追放された宮廷女医師は身体の嘘を見逃さない ~その病、この世界の誰にも治せませんが私は知っています~
「呪いじゃない、病気です」──追放された宮廷女医師は、辺境で『呪われた第三王子』の病名を当てた~なお王宮では予言通り、私を罪に陥れた医師の足が腫れ始めたらしい~【描写厚め版】
「宮廷医師エリカ。主席医師の治療方針に背き、禁忌薬草を独断で患者に投与し、エストール侯爵家令息レナート様の容態を悪化させた罪により——」
(処方量を間違えたのはそっちでしょう)
大広間。宮廷医師団の白衣が左右に並んでいる。三年同じ建物にいて、まともに話したことのある相手は片手で足りる。それでも全員、こちらの顔は知っている。今日のために集められた観衆だ。
罪状を読み上げる声が淡々と続いた。長い。よく整えられた嘘だ。一つ一つの単語が、最初から罪人を作るために選ばれている。
正面にヴェルナー主席医師。堂々と腕を組んで立っている——ように見せている。右手の指先が震えていた。中指と薬指。本人は気づいていない。
(自分のミスだって分かってるじゃない。手がそう言ってるわよ)
身体は嘘がつけない。これは前世から知っている。手術前に「平気です」と笑う患者の脈拍を測れば、本当は怖がっていることが分かる。「処方は適切でした」と語る医師の指先を見れば、本当は焦っていたことが分かる。
ヴェルナーの指は、自分のミスを知っている。だから震えている。それが分かっても、何の役にも立たないけれど。
隣に立つエストール侯爵。睨んでいる——つもりだろうが、目線が額に浮いている。喉仏が動いた。一度。二度。
(息子の容態が誰のおかげで安定してたか、ちゃんと分かってるくせに)
この人は知っている。レナートの腹痛が私の処方で抑えられていたことを。週に三度の往診で、私が何をどう調整していたかを。それでもこの場に立っている。
恥を知る人間の喉は、よく動く。
「——以上の罪により、宮廷医師団からの除名、および王都退去を命じる。申し開きはあるか」
「ございません」
ざわめきが広がった。反論すると思っていたらしい。
(言ったところで届かないでしょう。この三年で分かったわよ)
前世の最後の年も、こんな会議があった。データを並べて、論理的に説明して、それでも上司は「君の言い分は分かった。でも今回はこれで進める」と言った。聞いていないのに「分かった」と言える人間に、何を言っても無駄だ。
「よろしい。即日——」
「レナート様の薬のことなんですけど」
静まった。
「朝の分、半量にしてください。肝臓が追いついてません。続けたら二週間で黄疸が出ます。それと左腹部を押すと痛がるはず。あれは治ってない。引き継ぎ、誰がやるんですか」
誰も答えなかった。ヴェルナーの指の震えが大きくなっている。
(やっぱり把握してない。私がいない間、誰がやるかも決まってない。三日後にはレナートが苦しむことになる)
そう思っても、止められない。私はもう、この建物に入れない。
「……聞いてます?」
「もうよい。去れ」
侯爵の声だった。
(ああ、そう)
聞く気がない。聞きたくない。だから怒鳴る。前世でもこういう人を何人も見た。怒鳴って封じれば、自分の判断が間違っていたことを認めなくて済むから。
白衣を脱いだ。畳んで、椅子の背に掛ける。三年間、毎朝袖を通した白衣だった。重さも、布の手触りも、知っている。それを置いていく。
(思ったほど未練がないな)
意外だった。もう少し惜しいと思うかと思った。執着があるかと思った。実際にこうして手放してみると、何も残らない。むしろ肩が軽くなった気さえする。
背を向けて、講堂の通路を歩いた。誰も目を合わせない。同僚たち。こちらを見れば立場を決めなければならない。だから天井や壁を見ている。決めなくていい状況を作るために、目を逸らす。
(あなたたちの判断の方が、よっぽどよく分かるわ)
その中で、一人だけ目が合った。
ブルーノ。同期の宮廷医師。赤ら顔で恰幅がいい。いい酒と肉だけで作られたような身体だ。こちらを見て、隠しもしない笑みを浮かべていた。
「残念だったな、エリカ。だから言ったろう。余計なことをするなと」
足を止めた。ブルーノの身体に目がいく。注視する、というほどのことでもない。見れば分かる。
【右足第一趾——関節部に腫脹の兆候。炎症反応:初期】
【肝臓周辺——肥大の傾向。血流に濁り】
この力は前世にはなかった。この世界で目覚めた時、前世の記憶と一緒についてきた。人の身体を見れば異常が浮かぶ。便利ではある。ただし、見えるのは「何がおかしいか」だけ。「なぜおかしいか」は、こちらの知識で判断する。
ブルーノの右足。関節の腫脹。肝臓の肥大。この体型、この顔色、この生活。前世の医学知識と合わせれば、答えは出る。
——痛風。それも近いうちに発作が来る段階。
(教えてあげる義理はないんだけど)
そう思いながら、口は動いていた。たぶん私の中の医者の部分が、まだ反応している。目の前に病気の人間がいる。それを見過ごせない。たとえそれが、笑ってこっちを見送ろうとしている同期だとしても。
「ブルーノ先生」
「何だ」
「そのまま太り続けると、近いうちに大変なことになりますよ。冗談じゃなくて。風が吹いただけで激痛が走る。立てなくなりますよ」
ブルーノの顔が赤くなった。怒りだ。
「黙れ、罪人の——」
「忠告です。せいぜい美味しいお酒や食事を、今のうちに楽しんでください。歩けなくなる前に」
歩き出した。レナートの薬のことも。ブルーノの足のことも。言った。伝わらなくても。
(聞かなくていい。あなたの身体は私の言葉より正直よ。そのうち分かる)
講堂の扉が閉まる音が、背中で鳴った。
*
馬車は出なかった。追放された平民の医者にそんな待遇はない。革鞄ひとつ。道具と着替えと記録帳。北に向かった。南は王都に近い。東は海。西は国境で物騒だと聞いた。消去法だった。
道を歩いていると、すれ違う人間の身体がいちいち目に入る。荷馬車を引く男の腰の歪み。宿場町の女の手の腫れ。子供のあばらの浮き方。見たくなくても見えてしまう。
(一年目はこれが辛かったな)
この世界で目覚めて、最初に困ったのは「見える」ことだった。歩いていて、すれ違う他人の身体に異常が浮かぶ。前世なら他人の腰痛なんて気にしなかった。でもこの能力は、勝手に視界に飛び込んでくる。
最初は声をかけようとした。何度か止められた。失礼だと言われた。怪しまれた。当然だった。見ず知らずの女が「あなた腎臓が悪いですよ」と言ってきたら、私だって警戒する。
二年目に学んだ。見えても、声をかけない。患者は、自分から来た時に診る。そうじゃない時は、見えても通り過ぎる。
(数字が見える、でも見えるだけ。通り過ぎる他人に、私がどうこうできるわけじゃない)
それが結論だった。今でもそうしている。
三日目の午後。城壁の街が見えた。ブライテン。北部の地方都市。門が大きい。中に入ると、思ったより人が多かった。市場が開いている。荷車と商人の声。
宛てはない。肩書きもない。
(食料はあと二日分。宿に二泊するくらいの金はあるけど、それで尽きる。仕事を探さないと)
医師の資格は失った。でも医療の腕は残っている。資格を問わない仕事——使用人の手伝いか、薬草の知識を活かす雑用か。何でもいい。生きていればまた医者に戻れる。死んだら戻れない。
歩いていると、広場の端で子供の声がした。
「大丈夫だってば。痛くないよ」
石塀の下。男の子が座っていた。五つか六つ。膝に擦り傷。母親らしい女がしきりに体を触って確かめている。元気な声だ。顔色も悪くない。
通り過ぎようとして、足が止まった。胸。何か引っかかった。
注視する。
【右胸部——拡張不全。左右差あり】
左は普通に動いている。右が浅い。外傷なし。
(——気胸)
胸の右側だけが動いていない。本人は元気に喋っている。外見上は問題ない。でもこれは進行する。今は小さな穴でも、空気は漏れ続ける。やがて肺が完全に潰れる。
しゃがんだ。
「ねえ。さっきどこから落ちたの」
「……だれ?」
「医者。ちょっとだけ教えて」
母親が寄ってきた。当然だ。見ず知らずの女が、急に子供に話しかけている。
「あの、すみません、何か——」
「お母さん、どのくらいの高さから落ちましたか」
「塀の上から……大人の背丈くらい。でもすぐ立ち上がって——」
「落ちた時、どっち側からぶつかった?」
「横。こっち」
子供が右の脇腹を指した。服をめくる許可を取って、確認する。打撲の痕がうっすら。この程度なら普通は湿布で終わる。
