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009 灰の魔女

 魔導都市セレノス郊外。魔力霧が低くたなびく丘を登った先に、それはあった。


 灰色の石を積み上げて作られた、工房然とした小さな建物。外壁の一部は苔に覆われ、入口の扉には古びた鉄の細工が施されている。煙突からは細く黒い煙が立ちのぼり、どこか不気味さを帯びていた。


 魔導都市セレノスにワープしてから丸2日が経っていた。この小さな工房を見つけるために丘を一生うろちょろとしていたが、遂に発見した。ガチで運営は見つけさせる気あるのかよ、と文句を言いたくなるほどだ。


 この家の主であるNPCとは、前世で交流があった。魔法陣や魔導具に関しての知識、技術ともに一流の、脛に傷持つ魔道士だ。


 魔導都市セレノスは街全体を覆う魔障壁が鎮魂契約を解除してしまうため、俺は入れない。このNPCが唯一の頼りと言ってもいい。だからこそ、これだけの時間をかけて見つけ出したのだ。

 だが不安なのは、こんな辺境の地で一人で隠れるように暮らしていることからわかるように、この人物は非常に排他的で、他人と関わろうとしないということだ。


 俺は扉の前に立ち、拳を握る。三回、静かにノックした。

 返答はない。


 もう一度、今度は少し強めに叩く。ドン、ドン、ドン。

 再び沈黙。


 まぁ、こうなることは分かっていた。仕方ない。


 俺は少々声を張り上げて、


「“導伝陣式・第七相”に詳しい魔導士を探してここに来た。あんたしかいないって聞いたんだ」


 と言った。


 数秒の沈黙。ドアの向こうから物音が聞こえた。


「……誰だ?」

「怪しいものじゃない。ただ力を借りたいんだ」

「私はあいにく、便利屋ではない。帰りな」


 ドア越しに面倒そうな女性の声が聞こえてきた。


「“導伝陣式・第七相”の符式配置は『五極・重奏』型、重ね書きには最高級の白銀粉が必要。アムル産でなければ導伝不良を起こす。それでもなお適応可能にするなら、“三律逆写”で外縁調整して、中央の触媒層を反転構成に変えるしかない。もちろん、魔素干渉を最小化するために“塩結合式”で固定しなきゃならないが……」


 俺は一週目プレイ時の記憶を総動員して魔法陣について語った。


 ガチャリ、とドアがかすかに開いた。灰銀の短髪を無造作に後ろで束ねているラズリナの姿が見えた。懐かしい顔だ。彼女は身長が小さいので、見下ろす形になった。


「お前、何者だ?」

「少し魔導をかじっている、しがない旅人さ」

 俺が肩をすくめて答えると、ラズリナの目が細まる。

「答えになっていない……誰から聞いてここに?」


 俺はなんと答えるべきか一瞬のうちに考えたが、何も思いつかなかった。


「……昔の俺に」

「……ちょっと何を言っているのかわからない」

 ラズリナは一層不審そうな顔をして扉を引いた。ギィ……と扉が閉まりかける。

「ま、待ってくれ。俺は血哭石とアムルの白銀粉が欲しいだけなんだ。……あと、よくわからない魔導具があるから、それを見てもらいたいんだ。訳あって魔導士ギルドには行けない。ラズリナ、俺にはお前しかいないんだ!」

 ぴたり、と扉が止まる。

「ギルドに行けない? そんないかにも怪しい者とつるむ馬鹿などいない」

 全く、白々しいやつだ。俺は一拍置いて、彼女の秘密を口にする。

「――ギルドに行けないのはお互い様じゃないか、追放された灰の魔女さん?」

 ピクッとラズリナは反応し、ぎろりと俺を睨む。

「どこでそれを」

「だから、昔の俺だ」

「お前のことなど私は知らない」

「俺はよく知っているぞ。若くして複雑な構築式や精密な修復技術をマスターし魔道士ギルド幹部にまで出世するも、ギルドに黙って禁術の研究を行い、偶然完成した魂魄封印魔法陣が誤作動してギルド職人2名を灰に――」

