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「うわっ! 陽和が男を連れてきた! 今日は赤飯に変えたほうがいいかしらねぇ~?」
陽和の家に入るなり、出迎えてくれた同じ顔の女性がはしゃいだ声を上げた。
双子の姉、明灯さんだ。
近くで見てもやっぱり見分けがつかないほど、ふたりはそっくりだった。
よく見ると、明灯さんのほうが少しだけ眉毛がくっきりとした感じに思えるのは、彼女の雰囲気から生じる錯覚だろうか。
「もう、お姉ちゃん。そんなんじゃないってばぁ!」
陽和がほのかに頬を染めながら苦笑を浮かべている。
「そうなの? ま、いいわ。上がって」
明灯さんが素早くスリッパを用意してくれた。
さすがに双子といったところか、声の感じも陽和とそっくりだ。
でも、喋り方というか全体的な雰囲気が、陽和よりももっとハキハキとしていて勢いのある印象を受けた。
明るく大声で笑いながら引っ張ってくれる、そんな感じだった。
「お邪魔します」
スタスタと廊下を歩いていく明灯さんを陽和が追いかけ、そのあとに僕も続く。
すぐに曇りガラスのドアが見えてきた。
ドアを開けると、そこはダイニングルームになっていた。
同じ部屋にカウンターのようなちょっとした仕切りがあって、キッチンも見える。
部屋の中央に位置するテーブルには、四脚の椅子が備えつけられていて、そのうちのひとつに男性が座っていた。
「どうも」
男性は軽く会釈をして、笑顔で僕に挨拶の言葉を向けてきた。
先ほど明灯さんと腕を組んで歩いていた、あの人だった。
「それは私の彼氏で、優陽よ」
「おいおい、『それ』扱いはないだろ」
「ふふっ。あなたは、とりあえずここに座ってね。はい、お茶をどうぞ」
明灯さんはそう言いながら、優陽さんの斜め前の席に湯飲みを置く。
「夕飯もできてるから、少し待っててね。すぐに運んでくるわ。陽和も手伝ってよ」
「うん、わかった」
陽和は素直にキッチンのほうへと入っていく。
「僕も手伝うよ」
と申し出たのだけど、それはあっさりと拒否された。
「うちのキッチンは男子禁制で~す。なんてね。まぁ、お客さんなんだから、座って待っててよ、ね!」
ウィンクしながら明るい声で諭す明灯さんに、僕は従うしかなかった。
優陽さんはそんな様子を、ずっと微かに笑顔を浮かべたまま見つめていた。
料理はすぐに運ばれてきた。トマトソースのパスタだった。
その他にサラダとオニオンスープも運ばれてくる。
テーブルの中央には、ガーリックトーストも用意されていた。
思いのほかしっかりとした夕食を出してもらい、突然押しかけたのは迷惑だったかもしれない、と萎縮してしまう。
ぱっと見、パスタの専門店で注文したかのようにすら思えるほどだったからだ。
マンション内は豪華というほどではなく、ごく普通なのだとは思うけど、それでも宇宙船の狭い食堂での食事に慣れた僕には、まるでレストランにでも来ているように思えた。
部屋自体の、簡素ながら清潔で上品なレイアウトのせいもあるのかもしれない。
「お待たせ~! それじゃあ、冷めないうちに食べましょう!」
「いただきま~す」
女性陣の明るい声に続いて、優陽さんと僕も、
「いただきます」
と少し遠慮がちに言って食べ始める。
せっかく用意してもらったのだ、遠慮して食べないほうが失礼に当たるだろう。
考えてみると、船員のみんな以外とこうして食卓を囲むなんて、本当に久しぶりのことだった。
「ところで陽和。この人とは、どういう関係なの?」
ニヤニヤした笑みをこぼしながら、からかうような口調で問う明灯さんに、陽和は微かに困惑の表情を浮かべていた。
「え~っと……」
僕のほうにちらりと視線を向ける陽和。
陽和は、なんて答えるつもりだろう?