(外見だけ見たら、湿布で帰される。それで一日経って、急に呼吸困難になって、運ばれた時には間に合わない。前世でも何件か見た)
手を当てた。左胸は呼吸でしっかり動く。右胸はほとんど動かない。
「お母さん。この子の胸に手を当ててみて。まず左。次に右」
母親が従った。左を当てた。次に右。
顔色が変わった。
「動いてない……右だけ……」
「肋骨にヒビが入って、肺に穴が空いてます。空気が漏れて肺が膨らめなくなってる」
「嘘。だってこの子、元気に——」
「穴が小さいうちは自覚がないんです。でも空気は漏れ続けてます」
「治せるんですか」
「今なら」
鞄から針を出した。
(——本当にやるの? 見ず知らずの女が、見ず知らずの子供に、針を刺す。許可は今この瞬間だけ。失敗したら罪に問われる。成功しても感謝されるとは限らない)
前世の研修医だった頃の自分なら、ためらった。経験を積んでも、子供への処置は毎回怖かった。
でも、迷わなかった。
迷う前に手が動いていた。十年以上、針を持ってきた手だ。判断より先に動く。判断は、動きながらする。
「横にしてください。暴れないように」
母親が子供を寝かせる。子供は不安そうにこちらを見ている。
「ねえ、何するの。ぼく痛くないよ」
「うん。でもね、あなたの身体はそう言ってないの」
右の肋骨の間。位置を確かめて、刺した。
——シュッ。
空気が抜けた。子供がびくっとした。一秒、二秒。右の胸が動き始めた。
「……あ」
「息、できる」
呼吸が変わった。さっきまでの顔と違う。苦しかったのだ。自分でも気づかないまま。楽になって初めて分かる顔。
(よかった)
そう思う。仕事として処置しただけのつもりでも、楽になった顔を見ると、息が抜ける。十年やっても慣れない。
母親が声を出さずに泣いた。子供は困った顔で母親を見ている。
針を抜いて、傷口を処置した。
「しばらく走らないで。深呼吸を一日三回。痛みが増したらすぐ医者に」
母親が手を掴んだ。
「先生、お名前——」
「エリカ」
「主人の友人がこの街で医者をしていまして、もしよければ——」
答えようとした時、通りの向こうから声が上がった。
「人が倒れてるぞ!」
「誰か——医者を!」
鞄を掴んで、走った。
(——今日、二件目)
普段なら、一日に救急を二件続けて拾うことなんてない。何かの引き合わせだろうかと、少しだけ思う。すぐに振り払う。今は走る方が先。
*
通りに人だかりができていた。かき分けると、男が一人、道の真ん中に倒れていた。若い。二十代半ば。黒髪。質のいい服。従者らしい中年の男が傍にしゃがんで声をかけている。
「旦那様——!」
その隣に、もう一人。白髪交じりの初老の男が薬箱を広げていた。
「熱がある。解熱の薬湯を飲ませろ」
従者が椀を持ち上げ、倒れた男の口元に運ぼうとしている。
注視した。
【心拍——不規則。頻脈】
【腹部——胃壁に強い炎症。腸管蠕動異常】
【末梢血流——著しく低下】
(熱じゃない。胃の中で何かが暴れてる)
薬箱が見えた。解熱の調合。胃に負担がかかる組み合わせだ。今この症状の人間に飲ませたら、内出血を起こす可能性がある。
(迷ってる暇はないわね)
「待って」
従者の手が止まった。医者が振り向いた。
「何だ。お前は」
「その薬湯、止めてください。胃が荒れてます。飲ませたら悪化する」
「何を根拠に。熱があるのだ、解熱が先だろう」
「熱は結果です。原因は胃にある。顔色、汗、脈の速さ。熱のせいじゃない」
「若い女が見ただけで診断か。私は三十年——」
「その三十年で、この症状を見たことがありますか」
医者が口をつぐんだ。
(言い方が悪かったかもしれない。でも今は穏便にやってる時間がない)
倒れた男の呼吸がさらに浅くなる。
「いつから具合が悪いですか」
従者に聞いた。
「今朝から……朝食の後に。昼過ぎに急に——」
「あなたも同じものを?」
「はい。私は何とも」
「この方だけが食べたもの、何かありませんか」
「……宿の主人が珍しい果実酒だと。旦那様だけがお召し上がりに」
(——そこだ)
二人で同じ宿の朝食を食べた。片方だけが倒れた。その片方だけが口にしたもの。一つしかない。
毒物かもしれない。腐敗かもしれない。アレルギーかもしれない。原因を特定する時間はない。でも対処は同じ——胃の内容物を出して、吸収を防ぐ。
「その果実酒、後で確保してください。今は先にやることがある」
倒れた男の腹に触れる。固い。胃のあたりが張っている。
「聞こえますか」
「……ああ」
「吐き気は」
「……ある」
「吐いてもらいます。楽になるから」
塩を水に溶かした。前世なら吐根を使うか、胃洗浄をする場面。この世界の手持ちで一番早いのは、濃い塩水だ。粗野な方法だけど、効く。
「おい、何をする気だ」
街の医者が声を上げた。無視した。彼に説明している間に、患者が死ぬ。
「少しずつ飲んで。一気にいかなくていい」
男が塩水を口に含んだ。一口。二口。身体が震えた。吐いた。胃の中身が地面に広がる。液体の色が暗い。普通じゃない。
(やっぱり毒系。腐敗じゃこの色は出ない)
「もう一度。出し切って」
また吐いた。
「水を」
少し飲ませる。呼吸がわずかに深くなる。まだ足りない。胃を空にしただけだ。粘膜から吸収された分は、まだ血液に乗っている。これを吸着しないと、症状は続く。
「炭はありますか。木炭。細かく砕いたもの」
「炭だと! 何を飲ませる気だ!」
「毒を吸い着けるんです」
「聞いたこともない!」
「知らないことと、間違っていることは違います」
前世で何度も思った言葉だった。新しい治療法を提案するたびに「聞いたことがない」と言われた。「聞いたことがない」は、否定の根拠にならない。それを医者が忘れてはいけない。
(——ま、この人にとっては私こそが「聞いたことのない若い女」なんでしょうけど)
従者が走った。近くの店から炭をもらってくる。砕いて、水に混ぜる。黒い水。
「飲めますか」
男が薄く目を開けた。黒い水を見た。
「……何だ、それは」
「薬です」
「……味は」
「最悪です」
男の口の端がわずかに動いた。
(——こんな状況で、味を聞く?)
意識が朦朧としているはずなのに、この人はちゃんと話している。よく見ると、目の奥に意識がしっかり残っている。すごい胆力だ。普通、この状態なら呻くか、震えるか、それだけで精一杯のはず。
飲んだ。顔をしかめた。半分ほど飲んだところで、呼吸が変わった。
【心拍——安定傾向】
【腹部——炎症反応微減】
「横にして。右を下に」
従者が男を横たえた。蒼白だった顔に血の色が戻ってくる。周りで見ていた人間にもそれが分かったらしい。街の医者は薬箱を抱えたまま黙っていた。
「しばらくは水だけ。固形物は明日まで食べさせないで」
地面の吐瀉物を見る。暗い色の液体に、果肉の欠片が混じっていた。
「これと果実酒、保管しておいてください。後で確認します」
従者が深く頭を下げた。
「ありがとうございます。先生、お名前を」
「エリカ」
「エリカ先生。恩に着ます」
男の顔をもう一度見た。目は閉じている。呼吸は安定している。
(——終わった)
安心して鞄を閉じようとした。
その時、襟元から覗く首筋が目に入った。鎖骨のあたり。
褐色の沈着。日焼けではない。不規則な、まだらの色。
注視した。
【副腎——著しい機能低下】
手が止まった。
(——あれ)
別の病気だ。今治療した毒症状とは関係ない。慢性的に副腎の機能が落ちている。色素沈着の出方からして、相当進行している。
前世の知識を辿る。アジソン病。副腎不全。コルチゾールの分泌不全。倦怠感、低血圧、塩分への渇望、皮膚の色素沈着——典型的なサインが全部出ている。慢性疾患だ。今日始まったものじゃない。何年もかけて進行してきたもの。
それ以上は見なかった。今はそれどころじゃない。
(でも気になる)
立ち上がって、子供の母親の方へ戻った。歩きながら、さっきの首筋が頭の隅に残っていた。
(あの病気、王都の宮廷医師でも診断ついてないと思う。この世界にはまだ知識がない病気。前世だって発見されたのは比較的最近で、それまではずっと「原因不明」だった)
(——気のせいだと、いいんだけど)
気のせいじゃないのは、分かっていた。
*
母親——マルタという名らしかった——に連れられて、裏通りを歩いた。
「先生のところ、ここからすぐなんです。リーナ先生っていって、若いけどいい子で」
「リーナ先生」
「ベッカー先生のお弟子さんで。先生が身体を悪くされてから、一人で」
(一人で診療所を回してる、ってこと?)
