028:妖精の里
「あ、もしもし、ミナカミです。はい、はい……。はい。えぇ、そう、今日。大丈夫? あ、大丈夫、それはどうも。では、後ほど、はい。それでは、はい」
なにやら先生が魔導具に向かって話しかけている。
確か念話機とか言ったっけ。
遠く離れた人と会話できる道具。
お仕事の話だろうか。
どうせ今日も修学旅行に行くのだろうから、仕事でやっぱナシ、とかなったら残念だなあ。
そう思っていたら、そうじゃなかった。
「アポが取れたので、今日は妖精人種の里に行こう」
「へ?」
そういう事になった。
◆
────妖精人種。
亜祖人の一種。
生まれつき妖精に近しい力を持つ、文明を嫌い、自然に生きる人類種。
外見は祖人にかなり近いものの、含有できるマナの総量が多く、耳がとんがっており、眉目秀麗な者ばかりなのが特徴である。
マナの扱いに長けており、自然を育み、自然とともに生きる。
反面、自然物由来ではない人工物を嫌う側面があり、集落から出るものが少なく、まさに自然派と言った感じで、狩りをしたり木の実を取ったり、木々の間を縫ってツリーハウスを建てて暮らしている出不精種族。
なかなか他種族と交流を持たず、頑固者や他種族嫌いが多かったりする。
下手に自然を荒らすものは許さない……が、自分たちはそれなりに木々を伐採して道具を作ったり薪にしたりしている。
まれに旅人になるものが出るが、世間知らずが多い
身体的特徴として、横に長く伸びた耳がある。
種族の派生がとても多い人類種でもある。
◆
「妖精人種の派生種は、植物と共に生き、生命を育む森妖精族。水中でも呼吸ができる体質を持つ、海妖精族。暗視能力を持ち、暗所に好んで住まう、逆に太陽光が苦手な、洞窟妖精族。飛行の魔導を得意とし、空に住居を構える、空妖精族。寒暖差に強く、乾燥にも強い特異体質、砂漠妖精族。自然派を嫌い、他種と共に生きる道を選んだ、町妖精族。妖精人の中でも嫌われ者、見敵必殺でも大丈夫な指名手配種族、賊妖精族。各地を放浪して回る少数騎馬民族の、放浪妖精族などなど……」
「多い多い多い多い!!」
先生は一気に知識を人の頭に詰め込もうとしてくる悪癖があると思うな!
何度人の頭をパンクさせようとすれば気が済むのかな!
「今回向かうのは森妖精族の里だ」
「え? なんだって? なにがなにウァだって?」
「アンナが私の話を聞き流しているのは分かった」
だって聞き流す以外に選択肢がないんだもん。
大人しくパンクしろってのかい。
「要するに森だよ」
「なんだそうか」
そう言ってくれればわかりやすいのに。
最初からそう言ってよね。
いつものように白い光に包まれてあれ。
そろそろ慣れてきた。
さて、今度訪れた場所は先生に言われていた通り、森の中だった。
木の間を縫うように家が建てられているのが見える。
ここに住むみなさんはあそこで暮らしているのだろう。
入りにくくないのかな?
行き来するためのはしごが見えるけど、疲れたときとか、帰るのも一苦労だろうに。
なんていらない心配をしていたら、髭を蓄えたお爺さんが出迎えてくれた。
「連絡を受け、お待ちしておりましたぞ。ミナカミ殿」
「どうも、里長さん。こちらが話していた私の生徒です」
「あ。アンナって言います」
「おぉこれはご丁寧に。我が里に祖人が訪れるのは、何年ぶりになることやら」
そういえば先生がさっきなんかブツクサ言ってた時に、他人種嫌いだって言ってたっけ。
あたし、嫌われてないかな。
大丈夫かな?
「大丈夫だよ、先に話を通しておいたから」
「そっか」
なんか、また考えを読まれたような気がするけど。
気にしすぎかな。
「では、アンナ殿、こちらへ」
「頑張れよ」
「あ、はい。……? 頑張れ……?」
なにを頑張るっていうんだろう?
とにかく里長さんについていく。
案内されたのは、家が立ち並んでいる中心地らしき場所の外れだった。
「話していた通り人材が来てくれた。後は頼むぞ」
「はい、里長」
「…………?」
里長さんは、若い女の人にあたしを任せると、行ってしまった。
なんか流されっぱなしな気がするけど、どうなってるんだろう。
そう思っていたら、不意に手斧を渡された。
「えーと……」
「じゃあ、これでここらへんの枝を払ってくれる?」
「えっ」
「乾燥させて薪にするのよ」
「え、はぁ。そうですか。……あたしがやるんですか?」
「他に誰が居るの?」
「えっ」
……。
なにか仕事をさせられるらしい。
よくわからないけど、まあ、任されたからにはしないといけないんだろう。
こういう仕事は村でもよくやるし、別にいいんだけど。
そうして、周辺の目立った枝をあらかた根本から叩き切って行って、お姉さんがそれを拾って籠に入れて……という作業を繰り返してしばらく。
どれだけ時間が経ったか、空が木々で覆われていてわかりにくいけど、とにかく結構経ったんだろう。
お姉さんから待ったが入った。
「そうね、これくらいあればいいわ」
「あ、そうですか」
「じゃあ、次はこっちに来てくれる?」
「えっ、あ、はい」
誘導されるままに連れて行かれるあたし。
今度は、弓を持ったお兄さんに案内された。
「これで、森の獣を誘導してきてほしいんだ」
「ひょ?」
槍を渡された。
……。
狩り?
