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ひかりひらり  作者: 沙φ亜竜
序章 始まりの宇宙(そら)
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-2-

 僕はミサキ。

 女の子みたいな名前とよく言われるけど、れっきとした男だ。

 そして、この宇宙船の乗組員のひとりでもある。


 宇宙船――。

 そう宇宙だ。といっても、宇宙を気楽に旅しているというわけではない。


 僕たちは、ファイブナインズと呼ばれる世界の住人なのだ。


 ファイブナインズ。

 それは光速に近い速度の世界と、そこに住む人々、さらにはその速度で航行する技術のことを指す。


 この世界に存在するありとあらゆる物質は、どんな場合でも光の速度を越えることはできない。

 それでも、限りなく光速に近い速度を目指して、様々な技術開発が進められていた。

 そこで発見されたのがこの技術だった。


 細かい理論なんかは僕にはよくわからないのだけど、物体が光の速度に近づくと波動的性質が現れて速度も量子化されるらしい。

 要するに光子がどれもまったく同じ光速度で飛ぶように、光速に近い宇宙船も決まった速度に落ち着いてしまう。

 そのひとつが、僕たちの暮らす光の0.9999961倍の速度の世界だ。


 その数値から、この世界をファイブナインズと呼び、この速度による航法をファイブナイン・ドライブと呼ぶようになった。

 ファイブナインズ世界で生活する人を総じてファイブナインズと呼ぶこともある。


 光の速度に近づいた場合、その空間の時間的な流れが変わる。

 一光年の距離を移動した場合、光の速度でも一年かかることになるけど、このファイブナイン・ドライブで航行すると、宇宙船内ではそれを一日と感じる。

 実際の代謝なども含め、完全に一日しか経っていないのと同じだと思っていいだろう。


 つまり、宇宙船内にいる人の感覚としては、ファイブナイン・ドライブによって一日かけて移動した場合、周りの世界では一年経っていることになる。

 いわゆる、ウラシマ効果というやつだ。


 また、この技術を用いた、ステーションという場所がある。

 常時、光の0.9999961倍の速度で動き続けている、完全なるファイブナインズ世界だ。

 そこには多くのファイブナインズたちが集まる。

 宇宙の要所要所に作られたそれらのステーションを行き来することで、交易なども頻繁に行なわれている。


 僕の乗るこの宇宙船も、そういったファイブナインズの宇宙船だ。

 船長の指揮のもと、僕たち乗組員は宇宙中をファイブナイン・ドライブで移動しながら、ステーションやその他の惑星などに立ち寄って様々な仕事をしている。


 その仕事内容は本当に多岐に渡っていた。

 単純に荷物を目的地に運んだりするだけの、普通の交易船のような仕事もあるけど、どちらかというと惑星に降り立つことのほうが割合としては高い。

 なお、仕事内容は現地に着いたあとで船長から聞かされることが多かった。

 船長としても、上から指示された仕事をこなしているだけのようではあるのだけど。


 僕には、自分の宇宙船を持つという夢がある。

 (こころざし)半ばで若くして死んでしまった父さんの意思を継ぐためだ。

 個人で宇宙船を持つこと――それは不可能とまでは言えないまでも、かなりの資金が必要となる困難な道となる。

 もちろん、どれくらいの規模の宇宙船を目指すかにもよるだろうけど。


 父さんは、重力設備のあるような立派な船が欲しいと言っていた。

 ファイブナインズの科学力を持ってしても、完全な人工重力を作り出すことはできない。

 宇宙船の重力制御は、魔法による擬似重力か、遠心力を用いた方法でしかその効果を得ることはできないのだ。

 だから一般の宇宙船には設計の制約となる重力設備なんてついていないのが普通だった。


