第1話 『完璧美少女の“壊れた素顔”を見たのは、世界で俺だけだった』
四月。
新学期のざわめきが残る放課後の廊下で、俺は“それ”を見てしまった。
白雪玲奈——学園一の完璧美少女。
成績トップ。
容姿端麗。
誰にでも優しく、誰にも踏み込ませない。
まるで、触れたら壊れてしまうガラス細工のような存在。
その玲奈が。
人気のない階段の踊り場で——
壁にもたれ、震えていた。
「……っ、は……やだ……もう……」
普段の玲奈からは想像できないほど弱々しい声。
肩が震え、指先が痙攣し、呼吸が乱れている。
俺は思わず足を止めた。
その瞬間——玲奈が顔を上げた。
目が合った。
次の瞬間、玲奈の表情が“崩れた”。
完璧美少女の仮面が、音を立てて砕け散るように。
「……あ……っ……」
頬が一気に赤く染まり、唇が震え、視線が泳ぐ。
呼吸が浅くなり、胸が上下する。
まるで——
俺を見た瞬間に、感情が暴走したみたいに。
「……み、見ないで……っ」
玲奈は両手で顔を覆った。
でも指の隙間から、俺を見ている。
逃げたいのに、逃げられない。
隠したいのに、隠しきれない。
そんな矛盾した感情が、玲奈の全身から溢れていた。
「白雪、大丈夫か?」
声をかけると、玲奈の肩がビクッと跳ねた。
「っ……だ、だめ……っ、近づかないで……」
言葉とは裏腹に、玲奈は一歩、俺の方へ近づいた。
距離が縮まる。
玲奈の呼吸が、俺の胸元に触れる。
そして——
「……どうして……あなたなの……」
玲奈の声は震えていた。
でも、その震えは“恐怖”じゃない。
もっと……甘くて、熱くて、どうしようもない感情。
「どうして……あなたを見ると……こんな……っ」
玲奈は胸元を押さえた。
心臓の鼓動が服越しに伝わるほど激しい。
「……止まらなくなるの……?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は悟った。
——白雪玲奈は、俺の前でだけ壊れる。
玲奈は涙を浮かべながら、震える声で続けた。
「……お願い……誰にも言わないで……
こんな……みっともない私……」
その瞬間、玲奈の足がふらついた。
倒れそうになった玲奈を、俺は反射的に抱きとめた。
抱きしめた瞬間——
玲奈の身体がビクッと震え、熱が一気に上がる。
「……っ……や……っ……だめ……っ……」
声が甘く崩れる。
呼吸が乱れ、指先が俺の制服を掴む。
玲奈は、俺の胸に顔を埋めながら、震える声で囁いた。
「……どうして……あなたに触れられると……
こんなに……壊れちゃうの……?」
その問いに答えられるはずもない。
でも、ひとつだけ確かなことがあった。
——この完璧美少女は、俺の前でだけ“素顔”を見せる。
玲奈は顔を上げ、涙で濡れた瞳で俺を見つめた。
「……お願い……
このこと……絶対に……秘密にして……?」
その表情は、完璧美少女のものじゃなかった。
俺だけが知っている、
俺だけに見せる、
俺だけに向けられた——
“壊れた恋”の顔だった。
「……あなたの前だと……私……全部ダメになる……」
玲奈は震える声で、最後にこう言った。
「……どうして……こんなに……好きになっちゃったの……?」
その瞬間、俺の心臓は、完全に撃ち抜かれた。




