3章3節.旅初迎えの朝
暗く締め切ったカーテンの隙間から日光が差し込む。
薄く開いた瞼の先には、僅かな照射に晒された埃がチンダル効果によって美しい微細な粒子となって煌めく。
右側には子供特有の高い体温がぴっとりとくっ付いて熱を感じる。
甘えん坊の少女の口元からは涎が垂れ落ちていて、シーツにとくとくと涎の地図を描いていた。
「んん……もう起きたのキュリオス……っんあぁぁぁ……」
小さい欠伸を一つ。そして体を捩るルルディは、キュリオスの服に顔を何度も擦り付けた。
涎ごと。
「あれ、キュリオスなんか朝から難しい顔してるよ?」
原因はルルの涎のせいだよ、と喉元まで出かかった言葉をグッと飲み込む。
当の本人はのん気に寝ぐせを直している最中だ。
最近どんどん天然さに磨きをかけるルルディの隣で、キュリオスは小さくため息を吐いた。
そんな早朝、二人は洗濯をしながら今日の計画を立てるのだった。
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ロゴス・メテオロン北東部、聖域の飲食店【ピーナ】。
暖色中心のアーガイル・チェックを基調とした壁紙にギンガムチェックのテーブルクロス。オシャレでカジュアルなイータリーで、二人は遅めの朝食を取っていた。
「キュリオス、何頼んだの?」
「ん、あぁ……パスタだ」
あちこちの客が頼んだ料理を身を乗り出して覗き込むルルディは、メニュー表を眺めては実物との対比を測っていた。
何度も喉を鳴らすと食べたい物が沢山あるのか、何にしようかと眉間に皺を寄せている。
「とりあえず一品頼んで、食べられそうなら追加で食べるといいさ」
キュリオスの言葉に、その手があったか!と雷に打たれたように硬直するルルディ。
すると遠くの店員を呼び付け、指を差して注文を決める。
それから数分後、ルルディの前には自分の拳よりも大きなハンバーグが置かれた。
「わぁ~! おっきいー!!」
キャッキャとはしゃぐルルディは目を燦燦と輝かせて言う。
キュリオスは人の入りが増えてきたことで、精神負荷や身体への負担が無いかを尋ねた。
「ん? あぁ~……ふっふっふ~ん♪ キュリオスぅ、昨日も言ったでしょ? 大丈夫だって♪」
鼻歌を歌う程の余裕を見せるルルディ。
その表情からはこれまで苦しんできたのがまるで嘘のように見える。
「どういうことだ? まさか他の人の声が聞こえなくなったとかか?」
「ん~、ちょっと違うかなぁ。聞く相手に集中してるって感じ。何にも考えてないとお店の扉が常に開いてるから声が雪崩れ込んできちゃうんだけど、お店の扉を開く相手を絞ることに集中すれば、他の人の声は気にならない的な!」
鼻を高く上げて胸を張り、えっへんと自慢げに言うルルディ。
その成長にキュリオスは頷くことしか出来なかった。
「それよりもういい? はやく食べたいよぉ~! お腹すいたぁ!!」
余程腹を空かしていたのか、フォークとナイフをテーブルにトントンと打ち付けてせがむ。
キュリオスのパスタも来て、二人で手を合わせると食べ始めた。
――あ、すいません。このパスタも追加でお願いします!
――すいません! このオムライスにセットでコーンスープもお願いします!
――これとこれも。
「おい、ルル。さすがに食べ過ぎだ」
?と疑問符を頭の上に浮かべたルルディは首を傾げる。
ここまで頼んだのは拳より大きなハンバーグ。キュリオスが食べていたのと一緒のミートソースパスタに、ふわとろなドレス・ド・オムライスとトロトロなコーンスープ。
育ち盛りとはいえ一体どこにそれほどの料理が収まるのか。キュリオスは財布を見ながらたまらずストップをコールした。
「ん~、キュリオスは小説を書く時に、筆が乗ってるのに止めてって言われて止められる?」
「な、なに言ってんだ?」
「つまり、育ち盛りの女の子のお腹に限界はないのだよ♪」
スプーンに付着しているコーンスープをいじらしく舐める。
それも得意げになって。
「もう、好きなだけ食べてくれ……」
数刻後、そこにはテーブルいっぱいに積まれた空き皿の山。
ホクホクとご満悦のルルディと、恐る恐る会計の数字と向き合うキュリオスの姿があったのだった。
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次回更新26/03/17 18時頃




