040:エピローグ
総量としては幾分か短いものとなってしまったかもしれませんが、書きたい所まで書ききったので、ここで一区切りとして一先ずの完結とさせていただきたいとうございます。
今後も続けようと思えば続けられるようある程度伏線なりキャラなり散りばめていったつもりではありますので、もし筆が乗れば続きに着手することもあるかも知れません。
短編として小さく何話か書くこともあるかも……。わかりませんが。
兎にも角にも、本作はここにて終了となります。
ここまで長文にお付き合いください誠に有難うございました。
「誰だ……?」
「あ、えーと、そのお……、なんといいますか……」
アンナが深淵に転移した先では、次元の狭間が開いたことを知覚した深淵人が何人か集まっていた。
奇異の目を向けられ、アンナはしどろもどろになってしまう。
ミナカミから当たられた知識で一方的に顔ぶれは知っているが、向こうからは自分のことを知るすべがない。
どうしたものかと困り果てていたら、深淵人の一人が手を叩いて声を上げた。
「……あぁ、そうか。ケイがやってくれたのか」
「え? えと……」
「貴女からケイとゼメティアのマナを感じる。恐らく、何かしらの援助を得て奴を討伐したのではないか?」
「あっはい、その通りです」
言おうと思っていたことを先んじて当てられ、これが深淵人の慧智かと内心舌を巻くアンナ。
『エド。ナディもいたか』
エドゼルバルに、ナディガルラド────ミナカミが転移事故で深淵に迷い込んだ際、彼の身体を深淵仕様に肉体改造した命の恩人である女性────を見つけて口にする。
が、それは二人には届いていないようだった。
意識体でしかない今のミナカミの声は、アンナにしか聞こえない。
「それで、貴女は?」
「先生……、ケイ先生の生徒のアンナって言います。さっき邪竜ゼメティアをぶちのめしてきました」
「そう、それは頼もしいわね」
二人の深淵人に改めて自己紹介をするアンナ。
自分が一方的に知っているので奇妙な感覚だったが、それを言ってもしょうがないので抑え込む。
「ようやく死んだか、アイツめ」
『ちょうどいいナディ。アンナに神剣と神槍の安置場所まで……』
「貴方の持っているその二振りについて、ケイはなんて言っていたの?」
『……。解っていたけど、言葉は通じない、か』
「先生……」
「? どうしたの?」
自らの言葉を遮るように会話を進められ、ようやく自分の言葉が聞こえないことを理解するミナカミ。
彼には珍しく、意気消沈しているようだった。
他でもない命の恩人と、長年来の友人に、コミュニケーションを取れないと突きつけられたら無理もないが。
そのように凹んでいる姿を見るのは初めてだったアンナは彼を案じたが、今その事を考えても仕方ない。
やるべき事をやらねばならないと、今に意識を向ける。
「あ……、いえ、なんでも。その、これらはまた安置して欲しいって」
「ま、そうだろうな」
「解ったわ。安置場所はこちらよ、付いてきて頂戴」
「あ、へい」
二振りの神造武器を手に、二人に先導され、付いて行く。
安置場所など、知っているからいい、と突っぱねることは出来なかった。
始めてみたはずなのに、知っている光景。
深淵は今のアンナにとって、未知であり既知であった。
「しかしケイも思い切ったな」
「生徒とはいえ、自分の肉体を一人の人間に食わせるなんてね」
「え……? 先生は同調って言ってたけど……」
はて、食わせるとは何のことだろう、とアンナは疑問を覚えた。
確かにミナカミの肉体を構成していたマナを全て吸収してはいるが、彼の言うにはあくまで同調でしかないはずだった、と。
「あら、気づいてないの?」
「へ?」
「貴方、今ケイの含有していたマナを“完全に支配下においている”わよ?」
「………………。ふぁい?」
『なんだと?』
それはミナカミにとっても寝耳に水であった。
「なんだ、自分のことなのに解ってなかったのか」
「え、じゃあ、分離とかは……」
「分離……? 貴方が分身体を作って、そこにケイの意識を乗せる事は出来るでしょうけど、もう完全に一体化しているから、離れるのは難しんじゃないかしら?」
「ええええええええ!!」
出来てもあくまでアンナの分身体に過ぎない。
完全に分離するのは難しい。
そうハッキリと事実を突きつけられ、仰天してしまう。
『えぇー……。アンナが人間を辞めることになるとは思っていたけど……』
「あ、そう! それ! あたし人間辞めたっぽいんだけど……!」
「え? どうみても貴方の体組織は人間のものじゃない」
「特にマナで出来てもいないしな」
「……………………。えぇ? じゃ、じゃあ、このツノとか耳とかって、もとに戻せたり……」
「出来るんじゃない?」
「え、うそっ、ふんっ! あ、へっこんだ」
「ほら」
「ええええ」
アンナの長い白髪は、元々の長さ、元の髪色に戻り、ツノと耳は引っ込み、肌色も健康的な小麦色の肌へと戻っていく。
