1章1節.アルケー
『それでは次のニュースです。ロゴス国内を中心に勢力を増すテロ組織レベリオが、昨夜未明ロゴス金融へ強盗に入ったことが明らかになりました。民間警備会社アダマス・アスピスは――』
雲一つない晴天の下、清涼なそよ風と共に運ばれていくラジオの音声は、今もなお地割れで軋むコンクリートの路面を撫でていく。
大地を穿ち、無数の命を奪ったあの災厄から1年。
癒えぬ傷を抱えた人々の心は、ぎこちなくも確かに前へと進んでいた。
「せんせぇ、ご飯のお時間ですよ~?」
金糸雀色の髪を陽光に掠めながら、ルルディは簡素な石造りの仮設住宅の窓から顔を覗かせる。
被災当時より少しだけ伸びた背丈。幼さを残しながらも凛とした眼差し。
あの日から時を止めた心とは裏腹に、成長してゆく身体は少女の心を置き去りにしていく。
「今行く」
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アンヘル病院を後にした白髪の男性はあれから救助活動に加わり。
そうやって互いに手を取り合って生きていくことが、先立たれた者達への追悼になると信じて。
時間が解決してくれるなんて綺麗事はこの世に無い。疲弊した先で、二人は再会した。
発狂し、涙を流して、声の枯れ果てた少女を見て、白髪の男性はただ優しく抱きしめた。
時が経てば傷は癒えるなんて、そんな事は決してなくて。
それはただ立ち止まる為の言い訳で。
次に言葉を交わした時、少女からのひと言目の『お母さんに会いたい』に対して、白髪の男性が返した言葉は『甘えるな、これからは一人だ』だった。
少女は瞼を腫らして天を見上げる。それでも泣く事は無かった。
程なくして、二人は共に暮らすこととなった。
「せんせは何のせんせなの? お医者様なの? 学校のせんせなの? それとも絵描きさん?」
「お名前はなんて言うの? みんなせんせぇのこと、せんせぇとしか言わない。名前を言わないの、何で?」
「あ! 見て、お花が咲いてるよ! 頑張ってるんだね……ふふっ、頑張って生きるんだよ……」
「あっつーい! 先生~川で水遊びしたい~!」
そんな言葉や景色達と共に、日々が過ぎていく。
とても穏やかな日常だった。前を向いて歩み出すには十分過ぎるほどに。
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「今日もいくのか?」
陽の光を浴びた先生が食卓に着く。
母に口酸っぱく言われていた家事も、今ではルルディの得意な事の一つになっている。
大火に見舞われた山の跡地へ赴いては好火性植物のワラビーやバンクシアを、川へ行けばアユやイワナを獲ってきて調理する。
こんなにも成長した姿を、ルルディは愛する母に見せることはもう叶わない。
――だとしても。
「うん!」
ハツラツとしたルルディの返事に、目を細めた先生の視線が彼女の露出する右腕に流れる。
肌に流れるように浮かぶ白い蔦の模様、凡そ人が理解できる現象ではないことは明らかだ。
「そうか、わかった」
町から離れた場所に住まいを構えた二人は、復興の兆しが見え始めたウィンズ町を訪れていた。
悲観より希望を信じて再起を目指す町民達の努力はあちこちで形となって実を結んだ。補修の為の資材、医療物資の確保、日々を満足に送るための食糧。
悲しみの中で生まれた種は終末ではなく、再起を促したのだった。
だが突然先生の手を握るルルディの指が震える。
「ルル、大丈夫か?」
「う……うん、大丈夫だよ。先生……」
穏やかなはずの町並みに反して、二人の間には緊張感が漂っていた。
それはトラウマから来るものではない。もっと歪で、超常的なものからだった。
脱力する肩を支えてルルディの顔色を窺う。
「先生……ルルは大丈夫だから……どうしても会いたいの」
フラフラとするルルディだったが、口にした『会いたい』という言葉はとても力強かった。
そのルルディの気持ちを汲んだ先生は小さく息を吐くと、ゆっくりとしゃがみ背中を向ける。
「……乗れ、おぶってく」
少し躊躇いを見せたが、余裕の無い身体は広い背中に休息を求めた。
――少しして。
口では強がっていたものの、よほど無理をしていたのだろう。ルルディの寝息が先生の耳裏をくすぐり始めた。
町を歩けば被災直後の混沌としたウィンズ町とは明らかに違うものが見えてくる。
これは災厄の副産物とでも呼ぶべきだろうか。
ある時期から明確に早くなった補修工事や建築、毎回配給の偏りで絶えなかった喧騒も今では均等に行き届いて怒鳴り一つ上がらない。
そういった問題事全てが改善されていき、被災以前よりも人としての潜在能力が上がっているような。それ自体は喜ぶべき事なのかもしれない。
だが自体はそう単純ではなかった。
飛び散った肉片が動いているのを先生は見た。それは紛れもなく、ただならぬ超常の前触れだったのだ。
中には突然皮膚から火が上がり焼死する者や身体が液状化する者まで、人体構造上自然に起こり得るはずの無い現象が起きていた。
背中に眠る少女もまた、例外ではない。
近くにいるたくさんの人の声や感情が、少女の脳へと一気に流れ込むのだ。
喜びも、悲しみ、憎しみも全てが同時に。幼い少女の脳で耐えられるはずがなかった。
眠っている今は平気でも、覚醒したらまた何時その感情の奔流に晒されるか分からない。
だから先生はルルディと共に町から離れて生きることを選んだ。
町から遠く離れれば、少なくとも心身への負担は減らせるから。
どこからかラジオの音声が聞こえてくる。
『大規模な流星群の襲来は我々人類に進化を促したかもしれません。大陸各地では様々な力を得たという声も上がっており、人という枠組みを超えた全知全能の神として崇拝される者も現れたとか』
『いやー。実はここ最近私もねー、感じるんですよ。物に触れるとその物が体験した記憶とかが見えるようになりましてね――』
被災の色濃いウィンズ町とは違い、世界にはこんなにも好意的に捉える人達がいる。
きっと知らないのだろう。この副産物の正体を。危険性を。
『世間ではこの力をこう呼ぶそうですよ、【アルケー】と』




