006 夜宴の牙
陽が沈んだ後の自由都市ヴァルストは閑散としている。
イベクエは今のところ進捗なしか……。
スレを一通り漁ったあとマイホームから出た俺は裏路地に向かって歩き始めた。
目的地はとある酒場――『月酔いの杯』だ。
あ、そうだ。忘れないうちに解除しとくか。
俺は『鎮魂契約』――カルマ値マイナスによる悪影響をかき消す、つまりカルマ0と同等の状態になる――を解除する。
これから向かう闇ギルドに入るには、カルマが-1以下である必要があるからだ。ちなみに、『仮装』――現在は『ぼくは斎藤さん』というプレイヤー名で、茶髪黒目の小柄な日本風イケメン少年という外見にしている――はそのままだ。
酒場に入ると、客はまばらだ。カウンターに腰掛けると女性が注文をとりに近付いてくる。
「……夜の牙をロックで」
ぼそりとそう呟くと、顔馴染み――相手は毎回姿を変える俺が誰だかわからないだろうが――の女性がニヤリと笑った。金の髪とくっきりした目元が特徴的なNPCだ。
「牙を研ぎに来たのね」
クラリッサ──この酒場を仕切っている女はお決まりの言葉を発して俺をカウンター内へ立ち入れた。そしてとある酒樽をくるりと回す。
カチッ、という音の後、床の一部が静かに開き地下へと続く階段が現れた。
その先にあるのが、闇ギルド『夜宴の牙』。
カルマ値が-1以下かつ反社会的な職業(盗賊、暗殺者、闇商人、詐欺師、黒魔道士、詐欺師など様々)に就いている者のみが入ることを許される、夜に生きる者たちの社交場だった。
階段を下りて一枚扉を挟んだ先では、薄暗くも喧騒と熱気に満ちた空間が広がっていた。賭けに興じる盗賊たち、密談を交わすスパイ、静かに酒を飲む黒ずくめの男──どこもかしこも、表の世界では見かけないような連中ばかりだ。
その空間の一角、奇妙な装備を並べた無骨なカウンターに立つ店主に、俺は近づく。ここには表では売っていないような尖った性能の装備が買える。今俺が装備している『貧民上がりのくたびれたフード付きコート』――あらゆるデバフ耐性を大幅に上昇させる代わりに、あらゆるバフを無効化する――も以前ここで購入したものだ。
無口な装備屋──筋張った体に異様に長い腕をした男、ヴァロスはただ黙って俺を見つめている。
「あの棚の右上の仮面が欲しいんだ」
「30万ギルだ」
俺はインベントリから巾着袋を取り出し、カウンターに置いた。30枚の金貨が入っている。
ヴァロスは中身を確認し、無造作に仮面を掴み、俺に手渡した。
「どうも」
薄く、霞のように儚い装飾が施された装具──薄紗の仮面。精神系統の状態異常に対する完全耐性を得られるが、装備時に最大HPが3割減少する。
普通の戦闘職であればデメリットが大きすぎて着けづらいが、俺は基本まともに戦わないのでありがたい。むしろソロの俺にとっては状態異常に陥り、一瞬でも行動不能になる方が怖い。
以前から狙っていた――このために金策をしていたといってもいい――装備を手にいれた俺は、次に馴染みの情報屋のもとに行こうと足を向け、そこでふと珍しい顔を見つける。
「――やぁプリティ」
「……誰?」
「ラスターだよ」
詐欺で悪名高い猫人は俺の名前を聞いても反応がなかった。
なんて恩知らずな猫だ。
俺は内心でため息を吐きながらコートの内側に縫い付けている『招き猫のブローチ』――彼女から貰ったレアドロップ率を上昇させるアクセサリ――を見せた。
プリティはあっ、という顔をした。
「……あー、キミかー。なんか聞き覚えあると思ったんだよねー」
プリティはなぜかため息混じりに言うと、背もたれに寄りかかって肩をすくめた。
「相変わらず失礼なやつだな」
「いや、顔と雰囲気は覚えてんの。でも名前なんて毎回どうでもよくて忘れちゃうんだって。わかるでしょ?」
「わからん。……毎日とっかえひっかえ詐欺ばっかしてるからそういう風になるんだよ。最近も君の被害者に遭ったよ。可哀想に」
少し前にマイホーム付近で会ったセリ、セル……セロリみたいな名前のやつは元気だろうか。……俺も人のことは言えないようだ。
俺はプリティの近くの空いていた席に座った。
「ふぅん? それはドンマイだね」
「泣いてたぞ。俺のなけなしの金がぁ、って」
俺が冗談めかして言うと、プリティは悪びれもせずに鼻で笑う。
「甘いなー。人の言葉を鵜呑みにして疑いもせず、ぽんと大金を出して……そんなの騙してくださいって言ってるようなもんじゃない?」
やれやれとでも言うような素振りをして、プリティは「で?」という顔で俺を見た。
「なんか用なの? 金なら貸さないけど」
「誰が詐欺師に借りるか。ってか返せ。先々先々月から振り込まれてないぞ」
「……そのマスクカッコいいね」プリティは急にヴェイルマスクを指差して言った。
