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ひかりひらり  作者: 沙φ亜竜
第3章 春色の明かり
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-1-

 次の日、僕は陽和と明灯さんに連れられて、朝から優陽さんが経営する会社の事務所に来ていた。

 町の中央通りにひっそりとたたずむ、小奇麗ではあるものの、通りから見る限りあまり広くはなさそうな建物だった。


「おはようございま~っす!」

「あら、明灯さん、陽和さん、おはよう。今日は早いのねぇ。いつもは一応社員扱いのくせして、午後出社が多いのにさ」


 ニコニコしながら、ひとりの女性が受け答える。

 結構きついことを言う人だ。

 まぁ、べつにトゲのある言い方、ってわけでもなかったのだけど。


「あはは、陽和はバイト扱いだけどねぇ!」


 一方明灯さんは、まったく気にする様子もなく笑い飛ばす。

 自分のことには触れないところを見ると、言われているのは本当のことなのだろう。


「話は聞いてますよ。そちらの方がお手伝いしてくれる、ミサキさんね?」

「そうなの。せいぜい、こき使ってやってね!」

「了解!」


 意地悪そうな笑みを浮かべているふたりを、陽和は苦笑しながら見つめている。

 僕は軽く会釈しながら、その様子を眺めていた。

 なんというか、かなり和気あいあいとした雰囲気みたいだ。

 それなりに成長しているとはいえ、まだまだ小さい会社だと言っていたから、もっとピリピリした忙しい感じを想像していたのだけど。


「社長の方針なんですよ。気持ちよく仕事に打ち込むためには、雰囲気が大切だからって。この事務所だって、外から見ると狭い感じですけど、中に入ってみると結構奥行きもあって、雰囲気も悪くないでしょ?」


 そう言って笑顔を僕に向けてくれる女性。

 確かに彼女が言うように、建物の中に入ってみたら立地の関係か奥行きは結構あり、壁で隔てたりもしていないため、狭い印象はまったく受けなかった。

 白で統一された綺麗な壁と、邪魔にならない程度に飾られた爽やかな色合いの絵画や観葉植物などが、ほどよく彩りを添えている。


「私はここで事務関連の仕事をしています、理星(りほし)です。しばらくのあいだ、よろしくお願いしますね」


 理星さんはさっきまでの意地悪そうな笑顔から一変して、見惚れてしまうほどの明るい笑顔を振りまきながら、自己紹介してくれた。

 事務関連といっても、この事務所には他の人は見受けられない。受付の対応などもこの理星さんがこなしているはずだ。

 営業スマイルが染みついている、といった感じなのだろう。

 きょろきょろと見回していた僕の疑問を感じ取ったのか、理星さんは解説を加えてくれた。


「事務所には普段、私しかいません。小さい会社ですからね。明灯さんたち姉妹が来てくれると、すごく助かるんですよ」


 どうやら優陽さんが言っていたとおり、社員数はそんなに多くないらしい。

 社長である優陽さん以下、他の社員たちはみんな、外回りでいろいろなところへ出かけていくのだそうだ。


「今日は一件、取り引き先の人が来て書類を受け取ることになってます。その対応は私がしますけど、お茶を淹れたりとかはお任せしますね。あっ、今日は暖かいみたいだし、冷たい飲み物のほうがいいかな。あとは、事務処理関連の資料作成とか簡単なものからいろいろと教えますので、頑張って覚えてください」


 ニコッと笑う理星さん。

 なるほど、やるべき仕事はたくさんあるみたいだ。


「そうね。バイト扱いとはいっても、もう結構慣れてきてるはずだから、陽和さんに教えてもらうのがいいかしらね」

「えっ? 私? ……でもまだ、ちゃんと覚えているかどうか……。お姉ちゃんのほうが、いいんじゃないかな?」

「ん~。明灯さんは、全然わかってない部分も多いからねぇ。陽和さんのほうが優秀なのよ!」

「むっ、ちょっと! それはじゃあ、私がダメ社員みたいじゃない!」

「……実際そうでしょ」


 ボソっと、またひどいことを。


「ふふっ、冗談だってば。明灯さんには、他にやって欲しい仕事があるからね。近いうちに必要な社外秘系の資料もあるのよ。バイト扱いになってると、任せるわけにもいかない仕事って、結構あるものだからね」

