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僕はとりあえず、落胆しながらも、楽しそうに腕を組んで歩いているふたりのあとを追っていた。
楽しそうに歩く恋人の後ろを、こそこそ隠れながら尾行している僕。
これって、いわゆるストーカーってやつになるのだろうか……。
職務質問されたとしても、おかしくない状況なのかも。
そう思いながらも、やっぱり彼女が気になっていた僕には、ふたりのあとを追っていくことしか考えられなかった。
彼女たちは何軒かの店に立ち寄り、軽めの買い物を済ませたあと、住宅街へと歩いてきていた。
やがて、一棟のマンションの中にふたり揃って入っていく。
高級マンションというわけではないけど、アパートと言えるレベルは超えている、そんな感じだった。
中にまで入っていくのは、さすがにためらわれた。
僕はマンションの外から様子をうかがうことに決め、ちょっとした茂みの中に身を潜めた。
マンションを眺めていると、明かりの点いた部屋があった。そこが彼女の部屋なのだろう。
カーテンが閉められているため、さすがに中までは見えなかったけど、そのカーテンにはふたつの人影が映った。
やっぱりさっきの男の人も一緒に入ったんだな。同棲してるってことか……。
陽光さんのお孫さんだとしたら、幸せに暮らしていることを素直に祝福してあげないといけないはずなのに。
どうしても素直に喜べない自分がいた。
僕って、やっぱりダメだな……。だから船のみんなも、愛想を尽かしてしまったのかもしれない……。
なんだか、どんどんと沈んだ気持ちになっていくのが、自分自身でもよくわかった。
ダメだ、こんなんじゃ。
というか、僕はなにをやっているんだ。
こんなところに隠れて、ストーカーまがいのことをして。
やめやめ!
陽光さんのことを聞きたいっていう思いはあったけど、すっぱり諦めて帰ろう!
と、そこではたと気づく。
……そうだった、一週間は船に帰ることもできないんだった。
う~ん、まずはどこか泊まる場所を探さないと……。
それにしても、なにも考えずに町まで来てしまったけど、僕はお金も持っていないじゃないか。
普段はみんなと一緒に行動するから必要なかったとはいえ、どんなことが起こるかはわからないのだから、換金できる物のひとつでも持っておくべきだったのに。
時間の流れも違う関係上、現地の通貨をあらかじめ用意しておくことはほとんどない。
すでに使えないお金になっている可能性もあるからだ。
そのため、現地に着いてから必要な分を換金する。それは船長の責任のもと、実際にはナギさんが担当していたはずだ。
今から宇宙船に戻っても誰もいないだろうし、みんながどこにいるのかもわからない。
お金は諦めるしかないか……。
死にはしないだろう、なんて船長は言っていた。
確かにこれくらいの気候なら、野宿したとしても死なないとは思うけど。
それでも一週間は、さすがに厳しい。
だいたいお金もなくて、食事はどうすればいいのだろうか?
う~ん……。
ともかく、このままこの茂みに潜んでいるわけにもいかない。
どこか寝床になりそうな場所でも探すことにしようかな。
微かに葉っぱのこすれる音を立てながら、意を決して立ち上がる。
そんな僕に、突然背後から声がかかった。
「こんなところで、なにをしてるんですか?」
その声に振り向いた僕は、我が目を疑った。
目の前にいたのが、陽光さんにそっくりな女の子だったからだ。
どうして……? さっきまで部屋にいたはずじゃあ?
ふと、明かりの点いた部屋に目線を向ける。そこにはしっかりと、ふたつの人影が見えた。
あれ? それじゃあ、この子は……?
呆然とした僕は、その子の顔をまじまじと見つめていた。
見れば見るほど陽光さんに、そしてさっきまで僕が尾行していたあの子にそっくりだった。
じっと見つめられても怯むことなく、その女の子はほのかな笑顔を浮かべながら、こう言った。
「あなたさっきから、あの部屋をずっと見てましたよね?」
その綺麗な声にも、思わず聞き入ってしまう。
というか、「ずっと見てた」という言い方をしているってことはつまり――。
「キミは僕を、ずっと見ていたってこと……?」
「買い物と散歩の帰りでしたから。それに、あまり早く帰るわけにもいかなくて」
なにか事情があるといった感じだろうか。
だけど、訊いてしまっていいものか、僕は迷っていた。
「それよりあなた、お姉ちゃんのお友達ですか?」
「お姉ちゃん? ……ああ、キミはあの子の妹さんなんだ」
「うん、双子なんだけどね」
そう言って微笑む彼女は、本当に陽光さんとうりふたつだった。
「家にね、今、お姉ちゃんの彼氏さんが来ているの。だから、あまり早く帰ると邪魔しちゃうかな、って思ってマンションの周りで時間を潰してたんだ。そしたら、あなたを見つけて」
「そうだったんだ」
「私は明灯お姉ちゃんの双子の妹で、陽和です」
よろしくお願いします。そう言って頭を下げる陽和さん。
「僕は、ミサキです」
思わず、こちらも素直に名乗ってしまっていた。
「ミサキさん……ですか……」
それを聞いて、陽和さんは一瞬考え込むような表情を浮かべた。
でもすぐに、
「綺麗でいい名前ですね」
温かな声を伴って微笑んだ。
それにしても陽和さんは、僕をお姉さんの友達だと信じて疑っていない様子だった。
このままだと、嘘をついていることになる。
僕には、陽和さんの素直な瞳を見つめながら、なおも嘘をつき通すなんてことはできなかった。
「ごめん、僕はキミのお姉さんの友達じゃないんだ。その……」
そこまで言って、どう説明していいものか、言葉に詰まってしまう。
陽和さんは不思議そうな瞳で見つめ返してきた。
「ちょっと事情があってこの惑星に来たんだけど、ファイブナインズ世界の住人なんだ」
陽和さんは驚いて目を丸くする。
それはそうだよね……。
しかも、隠れて部屋を見ていた理由がまったくない。
どう考えても、怪しい男としか思われないだろうというのは、わかりきっていた。
それでもこの子に対して嘘をつくなんて、僕にはできなかったのだ。
そんな僕の萎縮した気持ちとは裏腹に、陽和さんは笑顔を浮かべる。
「そっか……やっぱり、そうなんだ……。うん、わかったわ、ミサキさん」
やっぱり……?
どういうことだろうか。
尋ねてみると、僕の着ている服の素材がファイブナインズ製なのではないかと、そう思って見ていたからだと答えた。
「ごめんね、陽和さん」
うつむいて小さく謝る僕に、陽和さんは再び優しげな笑顔を向けてくれた。
「陽和でいいわよ。さんづけで呼ばれるの、あまり慣れてないし」
「え? ……そ、それじゃあ、僕もミサキでいいです」
言ってから、僕は後悔した。
さすがにそれは、ちょっと図々しいだろう。
それに陽和の雰囲気が優しすぎるから飲まれてしまった感じだったけど、僕が人の家の様子を外からうかがっていた怪しい男だ、という事実は変わっていないのだから……。
それなのに、陽和は僕に微笑みを向けたまま、「ふふ、恋人同士みたいね」なんて言ってくれた。
「あっ、ここじゃあ、ちょっと寒いよね。そろそろ、家に入りましょう」
陽和はそっと僕の手を握り、その手を引っ張って歩き出す。
え……?
お姉さんの友達ではないことがわかったのだから、陽和にとって僕は、今出会ったばかりの見ず知らずの男性でしかないはずなのに……。
戸惑いはあったものの、僕は促されるまま、マンションの中へと入っていった。
陽和の温かな手に包まれて、ちょっとドキドキしながら――。