「あの」
「なんだい?」
「もしかしなくても、あたしって今日、手伝いで呼ばれたんですか?」
「里長からはそう聞かされているけど……」
「……そうですか……」
………………。
先生め(怒り)。
騙したな。
なにが旅行だよ、労働じゃないかよ。
こんなのいつもやってる村の農作業と大して変わらないよ。
実際、薪拾いに狩りの手伝いなんて、村でもやらされたことあるよ。
どうなってんだよ。
「いやあ君、祖人にしては狩りの手伝いが上手いねえ」
「どうも……」
嬉しいのか嬉しくないのかわからない褒め言葉を頂いた。
その後もあたしは転々とさせられ作業の手伝いをさせられた。
工芸品である編み紐を編まされたり。
保存食を作る調理を任されたり。
里で飼育している家畜の誘導をさせられたり。
作物を育てている畑の雑草を抜かされたり。
食器の加工をさせられたり。
家を立てる手伝いなんてのも。
この里でやるような仕事、殆ど関わらさせられたんじゃないかと思うほど、色んな仕事の手伝いをさせられた。
…………。
どうなってんだ先生(怒り)。
◆
「どうですか、あれ以来」
アンナが労働を課せられている最中、ミナカミは里長と話をし合っていた。
どちらも真剣な面持ちである。
どうやら大事な話をしているようだ。
「うむ、ミナカミ殿が退治してくれたあれから、凶悪な魔物は出ておらんよ」
「それは何より」
凶悪な魔物。
魔物はマナ中毒の末期症状により至るものだが、それにも深度というものが存在する。
魔物になった後も本能に任せマナを過剰に摂取し続けることで、魔物はどんどんと強力に、凶暴になり、手がつけられなくなっていく。
そして、それは人の手の及ばない場所で、ひっそりと成長していくケースが非常に多い。
そうなってしまったらもはや手練の傭兵に任せるしか無いが、各地の妖精人種の里のように傭兵に顔が効かない地域もある。
さらに言えば、魔物の域を出るほどに成長してしまった個体は、もはや傭兵の手には負えない事態となってしまう。
ミナカミはそういった凶悪な魔物を探知しては、人類に被害が出る前に退治して回っていた。
この里も、その時に出来た縁でやり取りをしているようだった。
「相変わらず、世界中を探知しては、行き来しているのかの?」
「ええまあ。それが仕事ですので」
「魔導師としての、かね」
「いえ。《《個人的な》》」
「……そうか」
二人して茶を啜る。
熱を逃がすように、同時にため息が漏れた。
「ミナカミ殿も苦労なされる」
「いえいえ、里長ほどでは」
謙遜なのか、本心なのか。
それともただ飄々としているだけなのか。
里の生き字引とまで言われる里長にも、ミナカミの本心は測りかねていた。
◆
「こらぁー! 先生ぇー!」
「お、帰ってきた」
なにが“お”だ。
あちこちをたらい回しにされ、労働を強いられ、汗と汚れまみれにさせられたあたしは、怒声とともに先生がいる家に殴り込んでいた。
この怒り、わかってくれるだろうか。
観光旅行と思っていたら、丸一日仕事をさせられる辛さたるや。
落差ってのはこのことだよ。
全く、全く持って全く。
「なにを人に仕事を押し付けて自分は茶ぁしばいとるかね!!」
「それだよ」
「なぁにが“それ”か!!」
したり顔(多分)であたしを指さしている先生。
人に指さしちゃいけませんってマナーを教えたのは先生じゃなかったかな?
その指ひん曲げて良いのかな?
「普段は普通の人は入れない里の仕事に従事できて、いい経験になったろう?」
「経験って……」
「他の人はいくらお金を積んでも出来ない体験だぞ」
「う……、そう言われると……」
そうなのかな、という気がしてくる。
確かに、村でもしたことがある仕事はともかく、初めて触れる仕事は、楽しくなかったとは言わないけど。
「修学旅行の中にはこういう体験学習もある。そういうことだ」
「…………、そういう事なのかなぁ……」
力説されるとその気になってしまうから、不思議なものだ。
「それでは里長、本日は有難うございました」
「あ、お世話になりました……」
先生が頭を下げているので、あたしも一応真似しておく。
マナーは大事だ。
「ほっほっほ、若い人は何時でも歓迎しますぞ。また来てくだされ」
そう朗らかに笑う里長さんに見送られて、あたし達は帰りの“ポータル”に乗り込んだ。
うーん……。
まぁ、いい体験が出来た一日……、だったのかな……。