弟子が一人で回す診療所。設備も知識もたぶん足りていない。それでも患者が来るのは、他に行く場所がないからだ。前世でも見た構造。地方の小さなクリニックが、医師が倒れた後、看護師だけで回している光景。
(……雇ってもらえるかもしれない)
そう思った瞬間、自分の都合のいい考えに少し笑いそうになった。私は仕事を探していた。資格のいらない医療系の雑用。今、目の前に、それがある。
木の看板。文字がかすれている。「ベッカー診療所」。扉が半開きだった。中に入る。
棚に薬瓶。整理されていない。机の上に包帯が出しっぱなし。
そして床に、女が一人、しゃがみ込んでいた。粉をぶちまけたらしく、手で集めている。
「あーっ、もう! これ三日分なのに!」
栗色の髪を雑にまとめている。白衣ではなくエプロン。袖がまくられて、腕に擦り傷がいくつか。
マルタが声をかけた。
「リーナ先生、お客さん」
「え! 患者さん!? ちょっ、待って今片付ける——」
「患者じゃなくて。紹介したい方が」
リーナが顔を上げた。粉まみれの手。額にも粉がついている。
「……どなた?」
「エリカ。医者です」
「お医者さん!?」
立ち上がる勢いで、膝を机の角にぶつけた。
「いったー!」
(……大丈夫か、この診療所)
マルタが帰った後、欠けた椀で安い茶を出された。リーナがベッカー先生について話す間、薬棚を眺めていた。種類はある。整理されていないだけ。手の届く範囲にある薬で、応急処置のほとんどはできる。
(環境としては悪くない。整理して、足りないものを補えば、ちゃんとした診療所になる)
「ベッカー先生が倒れたのが半年前で、それからずっと一人で。薬代も持ち出しで——あ、これ聞かないでください」
笑っている。目は笑っていなかった。一瞬だけ。すぐ笑顔に戻した。
「でも! やめるわけにいかないし!」
(情熱だけで回してる。身体も家計も限界が近いだろうに)
前世でこういう人を何人も見た。倒れるまで走り続ける人。本人は気づかない。気づいた時にはもう、走れない場所まで来ている。
(誰かが横にいた方がいい。たぶん私は、その「誰か」になれる)
「泊まるところを探してるんだけど」
「うちに!」
即答だった。
「奥に部屋あるんです! ベッカー先生が使ってた! 家賃いいんで!」
「いや、さすがに——」
「手伝ってくれるなら全然! むしろ助かります! いてください!」
前のめりだった。
(——断る理由を探す方が難しいわね、この子)
提案する前に向こうから来た。私が打算で考えていたことを、向こうの方が素直に欲しがっている。これは互いに得な取引だ。私は寝床と仕事を得て、リーナは助手を得る。
「……しばらく、でいいなら」
「やったあ!!」
声が診療所の外まで響いた。たぶん通りの向こうまで。
(——うるさいな)
そう思いながら、嫌な気はしなかった。三日歩いて、誰の声も聞かずに、今日初めて二人の人間と関わった。子供の母親と、目の前のこの娘と。
声があるって、そういえばこういう感じだった。
*
午後、めまいの患者が来た。
五十がらみのレンガ職人。リーナが応対する。
「どうしました?」
「めまいがひどくてよ。寝返り打つたびにくらっとくる。立ってりゃ平気なんだが」
リーナが額に手を当てる。熱はない。顔色も悪くない。棚に向かって、薬草を選び始めた。
「血の巡りが悪いのかも! 頭に血を送る薬草を煎じますね!」
(——違う)
奥から見ていた。口を出すつもりはなかった。今日来たばかりの女が、いきなり患者の前で先生に口出しするのは、診療所の信用に関わる。
(でもこのまま血の巡りの薬を出したら、患者は治らない。リーナの信用は、私が黙ったせいで下がる)
天秤にかけた。今、口を出して、リーナのプライドを少し傷つける。後で説明する。それと、患者を治せないまま帰す。比べたら答えは出る。
「リーナさん。その人、頭を動かした時だけめまいがするって言いましたよね」
「はい」
「血の巡りなら立っても座ってもめまいが出ます」
リーナが止まった。
「少し診させてください」
注視する。
【内耳右側——耳石器に位置ずれ】
(——良性発作性頭位めまい症)
前世なら一日に何人も見るような、ありふれた病気。原因も対処法も確立している。でもこの世界にはまだ「耳の中の石」という概念がない。だから皆「血の巡り」「霊が見えた」「呪い」で片付けてしまう。
「ベッドに腰掛けて。——これから頭を右に向けてもらいます。ゆっくり」
頭を右へ。
「そのまま、後ろに倒れて。頭は私が支えます」
倒した。男の目がぐるぐる動く。
「うおっ——回る、回ってる——!」
「そのまま。動かないで」
三十秒。目の動きが収まる。
(うん、典型的だ。石を耳の中で動かして、元の位置に戻す。エプリー法)
「次、左に。ゆっくり」
「おい、何してんだ——」
「もう少しです」
左に向かせる。また目が回る。待つ。収まる。
「身体ごと左を向いて。横向きに」
従う。
「最後。ゆっくり起き上がって」
男が起き上がった。
「…………あれ?」
「どうですか」
「回ってねえ。何した!?」
「耳の中に小さい石みたいなものがあって、平衡感覚を保ってます。それがずれると、頭を動かすたびに目が回る。今、頭の向きを変えて石を元の位置に戻しただけ」
男が自分の耳を触った。リーナと同じ顔をしていた。
「三日間ずっとこれで寝込んでたのに……」
「放っておいてもそのうち治ります。石が自然に戻るか、身体が慣れるかで。ただその間ずっと働けないでしょう」
男が頭を下げて帰っていった。
リーナがじっとこちらを見ている。
「エリカさん」
「なに」
「すごいです」
「別に。知ってただけ」
「知ってるってことがすごいんです! 私、ベッカー先生に二年ついて、めまいの患者さん何人も診て、全員に血の巡りの薬出してました。治らない人もいて、なんでだろうって——」
「全員が同じ原因とは限らない。血の巡りのめまいもあるし、耳のめまいもある。見分けるのは、症状がいつ出るか。動いた時だけか、ずっとか。それだけ」
「それだけって……」
「知ってるか知らないかの差。あなたは知らなかっただけ。覚えればいい」
リーナが黙った。それから、ぶんぶんと首を縦に振った。
「覚えます! 絶対覚えます!」
(——いい目だ)
二年間、治らない患者を抱え続けて、それでも「なんでだろう」と思っていた子。多くの医療従事者は、治らないことに慣れてしまう。「そういうものだ」と受け入れて、考えるのをやめる。
リーナはまだ考えていた。考え続けていた。だから今、新しい知識を見せられた瞬間に、目が光った。
(こういう子は、伸びる)
*
夕方、扉が叩かれた。立っていたのは、昼間、通りで倒れた男の従者だった。
「失礼いたします。本日、主を助けていただいた者ですが——」
「フリッツと申します。主が、どうしてもお礼をと」
風呂敷を差し出した。干し肉と果物。銀貨が数枚。
「受け取れません」
「主がそうおっしゃると思っておりました。その場合は置いて帰れと言われております」
(——押し問答しても勝てなさそうだな、この人)
物腰は柔らかいのに、譲らない構え方。長年、誰かに仕えてきた人の佇まい。譲らない引き際を心得ている。
リーナが横から覗き込んだ。
「わ! いいお肉!」
「……あなたの方が、具合はどうですか」
「おかげさまで。今朝には粥を召し上がれるまでに」
「水分はしっかり。固いものはもう二、三日控えて」
「承知いたしました」
言葉遣いが丁寧だ。従者にしては教養がある。
(——気になる)
あの首筋。褐色の沈着。副腎の異常。
聞きたい。あの方は、あの慢性疾患について自覚があるのか。診断を受けたことがあるのか。今までどんな治療を受けてきたのか。前世で副腎不全の患者を診た時、最初の診断までに平均何年もかかっていた。この世界ならもっと長いはず。
「あの方——」
「はい」
「……いえ。何でもありません」
聞けなかった。
(——たまたま通りで助けた相手だ。名前も素性も知らない人間に「他にも病気がありますよね」と踏み込む根拠がない)
それに、前世で何度も学んだ。患者が「診せたい」と言うまで、こちらから踏み込まない。プライドを傷つけられた患者は、その後、どんな治療も拒むようになる。
特に重病の自覚を本人が避けている時。踏み込むと、関係が切れる。切れたら、その人は他の医者にも行かなくなる。私の善意が、その人を救えない医療から遠ざける。
フリッツがこちらを見ていた。穏やかな目。何かを測っている目でもあった。
「先生。この街には長くいらっしゃるのですか」
「……まだ分かりません」
「います!」
横からリーナが割り込んだ。
「いてもらいます! うちの先生なんで!」
(——いつから「うち」になった)
フリッツの目がわずかに和らいだ。
「それは心強い。主もこの街におりますので。何かあれば」
頭を下げて、出ていった。
(——何かあれば、か)
何かはある。あの首筋に。あれは進行する病気だ。何もしなければ、いずれ命に関わる。今は元気に見えても、副腎クリーゼ——急性の副腎不全発作——を起こせば、数時間で死ぬ。
それを「何かあれば」で待っていていいのか。
(——でも、踏み込む根拠がない)
私はあの人の名前も知らない。立場も知らない。今日たまたま通りで助けた相手。「他にも病気がありますよね」と言える距離じゃない。
待つしかない。本人が、自分の身体に向き合う時を。
「エリカさん! 今夜これ焼いていいですか!」
リーナが干し肉を掲げていた。
「あなたの分は好きにしなさい」
「エリカさんの分もですよ! 二人分!」