「なんだその見え見えな話題ずらしは」
「それ高いんでしょ! ならいいじゃん! 余裕あるんでしょ! ……一方私は毎月支払いに追われて貧相な生活を……しくしく」
「どこが貧相だよ! そんな肌ツヤツヤでむっちりした貧乏人がいてたまるか」
プリティはNPCの中でも群を抜いて可愛らしい見た目をしている。その小柄だが豊満なボディに釣られて詐欺に引っかかった男は今までどれだけいたのだろうか。
「来月、いや再来月まで待ってください。必ず返しますのでどうか……みんなグランフォセに行っちゃって実入りが少ないから……」
プリティがわざとらしく敬語を使うが、俺はこんなのには騙されない。彼女が金を返す気がないのは最初からわかっている。まぁ、別に金には困ってないからいいんだが。
「……奈落迷宮か。色々と大変らしいな」
「キミは行かないの?」
「まぁ、人の多いところは好きじゃないから」
「あー、なるほどー。その若作りしてる変装がバレちゃうのが嫌なんだー。ここに来る時くらい脱げばいいのにー」
「別に若作りは関係ないが、俺も大変なんだよ。お前も気をつけろよ」
「私は大丈夫。日頃の行いがいいから」
「どこがだよ」
二周目プレイで知ったことだが、「エターナルジェネシス:ダイブイン」ではカルマ値が極端に低いとNPCの刺客に狙われるようになる。さらにカルマが-50を下回った時からは狙ってくるNPCの質も上がってきていた。
最低値を維持している最近では、刺客を放たれるのはもはや珍しいことでもなかった。
しかも俺はそこそこ有名なPKなのでプレイヤーにも狙われている。
全く、追われる身は辛いな。
プリティのもとから去った俺は賭博卓へと歩を進める。その一つに、情報屋カラムの姿がある。
「へいへい、また来てくれたか人気者さん」
陽気な声で迎えるカラム。彼は常に何かのゲームをやっている──今日もカードを切る手を止めなかった。
「情報をくれ」俺は5千ギルを差し出した。「つれねぇなぁ、たまには勝負でもしようぜ?」
そう言いながらも、カラムはギルを受け取った。
指定の代金を支払うかカラムとの賭けに勝つかすれば追っ手の情報をくれるのが彼だ。カルマ値が低いプレイヤーにとっての数少ないお助けNPCだな。
「ふーむ、そうだな。どうやらお前さんのことを最近また一人嗅ぎ回ってるようだぞ。名前は確か……ハンゼ・レインで職業は……探偵だ。知ってるか?」
「知らないな」
俺はわずかに眉を動かす。探偵か、厄介な職業だ。
職業『探偵』は探しものの達人だ。俺のようなこそこそと逃げ回る者にとっての天敵といえる。以前、別の探偵NPCに狙われたことがあり、その際は『無音追跡』や『真視眼』という強スキルによって追い込まれ、危うく『暴露の刃』の対象となるところだった。その時は何とか逃げ切れたが、間一髪だった。
「そいつが今どこにいるかわかるか?」
「それはわからんが、貿易街リシェルドを拠点に構える探偵ギルドのベテランだ。舐めてかかると痛い目を見るぞ」
「舐めないさ。もう痛い目は見た」
二周目プレイでは今のところ一度も死んでいないが、一番追い込まれたのがその探偵からの執拗な追跡だった。探偵の固有スキル『暴露の刃』はそのスキルで傷をつけた相手の一切の偽装・隠蔽を、《《対象かスキル使用者のどちらかが死ぬまで》》無効化し、探偵が指定した人物に対し常に対象の位置情報を提供する。つまり、このスキルで傷をつけられて姿をくらませられたら、俺はもはや一巻の終わりということである。
ちなみに探偵や衛兵などの職業は犯罪者キラーという特性を持っているので返り討ちにするのもなかなか難しい。
「ちなみにハンゼの雇い主が誰かわかったりするか?」
「俺の読みじゃ、組織的な動きだ。特定の誰かじゃない。お前さんがこれまでにしてきた行いが引き起こした結果、というべきか」
一見すると曖昧な発言だが、俺は何度か似たような発言を彼から聞いているのでその意味がわかる。この発言はシステム的な、ゲーム上の設定によるものということを暗示していると思われる。カルマ最低値を維持している悪影響の一つということだ。
このゲームでは基本NPCは本物の人間のように振る舞うが、カラムや酒場の受付のクラリッサのように時と場合によっては一昔前のゲーム的な、定められた文言を発する時もある。
俺は「また来る」とカラムに伝え、闇ギルドを後にした。
俺は酒場へと続く地下階段を登りながら薄紗の仮面を身につける。思念でステータスを開き、スクリーンに映された自分の姿を見る。
……あんまカッコ良くはないな。
結婚式で花嫁が頭から垂らしているようなベールが鼻のあたりまで覆っている。全身黒ずくめなのに頭部にだけ真っ白なベールを身につけた男。
