Graydancer
浪人し、動画投稿を再開しても前いたように視聴者が戻ってくることはなかった。
虚しく舞っても、虚しく待っても、虚しいだけなのは変わらず、結局私は、「数字にならない」という理由のせいで、大好きでずっと続けていたダンスをやめてしまった。
ダンスをやめてしまえば、会社との契約も切られてしまう。村田智恵───私は、一介の浪人生に戻ったわけだ。もう、芸能事務所でもYoutuberでもない。
ただの、馬鹿な浪人生だ。
中途半端にダンスをしたせいか、一浪しても受験は失敗。
届くと思っていた滑り止め校にも落ちて、二浪か就職かという厳しい現実を突きつけられた私であったが、親が「二浪はさせられない」と口にしてきたから、私は就職をすることにした。
受験の波の次は就職の波に呑まれることとなった私だが、大卒さえも就職難のこの日本で、高卒の私がどこかの企業に受かるわけがない。
私は、ダンスとプライドだけを大切に生きてきたから友達だっていなかったし、誰かに頼ろうとも思えなかったから、露頭に迷った。
「───全く、本当に馬鹿だ」
私は、自分で自分を嘲笑ったけど、それでお金は生まれない。
だから、労働力でもなんでも、自分を商品にして売らなければならない。
自分の中で商品価値がありそうなもの───そう考え、思いついたのはやっぱり顔だった。
自分で言うのもなんだが、顔は可愛い方である。
目つきは悪いけど。顔は可愛い方である。
彼氏には「智恵の愛はおかしい。智恵のその歪な愛で皆を傷つけているのがわからないのか?この際だから、ハッキリ言わせてもらう!迷惑なんだよ!邪魔しないでくれ!」などと言われて振られたっきり、誰とも付き合っていなかったけれど、顔は悪くない。
これまで彼氏ができなかったのは、私が人と関わらなかったせいだ。
別に体も悪くない。胸は小さいけれど、そういうのが好きな人だっているはずだ。
だから私は、ダンスだけでなく、プライドも捨てて立ちんぼとして生きていくことにした。
が───
「1回5万でどうよ?な?悪くないだろ?」
「───ッ」
無理。
無理無理無理。
プライドは捨てたつもりだけど、感情は捨てられてない。
こんなおじさんの相手をするなんてやっぱりまだ無理。こんな不細工なおじさんに処女を渡したくない。
「ごめんなさい、勇気が出なくて。無理...です」
私は、たまらなくなってその場から逃げ出した。
あんなキモいおじさんとはしたくない。よく、世の中の女性はあんな気持ちの悪いおじさんとセックスができるな。そんなにしてまでお金が欲しいか。
私は、世の女性のお金への執念と己の覚悟の弱さに驚きつつ、夜の街を徘徊する。
「やっぱ、私には無理───なのかな...もう帰ろうかな...」
私は、もう遅いし終電を逃す前にもう帰ろうかと思ったその時だった。
「君も...してくれる人?」
私に話しかけてきたのは、1人の青年───いや、年齢だけ見れば私と同い年、いや年下かもしれない。
それほどまでに若く見える少年。顔も、悪くはない。
「してくれるって、まぁ...いくら出せるんですか?」
「最低5だけど、欲しけりゃ7まで───って、まぁ皆欲しいからやってるか。7出すよ」
「7...万?」
「もちろん」
1回7万。
私の今しているバイトが時給1200円だから、その58時間分に相当する。
「───私、処女」
「───仕方ない、いいよ。10万だすよ。それじゃ、ホテルに行こう」
初仕事にして、10万も稼げるから私はこの人についていくことにした。
終電は逃してしまうが、ホテルに泊まればいいだろう。
私はその道中、彼に色々聞くことにした。
「あの...若く見えるけど何歳?」
「俺?19」
「19...1歳下だ」
「お姉さんは二十歳なんだ。大学生?」
私の学歴コンプを刺激してくる彼だけど、我慢しなければならない。
プライドはかなり傷つけられたが、ここの10万円は大きいだろう。
「高卒」
「あー、俺と一緒だ。ごめん」
どうやら、彼も高卒だったようだ。
だけど、こうして立ちんぼしようとしている女子をひっ捕らえて遊べるだけのお金がある。
「お金持ちなの?」
「んーと、まぁね。ちょっとアイドルをやっててさ。んま、売れてないけど」
そう口にすると「皆には内緒な」などとはにかんで見せる彼。
実際、彼のことを見たことは───
「あぁぁぁぁ!?池本栄!!!」
「っちょ、声が大きい」
私は、その男をテレビで見たことがある。肝心のグループ名は忘れてしまったが、確かコイツは事務所の大御所芸能人と問題を起こして事務所を追い出された男だ。
その事件以降、話を聴かなくなったと思ったが、まさか女と遊びながらアイドルを続けていたとは。
「───っていうか、なんならアナタの曲。踊ったかも。1曲だけだけど」
「踊った?」
私は、そう口にするとスマホを取り出してYoutubeチャンネルを取り出す。通知を無視して、投稿動画を遡り、一曲のダンス動画を見せる。
「あ、この動画知ってる。ちゃんと見てたよ。ダンス、上手だよね」
「公式巡回済みだったとは...それと、もうダンスはやめたから」
「───え、やめちゃったの?」
「うん。踊っても駄目だったから」
「───そっか、残念。俺は踊ってくれて嬉しかったのに」
「ってか、アイドルがこんなところで女と遊んでていいの?」
