第3話
◇◇◇
家に帰ると祖父が仁王立ちで待っていた。
本日は自分が夕食当番だったことを忘れていた。
渋い料理が並ぶ食卓につきながら祖父に尋ねる。
「じいちゃん、いつも話してる噂話だけど、山の上のお屋敷の天狗って近づいちゃいけないくらい危ない人なの」
「その質問は今日の遅い帰宅と関係あるのか」
鋭い返し。
私の反応に、
「まったくお前は」
祖父は呆れ顔で私を見つめ、そして話し始めた。
「この町は昔は天狗の住む里だった。だが、人間が里に来て住むようになり、人間は天狗たちを里から追い出すため彼らを襲った。天狗たちは里から姿を消した。一人の天狗を除いてな。山の屋敷にいる天狗は残党だ。奴は憎しみから町の住人を襲うかもしれない。刺激してはならない。そう恐れられているんじゃ」
「なにそれ……」
勝手に奪って恐れて近づくなって、ひどい話だ。
祖父の話を聞きながら私は不器用に結ばれたリボンに手を伸ばした。
◇◇◇
学校を終えると私は再び屋敷へ向かった。
庭の水やりをする彼を見つけて声をかけた。
「なぜいる」
「帰りに山を下るとき地図描いたんだ。これで道中もバッチリ」
「だからなぜお前が来る必要がある」
「お前じゃなくて朱梨。あなたの名前を教えてよ」
「……」
「まあいいや。祖父から聞いたの。あなた仲間がいたんだね。なのに人間たちに追い出されて生き残りはあなただけだって、ひどい話ね」
天狗の動きがぴた、と止まる。
「……仲間は死んでない。里が襲われた際、別の集落に避難している」
「あ、そうなんだ」
良かった。
噂も祖父の話も違う点はあるみたい。
「人々が俺たちを忌み嫌ったのは本当だが」
「あのさ……今でも人が憎い?」
「人が化物を恐れるのは仕方のないことだ。人を憎んでなどいない。俺がここにいるのは、仲間が帰ってくるのを待っているからだ」
「仲間を、待つ?」
天狗は庭にある大木に目をやる。
灰色がかった黒い幹は、
「大きな木……桜の木?」
「ああ」
桜の木は五月なのに葉もなければ花も咲いてなかった。
「皆が里にいた頃は綺麗な花を咲かせていたのに、あれから咲かなくなってしまった」
まるで心を閉ざしたように。
木の幹には花も蕾も見当たらない。
「きっと仲間が戻ってこれば桜はもう一度咲くと思う。だからここで戻ってくるのを待っている。彼らとこの花が咲く景色を見るために」
木を見上げる彼の眼差しは説なく、しかし、温かった。
「きっと戻ってくるよ」
私は天狗に言った。
「仲間想いなんだね」
「……ふん」
「あ、もうこんな時間」
帰らなければ祖父に怒られる。
「おい」
「ん? なに?」
「……朧だ」
「え?」
「俺の名前」
「! 朧! また明日!」
「明日も来るのかよ」
呆れ声で言う彼だけど心を開いてくれたんだって思うと嬉しくて、私はスキップで帰路についた。