2章2節.動転
「ひっ……」
瞬き一つしない三白眼の女性に睨まれ、ルルディの背筋は凍り付いた。
――『私の心を読もうってなぁ……いい度胸じゃないか』
――『それならアンタの心も読んでやろうかね? え?』
ルルディの全身がぞわっと戦慄する。
言葉が音ではなく意志として、脳内へ直接叩き込まれる。脳を介して巡る初めての感覚。
青ざめていく顔色、血の気が引けていく様子に堪らずキュリオスが割って入った。
「いやっ、やめて……」
頭の芯から鷲掴みにされるような鋭い感覚に、押し寄せる感情の濁流。そして怒気、嘲り、試すような圧倒的な威圧感。
みるみる内にルルディの顔から血の気が引いていくのを隣に居たキュリオスが感じる。
「待て、すまなかった。悪気はないんだ」
即座に割って入った。
「へぇ? 悪気が無かったら人の心を覗くなんて無粋な真似、許されるってのかい?」
鼻で笑う女性は一切取りつく島もない。それどころか、ニタリと不敵な笑みを浮かべている。
キュリオスは素早く周囲を見渡すと視界の端に、積み上げられた稲わらが映った。
次の瞬間、女性にそのまま突進する素振りを見せてから急停止、そのまま稲わらを救い上げた。
「すまないが、少し散らかすぞ!」
「なにして――んぷっ!!」
キュリオスがそのまま抱えた稲わらを女性の顔目掛けてぶちまける。
顔を覆うほどの大量の稲わらに塗れた女性は、声を上げる暇すらなく頭から浴びて埋もれた。
すると、ルルディを襲っていた精神圧がフッと霧散する。
「大丈夫か、ルル!」
「っはぁ! っはぁ、っはぁ……私は、大丈夫……それより、あの人……」
荒い呼吸を繰り返しながら、ルルディは膝に手をついた。
キュリオスが支えよと歩み寄るが、ルルディはその手を御して立ち上がる。
そして、藁の山から顔を出した女性の元へと歩み寄った。
「か、勝手に覗いてしまって……すいませんでした!!」
「……喋れるんじゃないか。なんで最初から口使って喋らないんだい」
藁を払いながら再び三白眼でルルディを睨む。
「その……私この力、まだ練習中で……。たくさん人がいる場所だと意識を失いかけちゃって、でもこれから行く場所はたくさん人がいて……だから……慣れなきゃって……きゅ、キュリオスが」
上手く言葉に出来ないルルディは、最後に怒りの矛先を言い出しっぺのキュリオスにすり替えると、女性の視線が白髪の隙間から覗く紅眼の双眸に移った。
キュリオスとじっと見つめる女性の三白眼が長い間交差する。
何度目かの風が吹き抜けていくと、やっとその口が開かれた。
「ついて来な」
一言ぼそりと言い放つ。
その言葉に満面の笑みを輝かせ、ルルディはキュリオスを見る。キュリオスもまた、小さく安堵の息を漏らすのだった。
だが――。
「たーだーしー」
三度、三白眼がキュリオスを睨みつける。
「アンタはこのぶちまけた牛の飼料をまとめてから来な! フンッ!」
足元に視線を落とす。そこには辺り一面、藁、藁、藁。
こうして旅の初日早々、掃除当番をさせられるのだった。
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「んぁ? 誰だ、おめぇ?」
終わる気配ゼロの掃除当番。
長時間の作業で悲鳴を上げた腰を労わる為、一休みしようときゅりが座り込む。
すると、後ろから悲鳴が上がった。
「うわっ、てかなんだこりゃ!? せっかくオラが綺麗に積んだ稲わらがぁぁあ!!」
「あぁ、君がまとめた藁だったのか。すまない」
振り向けばルルディと同じくらいの年頃の少年が、辺り一面にぶちまけられた稲わら達を見て頭を抱えていた。
「すまないで済む量じゃねえだろ、これはよぉ……」
愕然と膝をつく少年。さすがのキュリオスも罪悪感を覚え、立ち上がってフォークを握り直す。
ガリガリと音を鳴らして稲わらを寄せるその姿を少年は眉間に皺を寄せて眺めている。
そして、あまりの効率の悪さに我慢の限界が来たのか突然フォークを奪い取った。
「あーもう! なっちゃいねえな、寄せる時はこーすんだ!」
少年はキュリオスが悪戦苦闘してやっと集めた量を数掻きでササっとまとめて見せる。
流石の腕前にキュリオスも舌を巻いた。
「凄いな、こんなに簡単に集めるなんて」
褒められて余程嬉しかったのか、照れ臭そうに鼻を掻く少年は作業を続行する。
「へへ、俺はパスト。なぁ、お前名前は? どっから来たんだ?」
「キュリオス・セオリアだ。ウィンズ町からメテオロンに行く途中なんだが、さっきここを通りがかった時に、厳ついばあさんとひと悶着あってな。こうなった」
厳ついばあさんと聞いて、パストの顔からみるみる笑みが消えていく。
すると慌てた様子でキュリオスの肩を掴んだ。
「おいおいおいおい! ばあさんて、まさかおっかぁじゃないよな!?」
あわあわと口を震わせるパトスは、フォークを捨ててキュリオスの手を引っ張った。
「おい、キュリオス! おっかぁどっち向かってた!」
その只ならぬ様子にキュリオスもやっとルルディが危機的状況だと察した。
「まっすぐ、奥の民家のほうへ!」
「ならきっと、作神様だ! 着いてこい!」
二人は掃除を放棄して、急いで二人が消えた方角へと駆けていく。
誰も居ない集落の中を駆け抜ける。その先では黒い煙がモクモクと立ち昇っていたのだった。




