第5話(最終話)
◇◇◇
ポストを開けては閉じる日々が続いた。
朧が手紙を送ってから何週間も過ぎたが、未だ返事は送られてこない。
「そう頻繁に見るな。何度開けても同じだ」
「でも」
きっと忙しいんだよね。
もう少し待てば来るかもしれないよね?
一週間、二週間、……一ヶ月と経過しても返事は来なかった。
「あれ」
ある日、私が屋敷を訪ねると屋敷には鍵がかかっていた。
「留守? どこ行ったんだろう」
彼が屋敷にいないなんて珍しい。
「町に降りるわけないし……」
朧が行くところって……?
なんとなく心配でドア前に座って待っていると、空からブワっと風が吹いてきた。
「あ、朧!」
彼は黒い翼を仕舞うと、無言で地面へ降りる。
心なしか顔色が悪かった。
「朧?」
様子がおかしい。
「朧……朧ってば! どうしたの? 何があったの」
「集落はなかった。とっくにそんなものはなくなっていたんだ」
「……え?」
◇◇◇
その日朧は仲間たちの住む集落へ自ら向かったのだという。
手紙に記された場所に到着するも、そこには荒れ地が広がるだけだった。明らかに襲われた後だった。
地形から見て大分前と分かり、彼らが朧に手紙を出してすぐ襲われた可能性もある。否、手紙を出した時には既に集落は危険な状態だったのかもしれない。
それを聞いて私は唖然とした。
「私のせいだ。私が手紙を出そうなんて言ったから」
「違う。朱梨のせいではない。俺が自分の意思でやったことだ」
自分のせいだ。
私のお節介のせいで朧にとって残酷な真実を知ることになってしまった。
「ごめん、ごめんね」
後悔と自責の念で彼を抱き締める腕が震える。
「遅すぎたんだな。呑気に再会を待つばかりで、仲間の死すら気づけない。俺は薄情者だ」
◇◇◇
夜になっていた。
項垂れ地面に頭を垂れる彼はこのまま宵闇に溶けて吸い込まれてしまいそうだ。
絶望のなか桜の木を見上げる。
再会はもう叶わない。灰色の枝だけ残る木は亡骸のようで残酷だ。
「……? っ見て! 朧!」
桜の枝に何かとまった。
淡い光だ。
夜空には無数の光の粒が輝いている。花弁のように舞う光は庭の桜の木に次々と留まり、まるで桜の花が咲いているようだった。
「綺麗……」
花あかりに誘われるように、私たちは光宿る木の方へ歩き出す。
温かい光だった。
“朧、会いに来てくれてありがとう”
“おかげでこうして我々も会いにくることができた”
声が聞こえた気がした。
隣に立つ朧も目を見開いている。
「もしかして……お前たちなのか」
“すまない。君が傷つくのを恐れて姿を現すことが出来なかった。君は待っていてくれたというのに”
そっか。
桜のように咲き誇るこの光の群れは、集落の仲間たちの魂なんだね。
「ずっと……こうやって見守ってくれたんだな」
“朧、君が思うよりずっと近くに我々はいる。悲観することはない。君の歩む未来を見守っている”
夜空の下で輝く桜はとても美しくて。
儚くて。
私たちはいつまでもそれを見つめていた。
「ありがとう」
隣で見上げる彼の頬に一筋の涙が伝うのを見て、私はこれからの未来も彼と迎えたいと思った。
私は恋を知ったのだ。
読んでいただきありがとうございます。少しでも楽しんで貰えれば幸いです。