-5-
事務所の前に着いた。
急いで入り口のドアを目指そうとして、そこで立ち止まる。
あれは、月夜深さん……。
窓から見える姿は、あの笑顔の紳士だった。
理星さんと明灯さん、そして優陽さんも交えて話しているようだ。
事務所に入ってすぐの場所で立ち話をしているという状況。
もう帰るところならば問題はなかった。
だけどしばらく話したあと、四人とも事務所の奥にあるドアの向こうへと消えていった。奥側にある応接室まで通したのだろう。
ドアの奥は、応接室の他に、社長室や倉庫などがある。基本的に窓にはブラインドが下ろされて、中は見えないようになっていた。
僕は陽和と顔を見合わせ、念のため建物の裏手へと回る。
すべての窓を確認してみたけど、やはりブラインドは下ろされていた。当然、鍵が開いているなんて無用心なこともない。
「どうしよう……」
陽和は不安そうな表情でつぶやく。
「仕方ないよ。とりあえず、月夜深さんが帰るまでは待つしかないだろうね」
僕たちは、徐々に暗くなってきている空のもと、建物の裏手に身を潜め続けた。
月夜深さんはなかなか帰らなかった。
打ち合わせが長引いているのだろう。
月夜深さんが事務所のドアをくぐったのは、それから四時間後のことだった。
遅くなったためか、月夜深さん以外の三人も一緒に事務所の外に出ていった。
最後に少し遅れて事務所から出てきた理星さんが、入り口の鍵をかけている。
どうやらそのまま、優陽さんと理星さん、明灯さんも帰るみたいだ。
街灯は完備されていて明るいものの、空はすっかり真っ暗になっている。
そんな中、四つの人影はゆっくりと遠ざかっていった。
「ふぅ……。でも、鍵をかけられちゃったね」
僕が、どうしようか? という目で見ると、陽和はウィンクして見せた。
「ふふ、任せて。えっと、ここかな」
陽和は手馴れた手つきで、事務所の横手にある花壇の端っこ――レンガが積み上げてある中の一部をずらす。
「あった。ここに置き鍵があるのよ。……バイトだから、ほんとは私が知ってちゃいけないんだけどね。お姉ちゃんがここから取ってるのを、隠れて見てたことがあるんだ!」
そう言ってイタズラっぽい笑顔を浮かべる陽和。
なるほど、結構やるじゃないか。
陽光さんの孫だってのが、ちょっと信じられなくなってくるけど。でもこれが、陽和って女の子なんだよね。
ともかく、こうして僕たちは鍵を開け、事務所の中に入った。
「そういえば、最後は警報装置とかを作動させて帰ったりするものなんじゃないのかな?」
「大丈夫よ。この会社にそんなお金なんてないもの。それっぽいランプとかダミーの監視カメラなんかを配置してある程度なんだよ」
そういうものなのか。とはいえ、防犯意識が低すぎる気はする。
「優陽さんはそういう部分にもこだわりたいと考えているみたいだったけど、基本的にこの町、ううん、この惑星全体が大らかな風潮なんだよね。だから、まったくないとは言わないけど、犯罪とかにも無縁というか疎いというか。お話の中での出来事、くらいにしか思っていない人がほとんどなのよ」
事務所の奥のドアにも鍵はかかっていたけど。
それも、さっき陽和が見つけた鍵束のうちのひとつで開けることができた。
陽和は話を続けている。話すことで、事務所に忍び込んでいるという罪悪感を振り払うかのように。
「私は部屋にこもってたから本を読むのが好きで、この惑星の外の世界を描いたお話なんかもよく読んでたんだ。正直、信じられない世界だと思ったりもしたけど、人間って本来、そういうものかもしれないよね。でも――」
私はこの平和な惑星が好き。陽和はそう言って微笑んだ。
☆☆☆☆☆
僕たちは事務所の奥にある部屋を調べることにした。
普段から僕たちも出入りするような場所に、秘密が隠されているとは思えなかったからだ。
とくに準備もなく来てしまったため、懐中電灯のような携帯できる明かりも持っていなかった。
倉庫にならあるかもしれないけど、それを探すためにも明かりがいる。
時間ももったいないし、優陽さんたちは帰ったのだから戻ってくることもないだろう。
そう考えて、事務所の奥側だけ電気を点けて急いで調べてしまうことに決めた。
応接室には椅子と机があるだけだった。
ぱっと見た感じで、なにもなさそうなのは一目瞭然だった。
倉庫にはいろいろな物が積み上げてあった。
その積み上げられた荷物の下に目指すなにかあるのなら、すべて調べるにはかなりの時間がかかるだろう。
仮に異変があったとしても、ここ数週間以内程度のはずだ。
ならば、ホコリが積もっているような荷物には問題はないと考えられる。
比較的最近動かした形跡のある荷物だけを調べるのには、それほどの時間はかからなかった。
結局、なにも怪しい部分は見つけられなかった。
お次は、トイレ。
入り口側にもあるけど、社長室や応接室に来ている人が使うためのトイレはまた別にあったのだ。
ともあれ、そこにもとくにおかしな部分はなかった。
さて、残るは一ヶ所。
そしてそこが、一番怪しい場所ということにもなる。
社長室だ。
ゴクリ。
ツバを飲み込み、僕と陽和は無言で頷き合う。
僕は意を決してドアを開けた。
社長室は、思ったよりも簡素だった。
