ヤニカス聖女
私は30代女子。
仕事はそこそこ、やる気は正直そんなにない。
態度もけして良いとは言えないが、飄々としてるせいかお客さんには「余裕ある」「任せられる」なんてそこそこ評判が良い。
ただ、心の中ではいつも「だっる」「めんどくさ」。そんな私の唯一の楽しみはタバコだった。
朝起きて一服。昼休みに一服。仕事終わりに一服。
「やめたほうがいい」とはわかってるけど――やめる理由も特にない。
ーーーー
その日も仕事帰り。
ベランダで「はぁ〜今日もお疲れ自分」と一服しようとしたら、ライターを落とした。
拾おうとしてベランダの手すりに頭をぶつける。
目の前にチカチカと火花が散る気がして
…気がつけば、石造りの祭壇の上にいた。
鎧姿の兵士やローブ姿の人々が、息を呑んでこちらを見ている。
「召喚は成功した!」
「聖女様が降臨なされた!」
「なんて?」
とりあえず落としたライターを拾って、タバコに火をつけた。
ーーーーー
――ざわっ。
兵士たちがざわめいた。
「聖女様が炎を呼ばれた!」
「聖なる火だ!」
なんかよくわからん事言ってるなぁと思いながら煙をふーっと吐いたら、兵士が鼻を押さえて叫んだ。
「瘴気が……晴れた!聖なる霧だ!」
「いや、煙だけど。……効いてんならよかったすねー。知らんけど…」
ーーーーーー
それからというもの、ことあるごとにタバコが奇跡扱いされた。
一服して落ち着いた顔は邪を吸い取り浄化してくださった!と言われ、灰皿を欲しがると供物の器を所望されている!と言い恭しい態度で献上された。
「うーん、まあ一服できるから良いか」
ただ、一つ問題があった。
そう、それは補充がない事だ。
異世界にタバコの店はなく、ストックは残りわずか。
「マジでやべぇな」と焦りだした頃、国の学者たちが動いた。
「聖女様の奇跡は“煙草”によってもたらされる。ならば……!」
彼らは必死に研究を重ね、ついに一つの儀式を完成させた。
ーーーーー
祭壇に集う人々。
詠唱が響き、光があふれる。
そして、目の前に現れたのは――見慣れた縦長の包み。。
「……カートンじゃん」
タバコがギッシリ詰まった神々しい箱に、兵士も神官も涙を流した。
「聖なる箱だ!」
「天より供物が届けられた!」
「……ありがた。これで当分安泰だわ」
私は無言で封を切り、一本抜いてすぅーっと吸う。
ああ、この一服のために生きてる。
ーーーーー
それから私は「ヤニカス聖女様」と呼ばれるようになった。自分でヤニカスと言っているからだ。みんな多分意味は分かってないだろう。
そうして国を挙げた儀式が行われ、タバコのカートンが供物として次々と現れる。
人々は涙を流して拝むが、私はただベランダ代わりの城のバルコニーで一服するだけ。
紫煙を吐きながら、小さくぼやく。
「……異世界でも、タバコはやめらんないな」




