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溺愛ラバーズ  作者: 百舌
2/2

そのに



『みっおちゃああああんっ』

「ぐ、はっ」

『俺さ、電子辞書忘れたから貸してくれない?次、まさかの英語なんだよねー』

「まずこの手を退けようか」

『えー、じゃあ貸してくr…』

「無理」


エセ玲司には絶対に物を貸したくない。肘で鳩尾にエルボーをしたあたしは、悶える玲司を余所に校内の廊下を全力疾走する。しかしそんなことでは逃げれるはずも無く。


『チッ、みお殺す…!』


小さな声で放たれた暴言と共に追いかけてきた。もはや鬼ごっこ状態の様子に、廊下に出ている玲司ファンの子達は色んな意味を孕んだ視線を向けてくる。しかしそんなことにデリケートになっているほど、余裕は無い。


『みおちゃーんっ?』


さっきまで遥か彼方にいたはずの玲司が肩を痛いほど掴んでいて、身動きが出来ないのだから。


「れ、玲司さん…痛いです、あたしの肩が」

『え?』

「肩が、痛いです」

『へえー、俺はそれ以上に痛かったけど?』

「そ、それは自己防衛のためで…」

『電子辞書を貸して欲しいって言っただけなのに、そんなことされるのは気分が悪いよね?』


有無を言わせない笑顔で同意を求めようとする玲司だが、ここで負ける訳にはいかない。


「それは日頃の行いが悪いからじゃないかな…?」

『俺のどの行いが悪いって言うのかな?』


コイツ、どうしてそんな冷静な顔で聞くのだろうか。あたしにやったことをすっかり忘れて言うのだろうか。心の底から怒りがグツグツと湧き出てくる。


「とにかく玲司には絶対に貸したくない。あたし以外に貸してくれる子いっぱいいるでしょ?」

『いないよ、そんな奴』

「じゃあそこの女の子に聞いてあげるよ」


これはいい案だ!と思い付き、さっきからあたしを鋭く睨みつけている女の子の所へと向かった。後ろで小さな舌打ちが聞こえたが、そんなの無視。



玲司に物を貸して、まともに返ってきた試しが無いから貸したくないのだ。未だに返って来ていない物もある。大体、玲司が使っている電子辞書は元はと言えばあたしから借りパクしたものだ。また返ってこないに決まってる。


「あのさ、玲司に電子辞書貸してあげてくれない?持ってるよね?」


笑顔で女の子に問いかければ、さっきまで睨みつけていた目が急にキラキラしたものに変わった。


『持ってる、持ってる!ちょっと待って取って来るから!』


ルンルン気分で教室の中へと入って行く女の子を姿を見送り、玲司の方をみる。ざまあみろ。これであたしの役目は終わり。


「後は自分で貰ってね。じゃああたしは教室に戻るから」



そう玲司に言い放ち教室へと足を進めた。玲司の表情はなんだかショックを受けたようにこちらを見ていて、追いかけてくることはなかった。


なんであんな顔してたんだろう。大体、玲司が悪いのにこちらが悪いことをしているような気持ちになる。

帰りになれば、ケロッとした顔で突進するかの如く抱きついてくるだろう。


教室に向かいながら溜め息を吐くと、授業が始まるチャイムが鳴り響く。



「あ、やばっ。遅刻届取りに行かなきゃいけないことになる!」



また廊下を全力疾走した。




放課後、掃除当番のためホウキを片手に廊下にいた。

玲司の姿がないから、まだ終礼が終わっていないのだろう。


『みおー、教室戻って来てー』

「うん。分かったー」


クラスメイトに呼ばれて教室に戻れば、黒板掃除をやって欲しいと頼まれて、ホウキを掃除ロッカーに直した。


黒板の前に立ち、数学の授業で先生が書いた文字をじっと見つめてみる。

でもやっぱりあたしから出るのは大きな溜め息だった。



「はあー。どうしたかなー」

『みおちゃんっ』

「えっ…あっごめん。みんな待たせてr…」

『玲司くん、来てるよっ』

「……は?」


クラスメイトの愛子ちゃんが指さす方向には、教室のドアに凭れ掛かっている玲司がいた。その瞬間、なんとも言えぬ安心感が自然と湧き出てきて、さっきまでの怠惰な感情が一気に吹き飛んだ。


