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歴史パロディ置き場

便所の天井ぶち破れ!

作者: 野井琅世
掲載日:2026/05/30

歴史を元ネタにしたコメディーです。

苦手な方は自己防衛をお願いします。



「殿ぉぉぉっ!」


 夜も()けた頃、一人の男の声が響いた。

 その声の主は、叫びながら館の中を全力疾走している。

 相当な慌てようだった。

 あまりに慌てているせいか、時々、足をもつれさせている。

 それでも男は走る事を止めない。

 館の奥へ、奥へと駆けていく。

 そして、館の奥の一室の前で止まると、息も絶え絶えの有様ながら、戸を勢いよく開け放った。


「うわぁっ! な、何だ⁉ 急にどうした⁉」


 館の奥の部屋で寝ていた男が飛び起きて叫ぶ。

 どうやら、この男が『殿』らしい。


「こんな夜更けに何のつもりだ⁉」


 殿が怒鳴る。

 寝ていたら叩き起こされたも同然なのだから当然の反応だろう。

 だが、そんな殿に、駆け込んで来た男は怒鳴り返す様にして言葉を返す。


謀反(むほん)です!」

「何だと⁉」


 駆け込んで来た男の言葉に、殿が驚愕に顔を歪ませる。


「誰が首謀者だ⁉」

「分かりません! 現在、館の門で防いでいますが、時間の問題です!」

「数は⁉」

「多数としか……」


 殿が舌打ちをする。

 どう考えても状況が悪すぎだった。

 話の内容からして、館の戦力で持ちこたえられる様な状況ではなさそうだ。

 できる事といえば、討ち死に覚悟で戦うか、(いさぎよ)く自害して果てる他無いだろう。

 だが、そんな状況に、殿は思案するように目を(つむ)る。

 (しば)しの沈黙の後、目を瞑ったまま、殿が言う。


「……側近。妻を呼んでくれ」

「⁉ ……承知しました」


 殿の指示に、駆け込んで来た男――側近が絞り出す様に答える。

 そして、側近は、すぐさま部屋から駆け出して行った。




 暫しの時間が経った。

 側近が、一人の女性を連れ帰ってくる。

 その女性に殿が言う。


「妻よ。謀反だ」

「まぁ……!」


 殿の言葉に、殿の妻が驚いた様に声を上げる。

 そんな自分の妻を殿が抱き寄せる。


「怖い思いをさせる。……すまんな」


 殿の言葉に、側近が静かに涙を流す。

 そして、側近は黙って短剣を殿に差し出した。


「……これは?」


 殿が(いぶか)し気に(たず)ねる。

 そんな殿に、側近が答える。


「御自害なさるのでは……?」

「は?」


 完全に意表を突かれた様な声を殿が上げる。

 どうやら、自害するつもりは欠片もなさそうだった。


「? ……では、戦われるのですか?」

「この場の戦力で勝てる訳がないだろう」


 殿の言葉に、側近が首を傾げる。

 それも無理ない事だろう。

 自害するつもりはない。戦うつもりもない。

 なら、どうするつもりなのか? と、いう話だ。


「策がある」


 首を傾げる側近に、殿が不敵な笑みを浮かべながら言う。

 どうやら、殿には、この場を切り抜ける策があるらしい。

 だが、側近は、その言葉に懐疑的(かいぎてき)なのか、かなり疑わし気な表情を浮かべている。


「策……、ですか?」

「そうだ。とっておきのな……」


 言うなり、殿が妻を抱き上げる。

 そして、息を整える様に大きく深呼吸し、叫ぶ。


「逃げるんだよぉ~!」


 そう叫ぶなり、殿が走り出す。

 妻を抱き上げているというのに、とんでもない素早さだった。


「噓でしょ⁉」


 側近が叫ぶ。

 そして、一瞬、硬直したものの、慌てて殿を追いかけて走り出す。


「門は攻撃を受けているんですよ!」

「道ってのは、自分自身で作り出すものだ!」

「逃げ道じゃないですか! 最高にダサいですよ!」

「道は道だ!」


 殿は止まらない。

 着物をはだけさせ、肩を(あら)わにしながらも走り続ける。

 ついでに言うと、下着も丸見えだった。


「まあ。相変わらず、(たくま)しい身体ですね」

「そうだろう? ()れなおしたか?」

「半裸で走ってるだけでしょ! 何で、この状況で乳繰(ちちく)り合えるんですか⁉」


 側近のツッコミを無視して殿は走る。

 半裸で走る姿を何人もの部下に目撃されているが、殿は気にもしていない。

 そして、とうとう、館を飛び出した。


「どこに行くんですか⁉ 後、半裸で外に出ないでください!」

「知った事か!」


 側近の言葉に短く言い返し、殿は、館の外に建っている建物に向かって走っていく。


(かわや)じゃないですか! 逃げ込んでも、何の解決にもなりませんよ!」


 そう、殿が向かっていたのは厠だった。

