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ひかりひらり  作者: 沙φ亜竜
第2章 再会日和
13/34

-5-

 僕たちはお茶を飲みながら、しばらく団らんの時間を過ごしていた。

 家族ではないけど、こういう時間って温かくていいな。

 船員のみんなは食事が終わったら少し話したりしているみたいだったけど、僕は洗い物があったから、すぐに厨房へと戻ってしまっていたっけ。

 宇宙船に戻ったら、今後は少しでも話せる時間を持つようにしよう。


「さてと、それじゃあ僕はそろそろ帰るから」


 優陽さんが立ち上がる。


「え~? もう帰っちゃうの~?」

「ああ、明日も朝から取り引き先に出かけないといけないからね」

「ちぇ~っ!」


 そんなやり取りを微笑ましく眺めていると、明灯さんがその言葉の矛先を僕に向けてきた。


「そういえば、ミサキさん。こんな時間だけど、いいの?」


 あっ、そうだ。

 どこか泊まれる場所を探さないといけないんだった。


 僕はこちらの事情を説明した。

 船長と言い争いをして今回の仕事から外されたこと、そのあいだ船に戻るのを禁止されていること、お金も全然ないこと……。

 明灯さんは、うんうんと頷きながら僕の話を聞いていた。


「なるほどね、わかったわ。それじゃあ、船に戻れるまで、うちに泊まっていきなさいな!」


 あっさりそう言ってのける明灯さん。


「いや、でも、優陽さんも帰るようだし、女性ふたりだけの家に泊めてもらうなんて、そんな……」

「陽和だって、そのほうがもっといっぱい話せるし、いいでしょ?」

「えっ? あ……うん、そうだね」


 答えながらも、陽和はちょっと恥ずかしげにうつむいていた。

 そんな仕草も、とても可愛らしい。


「なに恥ずかしがってるのよ。あっ、言っとくけど、部屋は別々よ? お客様用の部屋があるし」

「べ……べつに一緒になんて、思ってなかったよぉ!」


 陽和はさらに赤くなってムキになって反論している。


「本当にいいんですか?」


 泊めてもらえるのならありがたいとは思ったけど、さすがに悪い気がして僕は確認する。


「気にしないでいいってば。でも、そうね。うちに泊まっているあいだ、会社の仕事を手伝ってもらう、ってのはどうかな?」


 明灯さんはそう言うと、優陽さんに視線を向けた。

 無言で事の成り行きを見守っていた優陽さんは、少し考え込んではいたけど、すぐに答えを返してくれた。


「うん、いいんじゃないかな。ボランティアってのは悪いから、一応少しは給金も出させてもらうよ。それでいいかな?」


 温かい笑顔を僕に向けて、優陽さんはそんなふうに言ってくれた。

 正直、それはとても嬉しかった。一週間ほど耐えればいいだけとはいえ、僕は無一文の状態だったのだから。


「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしてすみませんが、よろしくお願いします」


 僕は深々と頭を下げた。


「うん、それじゃあ、決まり。僕は明日、取り引き先に出かけてしまうから、部下に話はつけておくよ」


 優陽さんは、そういい残して玄関のドアを出る。


「おっと、そうだ。言っておくけど、ふたりになにかあったら承知しないからね?」


 最後に振り返り、優陽さんは僕に笑顔を向けながらも、そんな言葉をつけ加えた。

 笑顔ではあったけど、僕は背筋に寒気を感じた。

 あの笑顔の仮面の下には、実は悪魔が隠れているのかも、なんて思ってしまうほどの威圧感を受け、ちょっと戸惑ってしまう。

 もっとも、優陽さんは若くして社長として成功を収めている人だ。ただ純粋に真面目で明るいだけでは、勤まらないのかもしれない。


 それに、考えてみれば当たり前だろう。

 この姉妹にとっては、お婆ちゃんから聞かされていた人だったとしても、優陽さんにはまったく関係のない赤の他人なのだから。


 優陽さんからはあまり質問が飛んでこなかったことを考えると、明灯さんが話くらいはしていたのだと思うけど。

 それでも、自分の彼女とその妹のふたり暮しの家に、若い男性が泊まるだなんて。

 気にするなというほうが無理ってものだ。

 もちろん僕は、優陽さんが心配するようなことをするつもりなんて、微塵もなかったわけだけど。


 優陽さんをドアの前で見送っていると、明灯さんは、「外まで送るよ」と言って優陽さんと一緒にエレベーターに乗っていってしまった。

 僕は陽和とふたり、その場に残された。


「あ、えっと……とりあえず、家に入りましょう」

「うん」


 どうもお互い必要以上に意識して、不自然な声になってしまう。

 ともかく僕たちは部屋まで戻った。


「お茶、もう一杯淹れるね」

「うん、ありがとう」


 僕は再びテーブルに着く。

 ふたりきりになると、さっきまでの明るかった食卓が嘘のようだ。

 時計の秒針の音さえもが、しっかりと耳に届いてくる。


「陽和。今日は、ありがとね。キミに声をかけてもらえなかったら、僕は大変なことになっていたと思う」


 とっさにお礼の言葉が口から飛び出していた。

 素直な気持ちではあったものの、僕からなにか話さないと、と考えて切羽詰っていた部分のほうが大きかったと言える。

 できれば、もっと楽しい話題がよかったとのだけど、他のことを思いつく余裕なんて、今の僕にはあるはずもなかった。


「ううん、いいのよ。でも、ほんとにびっくりした」

「だけどさ、怪しい奴だと思ったでしょ? 怖いとかは考えなかったの?」


 僕は疑問に思っていたことを訊いてみた。

 声をかけるのすらもためらう、そんな状況だったと思うし。


「正直に言えば、最初はちょっと……。でもね、服装のこともあったし、それに、ずっと見てたら、なんていうのかな、目が……」

「目?」

「うん。部屋を見上げる目が、すごく優しい感じだったの。光の加減なのかな、異世界の人、って感じに思えたんだ」

「ファイブナインズは、べつに異世界ってわけでもないんだけどね」

「うん、わかってる。一応学校では習うんだよ、そういう世界で暮らす人たちがいるって。でも、本当に会ったのは初めてだった。怖いって思いよりも、好奇心のほうが強かったんだと思う」


 陽和はじっと僕の目を見つめている。

 思わず顔が赤らむのが自分でもわかったけど、それでも目を逸らすわけにはいかなかった。

 真剣に話してくれている陽和に失礼だと思ったからだ。


「まさか本当に、お婆ちゃんが話してくれたその人だとは、すぐには信じられなかったけど」


 陽和はためらいがちに目を少し伏せ、そして上目遣いで僕を見る。


「えっと……。一週間くらいの短い期間みたいだけど、その……よろしくね、ミサキ」

「うん。こちらこそよろしく、陽和」


 僕は、陽和の温かな微笑みに包まれながら、陽光さんと過ごした時間の記憶を重ね合わせていた。



 ☆☆☆☆☆



 明灯さんは、十五分くらい経ってから戻ってきた。

 マンションの前辺りで、優陽さんといちゃいちゃしていたのかもしれない。

 そんなふうに思って視線を向けてみると、明灯さんはウィンクを返してきた。


 陽和とふたりきりの時間はどうだった?

 そう語っているかのように、明灯さんは微笑みを浮かべていた。


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