椅子に座った。窓から夕日が入る。薬瓶の並ぶ棚。散らかった机。安い茶。包帯の匂い。三日前までいた場所とは、何もかも違う。
王宮の食堂は、いつも一人で隅の席だった。記録帳を広げて、患者ノートをまとめながら食事をした。話す相手はいなかった。それが普通だった。
「焼き加減どうします!」
「……任せる」
「じゃあ私好みで! こんがり!」
(——うるさいな)
そう思いながら、嫌ではなかった。
(——焼き加減を聞かれるって、何年ぶりだろう)
王宮では食堂のおばさんも、もう私の好みを覚えていた。聞かれずに出てきた。誰かに「どうします」と聞かれるのは、たぶん前世以来だった。
*
ブライテンに来てから、十日ほど経った。診療所には毎日、誰かが来た。咳の老婆。指を切った漁師。腹を壊した子供。重い病気はない。だが一つ一つに、知識の差が出る。
合間に道具を揃え始めた。蒸留酒。メス。鉗子。鍛冶屋に図面を持ち込んで、首を傾げられながら作ってもらう。蒸留酒は市場で一番度数の高いものを買い占めた。
仕上がったメスを蒸留酒に浸していたら、リーナが目を丸くした。
「いいお酒なのにもったいなくないですか?」
「器具を清潔にするため」
「洗えばよくないですか?」
「水で洗っただけじゃ落ちないものがある」
「何がです?」
「目に見えない、小さな——」
言いかけて、やめた。細菌の概念がこの世界にはない。「目に見えない生き物が病気を運ぶ」と説明しても、霊か呪いと混同される。
(——理屈は教えない。手順だけ覚えてもらう)
前世でも研修医に教えるとき、原理から入る教師と、まず手順を叩き込む教師がいた。後者の方が、結果的に手が早くなる。理屈は手を動かしながら、徐々に。
「……いいから。刃物を使う前は必ずこれに浸すこと。煮沸でもいい。約束して」
「はい! 分かりました! 理由は分かんないですけど!」
(——理由は分からなくていい。やってくれれば)
そのまま十一日目の朝が来た。診療所の前に、白髪交じりの初老の男が立っていた。薬箱を持っている。あの日、通りでクラウスに解熱の薬湯を飲ませようとしていた医者だ。
「お前か」
「エリカです」
「私はグスタフ。この街で三十年医者をやっている。この街で医療行為を行うには、医師組合の承認が要る」
(——来たか)
いつかは来ると思っていた。十日のうちに、めまいの職人を含めて何人かの患者が私に診せられている。グスタフの患者だった者もいるはず。商売を奪われていると感じれば、組合の論理で潰しに来る。前世でもそうだった。
「承認の手続きがあるなら踏みます」
「審査には推薦人が二名要る。この街の医師の」
(——つまりこの男の承認が要る、という仕組みか)
グスタフの顔を見た。推薦する気がないのは明らかだった。
「私の患者が三人、あの後この診療所に来ている。勝手に診たな」
「勝手にも何も、来たから診ただけですけど」
「それが問題だと言っている」
声が大きくなった。通りに人が集まり始めている。
「身元も分からん女が、無資格で——」
「グスタフ先生」
リーナが前に出た。声が震えていた。でも前に出た。
「エリカさんは私が——」
「黙れ、小娘。お前もベッカーの承認で辛うじてやっている身だろう」
リーナが黙った。手が握られていた。
(——私一人の問題ならいいけど、リーナを巻き込むのは——)
ここで対立すれば、リーナの立場も悪くなる。ベッカー先生の承認で診療を続けているリーナを、グスタフは潰せる。一緒に。
引いた方がいい。私が出ていけば、リーナは前のまま続けられる。
(——でも、出ていきたくない)
そう思って、自分で少し驚いた。
「何を騒いでいる」
声が割り込んだ。低い声。静かだが、通った。
人だかりの向こうに、黒髪の男が立っていた。質のいい外套。傍にフリッツ。
倒れていた男だった。顔色は万全ではない。だが目は真っ直ぐグスタフを見ていた。
「十日前、通りで倒れた男だ。この医者に命を救われた。覚えているか」
グスタフの顔が強張った。
「あの時、先生の薬湯を飲ませていたら私は今ここにいない。そうだな」
「……それは」
「承認が必要なら、私が推薦人になろう。それで手続き上の問題はないはずだ」
フリッツが一歩前に出た。それだけで空気が変わった。何も言わない。ただ立っている。だが従者の立ち方ではなかった。主人の盾として、自然に位置を取っている。
(——この二人、何者だ)
辺境の街に「推薦人」を申し出られる立場の人間。それも、フリッツのあの構え方をさせる主人。普通の貴族ではない。
グスタフは何も言えなくなっていた。
「……手続きを踏むなら、文句は言わん」
背を向けて去っていった。リーナが大きく息を吐いた。
「こ、怖かった……。でもあの人すごい。何者ですか?」
知らない。私も聞きたい。
男がこちらを見た。
「大事なかったか」
「助かりました。お名前、伺っていませんでした」
「クラウスだ。それ以上は、今は」
(——隠してる。やはり)
「それ以上は」という言い方。普通の貴族なら、家名まで名乗る。それを止めている。理由がある。
「私からも、お礼を。あなたを助けてくれた借りがある」
口の端がわずかに動いた。皮肉とも笑みとも取れる顔。
リーナが「お茶でも淹れますね!」と奥に引っ込んだ。
「フリッツ、推薦の書式を——」
言いかけて、止まった。顔から色が引いた。
一瞬だった。さっきまで普通に立っていた人間の足元が揺れた。
「——殿」
フリッツが声を落として支えた。殿。聞こえた。
クラウスの手が壁に触れた。額に汗が浮いている。
(——血圧が落ちてる。急激に)
注視した。
【副腎——著しい機能低下。コルチゾール分泌ほぼ停止】
【血圧——急速な低下。末梢循環不全】
(——あの時見たのと同じ。やっぱり進行してる)
最初に見た時よりも、明らかに数値が悪い。今、ストレスがかかった瞬間に、副腎が応答できていない。
「大丈夫だ。少し立ちくらみが——」
「大丈夫じゃありません」
近づいて脈を取る。速い。弱い。
「座って。リーナ、塩と水」
「はい!」
塩水を作って、少しずつ飲ませた。顔色がわずかに戻る。だがこれは応急処置でしかない。塩で一時的に血圧を保っているだけ。
フリッツが傍に膝をついていた。顔が白い。主人より従者の方がよほど動揺している。
(——慣れてる。フリッツはこの状況に慣れてる)
慣れているから、最初に「殿」と漏らした。隠す余裕がない。そして塩水を準備する私の動きを、止めなかった。「殿」を「殿」と呼ばせていることを、知っている人間の慌て方だ。
「よくあることなんですか」
フリッツがクラウスを見た。クラウスが目を閉じた。答えないつもりだ。
「先生」
フリッツの声が低くなった。
「お願いです。主を——診ていただけませんか」
クラウスが目を開けた。
「フリッツ」
「お許しください。ですが——」
「今ここでする話じゃない」
そうだ。通りの真ん中だ。
「場所を変えましょう。あなたの家で」
「……あんたに診せる義理はない」
「義理はない。でも今帰したら、家で倒れます」
クラウスが黙った。
(——この人、自分の身体のことをある程度分かってる。分かった上で、誰にも診せていない)
前世でも見た。重病を自覚している患者ほど、医者を避ける。診せれば現実が確定する。確定しなければ、まだ「気のせいかもしれない」と思える。希望の最後の形として「診ない」を選ぶ。
首元を見た。外套の襟が高い。あの色素沈着は隠れている。
(隠してる。意図的に。長年そうしてきた)
「……好きにしろ」
立ち上がった。フリッツが支える。リーナに振り返った。
「午後の患者、任せていい?」
「はいっ! 任せてください! ……たぶん!」
(——たぶん、が正直すぎる)
鞄を掴んだ。
*
屋敷は、住人の性格そのままだった。必要なものはある。不要なものがない。家具は少ないが質がいい。壁に絵も紋章もない。窓が多くて、風通しがいい。
(——この部屋、面白いな)
貴族の屋敷というより、隠居した学者の家のような印象。装飾を排している。「自分を見せる」要素がない。それは「見せたくない」のか「見せられない」のか。たぶん両方。
椅子に座らせて、症状を聞いた。
「いつから具合が悪くなりやすくなりました」
「……昔からだ」
「昔から、は答えになってません。いつ頃から悪化しました」
クラウスがわずかに目を細めた。
「……三年前。ここに来た頃から、頻度が上がった」
(——三年前。何があったか分からないけど、ストレス性の悪化を引き起こす出来事)
副腎不全はストレスで急速に悪化する。三年前の出来事が、もともと弱かったこの人の副腎を、決定的に潰した。
「食欲は」
「ない」
「体重は」
「減っている。フリッツがうるさい」
フリッツが口を挟んだ。
「この二年で一石近く。食事は残されることの方が多く——」
「聞いてない」
「聞いてます。続けてください、フリッツさん」
クラウスが不愉快そうな顔をした。
「朝が特に辛そうで。起き上がるのに時間がかかります。倦怠感がひどい日は一日寝台から出られないことも」
「塩辛いものを好みますか」
「はい。以前はそうでもなかったのですが、最近は漬物や干し肉ばかり」
(——副腎が落ちるとナトリウムが保てなくなる。身体が本能的に塩を求める。教科書通り)
「立ちくらみの頻度は」
「週に二、三度は」
クラウスが舌打ちした。
「フリッツ。お前は私の医者か」
「いいえ。ですが——」
「全部喋るな」
「全部聞きたいので、全部喋ってください」
クラウスがこちらを見た。
「……ずいぶん遠慮がないな」
「遠慮してたら患者は死にます」
黙った。
「肌を見せてもらえますか。上を脱いで」
「……どこまで見る気だ」