 僕が乗っているこの船の場合は、遠心力を使って重力を作り出している。

 古くからの方法とはいえ、重力設備がついているというだけでも、この宇宙船が高価なものだというのがわかる。

 こんな船を持つことができたら、父さんの夢も叶えられたと言えるのかな……。


 とにかく、そんな夢に向かって必死に頑張って働いていた父さんだったのだけど、若くして死んでしまったため、結局夢は叶うことがなかった。

 僕は父さんの夢を受け継いで、立派な宇宙船を持ちたいと考えている。日々そのための努力もしているつもりだ。


 とはいっても、実のところ僕はアルバイトのような軽い気持ちで、この船に乗ることにしただけだったのだけど。

 宇宙船を持つという夢を抱くようになったのは、やっぱり宇宙が、そして宇宙船が好きだったからに他ならない。

 だから僕が、宇宙船の船員募集の貼り紙を見つけた際、後先考えずに飛び込んでいたのも、ごく自然な流れだったと言えるだろう。


 父さんが亡くなってすぐ、あとを追うように母さんをも失った僕には身寄りもなかった。

 そんな僕にとって、この船のみんなは新たな家族のようにも思えた。


 僕はこの船で仕事をしながら、夢に向かって一歩一歩着実に前進している……はずだ。

 実際には、本当に前進しているのか、よくわからない状態なのだけど。

 なぜなら僕の仕事は、食事の準備やら掃除・洗濯やらといった、主に雑用全般だったからだ。



 ☆☆☆☆☆



「お待たせしました」


 厨房で僕が作った食事をテーブルまで運ぶ。

 テーブルに着いているのは、先ほどの三人だった。


 まず、ミヤコさん。エルフである彼女は、森の妖精の名に恥じない美しい顔立ちをしている。

 少々つり気味ではあるのもの、二重まぶたの目もミヤコさんの魅力を増しているように思える。

 きゅっと引き締まったウエストで細い印象ではあるものの、出るところは出ているというのか、女性らしい部分には程よく肉がついていて、色気のあるお姉様、といったような雰囲気だった。……見た目だけは。

 性格については、先ほどのイズミとのやり取りを見ればわかるとおりだろう。


 女性なのだから食事はミヤコさんが作ればいいのに、と思った時期もあったのだけど、この人、まったく料理が出来ない。

 それどころか掃除も苦手らしく、放っておくと部屋がすごいことになる。

 宇宙船内には、それぞれの船員用に個室が設けられているのだけど、ミヤコさんの部屋はすぐに、ゴミや脱ぎ捨てられた衣服などが散乱してしまう有様だった。

 それでいて本人は大して気にしていないのだから、たちが悪い。


 ただでさえ生活するには快適とは言えない宇宙船の中なのだから、衛生面にも気をつけるべきだ。

 それに悪臭が立ち込めるようにまでなったら、他の船員の迷惑にもなる。

 そんなわけで、僕がミヤコさんの部屋の掃除もしているのだけど。


 ミヤコさんは仮にも女性だから、男性の僕が部屋を掃除するのを嫌がるのでは、とも思ったのだけど。

 どうやらこの人は、全然気にしていないみたいだった。

 下着なんかも含めて僕に洗わせている現状を考えれば、羞恥心とかそういった感情はどこかに忘れてきてしまっているのかもしれない。

 イズミが言っていたように、年増だからだろうか。なんて言ったら、ぶっ飛ばされるだろうな。


 そのイズミは、フェアリーだ。

 三十センチほどの身長しかない、トンボのような羽根を持った彼女は、見た目に似合わず落ち着いた雰囲気の声で喋る。

 基本的にはあまり感情を表に出さない淡々とした話し方をするのだけど、ただ、ひたすらよく喋る。

 丁寧口調でゆったりした話し方だし、声質としては聞いていて心地よいくらいなので、話を聞かされるのも嫌ではないのだけど。


 そんなイズミは、先ほど暴走していたように、『虫』と言われると異常なほど怒る。

 まぁ、それもわからなくはないのだけど……そもそも、フェアリーって虫なのだろうか?

