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ひかりひらり  作者: 沙φ亜竜
第4章 夕陽が沈む時刻(とき)
19/34

-1-

 次の日もまた、朝から事務所へと足を運んでいた。バイト扱いとはいえ仕事だし、当然なのだけど。

 優陽さんは、まだ事務所に出勤してきていなかった。

 いろいろと取り引き先を巡ってから出社することも多いらしい。


「おはよう。いや~、ミサキさんが来てから、明灯さんもちゃんと時間どおりに出勤するようになって、ほんとよかったよ!」


 理星さんが言う。

 その言い方だと、僕がしっかりしていて明灯さんを引っ張ってきているように聞こえるけど、実際のところは、そういうわけではない。


 バイト扱いとはいえ、僕も出勤する身になった。だから、しっかりと朝食を作ってあげないとね! と、明灯さんは早起きして頑張ってくれているのだ。

 朝は弱いのになぁ、とぼやいてはいたけど……。

 どうも陽和と比べてしまって活発すぎる印象があるけど、明灯さんも基本的には面倒見のいい性格だというのが伝わってきた。

 さすがに陽光さんの血を継いでるだけのことはある。


 反対に、陽和はおっとりした雰囲気で陽光さんに近い気はするけど、できないわけではないものの、家事全般が苦手のようだ。

 陽和自身は、それを恥ずかしく思っていて、できれば知られたくないと考えているみたいだけど。

 完璧な人間なんているはずがない。よく知れば知るほど、気になる部分だって見えてきてしまうもの。

 そんなところがあっても、べつに陽和のことを嫌いになったりなんてしないのに。


 ――あれ?

 自然とそう考えている自分に、改めて気づいた。

 僕はやっぱり、陽和を好きになっているんだ。


 陽光さんと血がつながってるからなのか?

 いや、それもまったくないとは言いきれないけど、やっぱり違うだろう。

 陽和が陽和だから。そう思えた。


 まだ出会ってからたった数日しか経っていなのに。

 ……僕って、惚れっぽいだけなのかな。


 ぼんやり考えていると、不意に事務所のドアが開いた。

 優陽さんが来たのかな? そう思って目を向けてみると、入り口にたたずんでいるのは別の人だった。


「おはようございます」

「あ……あら月夜深さん、おはようございます。すみません、まだ社長は来ていないんですよ。もうすぐ来ると思いますので、それまでこちらでお待ちください」


 急いで理星さんが応対に出て、月夜深さんを応接ブースへと導く。

 それに合わせて、明灯さんもお茶を淹れに給湯室へと向かっていた。


「もう……。いらっしゃるのでしたら、先にご連絡をくださればいいのに」

「ははは。いやぁ、電話をかけている時間があったら直接来たほうが早いと思ったのですよ」


 相変わらずの笑顔を張りつかせたまま、月夜深さんが理星さんと世間話などを続けている。

 僕は仕事をしながらも、その会話に聞き耳を立てていた。


「しかし、理星さんはいつも頑張っていますねぇ。夜遅くなることも多いんでしょう?」

「最近はそうでもないですけどね。でも、遅くなるとみんなが心配で」


 ――みんな?


「そうでしたね。あまり無理はなさらないように。健康には気をつけるんですよ?」

「ええ。お気遣い、ありがとうございます」


 しばらくすると、ようやく優陽さんも姿を現した。


「みなさん、おはよう~。……あれ、月夜深さん! いやぁ、これはこれは。今日は、どうなさいましたか?」

「ははは。ちょいと驚かせようと思いまして、直接来てみたんですよ。驚かせる相手が不在のうちに着いてしまって、残念でしたけどね」


 月夜深さんは、やはり笑顔のままだった。


「そうでしたか。さて、それでは奥の応接室へ」


 優陽さんは月夜深さんをいざない、事務所の奥へと入っていった。


「ふぅ……」


 月夜深さんの応対から戻ってきた理星さんが、息を吐きながら席に座る。

 僕はちょっと気になっていたことを、陽和に小声で尋ねてみた。


「理星さん、みんなが心配で、って言ってたけど、どういうことなのかな?」

「えっ? ……ああ。それは、弟さんや妹さんたちのことだよ。理星さんも、私たちと同じでご両親が亡くなられて、まだ幼い弟さんや妹さんの面倒をひとりで見てるのよ。理星さんだけ歳が離れてるけど、他の兄弟はみんな幼稚園か小学生くらいなの。五、六人くらいいるんだったかなぁ?」


