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家に帰ると、いつもどおり明灯さんが食事の用意をしてくれて、何気ない会話をしながら食卓を囲んだ。
今日は忙しいらしく、優陽さんは来ていなかったため、三人での夕食になっていた。
いつものように明るく会話を投げかける明灯さんと、それを聞いて笑っている陽和。
僕も笑顔を浮かべて相づちを打ってはいたけど、話の内容はまったく頭の中に入ってこなかった。
昼間見た人影、あれはナギさんに間違いない。
いったいなにをしていたのだろう?
そればかりが頭をよぎり、他のことを考えられなくなっていたのだ。
もしかしたら……。
どうしてもひとつの仮説が頭から離れなかった。
温かな食卓にいながら、温かさを素直に受け入れられない自分。
そんな状態でその場にいるのがいたたまれず、僕は食事を終えるとすぐに部屋へと引っ込んだ。
ベッドに突っ伏して考える。
ナギさんがなにをしていたのか。
僕たちの仕事は、なんらかの荷物を宇宙船に載せて運ぶといった内容が多い。
その荷物の中身は実に様々だけど、いろいろな惑星にある地下資源や工芸品などを運搬して、宇宙の至るところを訪れて取り引きする、という仕事がメインになっているのは確かだった。
だけど、それ以外の仕事を受けることもある。
その中には、調査関連の依頼なども含まれていた。
ギャラクシーローズという会社の全体像は、僕もまだしっかりと把握してはいないけど、本当に多岐に渡る活動をしているらしい。
それを創始者であり、現在会長職を務めているロージアさんが、宇宙中に散らばるステーションなどにある支社へと割り振り、そこから宇宙船を与えられた各社員が請け負う形になっている。
船員の得手不得手や宇宙船の機能などにより、どういう仕事をどの船に任せるか、といったことはある程度決まっているはずだけど、完全に固定化されているわけではないため、普段はやらないような仕事が回ってくる場合だって少なくはないのだ。
「文句を言える立場じゃないしな」
船長はそう言っていた。
そのわりには、本部に戻ったときに口論している声をよく聞くような気がするけど。
まぁ、それはともかく。
そういった理由で、今回も調査の任務を与えられている可能性がある。
というよりも、今日のナギさんの様子を見る限りでは、その可能性が高いと言ったほうがいいと、僕は考えていた。
ナギさんの目線は、事務所内に向いていた。
加えて、ナギさんの姿を見かけたのは、あの月夜深さんという人がいる時間だった。
明らかに厳しい目をしていたナギさん。
仮に調査だとしたら、家出人捜索とか、そういう感じではないだろう。
おそらくは犯罪絡みか、それに近いような状況……。
以前にそういう依頼を請けたことがあった。そのときのナギさんの目と同じように、僕には思えたのだ。
ナギさんが月夜深さんをマークしているのだとしたら、取り引き先である優陽さんとその会社も、なにかヤバイことに首を突っ込もうとしている、もしくは巻き込まれそうになっている、といった可能性も出てくるのではないだろうか?
場合によっては、優陽さんも共謀して犯罪の計画を立てている、という事態もないとは言いきれない。
僕はそれを陽和や明灯さんに話していいものかどうか、ずっと迷っていた。
まだ僕の仮説でしかない。実際どうなのか確認できないうちに話してしまうのも、混乱させて迷惑をかけるだけになる。
かといって、なにか起こってしまってからでは取り返しがつかない。そんな可能性があるのもまた事実だった。
どうしたものか……。
頭を悩ませていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「ミサキ、大丈夫? なんか、元気ないみたいだったから……」
陽和は勝手に入ってきたりはせず、ドアの向こう側に立って、そう言った。
時計を見ると、もう深夜だ。陽和だって普段は寝ている時間だろう。
「気になって眠れなかったの。こんな時間なのに、ごめんなさい」
物音がしていたため、僕が起きていることには気づいていたのだろう。
謝罪の言葉を続ける陽和。僕は素直にドアを開けた。
「僕も眠れなかったんだ。……ちょっと、散歩にでも行こうか?」
気晴らしにもなるだろうし、そう思って誘ってみた。
「あ……でも、こんな時間だと危険かな?」
「大丈夫だと思うよ、ここら辺は治安もいいんだから。街灯も整備されてるから明るいし。コソコソと茂みに隠れて部屋をのぞいてるような変な人なんていないのよ」
陽和はニコッといたずらっぽく笑う。
「そんな意地悪なこと言わないでよ」
「あはは。でも、ミサキが茂みに隠れてなかったら、多分私は気にも留めなかったと思うから、そう考えると、そのおかげで出会えたって言えるのかもしれないけどね」
僕が普通に会話しているから安心したのか、陽和は優しげな笑みを浮かべたまま、先導するように歩いていく。
マンションの外に出ると、確かに街灯などの明かりがたくさんあって、この時間でもそれほど暗い印象は受けなかった。
もちろん、道を外れた場所に入ってしまえば、薄暗い空間が待っているのだろうけど。
「夜の散歩っていうのも、結構いいものよね」
陽和はなんだか積極的に話しかけてくる。
「涼しい風を受けながらゆっくり歩くの、結構好きなんだ。明るいとはいっても、さすがに女の子のひとり歩きだと怖いから、なかなかできないんだけどね」
陽和はやっぱり笑顔だったけど、その笑顔の裏には、話したいのはそんなことじゃない、という思いがしっかりと見えていた。
おそらくは会社にいときから、僕の様子がおかしいことに気づいていたのだろう。
もしかしたら、僕が優陽さんに対して抱いている不審な思いについても、ある程度は感づいているのかもしれない。
だけど僕は、不安そうな陽和の心のうちに気づきながらも、安心させてあげられるような答えを口にすることはできなかった。
僕は陽和の話に適当に相づちを打ち、当たり障りのない話をしただけで、夜の散歩を終えてマンションへと戻った。
頭上には明るい満月が、とても綺麗に輝いていた。