「必要なだけ」
外套を脱いだ。シャツも。痩せていた。肋骨の浮き方で分かる。筋肉量が少ない。食べていない身体だ。
(——若い男の身体じゃない。五十代の慢性疾患患者の身体)
そして、首筋。鎖骨から首にかけて、まだらの褐色。肘の内側。膝の裏。同じ色素沈着。口腔粘膜にも暗いまだら。
(——全部、一つの答えを指してる)
腹部に触れた。柔らかい。圧痛はない。手首を取って脈を測る。安静時でも弱い。血圧が慢性的に低い。
注視した。
【副腎——萎縮。機能ほぼ停止】
手を離した。クラウスがシャツに手をかけながら、こちらを見ていた。
「それで」
「分かりました。何が起きているか」
「……聞こう」
(——どう伝えるか)
ここが医者の仕事で一番難しい。診断は出ている。でもそれをどう言葉にするかで、患者の受け取り方が変わる。専門用語で逃げる医者もいる。曖昧にぼかす医者もいる。私はどっちもしたくない。
「あなたの身体の中で、ある器官がほとんど動いていません。背中の奥、腎臓の上にある小さな臓器。そこが作るべきものを作れなくなっている。倦怠感も、食欲不振も、立ちくらみも、体重の減少も、塩への渇望も、肌の色素沈着も。一つ一つは別の病気に見えるけど、原因はひとつです」
「……一つ」
「一つです」
クラウスが黙った。それから、軽い調子で言った。
「分かったところで、治せるのか」
「正直に言います。今の私には、治す手段がありません」
「そうか」
あっさりしていた。予想していた、という顔。
(——この人、もう何度も「治せない」と言われてきた人だ)
声に怒りも失望もない。慣れている。慣れるほど聞いてきた言葉。
「ただし」
「ただし?」
「これは病気です。原因が分かっている。適切な処置があれば、症状を抑えられる」
クラウスの目がわずかに動いた。
「……処置が、あるのか」
「あります。今の私の手元にないだけです」
間があった。フリッツが息を詰めていた。
「——呪いではないのか」
声が変わっていた。さっきまでの軽さが消えていた。
(——そう言われてきたのか)
呪い。前世なら笑い飛ばす単語。でもこの世界では、原因不明の病気は呪いと呼ばれる。診断がつかない患者は、自分の身体を「呪われている」と認識して生きるしかない。
それは——病気そのものより、ずっと辛い。病気は治療を待てる。呪いは、待っても解けない。
「呪いではありません」
「王都の医師は誰も原因が分からなかった。匙を投げられた。周りの人間は——」
「呪いじゃない。病気です。理屈のある不具合です。名前もあります」
クラウスが何も言わなかった。
見ていた。首元でも、表情でもなく、膝の上に置かれた手。震えていた。力を入れて止めようとしている。止まらない。
(——震えてる)
三年。あるいはそれ以上、この人は「呪い」と言われ続けてきた。誰にも病名を告げられなかった。今、初めて「病気」と言われた。
私は何度もこの場面を見てきた。診断がついた瞬間、患者の中で何かが変わる。病名がつくと、戦える。呪いとは戦えない。
クラウスの震えは、その瞬間の震えだ。
「——すまない。少し」
立ち上がろうとした。足元がふらついた。フリッツが支えた。
「今日は横になってください。塩水を多めに。明日また来ます」
「……来るのか」
「来ます。治す手段が見つかるまで、今できることをやりに」
クラウスは背を向けたまま、何も言わなかった。
フリッツが玄関先で深く頭を下げた。
「先生。——ありがとうございます」
「まだ何もしてません」
「いいえ。あの方が、あの言葉を聞けたことが」
フリッツの目が赤かった。
(——呪い、か。三年間、そう思って生きてきたのか)
そして、フリッツも一緒に「呪い」を背負ってきたのだ。仕える主人が呪われている。何もできない。ただ毎日、塩を取り、立ちくらみを支え、倒れるのを待つだけの日々。
フリッツの目の赤さは、自分のためでもあった。
*
翌朝。塩の袋を鞄に詰めて、クラウスの屋敷へ届けた。一週間分。
「毎食、少し多めに。汁物にも。足りなくなったらまた持ってきます」
フリッツが受け取った。居間でクラウスは椅子に座っていた。昨日よりは顔色がいい。塩水が効いている。
脈を取る。
「昨日の立ちくらみは」
「一度。夕方に」
「フリッツさん」
奥から声が返ってきた。
「大げさではございませんので、先にそれだけ申し上げておきます」
クラウスが天井を見た。
「聞いてないのに答えるな」
「殿がまた『大したことない』とおっしゃるのが目に見えておりましたので」
(——息が合ってるのか合ってないのか分からない二人だな)
でも分かる。三年間、こうやってきたんだ。クラウスが症状を隠して、フリッツが先回りして補足する。二人で一人の医者の代わりをしてきた。
「しばらく毎日来ます」
「毎日か」
「嫌ですか」
「……好きにしろ」
帰り道、薬草屋に寄った。リーナを連れて。
「あそこの店主、愛想悪いんですよね……。若い女だと足元見てくるし」
「ちょうどいい」
「ちょうどいい?」
店に入ると、髭の濃い男が出てきた。腕を組んだまま、こちらを値踏みする目。リーナを見て、それから私を見る。
「……あんたか。グスタフ先生と揉めてた——」
途中で口をつぐみ、棚を拭き始めた。
(——噂はもう街中に広がってるか)
辺境の街は狭い。十一日もあれば、新参者の話は街の隅まで届く。
「グスタフ先生がどうかしました?」
「何でもねえ。何が要る」
「いくつか。解熱用の薬草を」
「そこの棚だ。一束八銅貨」
リーナが小さく息を吸った。
「リーナ、いつもいくらだった?」
「……五銅貨です」
「仕入れが上がってんだ。嫌なら他を当たりな」
「他にこの街で薬草を扱ってる店、ありますか」
男が鼻を鳴らした。ない、と知っている顔だ。
(——独占商売。地方の弱小薬草屋でも、独占すれば横暴になれる。前世でも見た構図)
棚の束を一つ手に取った。匂いを嗅ぎ、葉を一枚むしって指で揉み、茎の断面を見た。
「ひとつ聞いていいですか。この薬草、乾燥が甘くないですか」
「……十分乾かしてある」
「茎の中にまだ水分が残ってます。煎じた時に成分の出方が変わるんですけど」
男の目が細くなった。
「細かいことを言うな」
「そうですか。それと、これ」
隣の粉末の瓶を取る。蓋を開けて、指先に少量取った。舌に乗せた。
「おい、勝手に——」
「これ、二種類混ざってますよね。味と粒の大きさが違う。片方はほぼ薬効がない」
男の手が止まった。
「……言いがかりだ」
「言いがかりだといいんですけど。グスタフ先生から、薬の効きが悪いって言われたこと、ありません?」
男の顔が変わった。図星だ。
(——やっぱり。グスタフがこの店の薬を使って、効きが悪いと文句を言ってる。だから店主は値段で取り戻してる。悪循環)
「リーナ。グスタフ先生のところに分けてもらえないか聞きに行きましょうか。先日、医療行為の承認についてお認めいただいたし」
「は、はい。認めてくださいました」
リーナが裏返った声で合わせてくる。状況は分かっていないが、合わせてはくれる。
男の目が泳いだ。粗悪品の話がグスタフに行く。それがどういう結果になるか、計算している顔。
「ちゃんとしたものを適正な値段で売ってもらえれば、わざわざそんなことしなくていいんですけど」
長い沈黙。
「……何が要るんだ」
「全部見せてください。奥にあるものも」
「奥だと?」
「棚に出せないもの。仕入れたけど売れ残ってるもの。全部」
男が渋々、奥の棚を開けた。雑に箱に詰められた薬草の束。一つずつ手に取って分類する。
棚の隅。布に包まれた束が押し込まれていた。手に取って、布を開く。茶色い根。甘い匂い。
(——あった)
甘草。前世でグリチルリチン酸として知られる成分の原料。副腎不全の患者にコルチコステロイドの代替として使える。本物の治療薬と比べれば微弱だけど、何もしないよりはるかにいい。
この世界では「毒草」扱いされている。たぶん大量摂取で偽性アルドステロン症を起こす事例が過去にあって、それで禁忌になった。少量なら安全に使える。
「これは」
「そいつは売り物じゃねえ。処分し損ねてたんだ」
「毒草ですよね」
「だから処分し損ねたっつって——」
「私が適切に処分しておきましょうか。誰かが知らずに使ったら大変ですから」
「……は?」
「他国の商人から仕入れた時は普通の薬草だって聞いた、とでも?」
男の顔が白くなった。
「宮廷では使用を忌避すべしとされていました。量を間違えると人が死にます。役人さんに帳簿と一緒に確認してもらいましょうか」
「持ってけ」
早かった。
「持ってっていい。処分、頼む。役人は——勘弁してくれ」
布に包み直して、鞄に入れた。
(——回収成功)
宮廷の薬草庫にも一応あった。でも持ち出せる立場じゃなかった。それが、この辺境の薬草屋の棚の隅に、毒草として埋もれていた。世界はそういうところがある。
「じゃあ、先ほどの薬草の件ですけど」
「適正価格で出す。出すから」
会計を済ませると、当初の半額以下になっていた。
店を出て、リーナがしばらく黙って歩いていた。珍しい。
「どうしたの」
「……今後エリカさんに逆らうのはやめようと思います」
「あら。逆らうつもりだったの」
「冗談です! 冗談ですよ!」
(——半分本気の顔だったけどね)
「ねえ、あの布のやつ——」
「今度教える。今はまだ」
リーナはそれ以上聞かなかった。
(——いい子だ)
聞きたいことを聞かないでいられる人は、信用できる。逆に、聞かないでくれと言ったことを聞き出そうとする人は、いずれ秘密を漏らす。リーナはきっと前者のまま育つ。
