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ArcheLogos-アルケー・ロゴスー  作者: 色彩模様
ロゴス国編 1章 発つ

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1章2節.世界の片鱗


 静謐に満ちた病院の地下奥、拡張された霊安室の中で彼らは眠っていた。

 白く冷たい壁に囲まれた空間は、地上と異なり独特の臭いと寒さが漂っている。

 天井にはただ一本の蛍光灯。凡そ1年にもなる長い眠りの中、彼らの意識が遠くへ旅立っていかぬように。夜の海で船乗り達の道標となる灯台のように――あるいは彼らが逝く先を見失わぬように。

 彼らの命そのものに向けるように、強い光を放っていた。


「ルルディ、起きろ。着いたぞ」


「んん……」


 か細い声が背中で溶けるように漏れた。

 規則正しく刻まれていた寝息がわずかに乱れる。背中に何度か顔を埋めては、眠気の縁を手放すまいとイヤイヤと抵抗を繰り返す。

 それから微かに頭を揺すると、薄く閉ざした瞼が重たげに持ち上がった。


「あ……先生、ごめんなさい。私……」


 背中でぐっすりと眠っていたことを悟ったルルディは、途端に頬を染めていき羞恥に顔を焦がす。それから慌てて降ろしてもらうと、先生は何も言わず歩き出した。

 

「待って!」


 小走りに遅れまいと追いかけてくるルルディを視線の尻目に、横たわる者達の合間を縫って進んでゆく。

 そこで程なくして二人は足を止めた。


「今日も来たよ! お母さん!」


 あの日もう顔を見ることすら叶わぬと思っていた――少女の母親に。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「いたっ……こ、ここは……」


 少女が意識を取り戻したのは、まだ院内が喧騒に包まれていた頃だった。

 通りかかった看護師が、目を覚ましたことに気づく。


「大丈夫? 無理しないで。応急処置はしてあるけれど……どこか痛む?」


 柔らかな匂いと、落ち着いた声。少女は状況を掴めぬまま、ただ首を振る。

 そのキョトンとした表情に、看護師が屈んで目線を合わせるとフフッと小さく微笑んだ。


「そう。よかった。ゆっくり休んでいてね」


 優しく撫でられた頭がこそばゆい。

 笑顔で去っていく看護師を見送ると、脳裏に焼き付いた光景が蘇る。


 一瞬で全てを奪った無常なる惨劇が――。

 身体が震え汗が滲む。呼吸は浅く速くなり、動悸が乱れて上手く息が出来なくなっていく。

 苦しさの中でもがく少女が蹲っていると、自分を強く抱きしめてくれた腕の感触が、ふいに思い出された。


「――しろ、――ない」


 聞き取れなかったあの声の人は誰なのだろう。あの人は今どこにいるのだろう。

 気づけば恐怖よりも先に、その疑問が心を埋めていて、自然と心が軽くなっていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「先生、患者こちらです! 出血が酷く心拍・血圧ともに低下……ですが……な、なにこれ……っ!」


 少女の知らぬ場所。

 命の選別(トリアージ)の最中、看護師の声が上擦った。

 声を上げたのはオペ室看護助手も長年務めるベテランの年輩女性。多少のグロテスクな物は五万と見てきた、そんな彼女だが肉が裂けて骨が見える男性の太ももで起こる光景に堪らず口元を抑える。

 それでも医療従事者としてのプライドが寸前のところで嘔吐を抑え込む。

 なるべく嗚咽を漏らさず、出来るだけ静かに――。


 その場にいた誰もが口を噤む。裂けた皮膚からは赤い血と、千切れて露出した肉。だが問題はその傷口を何かがモゾモゾと這いずっていたことだった。

 裂けた皮膚の奥で何かが蠢いている。千切れた筋膜のあいだから、無数の繊維のようなものが伸び、絡み合い、結びつき、自力で傷を修復していく。

 皮膚が寄せ集まり、暴れる細胞が筋肉を繋げていく。

 だらりと垂れた赤黒い繊維は自律して体内へと潜り込んでいった。

 

 ――最早、誰も声を出せなかった。


 この奇跡とも言える超常を何と呼べばいいのか、聡明な医者でさえ説明できない。

 

 それからである。

 似たような奇跡が救助された人達の中で起こり始めたのは。

 顔の半分が瓦礫で潰された遺体も、焼け爛れて判別もつかなくなった焼死体も、全てではないが何人かが同じような自己修復現象によって、身体を綺麗さっぱり元通りにしたのだ。

 だがそんな綺麗な身体になっても彼らは眠ったまま、目を覚ますことはない。

 

 




「再生、ですね」


 ひと月。彼らの経過観察の末、担当医が出した結論は『再生』だった。

 身体は健康そのもの、脳も正常に動いている。だが目を覚まさないのは意識が戻らないから、一度死んだ肉体に意識が戻ることはない。所謂、植物人間の昏睡状態とも言える。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「お医者様は眠っているだけって言ってたけど、お母さんいつ目覚めるのかなぁ」


 目を輝かせて『明日かなぁ、明後日かなぁ』と呟くルルディ。

 だがそんな嬉々とするルルディとは裏腹に、先生は知っていた。

 マークから聞かされた植物人間という言葉。それと同時に、ルルディの母親の身体が焼死体で発見され、超常の力によって『再生』したということを。


「あぁ……そうだな、早く目を覚ますといいな」


『再生』つまり霊安室に眠る人達は皆、その『再生』によって身体を元通りにしたということになる。

 先生はそっと周囲に視線を流す。横たわる人達の数は少なくとも30人はいる。

 変化し続ける町の人々、景色。まだまだ解明の兆しが見えない超常症状。

 この世界で今何が起きているのか、これから何が起きるのか。

 先生の心には陰りが落ちるのだった。


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