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004 虹孔雀クラン

『這い寄る沼地』は自由都市ヴァルスト近郊にある魔境である。魔境とは魔物が出るエリアを示す言葉で、例えば初心者御用達の『緑水の草原』も魔境の括りに入る。


 難易度はレベル30前後といったところで、初心者を脱した中堅プレイヤーが対象だ。ここにスポーンする毒熊ポイズンベア霧蜂ミストビーのドロップアイテムは有用なので、それ目的で探索するプレイヤーが多い。


 俺がここに来たのは、当然それ目的ではなかった。

 PKである。


『虹孔雀』という以前から目をつけていたクランがある。このクランは最近ようやくクラン設立要件である最低プレイヤー数12人を満たして設立された、と思われる。


 なぜ俺がそんなことを知っているかといえば、掲示板でメンバー募集していたのを追っていたからである。


 彼ら虹孔雀が優秀な食事バフ素材となる『霧蜂の蜜蝋』集めに這い寄る沼地を探索しに行くことを知った俺は、待ち伏せるために一足先にやってきていたのだ。


 俺はプレイヤーがいる場所を避けながら、沼地をさくさく進んでいく。この沼地では移動速度低下デバフが常にかかるのだが、俺は道化師のパッシブスキルである『軽業』があるので、地形による悪影響を無効化できるのだ。


 時折ぬかるみから飛び出てくる手の魔物『影縛りの泥手』に対しては、『兎脱出ラビットエスケープ』という奇術師の瞬間移動系統スキルを用いて回避する。


 ちなみに、『仮装』と『鎮魂契約』はすでに解除している。使用中は魔力が消費され続けるし、鎮魂契約に至っては全ステータス大幅低下状態になるからだ。


 戦闘行為をできるだけ避けながら進み、霧蜂の巣穴というスポットに辿り着く。ここは霧蜂が大量発生するため、ドロップアイテムが非常に美味しい。プレイヤーの間では有名な狩場である。


 霧蜂の巣穴は洞穴のような作りになっていて、入り口は一人ずつ屈んで通らなければならないほど狭い。中に入ると一本道があり、それを進むとある程度広い空間に出て、中ボスである女王霧蜂と戦闘、という流れだ。


 俺はインベントリから『痺刃の短剣』とトランプ――奇術師の主武器――の束を取り出し、巣穴に侵入した。

 入り口付近にいた十数匹の霧蜂が侵入者に反応して一斉攻撃してくるので、俺は目を瞑りながら一枚のトランプを投擲。そして――『切り札:閃光』を発動。


 パァン、とトランプが一瞬にして光り輝き、霧蜂の動きが止まる。俺は薄目を開けて一匹ずつ短剣で屠っていく。


 霧蜂は集団で襲ってくると中々対処が難しい。毒があるし、動きも素早いからだ。奇術師のスキルはこういったびっくり芸がいくつもあるので、場面によっては使い勝手が良い。その分ゴミスキルも多いが。


 周囲に霧蜂がいなくなると、俺は奥にいる霧蜂が反応しないように気をつけながら辺り一面にぺたぺたとトランプを貼り付けていく。

 そして粒子化した霧蜂からドロップした毒針などを回収して巣穴から出た。


 付近に誰もいないことを再度確認した後、巣穴の入り口横で『幻壁ミラージュウォール』を発動した。このスキルはその場の背景を模した幻の壁を生成する。これで、外からは俺の姿が見えなくなった。


 あとは、プレイヤーがここを訪れるのを待つだけである。


 え、卑怯?


 PKとは、そういうものなのだ。


 ……とはいえ、こんな戦法をせざるを得ないのは、深いわけがある。

「エターナルジェネシス:ダイブイン」において、PKは推奨されていない。それはカルマ低下時の数々の悪影響を鑑みれば容易にわかる。一旦カルマがマイナスになればもはや通常のゲームプレイは不可能になるような設定になっている。


 さらに、PKerは徒党を組めない。なぜなら、カルマ値がマイナスのプレイヤーはクランは当然、パーティすら結成できないからだ。パーティはフレンドリーファイアを無効化したり、経験値を分配したりできるので、複数人で狩りをする際には必須といえる。