診療所に戻って、薬草を棚に並べた。布に包まれた根は、奥に。
甘草。この世界では毒。
前世と濃度が同じかどうかは分からない。品種が違うかもしれない。前世の知識だけでは処方は組めない。少量から試すしかない。
(——そして、あの人に「これを飲め」と言わなければならない。毒と呼ばれているものを)
説明できるだろうか。「これは前世の知識で、あなたの病気に効くんです」とは言えない。「毒草と言われていますが、量を間違えなければ薬になります」——これだって、信じる根拠は私の言葉だけ。
クラウスが信じてくれるかどうか。それが全てだ。
窓の外が暗くなり始めていた。リーナが夕食の支度をしている。
扉が叩かれた。激しく。何度も。
リーナより先に動いた。開けた。クラウスの屋敷で見かけた使用人が立っていた。息が切れている。
「エリカ先生——フリッツ様が——」
「何があった」
「街道で賊に。血が、止まらないんです」
鞄を掴んだ。
「リーナ、湯を沸かして。蒸留酒と布、持てるだけ持ってきて」
「はい!」
走った。
(——副腎じゃない。出血。賊。フリッツ)
頭の中で状況を組み立てる。賊に襲われた。血が止まらない。それなら腹部か胸部の深い刺創。動脈損傷か、内臓損傷。どちらでも、外から圧迫しても止血できない場所。
開けるしかない。
(——前世の最後の手術以来)
*
屋敷に着いた時、玄関の床に血が点々と続いていた。
居間に運び込まれていた。寝台の上にフリッツ。白いシャツが左腹部から赤黒く染まっている。顔面蒼白。呼吸が浅い。
クラウスが傍に立っていた。顔から表情が消えている。
使用人が二人、布を押し当てていた。血が止まらない。
「どけて」
布をめくる。左腹部。刺創。深い。
注視した。
【腹腔内——脾臓に裂傷。出血継続】
【腸管——損傷なし】
(——脾臓だ。何もしなければ失血死する)
脾臓。腹腔内の臓器。外から圧迫できない。出血が腹腔内に溜まる。患者は腹が膨らみながら、血を失っていく。
開腹して、出血源を直接止血する。それしかない。
脈は速く、弱い。時間がない。
「蒸留酒と布は」
「あります!」
リーナが息を切らして到着していた。
「机を空けて、明かりを集めて」
机が運ばれ、蝋燭が並べられた。鞄からメス、鉗子、針と糸。すべて蒸留酒に浸す。
「フリッツさんを机に乗せて。仰向け」
フリッツが運ばれた。意識はない。傷口の周囲に蒸留酒をかけた。
「腹を切ります」
部屋が凍った。
使用人の一人が前に出た。
「何を——正気ですか!」
もう一人が続いた。
「フリッツ様を殺す気か! グスタフ先生を呼べ!」
「グスタフ先生では助けられません。この出血は外からは止められない」
「だからって——」
(——時間がない。説明してる暇がない。この人たちは、人の腹を切る医療を見たことがない。説明したところで納得しない。納得しないまま手を出されたら、フリッツは死ぬ)
「エリカ」
クラウスの声だった。静かだった。
「腹を切れば、助かるのか」
目を見た。
(——この人は、見ている)
私を見ている。混乱の中で、唯一冷静に、私の目を見ている。判断するつもりだ。私の目を見て、信じるかどうか、決めるつもりだ。
「助けます」
「……下がれ」
「しかし——」
「下がれと言っている」
使用人が下がった。メスを持った。
(——任された。この人は私を信じた)
会って十数日。診察したのは昨日。それだけの関係で、自分の最も大事な部下の命を、私に預けた。
その判断の重さは、今は考えない。あとで考える。今は手を動かす。
「リーナ、ここに。鉗子を持って待機して」
「は——はい」
傷口から刃を入れた。切り広げる。腹腔が開く。血だった。暗い赤が溢れてくる。
「布。吸わせて」
手を出した。返ってこない。
振り向くと、リーナが立っていた。鉗子を握ったまま、動かない。目が開いているのに何も見ていない。顔が白い。手が震えている。
(——ああ、そうだよね)
知識として知っていることと、目の前で人間の腹が開くことは違う。前世でも、初めて開腹手術に立ち会った研修医は、ほぼ全員固まった。私もそうだった。
「リーナ」
「だ、大丈夫です、私——」
声が震えていた。唇に色がない。膝がガクガクしている。身体が全部「大丈夫じゃない」と言っていた。
「下がって」
「でも——」
「今のあなたの手は使えない」
きつい声が出た。
(——責めてるんじゃない。あなたを守ってる。固まった手で器具を渡されたら、それも事故になる)
リーナが後ずさり、壁際でしゃがみ込んだ。
(——前世の最初のオペ。私もああだった。怒鳴ってくれる指導医が今はいない。一人でやる)
左手で腹腔内の血を布で拭った。視界を確保する。
【脾臓下極——裂傷。長さ約三寸】
右手のメスを置いて、鉗子を取った。出血している血管を挟む。血が止まる。
針を持つ。脾臓の裂傷を縫う。一針。二針。手はぶれなかった。前世で何百回とやった動き。身体が覚えている。三針目で、ほぼ止まった。
腹腔の血を吸い取って、新しい出血がないことを確認する。腹壁を縫う。層ごとに。筋膜、皮下、皮膚。蒸留酒をかけて、清潔な布で覆った。
最後の糸を切った時、手が重かった。
(——終わった)
脈を取る。まだ弱い。だが速さが落ち着いている。
「……終わりました」
部屋が静かだった。クラウスは椅子に座っていた。いつ座ったのか分からない。組んだ手の上に顎を乗せて、こちらを見ていた。表情が読めなかった。
使用人にフリッツの搬送と看護を指示してから、壁際を見た。リーナがまだしゃがんでいる。膝を抱えていた。
隣にしゃがんだ。
「リーナ」
顔を上げた。目が赤い。泣いていた。
「すみません、私——使い物にならなくて——」
「当たり前でしょう。あんなの初めて見たんだから」
「でも、エリカさんが一人で——」
「私も最初はそうだったよ。人の腹を初めて見た時、手が動かなくなって、器具を握ったまま泣いてた」
「エリカさんが……?」
「立ってるだけで精一杯だった。だから、あなたは正常」
リーナの肩が少し下がった。
(——よかった)
固まったこと自体は問題じゃない。問題は、固まったことで自分を否定すること。「私には向いていない」と決めつけてしまうこと。一度そう思った人間は、次の機会を逃す。
「ただし。次は動いてもらう。今日見たこと、手の動き、順番、どこを切って何を縫ったか、覚えてる限りでいい。覚えてる?」
「……覚えてます。全部見てました」
「見てたの。固まりながら」
「はい。怖かったけど、目は離せなくて」
(——大丈夫だ、この子は)
固まりながら、目を離さなかった。それは大事な才能だ。怖いものから目を逸らさない。それができる人は、伸びる。
「上出来。明日、私が何をやったか説明する。全部」
「はい!」
声に力が戻っていた。
*
リーナを先に帰した。フリッツの寝台の脇で脈を見ていた。安定してきている。峠は越えた。
クラウスが入ってきた。外套を脱いでいた。痩せた身体のまま、寝台の傍に立つ。
「……十五の時からそばにいる」
独り言のようだった。
「王宮の誰も寄りつかなくなった後も、こいつだけが残った」
(——王宮)
「目を覚ましますよ」
「ああ。——あんたが来なければ死んでいた」
「たまたま近くにいただけです」
「たまたまが多いな、あんたは」
こちらを見た。ただの、疲れた顔だった。
「礼を言う。ありがとう」
「いいです。寝てください、あなたも限界でしょう」
「俺は——」
立っていた。立っていたはずだった。
声の途中で、足が消えた。膝が折れる。身体が傾く。
「クラウス——!」
名前を呼んでいた。受け止める前に床に崩れた。支えた時にはもう、手の中でぐったりしていた。
脈。速い。弱い。これは出血じゃない。
副腎だ。
(——副腎クリーゼ)
数日のストレス。フリッツが刺された報せ。手術の間ずっと立っていた緊張。副腎がとっくに限界を超えていたのを、気力で保たせていた。気力が切れた瞬間に、全部崩れた。
このまま放っておけば数時間で死ぬ。
「塩水。誰か、塩水を——」
使用人が走った。抱えた身体が軽い。
クラウスの目が薄く開いていた。焦点が合っていない。意識が沈みかけている。
塩水が来た。飲ませた。ほとんどこぼれた。
(——足りない。これじゃ足りない)
副腎クリーゼは塩だけでは止まらない。本来ならステロイドの静脈投与が必要。それがこの世界にはない。
鞄が目に入った。今朝入れたままだった。布に包まれた茶色い根。
甘草。毒と呼ばれているもの。
(——前世と濃度が違うかもしれない。試した量も少なすぎたかもしれない。それでも、今この場で他に手がない)
迷う時間も惜しい。少量を削って、塩水に溶かした。クラウスの顔の前に持っていく。
「クラウス。聞こえますか」
「…………」
「これは毒草と呼ばれています。でも薬になる」
目が動いた。こちらを見ている。見えているかは分からない。
(——本人の同意がない投与は、医療倫理に反する。でも今、同意を待ったらこの人は死ぬ)
(——同意を待たずに飲ませることもできる。意識が朦朧としているうちに、口に流し込めば終わる)
(——でもそれは、私がやっちゃいけない)
理由は説明できない。でもダメだと分かる。この人は、自分の身体について、ずっと選ぶ権利を奪われてきた人だ。「呪い」と決めつけられて、「治らない」と言われて、誰にも病名を告げられずに、ここに送られた。
最後に、もう一度だけ、選ばせる。たとえそれが、間違った選択だとしても。
「——私を、信じられますか?」
長い間があった。意識が消えかけている人間が、何かを考えている時間。
「……量を間違えれば死ぬと、言ったな」