『みおちゃんもう帰ったら?後はやっとくよ』

「えっでもこれあたしがやる分だし…」

『みおちゃんが溜め息ばっかりついてる間、玲司くんはずっと待ってたよ?』


愛子ちゃんの言葉に目を見開く。あたしはずっと黒板を見つめたまま溜め息を吐いていたの?おまけに玲司を待たせてただなんて。


愛子ちゃんは唯一、玲司とあたしの関係を悪く思ってないクラスメイトだ。この学校でやっていけてるのも愛子ちゃんのおかげだ。


『ほらみおちゃん! 行ってあげてよ!』

「えっ、あっうん。ありがと!」


愛子ちゃんはあたしのカバンを取って渡してくれた。

玲司の方へ行けば、なんとも言えぬ表情でこちらを見ている。


『幸せ逃げんぞ』


ポツリと呟くと玲司は歩き始めた。いつもならムカつく言葉だけど、今はホッとする。玲司の後ろ姿を少しだけじっと見て追いかけた。


「今日は総司君とお兄ちゃんは呑みに行くらしいよ」

『へぇ、みおちゃん残念だね。酔っ払って帰ってくるよ』

「大丈夫。玲司の家に逃げ込む」

『俺の家ねぇ』


ニコリと気持ち悪い笑顔を向けた玲司は何かを考えている様子。怪しい笑みだが、これはいつも通りだ。


「玲司の家に逃げ込むのはダメなわけ?」

『みおはバカだな』

「……は?」


あからさまに溜め息を吐き出した玲司はエセ玲司ではない。顎に手を当て、何かを考え始めた玲司は急にあたしを見て、デコぴんをした。


「いった!」


中々に痛いし、デコぴんなんて小さい時にお兄ちゃんにされて以来で少し涙目になった。


「なんでデコぴん?!」

『みおがバカだから』

「何がバカだっt…」

『普通、男の家に行くとか言わなくね?』


急に立ち止まり、ぐっとあたしに顔を近づける。男の家と言われてもあたしの中で玲司は…、まあ男か。


でも過剰なスキンシップはされても要注意人物にするほどの人物では無いと思う。


「玲司はまあ安全でしょ?」

『へえー、そう言うレッテル貼られてるんだ、俺って』


一人呟いた玲司はまた歩き出し、鞄から定期を出した。なんだか玲司が気持ち悪い。まあいつものことだけど、なんかいつもと違う気がするのはあたしだけ?


鞄から定期を出してホームへと向かう。


『みお、チューイングキャンディーいる?』

「いるいるっ」

『何味がいい?』

「何味があるの?」


ポケットの中から飴玉の様なものを5つくらい掌に出して差し出してきた。味は葡萄・苺・林檎・梨があって、あたしは苺を選んで玲司は梨を選んだ。


「ありがと。」

『お礼は是非ともお金で』

「口から吐き出していい?」

『冗談だよ』

「知ってるけど」


少しイラッとしたけれどいつもこんな感じだ。今はそんなことよりも玲司があたしに対して物をくれた事に関して、何か裏があるんじゃないかと思った。


『それでみおは今日どうするわけ?』


「どうしよっかなー…。お兄ちゃん、外で呑んで酔うことは無いんだけど、家に帰って来て総司君と呑み直すでしょ?」

『まあ、そうだね。家で呑んだほうが潰れることが出来るしね』

「そう、そうなったら厄介なんだよねー」


お兄ちゃんと総司君が家で呑み会を始めれば、巻き込まれてしまう。例えば、朝までずっと二人の話を聞かされて眠らせて貰えなかったり、突然自分達の後輩を、夜中に家に呼んだりするのだ。そんなことに巻き込まれるのはもう十分だ。


本当は玲司の家に逃げ込むつもりだったけど、なんか遠回しに来るなとでも言われているような気がする。かと言ってお兄ちゃん達に付き合わされるのも死んでも嫌だし。


『みおちゃーん。決まったの?』

「あたしは今日、漫画喫茶で一夜を過ごすことにする」

『は?何言ってんの?』

「だって玲司の家は無理なんでしょ?」

『……無理とは言ってないけど』

「でも遠回しに嫌そうにしたじゃん」


いっつも紛らわしいことばっか言って、無駄な思考をさせる玲司に少し苛立ってくる。さっき普通、男の家に逃げ込むとかしなくね?とか言ったクセに意味不明だ。じゃあ、あたしはどうすればいいんだ。


『嫌そうにってか、俺は可愛い可愛いみおちゃんを襲ったりはしないけどさ、漫画喫茶に行けば脂ぎっしりのオヤジとかに襲われるかもよ?』

「そんなあたしに限ってなi…」

『そう言ってるやつが被害に会うってテレビで良くやってるしn…』

「玲司の家に行かせてくださいっ!」


脂ぎっしりのオヤジに襲われるのは絶対に嫌だ。そんなことならばどんなことをしてでも、玲司の家に避難した方が安全だ。


『始めから俺んちに来るって言ったらよかったのにな』

「はあ!? 玲司が遠回しに来るn…」

『何、野宿したいって?』

「ごめんなさい。何もないです」


覚えとけ、玲司が寝ている間にサインペンで顔に落書きを絶対にしてやる。そう決断して口を閉じた。


そしてその夜、あたしの家で戦争が起こった。























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