007:皇子の記憶
「そーいえばさ」
「何?」
「ルチルちゃんの《《きょうだい》》って、どんな人なの?」
「そうねえ……」
塾の授業が終わった放課後。
アンナが帰宅する前に雑談を振ることは多々あった。
本当に何気ない日常として選ばれたであろう今回の話題は、少々センシティブな物と言えた。
「アンナ殿。そのような言及をされては、殿下の御心に障る物がある。控えて頂きたい」
「え?」
実際そう感じ取られたのだろう。背後で控えていたエルフリーデから厳しい指摘が上がる。
「殿下の兄御様方は、御崩御なさっておられるのだぞ」
「あ……、す、すいません。お姉さんたちのことを聞いたつもりだったんだけど」
「えっ……」
藪蛇を踏んだのは指摘した側だったようだ。
確かに《《きょうだい》》という言い回しは男女全般を指すものである。
だが、アンナがつい最近亡くなった者のことを身内から根掘り葉掘り聞きたがる性格かと言われれば、違うだろう。
言い方の間違いと、他者への理解の薄さ。
そのどちらもが生んだ衝突事故であった。
「そ、その、済まない。邪推をしてしまった」
「いえ、あの、あたしこと、聞き辛いこと聞いてごめん」
互いに謝罪をしたものの、気まずい空気になる。
両者が渦中のルチルの様子をちらりと見ると、別にどうとも思っていないような顔をしていた。
「お兄様達のこと? 別に話してもいいわよ」
「殿下!?」
「そんな腫れ物を扱うようにしなくてもいいじゃない。むしろ、誰かに話している方が気が楽になるわ」
「さ、左様でございますか」
本人の心根もあるだろうが、亡くした者の思い出話をすることに抵抗がないタイプのようであった。
そうすることで昇華出来るものもあるのだろう。
「ルチルちゃん、無理してない?」
「アンナ。いい、と言ったわ」
「う、うん」
いつもルチルがエルフリーデを諌めるお決まりのフレーズ。
それが自分に来るとは。アンナは少々面食らいつつも彼女の言う通り話し出すのを待った。
「第一皇子、ジークヴァルトお兄様は、優しくて、明るくて、誰からも愛されるようなお方だったわ。殺されるほど憎まれていたなんて、ワタシには思えなかったけど。でも、宮廷というのはそういう場だったのね。今回の一件で思い知らされたわ」
「そっか……」
「ジークヴァルトお兄様はね、国で起こった賊徒の乱を自ら鎮めに行くような、勇壮な方でもあったの」
「ぞくと?」
「悪い輩、ということだ」
「えぇっ、それを自分から? すごい皇子様だなぁ」
「えぇ、すごかったのよ」
…………
……
◆
「《《ジーク皇子》》! 大勢は決してございます!」
「うん、みんなご苦労さま」
伝令に現れた側近に、柔和な笑みで答える馬上の青年。
ジークヴァルト・ローラント・ツ・ソディア。
ソディア帝国第一皇子である。
耳ほどまでに整えられた美しい金髪に、金色の眼が、蒼い鎧姿によく映える、精悍なる若武者だ。
彼は帝国の辺境で起きた賊の武装蜂起を、私兵を率いて収めに来ていた。
そしてそれは、たった今無事に片がつこうとしていた。
「よし、後は僕がいつも通り、制圧をかけるよ」
「お気をつけて、皇子」
「ヘマすんじゃねえですぜ」
「ははは、心配ありがとう」
彼にかかる言葉は気安いものが多い。
私兵だからというのもあるが、彼の臣下は彼自身が遠征に出向いた際、自ら勧誘した者達で纏まっているからだ。
良く言えば身分を問わない実力主義、悪く言えば雑多な混合軍である。
だからだろう、綺羅びやかな鎧姿のものの中に、ぶっきらぼうな武装をしている者がいくつも見受けられる。
“次期皇帝にふさわしくない”という陳情もいくつも受けていたが、彼は“彼らは大事な仲間だ”と突っぱねていた。
「ここが反乱軍の砦か……」
下馬し、伴を連れて砦内部に入る第一皇子。
大勢は決したとの言葉通り、彼を襲うものは既に居なかった。
必死に息を殺し隠れていた、一人を除いて。
「我らを苦しめる悪の皇子め、覚悟しろ!」
「!」
賊の凶刃が迫る。
「皇子!」
「大丈夫だ」
