第4話
◇◇◇
「やっほー来たよ!」
私は天狗の家にたびたび訪れるようになった。
日曜日の午前。
いつも夕日に照らされた庭と違って明るい陽射しを浴びた花壇は新鮮で良いな。
「朝から騒々しいな」
「おはよう。天狗もトースト食べるんだね」
庭に響く声を聞いてドアからトースト咥えた天狗が出てきた。
そしてため息。
失礼な。
人喰いなどの噂も嘘だった。
天狗は普通にご飯(炭水化物)をとるし新聞を読むし洗濯もする。
恐ろしい言い伝えと逆に、ここで過ごすうちに私は彼に親近感を一番抱いていた。
「うー……ん」
そして私は休日になると彼の庭に来てやることがある。
絵筆を持って庭に咲く花をじっと見つめ描いていると彼が声をかけた。
「絵画が得意なのか」
「うん。絵本作家になりたいんだ」
私は絵が得意で絵本作家になることが夢だった。
「赤毛のアンに憧れてたの。同じ赤い髪だし境遇的に勇気貰えるし。絵本もそれで大好きになったんだ」
「そうか」
「今度コンテストがあるから練習中なの……っていっても、私って髪がこれだから学校でもめることが多くて、そんな人間が絵本作家目指してるって変かもしれないけど」
「なぜ髪で争う」
「目立つと浮くし気に食わないと目をつけられるからね。学生は大変なの」
「綺麗な髪だと言った」
「あ、ありがと」
「誇れる夢だろう。朱梨は絵も上手だし、自信を持てばいい」
名前、初めて呼ばれた。
真っ直ぐ真剣な目でそんなこと言うから照れてしまう。
「いいな、夢があるというのは」
「朧だってあるでしょ。“皆と桜を見る夢”」
「たしかに、そうだな」
感情の機微の少ない彼が表情を綻ばせたのを私は見逃さなかった。笑うと年齢より幼く見えて可愛い。
(可愛いって、私ってば)
こそばゆい感覚に、つい話題を変える。
「そ、そういえば集落の仲間たちと連絡とってるの?」
「ああ、100年程とってない」
「100年!? そんなに!?」
「最後にやり取りした手紙だ。集落の場所も記してある」
「うわボロボロ!」
出された封筒はだいぶ年期が入っていた。
やっぱり天狗と人間では時間の感覚が違うんだな。
「返事は書かないの?」
「送ろうとしたが、長らく連絡が途絶えてしまった。新しい集落での生活も大変だろうし、もしかしたら自分のことを忘れてるかもしれないからな、そう躊躇っている間に月日が経ってしまった」
会いたいのに仲間のことを考えすぎて手紙を出せなかったんだね。
「でも朧は待ってるんでしょ。仲間たちと会うために屋敷に残り続けてるんだよね。なら、それが全てだよ」
「……そうだな。うん、そうだ」
朧は私の言葉に深く首肯いた。
「でも返事送ったらいいのに」
「送らない」
「ちぇ」
◇◇◇
あれから学校で宮本先生を見てもどうも思わなくなった。
(どうしてあんな人好きだったんだろう)
朧のおかげで私は教室でも絵が描くようになった。
一心不乱で絵を描いてるとクラスメイトからも声をかけられるようになった。私を目の敵にしていた先輩たちは声をかけてくることはなくなった。
「朧聞いて! 今度学校の文化祭のポスター頼まれたんだよ!」
朧の屋敷にて。
私は仕事部屋で机に向かう彼に嬉々として語った。
『いい加減庭で騒ぐのはやめろ』と、彼は屋敷内(仕事用の応接間)に入れてくれるようになった。
彼は人間とほぼ同様の生活をしており、人間のふりしてライターの仕事をしている。器用だ。
「そうか。よかったな」
「うん! あ、仕事の原稿書いてるの?」
「手紙を書いているんだ」
「えっ」
それって、
「集落の皆に手紙を送ってみようと思う」
朧は封筒を持っていた。
「朱梨が夢に向けて前に進むのを見て俺も感化されてな。勇気を貰ったよ」
「朧……」
嬉しかった。
彼が自分から仲間に歩みかけてくれたこと、こんな自分でも誰かのためになれたことが。
「絶対喜ぶよ! 仲間たちに私のこと紹介してよ! 皆の似顔絵全員分描くから!」
「わかったから抱きつくな!」