第1話
◇◇◇
最も住みやすい町、移住先不動の人気堂々たる第一位!
……なーんて謳われるこの町で生きるのがしんどいと感じる私は人間としての適正がないんだろうな。
穏やかな山と海に囲まれるそこそこの田舎町。
スーパーもショッピングモールもあれば小学校に中学校、病院に美容室に百円均一もある。バスは一日三本来る。
温暖な気候と相まって住んでる人間も温かいかと言われれば話は別で。
噂話で盛り上がり小さなことで騒ぎ立てる人間が多いから、うまくやるには空気を読むこと目立たないことのスキルが重要である。
……まあ学校なんて小さな社会はどこも同じだろうけど。
ひとつだけ分かるのは、
“私のような存在”は学校ではかっこうの餌食になること。
「ねえ、あんただよね文塚朱梨って。赤髪で入学式から目立ってる一年、あんたでしょ?」
咲いた桜が緑の葉に変わる五月頃。
県内の市立高校に入学して一ヶ月が過ぎた頃の休み時間。
廊下を歩く私の背中にトゲついた声が放たれた。
「朱梨は私だけど何?」
振り返る私の頭上で二つに結んだ赤色の髪がサラサラと揺れる。
振り返った先には上級生らしき女子生徒たちが複数いた。
「私たち三年生より新入生が目立たないでくれる? 赤い髪とか注目浴びたいのか知らないけど、うちらが一年の時はもう少し控えてたよ。メイクとかスカート丈とかさ」
生まれつき髪が赤色のせいで、私は入学してからずっと上級生や教師に容姿について問い詰められる毎日を送っていた。
そんな毎日を送ってれば、かわし方も慣れるわけで。
「毎日毎日言ってるけれど、これは生まれつきの地毛なんだけど」
「そんな真っ赤な髪染めてないワケないじゃん!」
「そう言えば切り抜けられると思うなよ!」
わーきゃー騒ぐ先輩たち。
「根本見ればわかるでしょ。ほら、ここ見えます?」
めり込むくらい頭を近づける。
「わー頭近づけんな!」
「気に入らないんだよあんた! 校内でも目立ちまくってるし。とにかく一年が調子のるなって言ってんだよ!」
「さっきから話してる内容もぜんぜん頭に入ってこないんだけど先輩それ日本語です?」
そんなことを言ってたら目の前に手のひらが迫っていた。
ヤバい、打たれる。
「こら! もうすぐ授業始まるぞ」
廊下に響いたその声を聞いてピタッと打つ手が止まった。
「宮本先生」
先輩たちが余所行きの顔になる。
「その上履きの色……お前ら三年か。三年生の教室は遠いんだから急がないと授業に間に合わないぞ」
「そ、そうですね。急がなきゃ」
「先生さようなら」
まさに鶴の一声。
上級生たちはいそいそと教室に戻っていった。
「君も教室に入りなさい」
「は、はい」
先生は私を一瞥すると教室へ入っていった。
(そっか次は英語の授業か)
英語は宮本先生の受け持つ教科だ。
(てっきり私のピンチを聞いて先生が助けに来てくれたのかと思った)
授業中。
頬杖をつきながら教卓で出席をとる彼を見つめながらぼんやりと思う。
通りがかりとはいえ先生が意地悪な先輩たちを追い払ってくれたのは嬉しかった。
ニヤけてしまう。
「……――では前回のテストの答案を返す。呼ばれたら前へ」
自分も名前を呼ばれて取りに行く。
答案を渡される時、先生の手が少しだけ私の指先に触れ、指に力が入る。
「……頑張れよ」
同時に小さく声をかけられ、私は微かに残った指先の温かさを覚えながら席についた。
(きゃー! 声かけられちゃった! 頑張れって何。どうしよう私顔赤くない?)
椅子に腰を落とし点数の部分を見た途端、顔色は真っ青になった。
◇◇◇
「補習か」
頑張れよの意味は赤点に対する励ましだった。
「勉強してなかったもんなぁ」
放課後の教室で私は机に向かい問題集を解いていた。
補習は私ひとりきり。なぜ皆無事なのか。
まてよ。
(ってことは……先生とマンツーマン授業!? むしろラッキーかも?)
宮本先生は私の初恋だ。
髪が赤い私にも先生は対等に接してくれる。
接触はなくても宮本先生を見たら心が弾むほど好きだった。
まあ、単なる私の一方通行の恋だろうけど。
バシャッ。
「!?」
頭上から水が降ってきた。
見上げると先程の上級生たちがバケツを掲げてこちらを見下ろしている。
重くなった髪と水浸しになったノートを見て私は声をあげた。
「!? あんたたち!!」
「休み時間は邪魔が入ったから今がチャンスだと思って」
ピキーン、と頭にきた。
「上等だよ。先にケンカ売ったのはそっちなんだからね!」
放課後の教室で大乱闘が始まろうとしたその瞬間、
「悪い。資料集めに時間がかかった」
補習の教材を抱えた宮本先生が教室に入ってきた。
水浸しの床。転がるバケツにずぶ濡れの生徒。
ただ事ではないと認識した先生は「何事だ」と私たちを引き離した。
そして私と先輩たちを交互に見ると、はあ、と大きく低いため息を吐き、冷たい視線を私に向けた。
「君は“いつか”やらかすと思っていたんだ」
「……え?」
その瞳には呆れや軽蔑の色が混じっている。
「入学当初から悪目立ちしていたからな。地毛ということで目を瞑っていたが格好も派手で奇抜、同級生からは避けられ上級生とはケンカが絶えない……問題が起きるのも不思議ではないと思っていた」
「待ってよ先生、私何もしてないです。たしかに頭きてケンカ寸前だったけど、ずぶ濡れなの私だけでしょ、だから」
大丈夫。
宮本先生は私のこと信じてくれるよね。
「後で職員室に来なさい。事情によっては処分を軽くしてやる」
「…………!!」
堪えられなくなって私は教室を飛び出した。
なんで。なんでなんで。
どうして私のこと信じてくれないの!?
校門を飛び出す。
外は夕日で橙色に染まっていた。
どこに向かって走ってるかわからないけれど、私は走ることをやめられなかった。