1章4節.解く
二人は霊安室を出た後、昼下がりのアンヘル病院をうろついていた。
ほぼ毎日院内を訪れている二人は、すっかり院内で療養する患者達と顔見知りとなっており、談笑仲間として暇潰し相手になっている。
特にルルディは小さい女の子ということもあって、とても可愛がってもらっている。
時には看護師のお手伝い等もしたりと、せっせと働く姿は病院内では一番の癒しとも言われるほど。
「ルルちゃん、今日も元気でいいねぇ~」
「今度マーク先生に言って、ルルちゃんにおこづかいあげなきゃかね」
ワイワイとにぎやかにしているが、その喧騒に笑顔でお辞儀をするルルディ。
だが実のところ、それは応対ではなく耐えていると言ったほうが正しかった。
ニコニコと笑っているルルディだが首筋に光る露が見えたのを先生は逃さない。
小さく手招きをすると深々と頭を下げてその場を後にするルルディ。
「大丈夫か?」
「あ……やっぱり先生には分かっちゃうんですね」
苦笑する少女は少し踏鞴を踏むと、先ほどまで張っていた気が途端に緩んだ。
右肩から壁に身を預けてその場に立ち尽くす少女は、小さくキュッと拳を握ると肩を震わた。
「ねぇ、先生……いつまでなの」
足元にはポツポツと透明な粒が零れ、落ちてゆく。
「お母さんはいつ帰ってくるの?」
答えはない。
気丈に振舞っていたルルディの心は限界に近かった。髪をぐしゃぐしゃに握ってその場に蹲る。
「みんなといるとね、凄く優しいよ。でもね……いつも聞こえてくるの、もう治らないんだって……お母さんは死んじゃったんだって。そんなこと……そんなことないよね? 先生……」
それはこの一年、ただ母が治る事を願い続けた娘の吐露。
我慢して、堪え続けて、内に語り掛けてくる言葉に蓋をし続けてきた娘のたった一つの願いだった。
「教えてよ、先生。先生は何か聞いてるんでしょ」
ルルディに嘘は通らない。どんな思考も感情も、彼女の脳へと流れていく以上隠す事は出来ない。
真っ直ぐに見つめてくる少女の瞳は、その全てを受け入れる覚悟の据わった目をしている。
長い沈黙の後、観念したように先生はゆっくりと諭した。
「これはマークが……友人医師が言っていた話だ。今のルルのお母さんは身体は健康そのものだが、意識だけが戻らない状態。これを脳死と定義するにはまだ難しいとも言っていた……だから今は植物状態が一番近い」
脳死、植物状態という言葉を聞いたルルディは、目一杯に涙を溜める。
他の人の言葉より、より関係を築いてきた先生の言葉だからこそ心に突き刺さるものがあった。
「おがあざんは……も”う”お”ぎな”い”の”?」
嗚咽を漏らし尋ねるルルディだったが、その返答を待つ間もなく先生に抱き着いて泣きじゃくった。
「やだよぉ……おがあさんに会いだい! 会いだいよぉ! うぁあああああああん」
廊下一杯に響く幼い声は外までも吹き抜けていく。
「みんななんてぎらい! 大っぎらい! おがあざんいぎでるもん! ぜっだいにいぎでるもぉん!」
それから落ち着くまで、先生はルルディの背中をトントンと叩いてやったのだった。
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「つまり、その『再生』ってのが原因……起因して今の植物状態に至ってると?」
黄昏時。院内が本日の診察を終えてひと段落した後に、二人はマークの元を訪れていた。
そして今のルルディの母親の状態について、再度説明を仰いでいたのだった。
「そうです。彼女……ルルディさんのお母さん、ラトレイア・フランチェスカさんが発見された時、全身が炎で焼かれていたんです。そこで現場の救急隊員はそれを焼死と判断しました。ですが……その後運び出した彼女を見た時に『再生』が……こちらの病院まで搬送する頃には全身が綺麗さっぱり元通りに……」
先生はソーリャを弔いに町を歩いていた時、肉片が動いた光景を回顧していた。
話の合点が一致すると、それが『再生』の兆しだとすぐに分かった。
そして――。
「それで『再生』するアルケーってことですか……」
小さくため息を漏らした先生はアルケーという言葉を反芻する。
アルケーとはそもそも何なのか。超常現象というものを名前を付けて解った気になっているだけなのではないのか。もっと突き詰めて調べなければ、この先自分達にマイナスな何かがあるのではないか。
「我々医学会での出した答えとして、導き出せる可能性がソコにしか無かったもので……不甲斐ないです」
歯噛みするマークが深く頭を下げる。
そんなマークを見つめるルルディは少し焦った様子を見せるが、何か閃いたように声を上げた。
「じゃあじゃあ! 世界中のどこかにいけば、お母さんだけじゃなくて、沢山の眠った人達を起こしてくれる人がいるかもしれないってことにもなりませんか?」
ルルディの言葉に、思わずマークは目を丸くした。
朝のラジオでも言っていた各地で崇拝されるほどの神的存在、まだ自分達の知り得ない人智を越えたアルケー。そういった未知なる可能性は大いにある。
何よりアルケーとは何なのか、あの日起きた災厄がこの世界に一体何を齎そうとしているのか。
――人類は知る必要がある。
「で、でもそんな……世界の何処かだなんて、根拠が――」
「マーク。アルケーとは何だと思う」
狼狽えるマークに、先生は淡々と問うた。
「この町が被災後も下を向くことなく顔を上げてこられたのは、失われた命と今ある命。二つが今も強く結びついているからだと、私は思う」
その言葉にマークの瞳が静かに揺らぐ。その目にはいつも笑顔の愛すべき顔が浮かんでいた。
「だったら……立ち上がらないといけない。……私も、君も」
ルルディを一瞥すると、強い瞳の彼女と目が合った。
小さい身体でありながら、既に少女はこの世界と向き合う覚悟を決めていた。
母をこの手で救ってみせると、御伽話に出てくる勇者デメテルのように。
「アルケーを、この世界を解くぞ」




