第2話 『距離ゼロの理由なんて、私にも分からないのに』
翌朝。
教室に入った瞬間、俺は異変に気づいた。
——白雪玲奈が、俺の席の横に立っていた。
いつもの完璧美少女の表情。
……のはずなのに。
俺を見ると、玲奈の表情が一瞬だけ“揺れた”。
「……お、おはよう……天城くん」
声が震えている。
昨日の壊れた姿を思い出しているのが分かる。
「おはよう、白雪」
返した瞬間、玲奈の肩がピクリと跳ねた。
そして——
なぜか、玲奈は俺の机の横から動かない。
「……白雪? 席……」
「っ……うん……」
玲奈は頷いた。
でも、動かない。
むしろ、ほんの少しだけ近づいた。
距離、30センチ。
近い。
近すぎる。
玲奈の髪が俺の腕に触れそうな距離。
「……白雪?」
「っ……ご、ごめん……っ」
玲奈は慌てて一歩下がった。
でも、顔は真っ赤で、呼吸が乱れている。
——昨日のことを思い出している。
その証拠に、玲奈は俺を見られない。
視線が泳ぎ、指先が震えている。
「昨日のこと……誰にも言ってないよね……?」
「言うわけないだろ」
そう答えた瞬間、玲奈の表情が“溶けた”。
「……よかった……」
その声は、誰にも聞かせたことのない甘さだった。
そして——
玲奈は、俺の机の横にそっと腰を下ろした。
距離、20センチ。
「し、白雪……?」
「……ちょっとだけ……ここにいてもいい……?」
玲奈は俯いたまま、制服の袖をぎゅっと握っている。
「昨日の……あれ……
まだ……胸が……落ち着かなくて……」
その言葉に、俺の心臓が跳ねた。
「天城くんの声……聞くと……
少し……楽になるの……」
その瞬間、俺は悟った。
——玲奈は、俺に依存し始めている。
玲奈は涙の残る瞳で俺を見つめた。
「……ねぇ……
どうして……あなたの声だけ……こんなに……」
言葉が途切れる。
玲奈の喉が震える。
「……落ち着くの……?」
その問いに答えられるはずもない。
でも、玲奈は続けた。
「昨日……抱きとめてくれた時……
胸が……苦しくて……
でも……嬉しくて……
ずっと……その感覚が……残ってるの……」
玲奈は胸元を押さえた。
心臓の鼓動が服越しに伝わるほど激しい。
「……ねぇ……天城くん……
私……どうしちゃったの……?」
その声は、震えていて、甘くて、壊れそうで。
そして——
「……あなたの近くにいると……
息が……できなくなるの……」
玲奈は、俺の袖をそっと掴んだ。
その指先は、微かに震えていた。
「……でも……離れたくないの……」
その瞬間、教室の扉が開いた。
「おはよー……って、え?」
幼馴染の黒瀬ほのかが固まった。
玲奈と俺の距離を見て、目を見開く。
「ちょ、ちょっと……何その距離……?」
玲奈はビクッと震え、俺の袖を離した。
でも、顔は真っ赤で、呼吸が乱れたまま。
「ち、違っ……これは……っ」
玲奈は必死に言い訳しようとする。
でも、声が震えて言葉にならない。
ほのかは眉をひそめた。
「……白雪さんって、こんなに感情出す子だったっけ?」
玲奈は俯き、唇を噛んだ。
そして——
俺の袖を、もう一度そっと掴んだ。
ほのかに見られているのに。
「……やだ……離れたくない……」
その小さな声は、俺にしか聞こえなかった。
——完璧美少女は、俺の前でだけ壊れる。
その事実が、さらに深く刻まれた瞬間だった。