 つまり、ソロプレイを余儀なくされるということだ。

 こういった様々な弊害を乗り越えた上でPKを続ける、というのは上級者でも中々至難の業なのである。


 また、俺は現在『トリックスター』という職業についている。これは道化師、奇術師、幻術師という三つの職業を極めることで解放される上位職だ。

 トリックスターのスキル構成は正面からの戦闘に向かない。しかも今回の相手は複数人。いかにレベル差があったとて正々堂々とPKなどしたら返り討ちに遭うのが関の山である。


 この職業の真価は不意打ちにあるのだ。


 しばらくじっとしながら掲示板――マップやインベントリと同様に思念で開けていつでも見れる――を眺めていると、声が聞こえてきた。


「一旦ここで休憩して、装備を整えましょうか」

「おけっす。じゃあ俺焚き火たきますわー」

「あー、疲れた。ほんとゲームとはいえ嫌になる。きもい魔物ばっかで」

「ほんとですね、でもりる汰さんがバシバシ倒してくれたから助かりました」


 ミラージュウォールの裏から彼らの様子をじっと観察する。幻壁は裏からは透けて見える。言うなればマジックミラーである。


 四人組のプレイヤーが洞穴前で焚き火の準備を始めた。俺のいる場所から5メートルもない。


 目当ての虹孔雀クランのメンバーに違いない。


 運がいいな、と思った。こういう風に待ち伏せをすることは多々あるが、正直成功確率は低い。6時間待って収穫ゼロ、なんてことも今までにはあった。


 各人の装備を確認する。

 剣を腰に携えた男、十字架の首飾りを身につけた男、槌を持った女、魔導士らしきローブを着た女。


 斥候や狩人、盗賊などの気配に敏感な職業ではなさそうだと、ひとまず安堵する。職業によっては些細な物音で勘付かれるし、視線すら感じることができるプレイヤーもいるので奇襲には苦労するのだ。


 とはいえ、いかにも戦闘職といった風体の四人組だ。掲示板から得た情報によると、彼らはレベル20代。俺のレベルは60を超えているが、正面から4対1を挑めば勝ち目は薄い。「エターナルジェネシス:ダイブイン」ではパーティが正義なのだ。

 勝負は最初に不意を打ってから、相手が体勢を立て直すまでにどれだけ削れるかにかかっている。危なっかしいと思うかもしれないが、複数相手のPKというのは総じてこのようなものだ。


 俺はインベントリの『クイックポケット』――ここにアイテムやスキルを設定しておくことで、戦闘中でも即座に使用可能――を確認し、魔力回復ポーション(上級)――青ポ――を飲み、万全の状態にしておく。


 彼らが霧蜂の巣穴に入るのを息を殺して待つ。


「みなさん準備できました?」

「いいっすよー、行きますか!」立ち上がった剣士の青年を見て、はぁ、と息をついた槌士の女が気だるそうに言う。「じゃあ元気そうな君に先頭は任せたよ」

「おけっす! すいませんメルトロンさん、多分刺されるので解毒だけお願いしてもいいですか?」

「もちろん、任せて任せて」


 剣士の青年が巣穴に潜り込んでいくのを見て、次に槌士の女性が大きな槌を引きずりながら入った。そして、メルトロンと呼ばれた大柄な聖職者男性が続いていくのを見た途端、俺はミラージュウォールの中から飛び出した。


 ――飛び出す瞬間、『切り札:爆竹』――トランプを爆竹に変化させ、騒音を発生させる――と『兎脱出』――ほんのわずかな距離だけ瞬間移動できる――を発動。数瞬後、巣穴の中から爆竹の破裂音がここまで響いてくる。