声だった。低い。掠れている。
「はい」
「間違えないと」
「間違えません」
「……なぜこれが俺に効くと分かる」
「この根は、あなたの身体に足りないものを補えます。量を間違えなければ」
答えになっていなかった。それでもクラウスは椀を見た。私の手を見た。何かを確かめている目だった。
「——死んだら化けて出るぞ」
口を開けた。
椀をそっと傾けた。半分ほど飲んで、腕から力が抜けた。椀を取った。目が閉じかけている。
「寝ていいです。今夜はそばにいます」
椅子を寝台の脇に引いた。脈を取りながら、ろうそくの揺れを見ていた。
(——化けて出るぞ、か)
死ぬかもしれないと知って、それでも飲んだ。冗談みたいな言葉を最後に残して。
(——この人、よくこんな状態で冗談言えるな)
呆れた。それから、少し笑いそうになった。手術の血が乾いた手で、ろうそくの灯りの中で。
笑ったら、フリッツに失礼な気がした。寝台で眠っているフリッツに。自分の主人が薬を飲んだことを、まだ知らないフリッツに。
笑わなかった。代わりにクラウスの脈を、もう一度数えた。
少し、強くなっていた。
たぶん、気のせいだ。まだ早すぎる。
それでも、強くなっていた。
*
三日目の朝。脈が、昨日より強かった。
注視する。
【副腎——微弱な反応あり。コルチゾール分泌:痕跡程度】
(——動いてる。まだほんのわずかだけど、効いてる)
完全に止まっていた機能が、薬の補助で少しだけ動いた。これは、止まりかけていた心臓に細い電流を通すような状態。続けないと、また止まる。
量を記録した。この世界の甘草は前世のものより少し濃いようだ。慎重に。
「今日の具合は」
「変わらん」
「食欲は」
「ない」
「昨日は粥を三口でしたけど」
「……四口ぐらいなら」
「増えてるじゃないですか」
「誤差だ」
(——四口を「誤差」と言える人間に育てた、フリッツの教育を疑う)
七日目。クラウスが自分で起き上がった。
「自分で起きましたね」
「起きただけだ」
「昨日まで手伝ってましたけど」
注視した。
【副腎——コルチゾール分泌:低値だが安定。末梢血流改善】
(——軌道に乗った)
完璧じゃない。完全な治癒でもない。でも安定している。発作の頻度は落ちる。日常生活は送れる。一生薬は続ける必要があるけど、生きていける。
医者として、この瞬間が一番好きだ。重病を抱えていた人が、明日も生きていられると分かった瞬間。
「……なあ」
「はい」
「この薬は、いつまで飲む」
「ずっと、です」
クラウスがこちらを見た。
「あなたの身体の中で止まっている機能は、おそらく元には戻りません。この薬で補い続けます」
「一生か」
「はい」
クラウスが窓の外を見た。
(——この告知も、患者によっては絶望を与える)
「治る」と言われて期待を抱いた患者が「一生薬を飲む」と言われて落胆する例は、前世でも多かった。「治る」と「症状を抑え続ける」は違う。
でも、クラウスにとっては「治る」と「症状を抑え続ける」の差より、「呪い」と「病気」の差の方が大きいはず。
「一生飲むのか。あのまずい水を」
「慣れます」
「慣れるのか」
「炭の水よりましだって言ってたでしょう」
「あれを基準にするな」
クラウスの手は、もう震えていなかった。
(——勝った)
私の中で、何かが小さく音を立てた。前世から数えて、何百人の患者を診て、何十人を救った。今回は、その中でも特別だった気がする。
何が特別だったのか、すぐには言葉にならなかった。
*
フリッツが目を覚ました。傷口の経過を確認している時だった。まぶたが動いて、目が開いた。
「……殿は」
第一声がそれだった。
「元気ですよ。隣の部屋にいます」
「……ご無事ですか」
「あなたの方が刺されてたんですけどね」
フリッツの目が潤んだ。
クラウスが入ってきた。自分の足で。フリッツの目が見開かれた。
「殿——お顔が——」
「毒を飲まされた」
「毒……!?」
「薬だ。効いてる。……らしい」
「らしいじゃなくて効いてます」
フリッツがエリカを見た。クラウスを見た。もう一度エリカを見た。両手で顔を覆った。声が漏れた。
「——申し訳ございません。私がそばにおれぬ間に——」
「泣くな。腹に響く」
「申し訳——」
「泣くなと言っている」
クラウスがフリッツの寝台の横に座った。何も言わず、そこにいた。
しばらくして、フリッツが落ち着いた。目はまだ赤い。
「先生。その薬は」
「甘草という根です。この国では毒草扱いですが、量を間違えなければ薬になる」
「それを、ずっと」
「はい。ただ、今手元にある分では長くは持ちません。流通していないので、継続的な入手先がまだ」
フリッツの目が変わった。
「心当たりがございます。腹の傷が塞ぎ次第——」
「まず傷を治してください」
「……承知いたしました」
クラウスがフリッツの手を、軽く叩いた。それだけだった。
(——この二人、家族みたいだ)
血が繋がっていないのは、見て分かる。でも、十五から仕えるとはそういうことなんだろう。フリッツがクラウスを見る目は、優れた使用人の目というより、子供を心配する親の目に近かった。
部屋を出て、玄関先まで歩いた。クラウスが見送りに来ていた。
「またな」
「明日も来ます」
「……ああ」
ふと、視線が合った。クラウスの目が、何か言いたそうにしている気がした。
「何か?」
「いや」
何でもないと言うなら、何でもないのだろう。
(——「ありがとう」を、ちゃんと言いたかったのかしら)
そう思って、すぐに自分で否定した。
(——というか、ちゃんと言いたかったのは、私の方?)
何を、と聞かれると、よく分からなかった。「ありがとう」とも違う。「また会いたい」とも違う。
毎日来ます、と昨日言った。明日も来ます、と今言った。その間に何があるのかを、私はまだ言葉にしていない。
屋敷を出た。陽が傾き始めていた。
歩きながら、自分の足音だけが聞こえた。診療所までの帰り道、いつもより長く感じた。
(——なんで長いんだろう)
歩く速度は変わっていない。距離も変わっていない。でも、行きより帰りの方が、いつも長く感じる。
そういえば、前世でも、好きな相手の家からの帰り道は、長かった。
——足が止まった。
(——え)
止まった足を、慌てて動かした。
今、私、何を考えた。
考え直そうとして、考え直すのをやめた。考え直して、確定したら、もうこの感情から逃げられなくなる。
逃げる時間を、もう少しだけ。
夕暮れの中を、診療所まで歩いた。
*
診療所に戻ると、リーナが駆け寄ってきた。
「おかえりなさい! それから、これ——」
差し出されたのは、封蝋のついた書状だった。紋章。エストール侯爵家。
「さっき、旅装の人が。エリカさん宛だって」
封を切った。読んだ。
王宮を去ってから、まだひと月にもならない。
『——主席医師団は本件に関して見解を統一できず、ヴェルナーは現在事実上の処分待ちにございます。レナート様の容態は安定せず、当家としては、貴殿の医療を再び求めたく——』
(——来た)
予想していなかったわけじゃない。レナートの病状は、私が出した処方でしか抑えられない。ヴェルナーには再現できない。十四日で黄疸が出る、と最後に告げて去った。その通りになっただろう。
レナートが苦しんでいる。
それは事実だ。
そして今、私の前には、もう一人、苦しんでいた患者がいる。三年間誰にも病名を告げられず、今ようやく薬を飲み始めた人。明日も来ますと約束した人。
戻れば、レナートを救える。
ここに残れば、クラウスの治療を続けられる。
両方は、できない。
(——でも今は、選ばなくていい)
書状の文面を、もう一度読み直した。すぐに来てくれ、とは書かれていなかった。「貴殿の医療を再び求めたく」と、形式的な打診の言葉が並んでいるだけ。
返事は要る。でも、返事をするのは、今夜じゃなくていい。
「……リーナ」
「はい」
「しばらく診療所、任せていい?」
「え——また? どこ行くんですか?」
書状を畳んだ。窓の外を見る。陽は、もう暮れかけていた。
返事を考えに行くわけじゃない。たぶん、考える前に、クラウスのところに行く。
明日も来ますと、もう一度言うために。
────────────────────────
その頃、王都の朝食堂で、ブルーノは靴を履こうとして眉をひそめていた。
右の親指のあたりが、わずかにきつい。
足を見た。少し赤い気もする。昨日の酒が残っているのかもしれない。
——そのまま太り続けると、近いうちに大変なことになりますよ。
あの女の声がよぎった。追放される日、大勢の前で恥をかかせてくれた。罪人の分際で。
(馬鹿馬鹿しい。太っているのと足が痛いのに何の関係がある)
そう思いながら、心の隅で別の声がしていた。
あの女は、根拠のないことは言わない。それは三年間、同じ建物にいて、嫌でも知っていた。
(——いや。あの状況での捨て台詞だぞ。本気にする方がどうかしてる)
そう自分に言い聞かせた。靴に足を押し込んだ。この程度、靴擦れだろう。
ブルーノの日々は順調だった。エリカが抜けたぶん、担当患者が回ってきた。といっても簡単な症例ばかりだ。あの女が抱えていた面倒な患者——レナートは、ヴェルナーが引き取った。当然だろう。主席医師なのだから。
余った時間で医局の椅子に座り、昼から果実酒を傾ける。悪くない。
同期のマティアスが通りがかった。
「ブルーノ、レナート様の薬、あの処方で大丈夫なのか。エリカが半量にしろと——」
「あの女の言うことを真に受けるのか。禁忌薬草を独断で使った女だぞ。判断が正しいわけがない。ヴェルナー先生が診ているんだ。問題ない」
マティアスは何か言いたそうな顔をしていたが、頷いて去った。