「こういうところじゃないと遊べないの。金を介した行きずりの関係じゃないと、大変だから」
「───そう。大変なのね、芸能人も」
「大変だよ、芸能人も」
結局、高卒ニートは私だけなのかなどと思いつつ、私と栄の2人はホテルに向かった。
売れて無くとも芸能人とホテルに入っていくという優越感は、私のプライドを傷つけなかった。
「じゃあ、先にシャワー浴びていい?」
「うん、いいよ」
私がそう返事をすると、栄はシャワーを浴びに行った。
私は、スマホで栄のことを検索しながら見ていると時間はすぐに経ち、次は私がシャワーに入る番になった。
栄が入った後だったからか、出してもすぐにシャワーは温かくなった。
まぁ、もうすぐ夏だしそこまで温かくなくてもいいんだけど。
私は、シャワーから出たらセックスをするのか、と胸をドギマギさせながら体を入念に洗う。
元彼とも、セックスはしたことがない。
私が拒んだのだ。セックスというものに、漠然とした恐怖を持っていたから、拒んだのだ。
「───痛いのかな」
ふと、そんな疑問がやってくる。
答えは、「わからない」が正解だ。だって、まだ経験したことがないのだから。
逃げることは、私のプライドが許されないから逃げはしない。
───仕方ないので、抱かれてやる。池本栄という名のアイドルに、私の処女を押し付けてやる。
そんな覚悟で私がシャワーを浴び終えると───。
「お、出てきた出てきた」
「え、え、何見てるの!?」
テレビに映っていたのは、私。
私が、Youtubeに投稿していた動画を、池本栄は垂れ流していたのだ。
「いや、他にどんなの踊ってるのかなーって思って。結構ダンス上手いじゃん。駄目じゃないよ、なんでやめちゃったの?」
「勝手に見ないでよ!」
「───ごめん」
勝手に投稿されている動画を見られているとなると、なんだか不愉快になってきて一気に、セックスをする気が起きなくなる。
「もう、いい。しない」
「え、えぇ!?」
私は、そのままベッドに寝転んでそっぽを向く。
「ごめんね。ごめんね?謝る。謝るからさ」
「嫌。いくら払ってもしないから」
「そんなぁ...」
栄は、名前が知られている以上私に手出しすることはできないだろう。
手を出してきたら、また騒いでやればいい。そうすれば栄は炎上、今度こそ芸能界から追放される。お前もそうやって路頭に迷えばいい。
そんなことを思っていると、ベッドが沈み私の後ろに誰かが寝転ぶ。
だが、顔を見なくても誰かはわかる。この部屋には、栄しかいない。
「───手、出したら警察に通報するわよ」
「嫌がってるなら手は出さないよ。池本栄ってバレてるんだし」
「バレてなかったら手、出してたの?」
「出してないよ、うるさいなぁ...」
栄の声は、私の方を向いていない。だから、今はお互いに背中を向けあって一つのベッドで寝ている状態だ。だがまぁ、この部屋にはベッドが1つしか無いのだから仕方ない。
5分ほど、沈黙が続いた後にそれを破るように栄が私に声をかけてくる。
「───どうして、ダンスやめちゃったんだ?」
「またその話?踊っても駄目だったからって言ってるじゃん」
「駄目じゃなかったよ。俺から見ても上手だった」
「上手いだけじゃ駄目なのはわかってるでしょ。評価されないんだから。バズらないといけないの」
「バズらないと...」
栄は、そんなことを口にして言葉を止める。そして、また沈黙が続きそうになるものの、またしてもそれを押し破るのは栄だった。
「───1人で、大変だったろ」
「───は?」
「動画、見たけど撮影とかも大体1人だろ?投稿頻度を見るに、結構なハイペースだったし、いっぱい努力したんだろ?」
「───した...けど。もう昔の話だって」
「昔はバズなんか気にせず、楽しいから踊ってた。違うか?」
「違わないけど...それは本当に中学生とか高校生で...二十歳超えたニートが頑張って踊ってるのとか恥ずかしい...」
「じゃあ、一緒に踊ろう」
「───は」
「惚れた。俺は智恵の踊りに惚れた。だから、俺の隣で踊ってくれ」
「隣で踊ってくれって...」
「バックダンサー」
「───はぇ?」
「小さな会場だけどライブをする。それのバックダンサーになってくれ。そうすれば、金も稼げるし、ダンスもできる。決まりだな」
「ちょっと、勝手に決めないでよ!」
私は、ガバリと体を起こして栄の方を見る。栄もそのベッドの沈みで私が動いたことを察したのか、ベッドから降りて財布からお札を取り出した。
「───え、しないって」
「違うよ。前金。バックダンサーならお金は必要だろ?その前金だよ」
「───」
「一回でいいからさ、踊ってくれよ?」
なんだか、セックスする時よりも熱烈に誘われて、私は女としての価値よりダンサーとしての価値のほうがあるのかと、複雑な気持ちになるけれどもダンサーとして認められる方がどこか嬉しいような気がする。
「───仕方ないな、一回だけだよ。それと、セックスはしないから」
「うん、それでいい。俺も共演者とするつもりはないし、踊るなら体は大切にしないと駄目だからよ」
私は、こうして栄から10万を受け取った。
───全ては、この10枚の紙切れから始まった。
ダンスをやめた私が、もう一度ダンスを降りるために芸能界に舞い降り、灰色に朽ち果てた人生をカラフルに染め上げていくため、金で薄汚れた芸能界を生きていく物語は。