 俺は巣穴に入ろうと屈もうとしていた魔導士らしきエルフの女へと、刹那の時間に距離を縮め、首元に短剣を刺し入れる。


「――て、ぁ」


 驚きに目を見開いてこちらを見る女の首を掻っ切り、


『警告:プレイヤーをキルしました。』

『PKペナルティとして、カルマが20低下しました。』

『PKペナルティとして、復讐権の対象となりました。』


 まずは一人。


「PKだ!」


 突然の闖入者に、聖職者の男は叫びながら巣穴から出ようと戻ってくる。

 俺は即座に、巣穴の入り口へミラージュウォールを発動。巣穴の入り口が幻影の壁で覆われ、彼の視線を遮る。俺からは丸見えだ。


 幻壁の手前に『滑るばなな《スリップバナーナ》』を発動。いくつものバナナの皮が無造作に地面に撒かれた。


 さらに『虚無空間ヴォイドスペース』を男に掛け――たものの、ミラージュウォールから前屈みで突っ込んできた男の体がピカっと発光し、抵抗レジストされた。


「うおっ?!」


 驚きと怒りに身を任せて幻壁――物理的には存在していない――を突破してきた男がバナナで滑って後頭部から落下した。

 引っかかった時に必ず後頭部から落下するのはスリップバナーナのスキル効果である。


 俺は『虚像の舞(ファントムダンス)』を発動し、ランダムに動き回る分身を複数作り出した。起きあがろうとしながら、幾つもの幻影に目を回している男に肉薄し、首元の鎧の隙間に短剣を刺し込む。


「くっ! やられて……」


 ギリギリでクリティカルは防がれたものの、首元に浅く刺さる痺刃の短剣の効果で、だんだんと男の体が麻痺により硬直していく。


 何かを訴えかけるような男の瞳を見つめながら短剣を深く押し込むと、男の目から生気が失われ、その体が粒子化していく。


『警告:プレイヤーをキルしました。』

『PKペナルティとして、カルマが20低下しました。』

『PKペナルティとして、復讐権の対象となりました。』


 俺はクイックポケットから青ポを取り出して一息に飲み、霧蜂の巣穴の方を見る。

 まだ出てこないか。


 おそらく中では大変なことになっているだろう。


 ***


【クラメン】なんでも募集掲示板 その17【フレンド】


1:匿名の無所属さん

このスレはクランメンバー、フレンド、一時的なパーティメンバーなどを集めたい人たちのためのスレです。

「クランに入りたい」「メンバーを募集したい」「一緒に遊ぶフレンドが欲しい」など、自由に書き込んでください。


【テンプレ】

・募集内容(クラン/フレンド/パーティ募集など):

・活動拠点:

・方針(ガチorエンジョイ/目的など):

・募集人数:

・参加条件:

・雰囲気や特徴:


※トラブル防止のため、加入前には安全な街中などで直接会うことを推奨します。



230:紫音

クラン『虹孔雀』、設立に伴いメンバーを募集します!


・活動拠点:風の都エアリス

・方針:好きな時に集まって、ゆるーくクエストとかを進められたらいいなと思います!

・募集人数:数人(希望者数によります!)

・参加条件:週2~3回程度ログインできる方、初心者OK

・雰囲気や特徴:気軽に遊べるエンジョイクランを目指してます! 困ったことや難しいクエストがあったら誘い合える仲間がいるといいなぁと思って作りました!


興味ある方はメッセージください!


231:匿名の無所属さん

>>230

クランの平均レベルどんな感じですか?


232:紫音

>>231

今のところレベル20~30くらいですね! でも特にレベル制限はないので、上級者の方も、初心者の方も大歓迎です!


233:匿名の無所属さん

>>230

レイドクエスト参加したいと思ってクラン探しているんですが、参加予定ありますか?


234:紫音

>>233

自由な感じなので全員参加するわけではないと思いますが、メンバーの中には奈落迷宮潜っている方もいますよ!


235:匿名の無所属さん

>>234

本当ですか! 今までクランとか入ったことないんですけど、大丈夫ですか? よかったら入れて欲しいです!!


236:紫音

>>235

ぜひぜひ! メッセージでキャラ名教えてください!


237:匿名の無所属さん

>>230

興味あります!どんな職業が足りてないとかありますか?


238:紫音

>>237

前衛(タンク系)がちょっと少なめですね! あと生産系が二人しかいません!


239:匿名の無所属さん

おお、タンクメインだから興味あるかもです、、、あとでメッセ送らせていただくかもです


240:紫音

>>239

お待ちしてます!


241:匿名の無所属さん

クラン名がオシャレだなーって思ったw


242:紫音

>>241

笑 ありがとうございます!色鮮やかなクランにしたくて考えました!


243:匿名の無所属さん

すみません、まだ入るかわからないんですけど、クラン体験とかできますか?


244:紫音

>>243

一週間くらいの仮入団OKです!

ちょうど明日、這い寄る沼地で蜜蝋集めするので、一緒に行きますか?


245:匿名の無所属さん

>>244

いいですね! メッセ送ります!


246:紫音

>>245

はーい、待ってまーす!

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