どうやら肉体の変質は一時的なものに過ぎないようだった。
人間を辞める決意をしたのに、あっさりともとに戻ってしまったことに拍子抜けするアンナ。
あれだけ熱心に考えたのは何だったのかと、過去の自分が恥ずかしくなるほどであった。
『辞めることになるのは私の方だったのか……』
そして愕然としているものがここにも一人。
まさか生徒が人間を辞めるという事に葛藤していたら、深淵人を辞める事になるのは自分の方だったのかと。
そう来るとは思っていなかったようで、思わず頭を抱えて、あるはずも無い頭痛に苦しめられているような気分になった。
「まあ、貴方の死期が来て、身体からマナが抜けるようなことになったら、ケイも一緒に出てくるんじゃないかしら。その莫大なマナと一緒に」
『アンナ。お婆ちゃんになったら深淵に行くこと。いいね?』
「てゆーか、それまで先生とずっと同居すんの!? 困るんだけど!?」
『……それもそうか。早急に何か手を考えないといかんな……』
脳内で会議を繰り広げながら、今後について考えなければと協議する二人。
その様子を奇妙に思いながら深淵人の二人は眺めていた。
◆
「ここが神造武器の安置場所よ」
「荘厳な空気……」
「だろう。なにせ、歴史だけはこれでもかってほど長い深淵でも、歴史にないほど昔からある場所だからな」
「はぇー」
与えられた知識で光景は知っていたが、実際に来るのは初めてだったアンナは、厳かな空気に気を引き締める。
確かにここは、神の気配が宿る場所なのだと。
現代の地球にはない存在が、来訪した場所なのだ、と。
「さぁ、台座に神剣と神槍を」
「うん」
勧められるままに、二振りの神造武器を台座へと収める。
壁に架けるような構造であるにも関わらず、まるで元からそこにあったかのように、吸い付くように二振りは元あるべき場所へと還った。
「ありがとう、神槍ハール。ゆっくり休んでね」
「もう悪いやつに利用されちゃ駄目だよ、神剣ユグ。色々ごめんね」
掛けられた言葉に、意志があるかのようにマナが明滅して応える。
そのことに二人の深淵人は驚いていた。
神造武器が今までそのような反応を示したことはなかったのだ。
本来の使い手が声を掛けるとそう反応するのか、と珍しげに眺めている。
「ふう」
「これで邪竜ゼメティアの件は落ち着いたわね」
アンナが台座を離れ、やるべきことが片付いたと額の汗を拭う。
発汗機能のない深淵人は、その動作も物珍しげに見ていた。
「そういえば、“チキュウ”はいいのか」
「え?」
エドゼルバルが、思い出したように話題を切り出した。
「なにやら大変だったと、ケイの奴から聞いていたが。そっちはもう片付いたのか」
「…………ヤベッ! 絶対まだ魔物が暴れてんじゃん! はよ帰らな!! お世話んなりました!!」
そういえばそうだった。
その事に気づいたアンナは即座に次元の狭間を開き、地球へととんぼ返りしていった。
「あら、もういい……、って、早いわね」
「ケイと違って慌ただしい子だな」
その後直ぐに次元の狭間が閉じられるのを見て、基本的にのんびり屋の深淵人二人は感心したのか呆れたのかわからないため息を付いていた。
本当なら、新しい客人を茶でも入れて持て成そうとしていたので、肩透かしにあった気分である。
しばらく不在であった二振りの神造武器を見つめた後、二人の深淵人は居るべき場所へと帰っていった。
◆
「うわー……、世界のあっちこっちに深淵のマナを感じるよー……。えらいこっちゃこりゃあ」
『出来るか? 吸収』
「多分、出来るんじゃないかな。いやまあ、出来なくてもやるしか無いんだけど」
『そりゃそうだ』
どこの国でもない上空に、マナで足場を作り空中に立つアンナに指示を出すミナカミ。
両者は集中し、目を閉じ、両腕を左右に上げて、手のひらに意識を乗せた。
元から大気に偏在しているマナではなく、深淵のマナだけを選んで吸収するように。
繊細な仕事に取り掛かり、無言のまま吸収を始めた。
……
────ソディア帝国、首都スキャバード
「魔物の襲撃が収まった……?」
防衛に従事していた騎士と傭兵達は、魔物の増援が来ないことに気づき始めていた。
今戦っている群れを仕留め終えると、長く続いた戦乱はやがて収まり、帝都に静けさが戻りつつあった。
「殿下、これは……」
「えぇ。どこかの誰かさん、かしら」
エルフリーデがアウレリアに耳打ちをする。
彼女らが知る中で、襲撃してくる魔物の増援を止めることが出来るような人物など、一人しか宛がなかった。
もっとも、実際に行動を起こしているのは、有事にしか頼りにならない、どこか抜けている旧友なのだということまでは、考えが及ばなかったが。
────矮人島、首都ヒメシャガ。
列島の各地を文字通り飛び回って魔物退治をしていた雷狼だったが、ふと邪悪な気配が消え失せていることに気付く。