「――もういい」ラズリナは一度下を向き、そして鋭い視線で俺を見つめた。「…………入れ」


 ラズリナに案内され、見覚えのある居室に入る。書架には魔導書やスクロールが隙間なく並び、作業机の上には分解途中の魔導具が散らばっている。壁には魔法陣の設計図らしき紙がいくつも貼られており、空気はどこか薬品と金属が混じったような匂いがした。


 俺は隅にある小さな丸いすに座り、彼女は作業机のそばで腕を組んでいた。


 ラズリナは憮然とした表情で、警戒心をむき出しにしている。

 疑心、不安――それも当然だろう。過去のトラウマを掘り返すような真似をして、好意的に見られるわけがない。


 だが、こうするしかなかった――と思いたい――のも事実だ。『鎮魂契約』を使ったところでカルマが0にしかならない俺が頼れるNPCは限りがある。ラズリナはそのうちの一人で、魔導具・魔法陣に関して彼女ほど頼れる人物は他にいない。なんとしても繋がりを保つ必要があったのだ。


 ちなみに、一般的にカルマが30を下回ると、NPCの反応が悪くなる。カルマ0だと、街には入れるものの、NPCはあらゆる会話を即終わらせようと振る舞う。そういう仕様になっている。


「先ほどは申し訳なかった。俺は君を傷つけたいわけでは――」

「どうでもいい。何が目的だ」


 ラズリナはさっさと話せ、とでも言うように俺を遮った。


「さっき言った通り、血哭石の調達とアムルの白銀粉の調合。あとこの――俺はインベントリから『禍羊の燭台[破損]』を取り出す――アイテムを修復、復元して欲しい」


 ラズリナは視線を壊れた燭台に移す。その瞳に僅かな探究心が宿ったのを俺は見逃さない。


「これは、とある封印術に使われていた。とある古代の怪物を――いや、見てもらった方が早いか」


 思い直した俺は、インベントリから古びた書物を取り出し、ラズリナに渡した。


「……これは」

「凄いだろう? いにしえの封印術だ。この封印が解かれ、怪物が世に放たれた。迷宮都市グラン=フォセのことは?」

「……大枠は知っているが、まさか」

「そう、そのまさかだ。何者かがこの封印術の供物を破壊した。未だ迷宮外には出ていないようだが、これだけの騒ぎが起きている。だが、もし地上に出たなら? 都市一つがなくなるかもしれないし、もしかしたら一つでは済まないかもしれない」


 ごくりと唾を飲み込み、俺を真剣な目で見つめるラズリナに視線をぶつける。


「これはそんな災厄を防ぐ、一縷の望みとなり得る。確かに俺たちの邂逅は最悪で、俺に好感情などないだろうが、どうか、人々のため、世界のために手を貸してはもらえないだろうか。もちろんそのための資金は全て俺が用意する」


 俺は――上手くできているかは不明だが――いかにも正義の味方になりきって、気取った様子で語りかけた。


「……人々、世界のため、か」ラズリナは一つ息をついた。「私は、お前を誤解していたかもしれない」


 何やら考え始めたラズリナに対し、俺は率直に尋ねる。


「いや、いい。やってくれるのか?」


 ラズリナは「一つだけ」と人差し指を立てた。


「私のことをどこで知った。それだけ教えてくれ」

「俺は異世界人なんだよ。知ってるだろう? インベントリが使えたり、クリスタルを砕くだけでワープできたり。そういう摩訶不思議なことができるし、起こるんだ」


『エターナルジェネシス:ダイブイン』のNPCは、プレイヤーを不思議な力を持つ異世界人として認識している。インベントリやマップ上でのワープ、ログイン・ログアウトに係る出現と消滅などを、NPCはそういうもの、として受け止めている。


