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ひかりひらり  作者: 沙φ亜竜
第4章 夕陽が沈む時刻(とき)
22/34

-4-

「……ねぇ、ミサキ。あの丘に、もう一度行ってみない?」


 陽和がコーヒーを淹れたカップを僕の横に置くと、少し迷った上でそう言った。


「わかった。あんなことがあったあとなのに、大丈夫?」

「うん、大丈夫。それよりも、あの場所に行きたいって思ったの。……なんだか、胸騒ぎもするし……」


 今、家にはふたりだけ。

 おととい休んだばかりではあったけど、日曜である今日も普通に休みだった。

 なお、それは僕と陽和だけで、いろいろと忙しい時期らしく、明灯さんは休日出勤だとぼやいていた。


 昨日、あれから家に帰った僕たちは、明灯さんに相談してみるべきかどうか話し合った。

 陽和を狙ったのかどうかはわからないけど、あの怪しい黒ずくめの連中が存在したのは事実。

 私たちは怪しい者です、と自ら語っているような怪しさは、逆に不自然でもあるけど、闇に紛れるためには必然というべき格好だったのかもしれない。


 ともあれ僕は、周りに気をつけるべきだとは思うけど、明灯さんたちに話すのはしばらく様子を見てからにしよう、と陽和に提案した。

 まだ状況を把握できていないからだ。


 まったく関係ないかもしれないけど、ナギさんの件もあったし、サザナミさんが接触してきたのもなにか目論見があってのことかもしれないと考えていた。

 そうすると、ミヤコさんとイズミが来たことにも、なにか別の目的があった可能性が出てくる。

 それにナギさんは、明らかに事務所の中の様子をうかがっているようだった。

 やはり優陽さんになにか調査されるような原因があると考えるのが妥当だろう。


 他にも、最近とくによく出入りするようになった、取り引き先の月夜深さんも気になる。

 いつも笑っている丁寧口調の男性。気のいい紳士的なイメージだったけど、よくよく考えてみれば、その雰囲気自体が怪しく思えてくる。

 あの人もなにか関わっている、あるいは優陽さんと共謀している、という可能性だって充分にありえるだろう。


 家から出たあとも、僕は陽和とともに林の中の道を黙々と歩きながら、こんなことを延々と考えていた。

 とはいえ、それらはあくまで僕の推測でしかない。


 陽和は、胸騒ぎがすると言っていた。

 彼女もおそらく、僕と同じように考えているのではないだろうか。


 もちろん、ナギさんの件はまだ話していないけど。

 僕にはよくわからない優陽さんの異変を、陽和は敏感に感じ取っていたのかもしれない。

 もしそうなら、僕の推測もそれほど大きく間違ってはいないということになるだろう。


 やがて僕たちは、昨日黒ずくめが現れた辺りに差しかかった。

 思わず身構えてしまう。

 陽和もそうなのだろう、緊張している様子が手のひらを通じて伝わってきた。


 周囲に気を配り、自然と歩みがゆっくりになっていたからというのもあるとは思うけど、そういう状況では時間の流れが遅く感じられるものだ。

 林を抜けるまでの一本道はそれほど長い距離ではないはずなのに、永遠に続く時空の歪みに迷い込んでしまったかのようにすら思えた。


 そんな緊張感とは裏腹に、何事もなく林を抜けることができた。

 ただ、僕たち目の前に広がった景色は、綺麗な景観を一望できるいつもどおりのあの場所ではなくなっていた。


 いや、正確に言えば、そこから見下ろせる町の景色にはなんの変わりもない。

 相変わらず綺麗な青空のもと、美しい町並みが目に映えた。

 それなのに――。

 すぐ目の前に広がる丘全体は、わずか二日前に来たばかりの草むらとは、まったく異なる状況へと変貌を遂げていた。


「な……なに、これ?」


 言葉を失くす僕たちのあいだを、風が通り過ぎる。

 いつもなら清々しいはずのそよ風も、今はじっとりとした嫌な湿気を含んでいるようにしか感じられなかった。


 綺麗に刈り揃えられたりはしていなかったものの、自然の美しさというか、一面に広がる膝丈くらいの草むらの中に、ちらほらと春の花々が風に揺らいで心地よい香りを漂わせる。

 そんな光景が、二日前までは確かにあった。


 それが今や、無数の穴が開けられた無残な姿に変わり果てていたのだ!