落ち着き払って抜剣すると、駆けてくる賊と正面から向かい合う。
「はぁっ!」
「くっ……!」
「……!」
振り払った宝剣で短剣を弾き飛ばされた衝撃で、賊が尻もちをつく。
その反動で顔を覆っていたフードが捲れ上がり、容貌が明らかになる。
皇子はその顔を見て驚いていた。
「小さい女の子じゃないか……。どうしてこんな子までが賊に……?」
「くそっ、殺すなら殺せ!」
「…………」
曇りのない目で睨みつけられ、思うところがあったのか、宝剣を鞘に納める。
「皇子、良いのですか?」
「あぁ。話を聞いてみたい」
「やれやれ、皇子様の悪い癖がまた始まったぜ」
「そういう言い方はよさんか!」
伴としている者からも皮肉が上がる辺り、いつものことなのだろう。
剣を収めた皇子は、賊の少女に近づき、目線を合わせた。
「一体、なにがあったんだい?」
「しらばっくれるな! あんたらの圧政のせいで、オレの父さんも母さんも死んだんだ!」
「圧政……? そんな報告は上がってきていないよ」
「嘘をつくなよ! 急に税を無茶苦茶に上げて、税を収められないものは死罪だって、それで……!」
「…………」
皇子は信じられない、といった風に閉口する。
意見を求めようと、伴に振り返り、目線で促した。
「税を上げろなどという命令は、行われていないはずですな」
老齢の騎士が答える。
「もしかして私腹を肥やしてるやつが居るんじゃねえか?」
先程皮肉を言った戦士が揶揄した。
「帝国貴族なんて、すぐ保身に奔るものね」
弓を携えた女性が、皇子の前でもなに憚らず顔を顰める。
一連の答えを聞いた皇子は、頷いて踵を返す。
「……どうやら、ここの領主を問いたださなければならないようだね」
その顔は、決意で固められていた。
自らの国の汚点を取り除くのは自らの仕事であると、顔にかいてあるようだった。
「では、そのように下知致しましょう」
「やれやれ強行軍かい? ま、付いていきますがね」
「皇子に無断で悪政だなんて、放っておけないわ」
「うん。みんな、行こう!」
一同は砦を後にする。
その背中に待ったが掛かった。
「お……おい待てよ! オレを殺さないのか!?」
「僕達は、君を苦しめた元凶を探しに行かなければならないんだ。それに……」
「それに?」
「君の目は澄んでいる。この地で襲ってきた賊達には民を苦しめるような淀みがあった。君にはそれがない。そんな子を殺せないよ」
「…………」
賊の少女は俯いて何かを考えると、決心したような目つきで皇子に声をかけた。
「これから悪いやつを退治しに行くんだろ!? オレも……、オレも連れて行ってくれ!」
「君を……?」
「これでも、鍵開けくらいは出来るんだ! 何かの役に立ってみせるよ! なあ、お願いだ!」
「……わかった。一緒に来るといい。君も今日から、僕達の仲間だ」
「……!」
伴はみな、肩を竦めて笑っていた。
その後、隠れて圧政を行っていた領主は無事に皇子一行のもとにより討ち取られ、領民には安寧が訪れた。
これが、第一皇子ジークヴァルトの英雄譚である。
…………
……
◆
「とまあ、そういう人ね」
「理想の皇子様って感じだ」
「感じ、ではなく、実際にそうあろうとなされていたのだ。影で努力をなさっていた方とも言える」
「はぇー」
「ワタシの私室にもよく遊びに来てくれて、優しい方だったわ」
思い出を懐かしむように、ルチルが目を細める。
今は既にないものを惜しむように。
少しの間、沈黙が流れる。
「次は第二皇子、ジルヴェスターお兄様ね」
「えっと、なんだっけ。おうし、おうさ……?」
「王佐だな。補佐……つまり、皇帝陛下たるお方を支えるに足るお方ということだ」
「そうそう、それそれ」
うろ覚えのアンナにくすりと上品な笑みを漏らすと、話を続ける。
「ジルヴェスターお兄様は寡黙で厳しく、あまり表情が変わらないお方だったわ。誤解されやすい方でもあったけど、その厳しさは優しさから来るものだったと、ワタシは思ってる。不器用な方だったのね」
「ふーん……」
