍のマナが蓄えられた強力なパワーを持った石なんですよ、それは。ただその力は不安定で、扱いにも慎重を要します。下手な扱いをすれば、大爆発すら起こしかねません。だからこそ、わざわざ『中央政府』が管理しているわけですがね」
中央政府……?
通常の惑星では、あまりそんな言い方はしないだろう。
それに、月夜深の持つ武器や、黒ずくめから感じる雰囲気、それらから考えると、ある結論に達する。
――月夜深は、ファイブナインズの住人だ!
ファイブナインズは宇宙の様々な場所にステーションを造っている。
それらのファイブナインズ世界全体を取りまとめるための機関、それが中央政府と呼ばれている組織なのだ。
「魔王石が闇のルートでは驚くほどの高額で取り引きされているというのを、優陽さんも知っているはずではないですか?」
語りながらも、奴の動きには隙がない。
月夜深自身は、理星さんを気絶させたスタンガンのような物を持っているだけだ。
使用するためには近づく必要があるはずだから、それで僕たちの動きを完全に封じることはできないだろう。
ただ、黒ずくめの四人は明らかに僕たちを狙っている。
黒いマントの下から僕たちに向けられているのが銃器なのか魔法を利用した武器の類なのか、正確にはわからないけど、おかしな動きがあればすぐにでも殺すか気絶させる気なのは間違いない。
「あなたも、我々の関係者なのですから」
月夜深はニヤッと、優陽さんに向けて嫌らしい笑みを浮かべる。
僕にはその言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「ぐっ……」
優陽さんが苦悩の表情を浮かべる。
この人が、月夜深さんの仲間だというのか?
いや、今のこの状況を考えれば、仮にもともと仲間だったとしても、今の月夜深とは敵対関係にあるのは確実だろう。
「魔王石の管理体制はなかなか厳しいですからね。我々も先手を打って探し出すために頑張っていたわけです。この惑星に未発見の魔王石があることを突き止めた私は、部隊を引き連れて採掘したのですよ。通常の魔法石採掘に偽装してね」
採掘……。
そうか!
あの丘に、その魔王石が埋まっていたということなのか!
「その魔王石だけで終わりならば、それを持ち帰ればいいだけだったのですがね。あの丘にはまだ他にいくつも魔王石が埋まっているはずなのですよ。そこで、可能な限りの魔王石を掘り起こすことにしたのです。とはいえ、すぐに魔王石の存在にも気づかれ、中央政府の手の者がこの惑星に入ってきてしまうでしょう。ですからとりあえず、掘り起こした魔王石を安全に保管すべき場所を探していたというわけです」
月夜深は倒れた理星さんに目を向ける。
「そこで私は、理星さんに話を持ちかけました。私に手を貸せば、高額の報酬を約束しましょうとね。前金も渡してあります。最初は迷っていたようですが、たくさんの兄弟たちを養うためにはお金が必要ですからね。くっくっく」
「そんな……信じられない……」
明灯さんがつぶやきを漏らす。
「理星さんに手伝ってもらい、この部屋に保管させていただいた、というわけです。なぜなら、ここにはファイブナインズの警備システムが完備されていますから」
「えっ?」
どういうことだ?
