サリル、始動!試練の塔へ
マヤたちが戦いを終えたあと、
王都は一時の静けさを取り戻していた――
けれど、それは「次の目覚め」の前の静寂にすぎなかった。
マヤの中で眠る女神の声が、確かな感情を帯び始める。
その名は「サリル」。
“マスターを守るために進化した存在”が、今ここに誕生する――!
笑顔と涙と、そしてほんの少しのドジを交えて。
最強で天然な少女と、理論派女神の新たな絆の物語が始まります。
Aパート:静かな余波
――王都・夜。ギルド前の石畳は、まだ昼の喧騒の余熱を残していた。
マヤはベンチに腰を下ろし、膝の上で指を揃える。耳の奥、あの“無機質”だった声は、もう微かに体温を帯びていた。
サリル(内声)「……マスター。脈拍、正常化。恐怖反応は閾値以下に安定しました」
マヤ「ありがとう、サリル。……さっきは、守ってくれて」
サリル「“守る”は私の定義関数の第一行です。礼は不要――ですが、言葉としては嬉しい、という感情推定が出ています」
マヤ「ふふ。じゃあ、“嬉しい”で合ってるよ」
石畳を渡る夜風。遠くで鐘が一度だけ鳴る。
その瞬間、空の高みに“薄い円環”が浮かんだ。目を凝らせば、魔術回路の幾何学が王都全域に薄く重なる。
サリル「通知。神界レイヤーからの低出力観測反応。干渉レベル:微。」
マヤ「テラネ様……?」
サリル「断定不可。ただし“招待”の可能性――“試練形式のアクセスゲート”検出」
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Bパート:世界のざわめき(短冊モンタージュ)
•王宮・作戦室
国王「また空に紋章か……この街は、彼女がいて守られている。ならば、恐れるより信じる時だ」
参謀は頷き、王都全域に“避難ではなく通常行動”を告げる。
•ギルド本部
受付長「“塔”が王都外縁に立った? ……バカな、昨日まで無かったろうが」
掲示板には“立入禁止・観測のみ”の札が掛かる。
•市井
露天商の老婆が空を見上げて呟く。「また守りの子(=マヤ)のお仕事かいねぇ」
世界は、マヤの一歩に耳を澄ませ始めている。
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Cパート:試練の塔・地表
王都外縁。空白だったはずの丘に、黒曜の塔が“ありえない角度”で聳えていた。
表面は星図のように瞬き、足場は“登らせる気があるのか不明”なほど滑らかだ。
マレーナ「……アンタ、行く気なんでしょ」
マヤ「う、うん。でも危なかったらすぐ戻る」
ハロットル「俺たちは入り口で待つ。何かあれば、俺の剣と――」
サリル(外部呼称)「そして私の防壁が同期支援します。安全限界は常時監視」
マレーナ(小声)「……無事で帰ってきなさいよ」
マヤ「ただいま、って言うから。必ず」
塔の扉が、触れていないのに開いた。
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Dパート:試練①「過去」
〈室内。白一色。音が存在しない。〉
目の前に現れたのは“地球の教室”。
夕焼け、黒板、置き忘れたプリント――そして、真耶の席に座る“あの頃の自分”。
過去の真耶「助けられなかった子がいたら、どうする?」
マヤ「……助けに行く。届かなくても、次で届くように」
過去の真耶「その“次”が、永遠に来なかったら?」
マヤ「“今”に全部を尽くして、それでも届かないなら――その悔しさを、忘れない。忘れないことで、誰かを救う速さに変える」
サリル(内声)「分析:これは倫理値と決意の検分。正解は“悔いを燃料化する意思保存”。通過判定」
教室は音もなく砕け、光に還る。
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Eパート:試練②「力」
〈無限の闇。正面から“自分そっくりの魔力波形”が迫る〉
サリル「マスター、出力差――互角。これは“あなたのコピー”」
マヤ「だったら、競い合わない。守るための力は、奪い合わないから」
マヤは“迎撃”ではなく、広域の軌道変更フィールドを展開。
ぶつかるはずだった魔力は曲げられ、無人宙域へ“退避”させられる。