ちょっとこれ目立ちすぎか? ……まぁいいか。俺は別に見た目はどうでもいい。効果が大事なんだよ。
酒場に出ると、クラリッサが声を掛けてくる。
「用は済んだかい?」
「……ああ、ありがとう。いつも助かるよ」
こんな頭だけ花嫁男を見ても表情ひとつ動かさない彼女に俺はいろんな意味を込めて感謝を伝え、いつもより多めにチップを支払った。
***
【ストーリー】世界観・設定考察スレ その11【仮説歓迎】
1:匿名の考察者さん
このスレは、エターナルジェネシス:ダイブインの世界観、歴史設定、NPC、ゲームシステムなどについてプレイヤーたちが自由に仮説・考察を語るスレです。
公式未発表の設定を「こうなんじゃないか?」と語り合う場としてご利用ください。
※過度なネタバレやストーリー進行に関する直接的な開示は控えましょう。
※NPCに直接メタ発言をするのはカルマが減少するので控えましょう。
608:匿名の考察者さん
NPCってマジでプレイヤーと見分けつかんよな……普通に生活してるし、感情の起伏も自然。むしろプレイヤーより人間味あるまである。
609:匿名の考察者さん
>>608
わかる。最初は普通に前にした会話覚えてるだけで感動だったわ
610:匿名の考察者さん
データベースとかどうなってんだろうな。俺ら何万といるプレイヤーの会話ログを各NPCごとに保存してるってことだよな? 普通に考えてやばくね?
611:匿名の考察者さん
>>610
でも人間のように見えるだけで、実際の人間とは違うみたいだぞ。
NPCは単にプレイヤーの発言・行動履歴を参照してるだけだって公言されてるし。それもあくまで一定の範囲で。
612:匿名の考察者さん
>>1のメタ発言でカルマ下がるのってマジなん?
613:匿名の考察者さん
>>612
マジだぞ。メタ発言でカルマ1ずつ減る。しかもNPCの好感度も下がる
614:匿名の考察者さん
>>612
なんかふと気になってNPCにここがゲーム世界だと認識させようとしてたらいつの間にか衛兵が来てて、んでログ見たらカルマがいつの間にか10も減ってたからこれはガチ
615:匿名の考察者さん
>>614
草。それで捕まったん?
616:匿名の考察者さん
>>615
いや、俺がどうかしてましたって謝ってすぐ逃げた
617:匿名の考察者さん
NPCがカルマの高低を意識してるっぽいのって、最初からあったん? 今はカルマが大事だってみんな知ってるからいいけど、初期はカルマなんて気にせず好き勝手やってたプレイヤー多そう。治安とかどうだったん?
618:匿名の考察者さん
このゲーム隠し要素多くてすごいよな
闇ギルドがヴァルストのどっかにあるらしいけど、イベント、カルマ、時間、職業とかのフラグが全部立ってないと入れないとか
誰が最初にこんなん見つけたんやろ
619:匿名の考察者さん
>>617
初期は色々やばかった。今と比べ物にならないほど引退者も多かったし
620:匿名の考察者さん
>>619
デスペナ長すぎだし職業変えれないしキャラの再作成できないし。そりゃ荒れるわって感じ。なんかいつの間にか慣れちゃったけど、正直こういうのゲームとしては異常だよな
621:匿名の考察者さん
>>620
俺は今でもデスペナは長すぎと思ってるけどな。アイテムで半減可能とはいえそれでも30分。休日終わるわ
622:匿名の考察者さん
>>618
なんだそれ行ってみてぇ
623:匿名の考察者さん
>>617
これ実はNPC全てがカルマに敏感なわけじゃないんだよな。都市部のNPCは警戒心高くて、ギルド関係者とか特に反応が顕著だけど田舎の村とかに行くと全然気にされない
624:匿名の考察者さん
>>623
検証助かる。俺はもうカルマ低いの耐えらんないからそういう実験はできんわ
625:匿名の考察者さん
>>624
カルマ戻したことある人? よかったらカルマあげる方法教えてくらはい。ちょこちょこNPCのお使いしたりすんのだるい
626:匿名の考察者さん
>>625
んー、ちょこちょこやるのが結局一番いいと思うけどな。多分俺のは参考にならないし。贖罪の巡礼って言うクエなんだけど、各地に隠された10体の聖獣像を徒歩で巡るやつ
俺はその時カルマ-20で終わってたからそれくらいしか方法なかったから頑張ったけど、大変だしそもそも多分信仰高くないと受けられない
カルマ30あたりでちょっと不便なだけなら日々の積み重ねで戻した方が絶対いい。まだ全然挽回できる
627:匿名の考察者さん
カルママイナスでプレイしてる人ってどのくらいいるんだろうね?
このゲームってPK容認されてる割に少ないから相当デメリットでかいんだろうって思うわ