僕たちはみんな、優陽さんのほうに目を向ける。
優陽さんは、力のない声で喋り始めた。
「……僕はもともと、ファイブナインズの住人なんだ。当時の僕は、中央政府から任務を受けた団体の一員として働いていた。そして僕のいた部署は、魔王石を管理する仕事を任されていた。まだ完全に危険性やその役割の重要性を理解してはいなかったけど、生きていくためには仕事をしなければならない。単なる作業としか思っていなかったのは事実だ。そんなある日、とある組織の存在を知った」
その場にいる全員が、優陽さんの話を黙って聞いていた。
もちろん黒ずくめの連中や月夜深は、こちらがなにか不穏な動きを見せたら、すぐにでも始末するつもりだろうけど。
「その組織は、魔法石を掘り起こして研究している団体だった。魔法の力の根源であるマナの研究が目的だ。しかしそれは表向きの活動でしかなかった。魔法石を採掘していると、ごく稀に管理下にない魔王石も見つかる。それを裏ルートに流して巨額の資金を得るのも、目的のひとつとなっていたんだ」
「研究には莫大な資金が必要だという話ですよ」
月夜深が口を挟む。
「研究自体は悪いことではないはずだ。魔法の力をもっとよく理解し、様々な分野に応用していくための研究、そう疑わなかった僕は、その組織への協力を決めた。……結局、月夜深の口車に乗せられたわけだが……」
「人聞きが悪いですね。私は事情を説明して理解してもらった上で、あなた自身に判断を委ねた。決めたのはあなた自身ですよ」
月夜深は意地の悪い笑みを浮かべる。
優陽さんの表情は、苦悩に歪んでいた。
「……確かに、そのとおりだ。悪いのは僕自身であることに間違いはない。管理側からの情報を漏洩したり、魔王石を管理側が発見するのを遅らせるように工作したり……。僕は奴らの手先と成り下がっていた」
どうして、そんなことを……。
「月夜深たちの研究が、必要なことだと信じて疑わなかったから……。いや、それだけではないな。奴が理星くんに持ちかけたように、僕もお金に目がくらんだ。それも大きかったのだろう」
優陽さんは、うつむきながら声をしぼり出していた。その声は、とても苦しそうだった。
「まぁ、そういうことです。つまり、我々の協力者だった。いわば仲間だったのですよ、その人は。それがいつの間にか、この惑星に住み着き、会社を起こして順調に暮らしているのですからね」
ふん。鼻を鳴らす月夜深。
その目には、優陽さんを侮蔑するような鋭さがありありと浮かんでいた。
「……いや、べつにそれはいいんですよ。ただちょっとだけ、また協力していただこうと思いましてね。表向きの仕事に関しては、とくに問題なく協力してくれましたよ。会社の人員のためにも、仕事を選んでいられる状況でもないでしょうからね。ですが、裏の仕事に関してはどうしても首を縦に振りませんでした」
優陽さんはなにも言わなかった。
表向きの仕事だって、可能ならば断りたかったのだろう。
その結果が、今この状況を生み出した原因にもなっているのだ。
それを悔やんでいる、優陽さんはそんな苦々しい表情を浮かべていた。
「そこで、理星さんを利用させていただいたのですよ。
ぱっと見ではわからないかもしれませんが、この会社の事務所には、かなりファイブナインズの技術が使われています。そこにある監視水晶もそのひとつですし、建物全体がファイブナインズの一般的なサーチシステムから逃れる素材を含んでいます。
自分がここにいると私たちに知られたくなかった、ということなのでしょうかねぇ?
ともかく、一時的に魔王石を隠しておくには最適な場所だと考えたのですよ。我々の仮設事務所では、そこまでの設備は用意できませんでしたからね。
……さて――」
そう言って部屋を見回し、月夜深は僕たち全員の顔を確認する。
「お話はここまでにしましょうか。といっても、魔王石のことを知られてしまったからには、始末するしかないのですがね」
と、そのとき。
今まで黙って話を聞いていた陽和が、月夜深に飛びかかった。
月夜深の持つ武器を奪おうとしたのだ!
だけど、それも月夜深には予想の範囲内だったらしい。
反対の手で陽和の腕をつかむと、思いっきりねじり上げた。
「…………っ!」
痛みに顔を歪める陽和。
「お痛が過ぎると、他の人の命すら危ういというのが理解できないのですかねぇ。まあ、いいでしょう。それならば、あなたから始末して差し上げましょうか」
そう吐き捨てると、月夜深は手にしていた機械を陽和のほうに向ける。
その先端からは、バチバチと音を立てながら青白い火花が散っていた。
「陽和!」
「殺傷力まではありませんが、しばらく意識を失わせることのできる魔法の品ですよ。我々の研究でいろいろと強化してありますし、いくつかの実験的な機能も加えてあります。せっかくですから、どれかの機能を試してみましょうかね。……では、陽和さんでしたか。おやすみなさい……!」
奴の持つ機械が、陽和の首筋に押し当てられた。