ちょっと不安だった。
僕はさっき知り合ったばかりで、しかも正確に答えるなら部屋の様子をうかがっていた怪しい奴なのだから。
そんな僕の不安を感じ取ってくれたのか、陽和は微笑みを浮かべて応えてくれた。
大丈夫だよ、安心して。
陽和の瞳が、そう語っていた。
「この人はミサキ。ファイブナインズの人なんだって」
陽和の答えはそれだけだったけど、明灯さんは大げさな反応を返した。
「えっ? そうなの!? そう言われれば、確かに服装もそんな感じね。それにその名前って……。それじゃあ、もしかして……」
「えっと、うん、多分そう……かなぁ、って」
恥ずかしそうにうつむく陽和とは対照的に、明灯さんはぱーっと明るい笑顔を振りまいて、僕の顔をじろじろとのぞき込んでくる。
……さすがに、少々照れてしまう。
「お婆ちゃんの想い人さんなのね! へぇ、本当に実在したんだぁ!」
明灯さんが黄色い声を上げてはしゃぐ。
「えっと……それってやっぱり、陽光さんが語り継いでいたってこと?」
「うんうん、そうなんだよ~!」
僕の質問には、すぐさま肯定の答えが返ってきた。
そっか、このふたりはやっぱり陽光さんのお孫さんなんだ。
陽光さんとそっくりな姿を見て、おそらくそうだろうとは思っていたけど、こうやってはっきりすると、やはりとても嬉しく思えた。
それから、僕はふたりのことについて、いろいろと教えてもらった。
陽和と明灯さんの両親は、ふたりが幼い頃に事故で亡くなってしまったということ。
その後はお婆さん――つまり陽光さんと暮らしていたということ。
残念ながら、陽光さんもすでに亡くなってしまったということ……。
陽光さんがもう亡くなっている。それは僕にとって、かなりショックだった。
だけど、両親に先立たれたあと、一緒に暮らしていた陽和と明灯さんのふたりには、もっとショックだったに違いない。
その悲しみを乗り越えて、今こうして生きているのだ。
そんなふたりの前で涙を見せることなんてできない。僕はぐっと湧き上がる思いを堪えていた。
身寄りのなくなったふたりは、今では優陽さんの仕事を手伝うことで生計を立てているらしい。
そうやって一緒に仕事をしているうちに、明灯さんは優陽さんとつき合うようになったのだろう。
優陽さんは二十代前半の若さで起業、細々とした活動を経て、現在ではそれなりに名の知れたベンチャー企業へと成長を遂げているのだという。
「まだまだ社員数も少ないんだけどね」
照れ笑いを浮かべながら、優陽さんはそう声を挟む。
このマンションも半分は社宅という扱いで、優陽さんがある程度負担してくれているのだそうだ。
そして、ここに姉妹ふたりで暮らしている。
女性ふたりだけではなにかと心配だからと、優陽さんは頻繁に足を運んでいるとのことだった。
「あっ、ちょっとお手洗いに……」
食事が終ってもそのまま話を続けていると、少し恥ずかしげに断ってから、陽和が席を立った。
「わざわざ言わなくてもいいのにね」
明灯さんは、そう言って笑っていた。
と、不意にその笑顔はすーっと波が引くように消える。
真面目な表情になった明灯さんは、静かに語り始めた。
「あの子ね、実は去年高校を卒業してから、ずっと家に引きこもりっぱなしになってたんだ」
……え?
僕は驚いた。
確かに若干遠慮がちな印象はあったけど、陽和の明るい笑顔を見ている限り、そんなふうには全然思えなかったからだ。
「昔から私が一方的に陽和を引っ張っていく感じだったからかしらね。そのせいで、あの子自身は、おとなしめな性格に育ってしまったみたいで。だから買い物を頼んだりして、少しでも外に出させるようにしていたの」
そこでわずかに間を置く明灯さん。
僕も優陽さんも、続けられるであろう言葉に耳を傾けていた。
「私たちふたりはね、お婆ちゃんからよく、あなたのことを聞かされていたのよ。もちろん、お婆ちゃんの中で時間とともに美化されていたのも事実だとは思うけど。あなたのことを話すお婆ちゃんは、本当に幸せそうだった」
陽光さんは、本当に僕のことを語り継いでいたのだ。
嘘をつくような人ではなかったから、とくに不思議なことではなかったけど。
その事実は、すごく照れくさくはあったものの、僕を温かな気持ちにさせてくれた。
お婆さんになっていても、やっぱりもう一度、陽光さんと会って話したかったな……。
陽光さんと僕は、ほんの一週間くらい一緒に過ごしただけだった。
にもかかわらず、ずっと連れ添った仲だったかのように、陽光さんはたくさんの思い出話をしていたらしい。
それを聞いて育った、孫娘である陽和と明灯さん。
当然ながら、お婆さんのお話の中の人物、としか思っていなかっただろう。
それでも、「聞いている私たちも幸せな気分になれたんだ」と、明灯さんは語った。
「それが、あなただったのね。……確かに、結構いい男。私の好みだわ~」
なんて明灯さんはおどけた様子で言い出した。
これにはさすがに優陽さんが抗議の声を上げる。
「おいおい、僕はどうなるんだよ」
「ふふ、冗談よ」
明灯さんは微笑んで、優陽さんの肩に寄り添う。
とてもラブラブなカップルだった。
「私はともかく、陽和はすごいお婆ちゃんっ子だったから。知らない人とはいえ、あなたのことを、それこそ白馬の王子様みたいに思っていたんじゃないかな。少なくとも、私はそう思ってる」
本当にそうなのだろうか?
いくらお婆さんから聞かされていたとはいえ、そこまで想ってもらえるものなのだろうか?
いつ戻ってくるか、本当に戻ってくるかすらわからない、ファイブナインズ、いわば自分とは住む世界が違うような相手だというのに……。
「ただいま。ついでだから、お茶を淹れるわね」
陽和は戻ってくるなり、笑顔でそう言ってキッチンに立つ。
「あ……ちゃんと手は洗ったから、安心してね?」
「そんなこと、言わなくてもいいのにね」
明灯さんが微笑みながら、そっと僕にささやきかけた。