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第1話 旅立ち


―――夜の森は、昼間とはまるで違う表情を見せる。

 風にそよぐ葉音も、遠くで鳴くフクロウの声も、すべてが静かでどこか神聖だった


 そんな森の奥、ぽっかりと開けた広場。その中心には、澄みきった湖が鏡のように広がっている

 湖面には瞬く星空が映り込み、まるで空と水面が溶け合うような幻想的な光景だ


 俺はその湖のほとり、大きな苔むした岩の上に腰かけていた

 隣には、鍛えられた体躯と無骨な手をした師匠がいた


『いいか、お前がみんなを支えるんだ』


 師匠は俺の頭に大きな手を置き、ぐしゃぐしゃとわしづかみに撫でまわす

 力加減なんて知らないような荒っぽさだけど、嬉しいような、誇らしいような、少し照れくさい気持ちが胸に広がった

 けれど、顔には出さない

 俺が何か言い返す前に、師匠は豪快に笑う


 『はははっ! そんな嫌そうな顔をするな!

 大丈夫、お前ならできるさ』


 師匠の笑い声は森に響き渡り、夜空に弾けて消えた

 それが、俺と師匠が交わした最後の言葉だった


 翌朝、師匠は俺たちの前から姿を消した―――



「でき・・・・たぁ!」


 腕を振り下ろした瞬間、森の静寂を打ち破るように木立の間に風が巻き起こる

 師匠が失踪する直前に遺してくれた難技

 何度も何度も失敗し、あきらめそうになりながらも、俺は今日まで粘り続けた

 試行錯誤の末、ようやく本物の手応えを、この体に刻むことができた


 ふと木陰に目をやると、銀色の髪が陽に輝く

 ミリアが目を細めて、ぽつんと拍手してくれている

 彼女はとっくに師匠直伝の技をすべて身につけていたのに、

 俺ができるその日まで、一緒にこの森で過ごし、根気よく待っていてくれたのだ


「長い間待っててくれてありがとう」

「・・・・よかったね!」


 ミリアに声を掛けるとサムズアップして答えてくれた

 小柄な手の親指が励ましも祝福も全部まとめて送ってくれているみたいで自然と微笑みがこぼれる

 嬉しさと同時に、ほんの少しだけ名残惜しさが胸をよぎった

 師匠の薫りが残るこの森ともそろそろお別れだ


 『技を習得したら一緒に旅に出よう』

 それが、ミリアとの小さな約束だった


「これでやっと、旅立てるな」


 俺の声に、ミリアはまた力強く頷いた。

 新しい世界への扉が、静かにだけど確かに開き始めていた



「忘れ物はないよな」


俺の問いかけにミリアは少し前を置いてから答えた

幼いころから過ごしてきた()()()を目に焼き付けているようだ


「・・・・大丈夫」

「よし、行こうか」

「・・・・うん!」


 軋む木の戸を静かに閉めて、しっかりと鍵をかける

 俺たちの生活が詰まった、森の中の古い家

 ここは長い間、師匠や兄弟弟子たちと笑い合い、ぶつかり合い、時に涙を流した場所だった


 最後にもう一度だけ、振り返る

 屋根の上に苔が広がり、軒先の風鈴が控えめに揺れている


 戸締りをして我が家を後にする

 師匠がいなくなってから約2年が経った


 いまだに師匠は戻ってこない

 兄弟子たちもとっくに出て行った


 師匠を探すため、俺たちもここを旅立つ


 使い古した黒いローブを羽織り、鬱蒼とした森の中を進む

 目的の街までは数日かかる


「どこかであいつが見つかるといいんだけどなぁ」

「・・・・資金源、ね!」

「そうそう、見つけたら教えて」

「・・・・任せて!」


 ミリアは立ち止まると両手をお皿のように広げて目の高さに掲げた

 ミリアはエルフとしての種族スキルで精霊とコミュニケーションをとることができる

 森の中は精霊が多く存在しており、彼女がその気になれば獣の動きや天候、時には遠くの人影まで情報を得ることもできるらしい

 ミリアが元気なうちは索敵を任せて大丈夫だろう


 種族スキルとは種族ごとに発現するスキルである

 エルフは【精霊魔法】、人族は【回復魔法】、獣人は【身体強化】など種族によってスキルは決まっているが、発現した者は天才と呼ばれるほど希少なものだ

 エルフが精霊とコミュニケーションをとれるのは、種族スキルの副次的な効果である


 俺たちは背中の荷物をもう一度確かめて歩き出す

 差し込む朝の光の中、俺とミリアは、二人きりの冒険を始めた


 そして2日後、ついに俺たちは探し求めていた魔物の気配を捉えた

 茂みの向こう、金色にうねる筋肉、鋭い眼光


「探したぞ、資金源!」

「グルルルル・・・・」


 鋭い牙をむき出しにしながらこちらを威嚇してくる

 目の前に現れたのはブレードタイガー(資金源)