その邪悪な気配とは、普段から濃密なマナを体内に宿している雷狼が自分なりに解釈している深淵のマナのことである。
指向性を持ち、どこかに向かっていくような消え方をしている。
「ふむ、斯様な真似ができるのは……」
向かっていく先を見据え、呟く。
その口角はニヤリと持ち上がっていた。
────魔導国家マナディエール、魔導研究局本部。
通常よりも濃密なマナを観測していた本部の研究所では、それが世界の一箇所に集まりつつあるというデータもまた同時に観測していた。
それを興味深そうに眺めるレベッカ・キルビヴァーラ・ヨハンネス。
「ほう……これはこれは……」
世界の危機に不謹慎だが濃密なマナが失われるのは少々惜しい、と思いながらも、既に採取したサンプルを尻目に、各地の魔導師へ号令を出すべく研究所を後にした。
……
「はー、吸収完了ぉ……、終わったぁー……」
『お疲れ様』
長時間の繊細な仕事をし終え、アンナは両腕をだらりと垂らし、いかにも疲れていますと全身でアピールしている。
実際は精神的にしか疲れていないのだが、なんとなくその場のノリなのか、肩で息もしている。
しばらくそうしていて、精神的な疲れも取れたのか、ゆっくりと宙を歩き始めた。
特にそうする理由もないが、単純に宛もなくぶらつきたくなっただけである。
マナを押し固めて足場にし、一歩一歩気楽に歩き出す。
「それで、この後どうしよ?」
自らの体内に座す、意識体だけのミナカミに問いかける。
実際に口に出す必要はないのだが、誰も見ていないし、なんとなくそうしたい気分であったからだ。
『そうだな……。とりあえず……、諸々を各所に連絡しなければならないし……』
「うへー、めんどう。じゃあとりあえず、帰ろっか?」
『あぁ、帰ろう』
世界に起こった出来事。
それを鎮めた経緯。
ミナカミが魔導師として活動できなくなったこと。
その事業をアンナが引き継ぐことの報告、等々。
各所に連絡しなければならないことは山ほどある。
今ではなく、これからへ。
未来に向かってやるべき事を片付けるために、二人はあるべき場所へと帰るため、歩き始めた。
先生と生徒の帰る場所。
「田舎村の、魔導塾に』
◆
地球を臨む、月の表側。
ぽつんと立てられた、一つの粗末すぎず豪奢すぎない、ささやかな墓標。
誰にも触れられることもなく、誰にも穢されることもなかったその墓に、ちかちかとマナの光が集っていた。
その光は、心臓の鼓動のように、一定のリズムで光り続けている。
「────…………」
やがて光は集まり、結合し、一つの人影を織りなしていく。
彷徨える魂。
人間には魂という形なき意思があり、その意識がマナと結合し、現世に留まり続けることで幽霊のような存在へと召し上げられる。
ただ、一人、意識が表層に出ることもなく、誰と関わることもなく、ただ墓の周りを彷徨い続けていた魂が、マナに当てられ、意識を表へと上げていた。
「……ここは……どこ…………?」
あつまった人影は周囲を見渡すと、尋ねるように独り言ちた。
いつもなら、それに答えてくれる人が居たのに、と。
不安そうに周りを見渡している。
そして頭上を見上げると、目を丸くして驚いた。
「蒼い…………。あれは、なに…………?」
純粋な疑問が、空気もない空間に解けて消える。
“彼女の短い人生”の中で、見たこともない光景だ。
いつだって寝る前は夜空を見上げて眠りについていた彼女が、まるで見たことがない、大きくて優しい光を放つ惑星。
広大に広がる宇宙の中で、ただ一つ色彩を放つ星。
青だけではない。
白くもあれば、茶色くもあり、緑色だってある。
位置枚の絵画を切り取ったような光景をずっと眺めていて、納得したように口を開く。
「あぁ、そうか……。ここはきっと、天国なのね」
死んだはずの自分が、こんな素敵な光景が見られるのは、きっと楽園なのに違いないと。
一人、そう自分を納得させるように呟いた。
「それにしたって、あたし以外の誰も居ないのはおかしいけれど……」
周囲を見渡しても、何もない荒野である。
あるとすれば石ころか、大きいか小さいかの違いしか無い窪み程度である。
天国にしたって、もうちょっとふわふわした存在なのではないかと訝しんでいた。
まあ、そんなことはどうでもいい、と頭を振って思い直す。
どうせ天国に来れたのなら、少しは探検してみたい。
そう思い、彼女は腰掛けていたものから飛び降り、辺りを散策しようとしたが。
「……あら、あれれ、あらま?」
不思議と、腰掛けていたものから遠くへ離れることが出来ない。
半径にして10mほどであろうか。
散歩と言うにはあまりにも短い散歩を終え、膨れっ面をしながら腰掛けていたものへと帰ってきた。
そして腰掛けていたものをしげしげと眺めると、なにやら母国語で書かれていることを発見する。
「R.I.P、Eve……。あたしだ。あたしの、お墓……?」
なんでこんなところに?