「よくジークヴァルトお兄様と口論している姿をお見かけしたものだわ。それも一方的に詰め寄る形で」
「喧嘩してたの?」
「いいえ、というよりもあれは、仲がいいからこそ、だったわね」
…………
……
◆
「ジーク兄さん、また危険な遠征をしに行ったと聞いたけど」
「あれはその、結果的にそうなってしまっただけで、最初はただの賊討伐だったんだ」
第一皇子ジークヴァルトに、眉間に皺を寄せ説教している青年。
ジルヴェスター・ベルトホルト・ツ・ソディア。
ソディア帝国第二皇子である。
目にかかるほどの長さの黒髪から、金色の眼が妖しく光る、いかにも歴戦の政治家といった雰囲気を醸し出す皇子だ。
彼は宮廷の通路で偶然出会ったジークヴァルトに、危険行為を陳情している真っ最中であった。
されている側は、困ったように笑っている。
「その後は一旦帝都に帰って、適切な者に任せればよかったじゃないか」
「いや、でも、民が苦しんでいるなら、すぐに行動を起こさないと」
「ほんの少しの間も我慢できないっていうのかい?」
「我慢するのは僕じゃなくて民じゃないか」
「はぁ……、だから、その苦しませるのを我慢できないのかって話」
「それは……、ジルには悪いけど、僕には出来ない」
「はぁぁぁ………………」
「ご、ごめん」
呆れと諦めが綯い交ぜになったような重苦しいため息をつかれ、思わず縮こまるジークヴァルト。
ジルヴェスターはいかにも頭痛を堪えるように、頭に手をやっていた。
「ボクはこの前さ、何か異常事態が起こったようだったら、帝都に伝令くらい飛ばせと言ったよね? 来なかったんだけど?」
「そ、それは、その、急いでいたんだ。だから、つい……、忘れてしまって……」
「“つい”? 皇帝としての為政でなにか致命的な間違いをしても、そう言って誤魔化す気?」
「い、いや、そんなことは……」
「そんなことあるでしょ? 実際こうして誤魔化そうとしてるんだから」
「誤魔化すなんて……」
「誤魔化そうとしてるでしょ?」
「うっ……、……はい」
「全く、兄さんは本当に……」
本当にいつもの光景なのか、どちらも立ったまま説教が続けられる光景を、近衛兵達は微笑ましげに遠巻きに見ていた。
それを、護衛を伴った小さな影も見つめていた。
「おにいさまたち、またケンカなさってる……」
「アウレリア」
「アウレリアじゃないか。ち、違うよ、喧嘩ではないよ。ほら、こんなに仲良しさ!」
「いたたたた! ちょ、兄さん! 無理やり引き寄せないでくれないかな!」
「だってアウレリアの手前、僕が一方的に説教されている姿を見せるのも……」
「……そうやってアウレリアをダシにして、有耶無耶にしようとしてるわけじゃないよね?」
「うっ!? まま、まさか、そんな訳ないじゃないか!! はははは、ははは……」
「はははじゃないんだよ、いいかい兄さん、ボクはね」
「やっぱり、ケンカ?」
「ほほ、ほらジル! 笑って笑って!」
「笑ってでもないんだよ、だから兄さんは……」
…………
……
◆
「なんてこともあったわ」
「ホントに仲良しだったんだ」
「小さいワタシには本気で喧嘩をなさっているように見えたけど、今思えば戯れでしかなかったわね」
「私も幾度か立ち会わせていただきましたが、皇子殿下をどう諌めようか迷ったものです」
「ははぁ~」
苦笑いしながらルチルが語る。
それはその後何度も見ることになる兄の不甲斐ない姿を想ってか、当時の理解できなかった自分を想ってか。
その胸中は本人にしか解らなかった。
「お姉様方は、どちらも隣国に嫁いでいかれたわ。第一皇女マクダレーネお姉様は、和平の締結のためシルドア王国へ。第二皇女ヘルミーナお姉様は、国交のためマレット王国へ」
「わへーのてーけつ」
「それまで我がソディア帝国とシルドア王国は、小競り合いを繰り返していたのだ」
「あ、そうだったんだ」
「授業でやっていないの?」
「多分やってない」
「そう」
“やったぞ”と、ミナカミがどこかで静かに怒る声が聞こえた気がした。
相変わらず座学が頭に入らないようである。