 敵意むき出しの瞳

 口を開けば、剣のような牙がぎらりと光る

 頭頂の硬質な角、弾丸のような前足にはブレード状の棘

 全身が殺意の塊だ


 けれど、俺はこいつの倒し方を知っている

 この魔物を、師匠と何度も狩ったことがあるからだ


「ミリア、やるぞ」

「・・・・うん!」


 瞬間、俺は深く息を吸い込む

 血管を駆け上がるように魔力を巡らせ、ユニークスキル【魔力変換】を発動する

 肉体が熱を帯び、五感が研ぎ澄まされていく

 全身の細胞が、まるで火花のようにはじける感覚


 魔力を消費し、一定時間身体能力を向上させる

 魔力の消費量が多いほど身体能力の上昇率が大きくなる


 ユニークスキルは生まれつき保有しているスキルで保有している人は希少らしい

 スキルは人によって異なるが、そのどれもが強力な効果を持っている


「グァッ!」


 魔物は魔力の流れに敏感だ

 異変を感じ取ったのかブレードタイガーが短く鳴いて突進してきた

 地面が抉れ、砂塵が唸りを上げる

 だが、その進行方向に魔法陣が現れる


「・・・・ロックウォール」


 ミリアの静かな声と同時、地面がうねり、巨大な岩壁がブレードタイガーの目の前現れた

 全速力のブレードタイガーは勢いよく衝突した

 衝撃でロックウォール(岩の壁)は崩壊した、というより砕かれたと言った方が正しいか

 ブレードタイガーにダメージはなさそうだ瓦礫に埋もれた動きが鈍る


「・・・・ロックスパイク!」


 ミリアはユニークスキルの【並列魔法】を使い、魔法を連続発動させる

 通常、魔法は1発ずつしか発動できず、次の魔法の発動に時間がかかるが、ミリアは2発同時に発動することができる


 ロックウォールと同じタイミングで設置された魔法陣から突き出した岩の棘によって、ブレードタイガーは反応もできずに瓦礫の中から打ち上げられる


「そこだ!」


 空中で無防備なブレードガイガーに向けて飛躍する

 【魔力変換】で強化された蹴りはブレードタイガーを勢いよく吹き飛ばした

 ブレードタイガーは大木によじれるように衝突し、地面にずり落ちた

 だが、まだ目の奥の闘志は死んでいない


「・・・・ウィンドカッター!」


 ミリアの碧眼が淡く輝き、空気が鋭利な刃へと変わる

 ふらふらになりながらも立ち上がったブレードタイガーだったが、残酷なほど静かに首が飛んだ。

 巨体が地面に崩れ落ち、森に一瞬だけ静寂が訪れる


「よし!作戦通り!」

「・・・・うん!」


 ミリアは誇らしげにサムズアップで応えた


 ブレードタイガーは耐久力が低く、攻撃が当たりさえすれば大体1撃で瀕死となる

 "攻撃される前に攻撃する"これが師匠に伝授されたブレードタイガーの攻略法だ


 その後、【魔力変換】の効果が残っているうちにブレードタイガーの解体を済ませる

 ミリアの空間魔法から解体用のナイフを取り出してもらう

 このナイフは師匠にもらったものだ

 強化された筋力で扱っても刃こぼれや歪むことがない便利なナイフだ


 角、棘、牙、爪、毛皮と各部位に切り分けミリアの空間魔法にしまってもらう

 ちなみに肉は筋肉質で硬く、あまり美味しくないのでそのままにしておいた

 血の匂いを嗅ぎつけた他の魔物が処理してくれるだろう


 資金源を手に入れ何の憂いもなくなった俺たちは予定通りに森を抜けた



 とある山の中腹に黒髪の少年と銀髪の少女が姿があった


「ふぅ、やっとここまで来たな」


 さわやかな風を感じつつ、景色を目に焼き付ける

 ここから見渡せる先には立派な城壁に囲まれた街が見える


 我が家を出発して山の中を5日ほど歩いてきた

 ここまで来れば街まであと少し、何とか今日中に着けそうだ


「あれがスケリーの街

 大きいよな」


 隣に立つミリアに声をかける

 同じくフードを外したミリアは普段ジト目の碧眼を大きく見開き、()()()()()を見つめている

 山奥の我が家で過ごしていたら見ることのなかった光景だ


 俺も初めて師匠に連れてこられたときは衝撃だった

 この迫力は言葉だけでは伝わらないよな


「疲れてない?」

「・・・・うん、大丈夫!」


 銀髪ショートの髪を右側だけかき揚げ、エルフの特徴でもある耳に引っ掛けるとニコッと笑った

 さっきまで死にそうな顔をしていたのに疲れが吹き飛んだようだ


「よし!じゃ行こうか!」

「・・・・うん!」


 お互いフードをかぶり直し街へと向かう


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