天国にお墓?
お墓があるのに、そこら辺を歩いて回れる?
疑問が次々と出てきては頭を埋め尽くす。
しばらくうんうんと唸って考えていたが、答えが出ない。
答えが出ないものは考えても仕方がない、と知っていたので、考えないことにした。
そして続く文章を読み、この墓は自らの教師が立てたものだと知る。
「先生が、あたしのお墓を立ててくれたんだ」
思い出すのは、最期のこと。
敬愛する教師に残した、遺言のこと。
死の星と化した故郷は、いつか生まれ変わると。
そう確信を持って勇気づけた、意識が途切れる前のこと。
今でもよく思い出せる、くしゃくしゃになった教師の顔。
涙を流せないことを、しきりに謝ってきた、教師の言葉。
思い出すだけで、不思議と笑みが漏れてしまう。
なにもかも、遠い昔の出来事のように感じる。
今さっき寝て、今さっき起きたような気分なのに。
「なんだかふしぎ」
彼女は鈴のようにころころと笑った。
そして、再度頭上を見上げる。
蒼い星。
揺らめくように白が移動している、綺麗な星。
「────もしかしたら、あれが地球なのかも……」
あまりに荒唐無稽なことを言ったと自覚したのか、思わず吹き出してしまう。
それでも。
もし、天国から地球が、見れるのだとしたら。
もし、あれが新しく生まれ変わった地球なのだとしたら。
もし、地球が生まれ変わったから、それを見せてくれる誰かが居たのだとしたら。
それはとても素敵なことなのではないかと。
「……なんてね」
夢物語と現実の分別はついている彼女は、くしゃりと顔を歪ませ、笑った。
無垢で無邪気なその笑顔は、誰にも染められていない証左のように見えた。
「先生……、元気かなぁ……」
独り、恩師を想う。
蒼い星と重ねるように、自らに色彩を与えてくれた、教師の姿を夢想した。
もしかしたら、あそこに居るのかも知れないと。
もしそうだとしたら、それもとても素敵なことなのではないかと。
独り、夢に浸る。
生まれ変わった地球はどんな場所なのか。
そこで恩師は何をしているのか。
とても素敵な夢に浸りながら、彼女は、墓にもたれかかり、瞳を閉じた。
もしを思い、くすりと笑いながら、夢を口にする。
ねえ、先生。
あのね。
先生。
起こしてくれて、ありがとう。
◆Eve(故人)
【性別】女性
【種族】彷徨える魂
【身長・体重】164cm 0kg
【年齢】享年10歳
【好きなもの】この世の輝けるモノ全て 先生
【嫌いなもの】なし
【特技】即興の歌
【食事の嗜好】なし
【性格】元気いっぱい
【一人称】あたし
・水上恵が前文明時代に、最後に出会った最期の人類。
金髪碧眼、透き通るような白い肌に白いワンピースを着た外見年齢二十歳の人造人間。
人造人間ゆえの短すぎる寿命を、元気いっぱいに駆け抜けていった。
食料品の類の一切が残っていない+食料を摂取しなくてもいいような身体に生まれたため、食事の嗜好がない。
そのせいか、嫌いな食べ物も特に無い。
彼女の駆け抜けた人生で彼女以外の知的生命体は一人しかいなかったため、嫌いな存在なども特に無い。
邪竜ゼメティアとの決戦が月で行われた際に撒き散らされたマナに当てられ、墓に眠る魂が彷徨える魂として存在を確立した。
だが、存在が希薄すぎるので、水上恵ですらその姿は見えない。