少し大きめの机と椅子があり、その背後に棚がある以外は、ちょっとした観葉植物が置いてある程度だ。
机の上も、様々な書類が積み上げられている、といったこともなく、綺麗に片づけられていた。
でも――、
「あれ? なんだろう?」
机の上にはひとつだけ、水晶玉のような物が置かれていた。
微妙に青白く光を放っているそれは、近づいてみると、中になにかが映り込んでいるようだった。
「これって……事務所の入り口前?」
陽和がつぶやく。
うん、そうだ。間違いない。
「知らなかった。こんなのがあったのね。監視カメラの一種なのかな?」
微かに首をかしげる陽和。
「あ……私、ここに入ってきたとき、鍵を閉め忘れてた……」
「そういえば……。でも、犯罪なんてないようなこの惑星なら、帰るときにしっかり閉めれば大丈夫なんじゃないかな?」
「うん、そうだよね……」
それにしても、どうしてこんな物があるのだろう。
監視カメラみたいな感じではあるけど、こんなふうに水晶に映り込ませる技術を考えると、これは明らかにファイブナインズで作られた物だと考えられる。
取り引きでファイブナインズ製の装置なんかも出回ってはいるだろうけど、おそらくそれらは、かなり高価なはず……。
「ミサキは机の引き出しを調べてみて。私は棚のほうを見てみる」
陽和の声で我に返る。
そうだ、気にはなったけど、今はそれどころではない。
小さめの規模とはいえ会社なのだから、監視カメラくらいあっても、べつにおかしくはないだろう。
そんなことより、早くこの部屋を調べてしまわないと。
「うん、わかった」
机の引き出しだと、鍵がかかっている可能性もある。
当然ながら、棚もそうだろう。
そういう場合の鍵は、たいてい自分のバッグに入れるなどして持ち運ぶのではないだろうか。
そんな心配をしたのだけど、それは杞憂に終わる。
机の引き出しも、陽和が調べている棚も、すべてなんの抵抗もなく開けることができた。
僕も陽和も、入念にそれぞれの担当場所を調べた。
思ったよりも時間がかかってしまっていた気がする。
なにも出ないならそれでいい。
そう考えて突っ走ってきた感じだけど、事務所に忍び込んで勝手に机や棚を調べて荒らしている現状。
誰かに見つかったら大変だろう。
ふと、ひとつの箱が目に止まる。
書類や筆記用具などで占められた机の中にあって、ちょっとその存在だけが異彩を放っているように見えた。
しっかりとした作りの、丈夫そうな箱だったからだ。
木箱のようにも思えるほど軽めだったけど、金属っぽい雰囲気も併せ持つ、不思議な素材だった。
しかも、こんなしっかりとした箱だというのに、大切にしまってあるというわけではなく、無造作に放り込まれたとしか思えない状態だった。
これは……明らかに不自然だ。
僕は箱を手に取って開けてみた。
中には、結構な大きさになるのではないだろうか、ひとつの石が入っていた。
これは宝石?
確かに綺麗に輝いているけど、それにしてはその輝きは少々くすんだ感じに見える。
とはいえ、ちゃんとカットされているわけではないから、原石ということになるだろうか。
それをじっと見つめていた僕は、その石から溢れ出すパワーというかオーラのようなものを感じた。
また、石の中になにか別の物質でもまじっているのか、光に反射してキラキラと輝いているのも見えた。
あれ? これってもしかして……。
「どうしたの? わぁ、なにそれ!?」
異変に気づいた陽和が、それをのぞき込んで驚きの声を漏らした。
――これは、魔法石……?
イズミが前に話してくれた、魔法の源であるマナの力が蓄えられた石、魔法石。
ただ、なにかが違う気もする。
その石からは、なにやら尋常ではないほどの大きな力が湧き上がってきているように感じられてならなかった。
魔法石が取り引きされる場合、通常は研磨され、水晶玉のようにして売られるはずだ。
それなのに、この石は研磨されてもいない、原石の状態だった。
取り引き先で研磨されるのかもしれないけど、それにしても机の中にひとつだけ、こんなしっかりとした箱に入れて保管されているというのはおかしい。
それ以前に、この惑星には魔法使いはいないとイズミは言っていた。
光を反射する物質が内部に入っているとはいっても、くすんだ色の冴えない石でしかない。
すなわち、宝石としての価値は無きに等し。
必然的にここでは魔法石の取り引きはされていないことになる。
ファイブナインズを相手にした取り引きの品としてなら、使われていてもおかしくはないけど。
この会社の取引相手がファイブナインズ関連だという話は聞いていない。
これまでバイトとして手伝ってきた仕事内容から考えても、それは間違いなさそうだった。
それなのに、魔法石がここにあるというのは、どういうことなのか?
優陽さんが趣味で持っているだけの個人所有物、という可能性もないわけではない。
だけど同時に、これが盗品、もしくは盗掘品という憶測も成り立ってしまう。
もしそうだとしても、頑丈そうな箱に仕舞われている理由はわからないのだけど……。
「これって……」
陽和が魔法石のことまで知っているとは思えないけど、僕の表情から、この石がここにあるのはおかしいということを察したのだろう。
僕は黙って頷く。
と、そのとき。
背後から大声が響いた。