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ArcheLogos-アルケー・ロゴスー  作者: 色彩模様
ロゴス国編 1章 発つ

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1章5節.私の名前は――。


 明くる日の朝。

 ルルディの家があった山麓の跡地。瓦礫は既に撤去され、そこには柔らかな土の匂いと新しく生えてきた雑草だけが残っている。暖かなそよ風が金糸雀色の髪を優しく撫でた。

 

「先生、私をあの時助けてくれたのが先生で、本当に良かった」


 今は無き家の影をなぞるように歩くルルディ。その背中はどこか寂しそうだった。

 だが先生が一年前に出会った少女は、前を向く事を止めていたかつての弱い少女ではない。

 自らに課せられた使命を全うしようとする強い意志が、しっかりとその顔つきから伝わってくる。


「もう止まらないよ。お母さんを助ける為なら、私はこの病気(アルケー)と向き合うって決めたから。そうすることでしかお母さんを救えないなら、私はこの病気を力に変えて戦う」


「そうか」


 小さく呟くと、先生は静かに瞳を閉じた。

 脳裏に浮かぶのは、昨夜交わしたマークとの会話。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「それはつまり、ウィンズ町を出るということですか!?」


 マークは反射的に問い返していた。

 声の奥から詰まる焦りは明らかな動揺を表している。

 これまでウィンズ町を多くの面で支えてきた先生がいなくなる。それが意味をするものを、マークは誰よりも理解していた。

 先生もまた、この決断を転じる気は一切ない。

 

「もちろんです。ルルディを一人で行かせるわけにはいきませんし、なにより知らなければいけない」


 極めて冷静に言い放つ。

 多くを語らず言葉にするその一言一言には、重さが宿っている。

 当然先生の言い分を理解出来ないマークではない。『知らなければいけない』という言葉には、このウィンズ町の眠った人々だけではなく、世界で同じように眠り続ける人々を救うという意味が重く込められているからだ。

 

「分かりました。ですが、解った所で為す術がなければ……どうするんですか」


 理屈ではなく縋るような言葉がマークから零れた。

 

「マーク、何を恐れている」


 淡々とした口調が、言葉の芯を射る。

 途端にマークは立ち上がり声を荒げた。

 普段見ることの無いマークの姿に、ルルディは肩をビクッと強張せ先生の後ろにそっと隠れる。

 

「恐れているわけでは!!! 恐れているわけでは……ありません。ですが、危険な旅になることは明らかだ……私は、ソーリャに次いであなたまで失ってしまったら……ッ!!」


 言葉はそこで途切れた。

 その先を言ってしまったらそれが現実になってしまいそうで、そんな光景が一瞬でも脳裏を過ぎってしまい言葉を紡ぐことが出来なくなってしまった。

 マークの気持ちを汲み、先生はわずかに目を伏せると、静かに言った。

 

「身を案じてくれるのは素直に嬉しい。だけどな、未知は恐怖を生み、恐怖は混乱を(もたら)し、混乱は死を呼び込む。マークも知ってるだろ。世界でアルケーによる暴動事件やテロが多発していることを」


 ラジオを通して世界で起きている多くの事件やニュースは皆が知っている。

 これらは全て現実であり、忌避出来ない問題。そして今もどこかで誰かが脅威に曝されているのだ。


「世界は、兵器による戦争から『アルケーによる戦争』へと移行しつつある」


 解明すらされていない未知の異能が、人間の優劣を決めていく時代。

 秩序は崩れ、力のみが支配する純粋な暴力の時代が迫っている。

 知らないままでは済まされない。

 知ることでしか救えない。


「このままだと、世界は死ぬぞ」

 

 だから進まなければいけない。

 理解しなければならない。

 こんな町でのうのうと誰かに全てを任せていては、手遅れになってしまう。


「……本気なんだね、先生」

 

 マークの問いに、もう答えは返らない。

 無言が意志を提示していた。


「なら、約束してください。必ず生きて帰ってくると」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 二人は一度家へと帰った。


「次に帰ってくる時はお母さんを、ううん。眠った人達を目覚めさせる方法を理解した時」


「ああ、そうだ。そしてアルケーという未知の力を既知へと為した時、本当の意味を知ることになる」


 二人は一年住んだ家をじっと見つめる。

 住み始めた当初は事あるごとにわんわんと泣きじゃくっていたルルディ。夜に悪夢にうなされては先生が落ち着くまで優しく背中を叩いてやった。

 先生の料理が不味いと言って、今度はルルディが包丁を握った。最初は先生が作る料理よりも不味くて、何度も二人で顔を見合わせては苦い顔で笑い合った。

 窓から見える葉の色が、一年を通して様変わりする姿を二人は共に眺め合った。

 そして今、彼らは旅路へと立つ。


「先生、そういえば一つ聞いてもいい?」


「ああ、なんだ」


「先生、先生のお名前は何て言うの?」


「ん? 名前か、私の名前はキュリオス。キュリオス・セオリアだ」



ロゴス編 第一章 完

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