(——あの女の言うことを真に受けるのか)
自分で言った言葉が、頭の中で反響した。
真に受けるなと言っておきながら、自分は、朝起きた瞬間から、あの女の言葉を反芻している。「歩けなくなる」。「風が吹いただけで激痛が走る」。
矛盾していた。
矛盾していると、自分でも分かっていた。
十二日目の朝。右足の親指が、熱かった。靴を履く時に顔をしかめた。腫れている。触ると痛い。昨日にはなかった腫れだ。
(食い過ぎたか。少し控えるか——いや、今夜は医師団の会食だ。まあいい)
朝食を済ませて医局に向かった。歩くたびに右足が気になる。痛いというほどではない。ただ、靴の中で親指が脈を打っている。
廊下で侍医が走ってきた。
「どうした」
「レナート様が——」
顔が青い。
「ヴェルナー先生を呼べと」
「呼べばいいだろう。私に言うな」
侍医が走り去った。椅子に座った。靴の中の親指が、じくじくと熱い。
夕方になって医局がざわついた。レナートに黄疸が出た。
ヴェルナーの椅子が倒れる音がして、廊下を走る足音が遠ざかっていった。ブルーノは書類を見ていた。
(——黄疸)
あの女が追放の日に言っていた。二週間で出る、と。
数えたくなかったが、数えてしまった。追放の日からちょうど十四日。
(偶然だろう)
そう思おうとした。十四日。たまたまだ。重なっただけだ。あの女が本当に予言したのではない。
(——でも、あの女は予言じゃなくて診断をしていた)
そう、もう一つの声が言った。診断は予言とは違う。診断は、必ず当たる。当たらないなら、それは診断ではない。
マティアスがこちらを見ていた。何も言わなかった。
ヴェルナーが処方を変えた。半量に落とした。遅い。あの女は追放の日に言っていた。半量にしろ、と。十四日間、元の量で投与し続けて、言われた通りの結果が出て、それからようやく量を変えた。
——いや。自分がどうこう言う立場ではない。ヴェルナーは主席医師だ。
三日ほどで黄疸は引いた。ヴェルナーの顔に安堵が戻った。会食が再開された。ブルーノは鶏の丸焼きを二皿平らげた。酒を三杯。右足のことは忘れていた。
忘れていられた。まだ。
(——そう、これは「忘れていられる」という状態だ)
夜中、目が覚めて、靴を脱いだ右足を見て、ブルーノは思った。「忘れている」のではなく、「忘れていられる」。意識しないようにしている。怖いから。
自分が怖がっていることに気づいてしまった。
それは、もっと怖いことだった。
五日ともたなかった。
レナートの顔色が再び沈んだ。今度は黄疸ではない。腹を押さえて食事を戻した。
ヴェルナーが医局の薬棚をひっくり返していた。薬草の組み合わせを変え、量を変え、煎じ方を変え。棚の前にしゃがみ込み、瓶を並べ直しては首を振る。
ブルーノは椅子に座ったまま、それを見ていた。
(やり方が分からんのだろう。あの女の投与記録を読めばいいものを)
記録は残っている。エリカは事細かに書き残していた。だがヴェルナーはそれを見ない。見れば、自分が間違っていたと認めることになる。ブルーノだって読まない。読む理由がない。自分の患者ではないのだから。
(——本当に?)
そう、別の声がした。
レナートはエストール侯爵家の嫡男だ。彼が悪化すれば、宮廷医師団全体が責任を問われる。自分も含めて。「自分の患者ではない」と言って逃げ切れる立場ではない。
それでもブルーノは椅子から動かなかった。動けなかった。動いて記録を読みに行けば、自分があの女に頼ろうとしていることを認めることになる。
それだけは、嫌だった。
十八日目。右足が靴に入らなくなった。
親指の付け根の関節が赤く腫れている。昨日までは「少しきつい」で済んでいた。今朝は違う。靴下を履くだけで顔が歪んだ。
(腫れてるな。ぶつけた覚えはないが——どこかで打ったか)
柔らかい方の靴に替えた。歩けないことはない。
(大したことない。打ち身だろう。明日には引く)
そう思いながら、ブルーノは「明日には引く」という根拠がどこにもないことに気づいていた。打ち身なら、昨日より痛みが減るはず。痛みは増している。だから打ち身ではない。打ち身ではないなら、何だ。
医者なのだから、答えは出せる。
出したくなかった。
医局に着くと、空気が重かった。ヴェルナーがいない。レナートの病室に詰めているらしい。三日帰ってきていないと、マティアスが言った。
「黄疸は引いたが腹の痛みが治まらんらしい。薬を何種類変えても、エリカがいた時の安定が再現できないと」
「ヴェルナー先生の力量の問題だろう」
口に出してから、少し声が大きかったと思った。周囲の視線が刺さった。
「……別に、エリカのやり方が正しかったと言っているわけではない。主席医師がこの程度の症例を抑えられんのかと言っているだけだ」
マティアスは何も答えなかった。
(——正しかった、と認めれば、何かが終わる)
ブルーノは椅子に座ったまま、自分の右足を見下ろした。靴の中で、親指の脈動が聞こえる気がした。
レナートの病室の前を通りがかった。通りがかっただけだ。用があったわけではない。
扉が開いていた。ベッドの上の若い男が見えた。二十にもなっていない。頬がこけている。半月前とは別人だった。
侍女が椀を差し出している。レナートがそれを押し返した。
「いらない。効かないから」
「でも、ヴェルナー先生が——」
「エリカ先生のと違う」
侍女が口をつぐんだ。
「エリカ先生が作ってくれたやつは、飲んだら楽になった。これは飲んでも何も変わらない。……ただ苦いだけだ」
声に怒りはなかった。恨みもない。諦めた声だった。二十にもならない人間が出す声ではなかった。
「エリカ先生、いつ戻るんですか」
侍女が答えられるはずがない。
ブルーノは歩き出した。右足を引きずっていることに、自分では気づいていなかった。
(——戻ってくるわけがない)
そう思った直後、別の声がした。
(——戻ってきたら、自分はどうなる)
戻ってきたら、彼女は二週間前の自分の忠告を聞かなかったことを、二週間前の予告がすべて当たったことを、知ることになる。
それは——
エストール侯爵が宮廷に来た。廊下の空気が凍った。使用人が走り回っている。ブルーノは壁際に寄った。
侯爵の顔は、追放の日とは別人だった。あの時は堂々と腕を組んで、「去れ」と言い放った男。今は目の下に隈がある。唇が乾いている。
ヴェルナーが呼ばれた。主席医師の扉が閉まった。
壁越しに声が聞こえた。侯爵の怒声だった。一方的だった。ヴェルナーの声がない。
(当然だろう。結果が出ていないのだから)
長い沈黙のあと、聞こえた声は、もう怒声ではなかった。低く、しぼり出すような声だった。
聞き取れた言葉はひとつだけ。
「——呼び戻せ」
ブルーノは壁から背を離した。
(エリカを? あの女を?)
笑いそうになった。追放した人間を呼び戻す。侯爵が。自分で「去れ」と言った相手を。
(傑作だ。あの女がいなければ何もできんとは。宮廷医師団の面目は——)
右足に激痛が走った。
「——っ」
声が出た。壁に手をついた。
親指だった。靴の中で何かが弾けたような痛み。腫れていた関節が、限界を超えた。
まともに立てない。右足を着くと、足の先から頭のてっぺんまで痛みが駆け上がる。
(なんだこれは。打ち身じゃない。打ち身でこんな——)
壁伝いに歩いた。左足だけで。右足は床に着けるだけで脂汗が出た。
医局にたどり着いた。靴を脱いだ。右足の親指の関節が、赤黒く腫れ上がっていた。熱を持っている。触れなかった。風が当たるだけで痛い。
風が吹いただけで激痛が走る。
あの女の声が、はっきりと聞こえた。
(……馬鹿な。あんなもの、ただの捨て台詞だろう)
そう言いながら、自分でも分かっていた。あの女は捨て台詞を言わない。だから怒鳴ったところで効かない。だから皆、彼女を煙たがった。捨て台詞を言わない人間は、扱いにくいから。
椅子に座ったまま動けなかった。
レナートの黄疸は十四日で出た。一日もずれなかった。
自分の足は——何日だ。あの日から何日だ。数えたくなかった。数えてしまった。
二十日。
あの女は「近いうちに」と言った。近いうちに大変なことになる。
「近いうち」を「二十日」と読めば、診断は完璧に当たっていた。
(偶然だ。偶然に決まっている)
そう思おうとした。思おうとして、もう思えないことに気づいた。
医者なのだから、診断は分かる。痛風だ。あの女が言った通り、自分は痛風になった。生活習慣が原因の、防げた病気だった。あの女の忠告を聞いていれば、防げた病気。
「歩けなくなる前に楽しんでください」とあの女は言った。今、自分は歩けなくなっている。あの女の見たもの、すべて当たっていた。
右足が、答えるように、ずきん、と脈打った。
身体は嘘をつかない。
あの女は、確か、そう言っていた。
その「あの女」は、今ごろ、辺境のどこかで、別の患者を診ているのだろう。
ブルーノは、自分の足だけを、長いこと見ていた。
【完】
ここまでお読みいただきありがとうございました。
この物語、よかったら★評価で教えていただけると、書き続ける支えになります。
※もう一つ別の文体バージョン(【余白重視版】/【描写厚め版】)もありますが、
そちらは興味があれば気軽にどうぞ。読み比べなくても、本作だけへの評価で
もちろん大丈夫です。
▼もう一方のバージョン(読み比べたい方向け)
https://ncode.syosetu.com/n5170me/
▼続きを読む(連載中の長編・大幅加筆あり)
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