「マクダレーネお姉様はお転婆なところがあって、よくお外で遊んでいる姿をお見かけしたわ。今はしっかり妻としてやれているかしら。少し心配ね。その点、ヘルミーナお姉様は冷静な方だから、しっかりお役目を果たせられているだろうと思うけど」
「お嫁さんかあ。どういう気分なんだろ」
「さあ、そればっかりは、育ってみないと分からないわね」
「楽しみなのか、怖いのか……」
「(…………私に婚期が訪れるのは何時になるのだろうか……)」
“大人になれば結婚できる”という前提で話を進めている生徒達に、独り胸が抉られるエルフリーデであった。
「第三皇子ライナルトお兄様は、そうね。ワタシと歳が近いということもあって、よく遊んだ間柄だったけど、とてもおっとりしていて、あまり争いを好まれないお方ね。なにせワタシとの盤上遊戯さえ嫌がるほどだったもの。それと……今思えば貴女に似ているところがあるわ」
「え、あたし?」
「ライナルト殿下は、その、なんだ。憚らずに申し上げてしまえば、ええと、座学の成績が、ううん、あまり、よろしく無く……」
「そっちの方向かい!」
自分と皇子に似ているところがあるのか、と、少し期待したアンナが思わず椅子から転げそうになっていた。
「殿下を悪し様に罵るつもりはないのだが、そういった気質も、派閥争いの一端を担ってしまわれているようだ」
「ふーん……、大変だなぁ」
「他人事ね。まぁ、実際他人事なんでしょうけど」
思い出話はなおも続いていく。
本日アンナが帰宅するのは、少し遅れそうだ。
◆ジークヴァルト・ローラント・ツ・ソディア
【性別】男性
【種族】祖人
【身長・体重】178cm 68kg
【年齢】享年25歳
【好きなもの】兄弟姉妹 仲間たち
【嫌いなもの】帝国に仇なす者
【特技】友達づくり
【食事の嗜好】美味しければなんでもOK
【性格】柔和で快活
【一人称】僕
【武器】剣と盾
・ソディア帝国第一皇子。故人。
絵に描いたような皇子様であり、陰謀のような政策はともかく、明るい性格のもと市井のためになる政治を行うため、帝国の市民からは人気があった。
幼い頃より兄弟姉妹の面倒をよくみるタイプであり、弟、妹たちのことを常に気にかけ、日々声をかけたり遊んだりしていたようだ。
自分にできないことは臣下に任せる傾向があり、臣下からは慕われている。
その反面自分でできることはなんでも自分でしようとする悪癖も持ち、賊の征伐などわざわざ皇子が出かけるようなものでもない事態に出張ったりしては周囲から心配されていた。
遠征に赴いた先で人材発掘してくる才能が異様に高く、一般人から才能を見抜いて登用するケースが非常に多かった。
そのため、直属の部下は身分など関係ないと言わんばかりの混合部隊になっている。
身分など気にしない、という気風が災いしてか、暗殺事件の際はその直属の部下が激昂し、第二皇子の部隊を殺す気で襲いかかる紛争に発展してしまった。
本来ならばもう数年すれば、帝位を継ぐはずであった。
ロリコン疑惑がある。
◆ジルヴェスター・ベルトホルト・ツ・ソディア
【性別】男性
【種族】祖人
【身長・体重】165cm 55kg
【年齢】享年22歳
【好きなもの】兄 両親 政策
【嫌いなもの】愚か者
【特技】暗躍
【食事の嗜好】毒見の済んだ料理
【性格】陰気だが物言いはハッキリしている
【一人称】ボク
【武器】剣と盾
・ソディア帝国第二皇子。故人。
小柄な身長と、目にかかるほどの黒髪から、陰気な印象を醸し出しているが、発言は理路整然としており、割と声が通るタイプ。
生まれつき用心深い性格をしており、何事も下準備を終えてからでないと落ち着かない。
政治に強い関心を向けているが、帝位に興味はなく、兄の補佐ができればそれでいいという思考の持ち主。
自身を擁立しようとする派閥の事も認識しており、内々の間に方を付けようとしていたが、いざ有事になるまで間に合わなかった。
冷徹だが家族愛は本物であり、兄以外の兄弟姉妹や両親なども裏から気にかけていたようである。
ブラコン疑惑がある。