 僕が小声で訊いたのは、聞き耳を立てていたことが後ろめたかったのもあるけど、訊いてしまっていい話なのかわからなかったからだ。

 その答えを、陽和は普通の大きさの声で返してきた。もちろん、席に戻った理星さんにも聞こえただろう。

 つまりそれは、べつにひそひそ隠れて話さなくても大丈夫ということだ。


「ふふ。大変なのは確かだけどさ、みんな可愛いんだよ、これが! なんたって、私の弟と妹だからね!」


 理星さんはそんなことを言いながら笑っていた。

 両親が亡くなっている。その部分はさらっと流しているように感じたため、そこには触れないほうがよさそうだと判断する。


「社長もいろいろ気遣ってくれるから、育ち盛りのみんなを抱えての生活も、どうにかなってるってとこかな。ま、贅沢を言えば、もう少し給料を増やしてもらえると、ありがたいんだけどね」


 軌道に乗ってきたとはいえ、まだまだ小さい会社だし、そうもいかないよね、と理星さんは言った。

 べつに現状に不満があるわけじゃないけど、とつけ加えながら。


「私から優陽に話してみようか?」


 明灯さんが少し遠慮がちに口を開くと、ニッと歯を見せる理星さん。


「そぉねぇ~、単純に昇給ってのも会社としては厳しいだろうし、明灯さんの給料を減らして私の分に上乗せしてもらおうかなぁ!」

「な……なんで、そうなるのよぉ~!?」

「あははは! 社長を独り占めしてる罰だ! なんてね!」


 会社内で、しかもお客さんが来ているときに、こんな大声で笑っていてもいいのだろうか。

 そう心配になってくるほど、じゃれ合っている。すごく仲がいいんだな、このふたり。


「高校時代のね、バレー部の先輩だったんだって。鬼の理星先輩って呼ばれて恐れられてたとか」


 陽和が解説を添えてくれた。

 なるほど。そんなあだ名で呼ばれるのは、そう呼んでも怒ったり不快に思ったりしないと周りの人もわかっていたからなのだろう。

 理星さんは随分と慕われている先輩だったんだな。



 ☆☆☆☆☆



「それでは、また」


 深々と頭を下げて月夜深さんが帰ったのは、夕方近くだった。

 話し合いが長引いていたようで、昼食は出前を取って応接室で食べていたみたいだった。

 ついでだからと、僕たちの分まで出前を取ってもらえたのは、ちょっとお得だったかもしれない。


「ふ~、これだけ長時間だと肩が凝るね」

「お疲れ様。お茶、淹れようか?」


 明灯さんが気遣って優陽さんに声をかける。


「いや、いいよ」


 優陽さんは足早に、ひらひらと手を振りながら事務所の奥へと戻ってしまった。

 立場上、いろいろとやらなければならない仕事も残っているのだろう。


「さて、それじゃ私たちも、もうひと頑張り。気合い入れてGO!」


 ゴンッ!

 気合いを示そうと握りこぶしの腕を振り上げようとして、その肘を机に思いきりぶつけた明灯さん。

 ……うわ、痛そう。


「もう、気合い入れすぎだってば!」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

「くぅ~~~、机の分際で私にたてつくとはっ! う~、痛たたた……」


 心配しながらも笑い声を上げているふたりとともに、当の本人も笑顔だった。

 若干、涙目にはなっていたけど。

 そんな様子を見て、僕も素直に笑っていた……のだけど。


 ――おや?


 ふと、事務所入り口の横にある窓に、微かな違和感を覚えた。

 あの場所は、昨日ナギさんが隠れて事務所の中をうかがっていた場所……。


 薄暗くなってきていたからよくは見えないけど、そこには確かに人影があるように思えた。

 昨日のこともあるし、きっとナギさんだろう。

 ただ、今日はもう月夜深さんの姿はない。

 昨日は月夜深さんがいなくなると同時に、ナギさんもいなくなっていたというのに。


 なぜ……?

 もう月夜深さんはいいから、事務所のほうを観察しようってこと……?

 だけど、どうして事務所を?

 ……いや、事務所の様子を見るくらいなら、そのまま月夜深さんを尾行し続けるほうが自然だろう。

 だとすると……。


 もしかしてナギさん、最初から事務所のほうを――。

 いや、もっと限定してもいいだろう、もしかしたらナギさんは、優陽さんのことを調査しているのでは……?

 事務所には、女性陣三人の笑い声がまだ響いていた。

 僕は不穏な考えが顔に表れないように注意しながら、黙って仕事を続けた。


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