 動きはすばしっこいから、確かにそんな感じに思えなくもない。……って、これも口に出したらヤバイだろうな。


 そしてもうひとり、黙々とスープを口に運んでいるのはナギさんだ。

 クールで頼もしいお兄さん、といった印象がある。

 考えてみると、ナギさん大声を発しているのをほとんど見たことがないかもしれない。それほどまでにクールなのだ。


 だけど、決して冷たいわけではない。

 失敗を犯した僕が船長に怒られて悩んでいたときには、ナギさんがそっと横に立って笑顔を浮かべながら、肩にトンと優しく手を乗せて元気づけてくれた。


 ナギさんは、この船の基本的な管理を一手に担っている立場でもある。

 宇宙船の自動操縦などを設定する航法オートマトンの操作や、燃料の管理や手配などに加え、乗組員の仕事の管理まで行なっている。

 ちなみにオートマトンというのは、いわゆる自動機械というやつだ。航法オートマトンといったら、宇宙船の航行を自動的に制御してくれるような機械のことを指す。

 船長もナギさんに絶大な信頼を寄せていて、金銭的な部分も含めてすべてナギさんに任せているのだという。


 怒ると怖い、というのは聞いているけど、怒らせたいとは思わない。

 ……この船に乗っていられなくなりそうだし。


「おっ、みんな揃ってるな。どれ、わしもメシにするか」


 そう言って食堂に入ってきたのは、サザナミさんだった。

 ドワーフなので歳を取ったような顔をしているけど、実際の年齢はよくわからない。

 ただ、それなりの歳なのは確かだろう。サザナミさんの落ち着いた物腰から、僕はそう判断している。

 ドワーフとしては長身で細身なんだ、と言ってはいたけど、人間である僕の感覚からすると、少々小太りで身長も低めのおじさん、といった感じだ。


 サザナミさんは、船の整備などの技術的な仕事をしている。

 宇宙船としては結構大きい部類に入るこの船。その整備をたったひとりでこなしているのだから、大したものだ。

 それと、宇宙船に備えつけられている様々な機械類に、本当に愛着を持って接しているのもサザナミさんの特徴だろうか。

 そういえば、エンジンに名前をつけて()でているところを見たとか、ミヤコさんが言っていたような。

 ……ミヤコさんの話だし、大げさになっている可能性はあるけど。


 元来、宇宙船のサイズというのはあまり大きくしないのが通例となっている。大きければそれだけ、燃料もたくさん必要になってしまうからだ。

 ともあれ、船員の個室まであるこの宇宙船は、かなり高価な部類に入ると思う。

 もっとも、狭いスペースに上手く多くの部屋を詰め込んである感じだから、快適な個室とは呼べないのだけど。


 まぁ、自分の部屋があるだけマシか。

 個室が狭い場所に詰め込まれているのは、この船の場合、たくさんの荷物を運べるように船倉を大きくしているからという理由もあった。

 仕事の内容を考えたら、それも仕方のないことだろう。


 いつもパイプをくわえているサザナミさん。

 煙は空気清浄機能のおかげで問題にはならないけど、整備の作業中でもパイプをくわえていたりするのは危ない気がする。

 サザナミさんいわく、危ないときには火はつけていないさ、とのことだけど。


「ちょっとサザナミさん、作業し終わったままの服と手で食卓に座らないでくださらない?」


 イズミが、やはり表情は崩さないまま注意をする。


「おっと、失礼。それじゃあ、着替えて来るから、わしの分も準備しておいてくれよ、ミサキ」

「はい、わかりました」


 サザナミさんは、食堂を出て行った。

 ちなみに、宇宙船にはお風呂もトイレも洗面所も完備されている。

 それぞれそんなに広くはないのだけど、宇宙船内にそういった設備があるだけでもすごいことなのだ。


 これだけの規模の船だと、いったいどれだけの価格になるのやら。個人で買えるレベルではないのは確かだろうな。

 そんなことを考えながら、僕は残り三人分の料理を取りに、厨房へと向かった。

 サザナミさんと僕の分――そして船長の分だ。


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