 どういうわけか何ヶ所も掘り返された跡があり、その傍らにはうず高く盛り上がった土の山が存在しているのが見える。

 周辺に生えていたと思われる草花たちは、あるものは力なく横たわり、あるものは土の重みにその身を潰され、無残な姿で放置されている。


「イタズラ……ってレベルじゃないわよね、これ……」

「うん。おそらく、昨日の黒ずくめの連中の仲間がやった、ってことだろう。……それにしても、ここまで広範囲に渡って掘り返すなんて、かなり大規模な作業だよね」


 林の小道を抜けた丘の頂上付近にあるこの場所。重機を用意して一気に土を掘り返す、というわけにはいかないはずだ。

 とすると、シャベルなどを使って人の手で掘り進めたと考えられる。

 それにしたって、この穴の数を考えれば、どれだけの労力が必要か……。

 かなりの大人数で、時間も相当かかったに違いない。


「昨日の黒ずくめって、ここに人を近づけないようにあの場所で見張ってた、ってことなのかな……?」


 陽和は震えていた。

 黒ずくめの連中への恐怖もあったかもしれないけど、それ以上に、この場所がこんなふうになってしまったことに震えているのだろう。


 僕はここで、最近考えていたことを陽和に話した。


 僕たちの会社では、様々な調査をすることもある。場合によっては事件性のある事柄について調査を行なうことすらあった。

 そして、ナギさんが窓の外から事務所内を探っていたことを、もしかしたらミヤコさんやサザナミさんもその任務に関係しているかもしれないことを、包み隠さずに話した。

 優陽さんがその調査の対象になっているのではないかという、僕の推測までも含めて。


 陽和は少しだけ驚いた顔を見せたあと、なんとなく納得したように頷いた。

 案の定、陽和のほうも、優陽さんに対して違和感を持っていたのだろう。


「……今日、お姉ちゃんは仕事だって言ってた。重要な仕事があるんだって。もしかしたら、なにか裏で進めてるのかも。ミサキの考えが正しいなら、お姉ちゃんも犯罪に加担してるってことになるのかな……?」


 犯罪……。

 僕はそこまで明確に言葉に出したわけではなかった。

 だけどそれは、言葉にしなかっただけで僕自身も考えていたことだ。

 陽和はそういう可能性からも目を背けず、しっかりと口に出した。それだけの覚悟はあるということだろう。


 でも――。


「明灯さんは、なにも知らされてないかもしれない。陽和も知らないわけだし、ずっと陽和と一緒にいる明灯さんから秘密が漏れることを恐れる可能性だって高いと思う」


 僕はなるべく落ち着いた声を装って答えた。

 根拠なんてなかった。それでも、双子の姉が犯罪に手を染めようとしているなんて、思いたくないだろう。

 僕としては、それを配慮したつもりだった。


「そうだったとしても、お姉ちゃんは優陽さんに騙されてるってことになる。どっちにしても、お姉ちゃんにとっては悲しいことだよ」


 目を伏せる陽和。

 確かにそうかもしれない。

 と納得しかけてから、僕はすぐに考えを改める。


 いや、これは単に僕たちの推測にしかすぎない。

 そもそも、この丘を掘り返すなんてことと優陽さんに接点があるとは思えない。

 そうだよ。まったく無関係っていう可能性のほうが高いんじゃないか?


 僕は塞ぎ込む陽和の肩にそっと手を乗せる。


「陽和、行こう! ここで考え込んでいたって、なにもわからないよ。まずは、事務所へ行って確かめてみよう! 大丈夫、きっと普通に仕事をしてるだけだよ!」

「……うん……、そうだね。行きましょう!」


 僕たちは互いの手を取り合い、そろそろ茜色に染まりつつある林の小道を駆け抜けていった。


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