「……承服しかねるが、まぁいい。お前のその一縷の望みとやらに、協力してやる」

「おおっ、ありがた――」

「言っておくが、私はお前を信用したわけではない。もしこの話に嘘が混じっていたり、目的外のことに使用したならば……」

「大丈夫、大丈夫さ。そんなことは起こらない」


 俺は手を差し出し、ラズリナはその小さい手で――嫌そうにしつつも――握り返した。


 ***


【灰の魔女】急募:セレノス郊外に出没する魔女ラズリナさんに会う方法【塩対応】


1:匿名の通りすがりさん

魔術都市セレノスの郊外に、めっっっちゃ塩対応の灰の魔女ラズリナってNPCがいるらしいんだけど、誰か話せた人いる?

丘の上にぽつんと建ってる家にいるって聞いたけど、そもそも家が見つからないんだが。

これ、見つけるの運?


2:匿名の通りすがりさん

それな。まず見つからん。あの丘のどこにあるかは時間ごとに完全ランダムなんじゃね? 昨日は森の手前にあったのに今日は崖の中腹に移動してた、みたいな感じ。意味がわからない。


3:匿名の通りすがりさん

前偶然見つけたけど、ドア叩いても何しても返答返ってこなかった。ドア叩き壊そうかと思ったけどカルマやばそうだから流石にやめて帰った


4:匿名の通りすがりさん

そもそもドア開けてくれんのよな。ノックしても無視されるし、何度も叩くと「やめろ」って言われて嫌われるし。何をどうしろと。


5:匿名の通りすがりさん

場所変わるのが謎仕様すぎる。あれか? ランダム出現オブジェクトなのか? 朝と夜でも変わるっぽいし、雨降ってたら見つからないって報告もあったぞ。ホラーか。


6:匿名の通りすがりさん

ちょっと話しかけただけで「私はお喋りに時間を割く趣味はない」って言ってドア閉められた。どんな好感度ゼロ演出だよ。むしろマイナスからスタートしてる。でもちっこくて可愛かったわ


7:匿名の通りすがりさん

前にラズリナの家見つけて張り込んでたら、急に家ごとスッ……て消えたよ


8:匿名の通りすがりさん

一回だけ行ったことあるんだけど、「あんた、魔素の匂いがするわね」って言われたよ。入れなかったけど。もしかして私脈あり?


9:匿名の通りすがりさん

>>8

試しに魔導具かなんか持っていって反応見てみてくれ。


10:匿名の通りすがりさん

一回話せたら定位置に戻るとかの配慮があればいいのに。なんで再訪問のたびにトレジャーハントさせられんだよ……。


11:匿名の通りすがりさん

ていうかこの人、イベント持ちって確定してんの?

こんな苦労して何もなかったら八つ当たりしてやっちゃいそうなんだが


12:匿名の通りすがりさん

>>11

家の中に入れたってスクショ付きで上げてたやついたから、何かしらはあるはず。

机の上に魔導具散らかってる部屋だった。つまり、入れる人は入れる。何かが足りないだけ。


13:匿名の通りすがりさん

条件がさっぱりわからん。>>8から魔道士が関係ありそうではあるが……。まぁ、そりゃ魔導都市の近くにあるんだから関係はあるわな。


14:匿名の通りすがりさん

灰の魔女って言われてるくらいだし、灰が関係ありそう。


15:匿名の通りすがりさん

>>14

灰とは


16:匿名の通りすがりさん

>>15

俺に聞くなや


16:匿名の通りすがりさん

今のとこわかってること:

・家の場所はセレノス郊外の丘エリア内でランダム出現(天候でも変化?)

・見つけても会話してくれない

・魔導系職と灰(?)に糸口ありそう

・小さくて可愛い


17:匿名の通りすがりさん

「好感度」っていうか「機嫌」って感じする。

今日は話す気がない日、みたいなのが設定されてるとしか思えない。


18:匿名の通りすがりさん

>>17

そんなこと言ったらもう毎日気分じゃないやん

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