 中々の臭気である。

 だが、そんな事は気にもせず、殿は厠に突入していく。

 そして、殿は厠に突入するなり、勢いよく戸を閉めた。


「殿! 何をやってるんですか⁉」


 叫びながら、側近が厠の戸を叩く。


「入ってます!」

「知ってます!」


 返ってきた殿の言葉は、極めてどうでも良い言葉だった。


「本当に、何を考えているんですか⁉ お願いですから、出てきてください!」


 側近が悲痛な声で叫ぶが、もう、何の返事も返ってこなかった。

 しかも、戸は開かない。

 内側からつっかえ棒でもされているようだった。

 暫しの時間、側近は厠の戸と戦ったが、ついに諦め、叫ぶ。


「誰か! 来てくれ!」


 救援を求める事にした様だ。

 その声に応える様に、数人が集まって来る。


「どうした⁉」


 館が攻撃を受けているからだろう。やって来た者も慌てた様子だった。


「殿が厠に立て()もった!」

「はぁっ⁉」


 集まって来たうちの一人が叫ぶ。

 何を言われたのか理解できない様な表情だった。


「殿がか⁉」

「そうだ! 奥方も一緒だ!」

「何で厠に⁉」

「知らん! 戸を()じ開けるのを手伝え!」

「説得できないのか⁉」

「返事がない! 厠に逃げ込んで討ち取られでもしてみろ! 天下の笑いものだぞ!」

「……分かった!」


 側近の言葉に、集まった者達が戸を破壊しようと攻撃を始める。

 だが、何故か無駄に頑丈な戸は壊れない。

 その様に、しびれを切らした一人が走り出す。


「丸太を探してくる!」

「頼む!」


 そして、運ばれてくる丸太。

 数人で丸太を持ち、丸太を厠の戸に目掛けて打ち()える。

 まるで攻城戦の様な有様だった。


「何で、攻めらている立場なのに、厠相手に攻城戦をしないといかんのだ!」


 丸太を持つ一人が叫ぶ。

 至極(しごく)、もっともな意見である。


「四の五の言うな! 殿を引きずり出して、自害させるか、戦わせるかするぞ!」


 究極の二択だ。

 ちなみに、どちらの選択肢を選んでも、殿は最終的に死亡である。


「戸が壊れたぞ!」


 丸太が戸を打ち破る破壊音の後、声が響く。

 丸太を持った者達が、まるで勝鬨(かちどき)の様な声を上げていた。


「殿は⁉」


 そう叫び、側近が厠の中を覗き込む。


「……居ない?」


 側近が訝し気な声を上げる。

 側近の言う通り、厠の中には誰も居なかった。

 だが、殿は確かに厠の中に逃げ込んだはずである。


「っ⁉ 天井が破られているぞ!」


 側近と共に厠を覗いていた一人が叫ぶ。

 その声に導かれるように視線を上に向けてみれば、確かに天井が破られていた。


「フハハハハハハハッ!」


 高笑いが響いた。

 厠の外からだった。


「殿っ⁉」


 誰かが叫ぶ。

 そう、高笑いの主は殿だった。

 殿が、妻を抱いたまま、塀の上を疾走している。


「厠の天井から塀に上がったのか⁉」


 驚愕の声が響く。

 そして、続けて側近が叫んだ。


「敵兵はどうしている⁉」

「門に集中しています!」

「っ⁉ 殿っ! 敵兵が少ない場所から逃げてください!」

「任せろ!」


 そう叫ぶなり、殿の姿が塀の上から消える。

 どうやら、塀から飛び降りたらしい。


「俺は死なん! 逃げ切って見せるぞぉぉ!」


 殿の雄たけびが響く。

 その声を聞き届け、側近が周囲に居る者達に指示を飛ばす。


「徹底的に抗戦しろっ! 敵の目を門に集中させるのだ!」

「「「応っ!」」」


 厠相手に攻城戦を行っていた者達が気合の声を上げ、武器をひっさげ、駆け出していく。

 側近も、防衛指揮の為、少し遅れて駆け出した。


「殿。何とぞ御無事で」


 側近の声が闇夜に消えていく。

 そして、そんな状況を背後に逃げる殿は、半裸のままに疾走していた。

 女性を抱き上げ、半裸で疾走する男。

 プライドも何もかも投げ出した様な状態の男が、まさか殿だとは誰も思わず、(わず)かにすれ違う敵兵も見逃していく。

 そして、殿は……




 半裸のまま、見事に味方の陣営に駆け込んだのだった。


 題名で気づいている方もいると思いますが、元ネタは、三国志の呂布奉先です。

 正史三国志・呂布伝の(多分)注釈に、196年の夜半、呂布の大将の郝萌が反旗を翻し、呂布の政庁がある下邳の役所に侵入。呂布は頭巾もかぶらず、肩も露わな姿で、妻を連れて厠の天井から壁をつたって脱出し、高順の陣営に逃げ込んだとあります。

 ちなみに、この反乱、陳宮が共謀していたようです。


 なお、この時代の厠は豚小屋とセットだったようです。

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