「つまり私の力が必要ってわけね! もう、そこまで頼りにされちゃ仕方がないわねぇ~!」

「べつに社員なら誰でもいいんだけど。あ~あ、もっといい人、入社してくれないかしら」

「なによ、それ~!?」


 そんな言い合いをしながらも、笑顔が絶えない。いい雰囲気の職場なのは確かだな。

 それにこのふたり、口では反発し合ってるような感じだけど、すごく仲がいいのだろう。

 陽和もそんなふたりの様子を、温かい瞳で見つめていた。



 ☆☆☆☆☆



 朝早くから仕事をしていると、時間はなかなか過ぎないもので。

 お昼ご飯の時間までは、まだもう少しあった。


「ミサキ、おなかすいたの? 朝、早かったから朝食も少なかったもんね」


 僕のおなかが小さく鳴ったのを聞き逃さなかった陽和が、ちょっとからかうような笑顔を向けながら話しかけてくる。

 事務所内には机がいくつか並べられていて、僕と陽和は隣の席に座っていた。

 その向かい側に隣同士で座っている明灯さんと理星さんは、朝からお喋りし続けている。

 それでいて、手はしっかり動いているのだから、理星さんだけでなく明灯さんも、実は結構優秀なのかもしれない。


「お昼までもう少しだからね、頑張るよ」


 ガッツポーズを作る僕に、陽和は温かい微笑みを送ってくれた。

 と、そのとき。

 不意に事務所のドアが開かれた。


「すみません。ご連絡させていただいた、ギャラクシーローズの者ですけれど」

「えっ? ミヤコさん?」


 聞き覚えのある声に顔を上げると、ミヤコさんが肩の上にイズミを乗せて事務所の入り口に立っていた。

 船長以下、僕たちが所属している会社、ギャラクシーローズ。

 創始者のロージアさんという人がとてもきらびやかな人らしく、『薔薇様』と呼ばれていたことから、そういう社名にしたのだとか。

 ギャラクシーは銀河だから、宇宙中を巡り巡る会社を上手く表しているネーミングという気はする。


「な……なんでミサキがここにいるわけ?」

「あはは。まぁ、いろいろあってね」


 僕は曖昧に照れ笑いを浮かべる。

 予想外のタイミングで船員に再会して、一瞬どう振舞っていいかわからなかった。

 僕は船から追い出されたようなものだったわけだし……。


「どうぞ、こちらへ」


 理星さんが、ミヤコさんを応接ブースへと案内する。

 そこは、入り口から続く大きな部屋の中に、パーテーションを使ってスペースを作ってある場所だった。

 部屋のさらに奥にあるドアの中には、ちゃんとした部屋になっている応接室もあるらしいのだけど、そちらは社長がいるときにだけ使われるのだそうだ。


 ミヤコさんとイズミが応接ブースに入る前に、陽和はすでに席を立っていた。

 飲み物の用意をしに行ったのだろう。

 ……しまった、僕がやらなきゃいけない仕事だったような気がする。


「ミサキさん、あの人たちと知り合いなの?」


 そう訊いてくる明灯さんに、ミヤコさんとイズミのことを話していると、陽和が飲み物を出し終えて席に戻ってきた。


「綺麗な人……。エルフだよね。それに、フェアリーの人って初めて見たわ。小さなコップがなかったんだけど、普通のサイズで大丈夫だったかなぁ?」

「う~ん、大丈夫だと思うけど……」


 そのすぐあとだった。

 ポチャン。


「きゃあっ! 冷たいですわ!」


 コップの中になにかが落っこちた音と、イズミの悲鳴が聞こえてきたのは。



 ☆☆☆☆☆



「まったく、災難でしたわ」

「本当にごめんなさい」

「いえいえ、私自身の不注意のせいですので、気にしないでくださいませ」


 仕事の話が終わったあと、僕もミヤコさんやイズミと話せる時間をもらえた。

 知り合いだということで、理星さんが配慮してくれたのだ。

 イズミの全身を拭いて服を乾かす時間も必要だったから、というのもあるのだけど。


 全身オレンジジュースまみれでベトベトになったイズミを、陽和がタオルで念入りに拭いてあげている。

 服の洗濯もしたいところだろうけど、さすがにフェアリー用の着替えなんてなかったから、軽くドライヤーで乾かした程度だった。


「まぁ、なんというか……」


 僕の正面に座っているミヤコさんが、目の前でイズミを拭いている陽和と、事務所の席に着いて仕事を続けている明灯さんのほうに視線を巡らせる。


「元気そうにやってるじゃない、ミサキ」


 そのニヤニヤ笑いの裏で、なにか妙なことを考えてませんか?


「そっちは、どうです?」

「ん。仕事のほうは順調ね。予定どおり進んでるわ。でも……」


 少し陰りのある表情に変わるミヤコさん。


「洗濯が面倒なのよねぇ。コインランドリーだけどさぁ」


 それくらいで面倒がらないでください。


「仕事中は旅館に泊まってるから、掃除や料理までする必要はないんだけどね。ミサキ、仕事が終わるのは予定どおり一週間後くらいだから。ちゃんと戻ってきてくれないと困るからね?」


 僕の存在意義は、やっぱりそれですか。

 そう思ってミヤコさんを睨んでいると、タオルで全身くるまれたイズミが僕のほうをじっと見つめているのに気づいた。

 うん、わかってるって。ミヤコさんなりの優しさなんだよね。

 僕の戻る場所は、あの船しかないのだから。心配しなくても戻りたいとは思っているのだけど。


「船長って、まだ怒ってます?」

「ん~、どうなんだろ。今回はみんな仕事場がバラバラだから、今日は会ってないんだよね。でも最初の説明のときには、話題にも出なかったわ」


 ……やっぱり船長にとっては、僕なんてどうでもいいのかな?

 そう考えると、もう船に戻ることはできないのかもしれない、といった思いまで浮かんでくる。


「ま、あんまり気にしなさんな。船長だって、本気であんたを置いていくつもりじゃないはずだから」

「うん」


 イズミを乾かし終えると、ふたりは他にも回るところがあるからと、少し急ぎ気味に去っていった。

 あまり時間がないのに、僕と話す時間は取ってくれたようだ。

 少しだけ、心が晴れた気がした。


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