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ひかりひらり  作者: 沙φ亜竜
第2章 再会日和
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-2-

 僕は宇宙船が泊められた港を出て、それなりに活気づいた町並みを歩いていた。

 もう夕方くらいだろうか。人通りも結構激しい。


 なんだよ、みんな。僕がいなきゃ、誰が食事を作ったり掃除したりするんだよ。

 ……どうやら僕は、すっかり雑用係が身に染み込んでしまっているみたいだった。


 でも、困るに決まってる。

 僕の必要性を痛感すればいいんだ!


 その瞬間、肩に衝撃が走る。


「気をつけろ、バカ野郎!」


 ぼーっと歩いていたため、道行く人とぶつかってしまったようだ。


「すみません……」


 小さく謝り、足早にその場を去る。

 徐々に朱味(あかみ)を帯び始めた空の色に包まれて、僕はただただ、あてもなく歩いた。

 周りをちゃんと見る余裕すらなく、ひたすら足を動かす。


 気づいたときには、町外れまで来てしまっていた。

 綺麗な水の流れる小川のせせらぎが、僕の心を少しだけ落ち着かせてくれた。


 ……違う……。

 みんなに僕が必要なんじゃない。

 僕にみんなが必要なんだ。


 ひとりになった僕は、気がついた。

 みんなが周りにいる。それは当たり前のことだと思っていたけど、そうではなかったのだ。

 あとでみんなに謝ろう。

 僕は、そう心に誓っていた。


 ふと遠景に目を向ける。

 小高い丘の稜線を、夕焼けの朱が染め上げていた。


 あれ? あの丘……。


 慌てて僕は周りを見渡す。

 その丘を下から見上げたことはなかったわけだけど、丘の周辺に見える山々、そしてその丘から一望できるこの町並みの雰囲気……。


 間違いない。

 ここは陽光さんの住んでいた、あの惑星だ!

 向こうに見える丘は、陽光さんとふたりの時間を過ごしたあの丘なんだ!


 僕の心臓は高鳴った。

 陽光さんに会いたい!

 その想いが、僕の中でどんどんと膨らんでいく。

 ほとんど無意識のうちに、僕は再び町の中心へと向かって走り出していた。


 人々でごった返す町の中を闇雲に走り続ける僕。

 だけど町にはたくさんの人が行き交っている。

 この町のどこかに探している人がいたとしても、そう簡単に見つけられるものではない。


 再び僕は走るのを止め、重い足取りへと逆戻り。

 言葉を発することもなく、ただとぼとぼと歩く。

 空の朱さが青を経て黒く染まっていく頃になってようやく、僕は冷静さを取り戻した。


 考えてみたら、あれから一ヶ月半ほどの時間が経っている。

 そのあいだ、僕たちの宇宙船はファイブナインズ・ドライブで移動し、ファイブナインズ世界のステーションを行き来して仕事をしていた。

 つまりは、ずっと遅い時間の流れの中にいたことになる。


 ファイブナインズの外にあるこの惑星では、僕たちから見れば三百六十倍くらいの速さで時間が進んでいたはずだ。

 とすると、ここではあれからもう、五十年近い歳月が流れている計算になる。

 陽光さんへの想いで冷静さを失っていたさっきまでの僕には、そう判断できる余裕はまったくなかったのだけど。


 それにしても、僕はこんなにも陽光さんのことを想っていたんだ。

 今さらながらに、そう痛感した。

 ともあれ、過ぎた年月はもう戻らない。

 五十年という時間を考えると、陽光さんはお婆さんになっていることだろう。


 それでも、会いたい。

 僕はそう思った。


 ――あ……いた!


 自分でも諦めかけていたけど、僕の目に陽光さんの姿が映った。

 一ヶ月半前とほとんど変わりのないその姿で、彼女はそこに立っていた。


 いやいや、冷静になれ。陽光さんのはずはない。

 だって、ここでは五十年もの長い時間が経っているのだから。

 ただ、見間違えるほどそっくりな容姿からすると、あの子は陽光さんの子孫、ということになるのかもしれない。

 過ぎ去った年月を考慮すると、お孫さんだろうか?


 じっくり観察してみても、本当によく似ている。

 いきなり目の前に現れていたら、おそらく僕は迷うことなく「陽光さん!」と呼びかけてしまっていただろう。

 陽光さんは、女の子を産んで語り継ぐ、なんて言っていたっけ。

 実際、お子さんのほうだって、そんなことを言われても困るだけだろうし、ありえないとは思っていたけど。


 せっかくこうして見つけることができたのだから、今、陽光さんがどうしてるかくらいは聞きたいな。

 とはいえ……。

 なんと言って話しかければいいのやら。


 こんなに似てるといっても、陽光さんとは全然関係ない人だって可能性もありえるわけだし。

 それに、面識のない女性にいきなり話しかけるなんて恥ずかしい……。


 こんなふうにいろいろと考えてしまい、僕は彼女に近づくことすらできないでいた。


 そういえば、こんな場所でなにをしているのだろう?

 そろそろ暗くなり始めているこんな時間。どうやらここは公園のようだ。

 彼女はベンチにひとりで座っている。


 ……ということは……。


 やっぱり、思ったとおりだった。

 向こうのほうからひとりの男性がやってくる。二十代中ほどくらいだろうか。

 遅れてしまったのだろう、男性が苦笑いを浮かべつつ控えめに手を振ると、彼女は明るい笑顔を浮かべてベンチから立ち上がり、飛び跳ねながら手を振り返していた。


「ごめんね、待ったかな?」

「もう、遅いよ! ま、いいけどね。それじゃ、行こっか!」


 彼女が男性に腕を絡め、ふたりは笑顔に包まれながら歩き出した。


 そうか。そうだよね。

 陽光さんにそっくりな可愛い女の子。

 年齢も陽光さんと出会った頃と同じ程度、十八歳前後といったところだろうか。

 彼氏くらいいるのが普通だよね。


 陽光さんのお孫さんが、語り継がれた男性のことを想って待ってくれているだなんて、そんなことがあるとは思っていなかったけど……。

 僕は思いのほか、落胆しているようだった。


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