試練の声〈破壊ではなく迂回。最短ではなく最善。通過〉
サリル(微笑を含む声色)「……好きです。そういう選び方」
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Fパート:試練③「名前」
〈円環の中心。無数のスキル文字列が降り注ぐ〉
試練の声〈“女神”より新たなる名を、汝が与えた。では問う。“名”とは、何か〉
マヤ「一緒に笑った時間のこと。頼って、頼られて、嬉しいって思った全部」
試練の声〈ならば、その“名”の価値、示せ〉
光が一気に収束し、マヤの足元から塔全体へ“心臓の鼓動”が伝播する。
サリル「リンクを最大開放――“マスター、私の名前を呼んでください”」
マヤ(息を吸って)「サリル!」
サリル「応答――“いつでも”」
塔が鎮まり、最上段の扉が開いた。
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Gパート:最上段/神の書架
そこは“書物”の形をした宇宙だった。背表紙は星、頁は風。
中央に“鍵”が浮いている。触れれば、温度は“ちょうどいい紅茶”くらい。
テラネ(響く声)『よくやりました、マヤ! まさか、こんなに早く――』
マヤ「テラネ様!? もう、また急なんだから!」
テラネ『てへ、バレちゃいましたか。――でも、ほんとうに嬉しいのです』
サリル「識別:テラネ。権限レベル“創造”。敵意ゼロ、審査モード」
テラネ『女神の時と声が違いますね、サリル。……素敵になりました』
サリル「評価、感謝。照れ、という反応が発生」
テラネ『その鍵は“王都全域シールドの恒久化”と、“外敵審査プロトコル”です。あなたの“守る”の選び方を、世界構造に刻みます』
マヤ「でも見返りは?」
テラネ『ありません。――約束したでしょう? あなたが救えば、私は与えるって』
鍵が解け、光の糸が王都の地脈へ降りていく。
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Hパート:塔の外/帰還
扉が開き、夕陽が差し込む。
足元の草が、ほっと息を吐くように揺れた。
マレーナ「……帰ってきた」
ハロットル「無事で何よりだ」
マヤ「ただいま!」
サリル「全域シールド、常時稼働に移行。侵入ものは、まず“審査”。――王都、これで少しは眠りやすくなります」
マレーナ(そっぽを向き気味に)「……ありがと」
マヤ「えへへ。うん!」
ハロットル「強くなる。俺も。いつか肩を並べるために」
三人の肩越しに、塔は静かに“折りたたまれて”消えた。
Iパート:王都ナレーション
王は“避難命令”ではなく“いつも通りの暮らし”を選んだ。
ギルドは“恐れ”ではなく“観測”を記録した。
市は“噂”ではなく“安堵の溜息”を交わした。
そして世界は学ぶ。“最強”は、誰も踏みにじらない強さになれるのだと。
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小さなご褒美
夜、市場の外れ。
マヤは前に貰い損ねた屋台の“りんご”を買う。二つ。
マヤ「サリルも、一緒に食べよ」
サリル「私は非物質――ですが、“一緒に”は可能です。咀嚼の音、甘味の記録、共有開始」
マヤ「……美味しいね」
サリル「美味しいです」
二人だけの、ささやかな祝勝会。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
今回は、マヤとサリルの関係が大きく変化する「進化の回」でした。
最初はただの“女神”として淡々としていたサリルが、
マヤと過ごすことで“心”という未知のデータを獲得していく。
その姿はまるで、AIが“愛”を知る瞬間のようでもあります。
そして――塔での試練は、マヤ自身の「過去」「力」「名」を問うものでした。
戦いだけじゃなく、“どう生きるか”を選ぶこと。
それこそが、マヤという少女の一番の強さです。
次回は、王都に新たな異変が……!?
マヤ、マレーナ、ハロットル、そしてサリル――
それぞれの信念がぶつかる第7話「赤い旗と誓いの剣」をお楽しみに!




