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補助憲兵

 ハルト伍長はアウスフェーロン駅の喧騒の真っ只中にいた。


 空軍砲兵科所属で20mm対空機関砲の砲員。

それが一般人相手に怒声を張り上げている。


 「事前の通達通り荷物は1人1つまで!」


 アウスフェーロンには戦禍から逃れようと多くの一般人が押し寄せていた。その統制が憲兵だけでは足りず、何人かの兵士が臨時憲兵として働かされている。補助憲兵というやつである。


 胸から陸軍の憲兵であることを示す金属製のプレートを下げ、扱い慣れない短機関銃を装備。


 諧謔というか皮肉というか、ハルト伍長はそんな風に感じていた。なぜって、空軍の兵士が陸軍の補助憲兵として職務に就き、相手は自国の市民。訓練と丸で違う。


 なぜ陸軍の憲兵として働いているかと聞かれれば、単にこの駅に陸軍の憲兵しかおらず、周囲の部隊で手隙の人員が自分達だっただけのこと。


 それに憲兵は嫌いだった。伍長に限らず、大体の兵隊から憲兵は嫌われていた。胸に下げるプレートが金属の輪で繋がれていたからあだ名は番犬。彼ら憲兵は規律にやたら煩いのだ。


 どうやら185cm、筋肉質という体躯から市民に睨みを効かせるには良いと選ばれてしまったらしかった。


 開戦後から多くの市民が自主的に疎開し続けている。その多くは手段を鉄道または自家用車に依る。


 その疎開のために大勢の人が駅に押し寄せ、喧騒と混乱を生み出していた。


 皇国政府としてはこうした混乱を避け、前線諸部隊への補給を円滑ならしめるためにも、可能なら戦前から疎開を進めたかった。しかしながら市民を疎開させるというのは戦争を想定していると公言するに等しい。だからこの混沌を甘受せざるを得なかった側面がある。


 駅は補給物資、新規に到着した部隊を吐き出し、そして市民、負傷兵、故障兵器その他を吸い上げる。


 あまりの負担にこの駅を差配する大佐がぶっ倒れたようだと口伝えにハルト伍長に届いた。まあそうだろよ、としか。対空機関砲員としてこの駅の近くに陣取っていたわけだが、開戦以来市民は際限無く押し掛け、逆に補給物資は次々と運び出されるのを見てきた。


 騒然とした駅前も、軍隊が監督に当たっていることで最低限秩序は維持されている。しかし列車が駅に入ってくるとこれに乗ろうと一気に群衆が動く。制動のため、他の憲兵は何回か空に向けた威嚇射撃を行うこともあった。


 なぜ憲兵が短機関銃を装備するのか。ハルト伍長は期せずしてその答えを知った形になる。こうして至近距離で、本来は武装した自分達兵隊を相手にするから。


 良く考えられている。自分の所属する組織でありながら冷徹さを感じ、背筋が冷えた。


 疎開する市民が列車に持ち込めるのは手提げカバン1つのみ。生活を根こそぎ捨てることになる市民からすればあまりに少ないと感じるだろう。場合によっては自分の家は今後戦場になり、下手すれば他国領になるかもしれないのに。


 けれど皇国政府、また国防軍としては数十万、下手すれば百万に及ぶ数の人々を短期間に移動させなければならない。カバン1つが現実的な妥協点だった。これだけあれば最低限貴重品、貴金属、通帳、債券などは持ち運べるだろう、と。


 一応例外もあり、幼児、老人、病人などは医療品等用に2つまでの所持が認められた。


 駅のそばにはこの通達に従わず、あるいは知らなくて多く持ってきた荷物がうずたかく積まれていた。


 中には商人などがカバンを2つ、あるいはキャリーケースなどで現れて、金を握らせて通過しようとする場合もあった。そういう時は決まってこう声をかける。


 「うるせぇぶっ殺すぞ!」


 まず兵隊は金じゃ買収できない。何せ自分達は明日どころか次の1時間を生きているかさえ分からない存在。買収したいなら酒、タバコ、その他嗜好品でなければならなかった。


 それが無いなら大人しく通達に従え。さもなけば逆に鉛玉をプレゼントしてやる!といった具合だった。


 中には心得たやつもいて、人目につかないところでそっと将校にそれらを手渡す。意地悪な将校はそれでどうぞ、と通すのだ。将校は知っている。列車に辿り着くまでに何人も憲兵がいることを。


 途中で嗜好品を切らすか、そもそも買収に応じず、たまにキャリーケースが駅の外に投げ出されていた。


 市民は専用の列車に乗せられて送り出される。けれど列車が足りないということで、一部軍用列車にも乗せた。本人が良ければ、ということで後方に送り返されるジープやトラックに乗せた。


 沿線では避難民のために輜重科が炊き出しを行なっている。本来は前線へ向かう兵士達に向けたものだったが、急遽避難民向けにも作った。


 というのも、軍隊以上に統制の効かない民衆を一度でも列車から下ろしたくなかった。また乗車させるのに途方もない時間がかかり、結果線路が詰まる、なんて事態を招きかねないからだ。第一、民衆を統制する人員がない。


 この炊き出しも量が丸で足りず、一部兵士向けの量を削減して民間人に回した。


 似たような問題は道路でも起きていた。特に、荷物について制限がない分、トラックや駄馬に家財を積めるだけ積む人が多く、転じて渋滞の原因になっていた。


 これでは国防軍の団列まで巻き込めれ、補給が停滞してしまう。そのためこちらにも憲兵、補助憲兵が派遣され、さらに人手不足のため警察官、さらには統制が取れるからと消防士まで集められた。


 警察官は本来の職掌に交通整理が含まれているため大変頼りになった。憲兵は基本民衆を相手にした経験がない。本来は兵隊相手だからだ。


 消防士は国防軍が道路に設定した占有区域に人が入らないようにし、また様々な補助業務に回った。一例を上げれば壊れた馬車を路外に引っ張り出した。


 道路のそばの空き地には休憩のために人が溢れた。特に老人や子連れの女性が多かった。


 戦闘機のパイロットがこの光景を愛機の中から見ていて、次の感想を残している。


 『ガキの頃、なぜか一心不乱に見ていた蟻の列みたいだった』


 それくらい、人々は陸続としていた。

 


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