そのいち
『みおちゃん、玲司(Reiji)くんと付き合ってるの?』
「え、付き合ってないよ」
『じゃあみおちゃんは玲司君の何!?』
鬼の形相をしてあたしに詰め寄って来る見知らぬ女の子。ああ、またいつものやつか。ため息を吐いて、女の子を見る。
こんなとばっちりを受けるようになったのは、中学に入って隣に住んでいる玲司がモテ始めた頃からだ。あんな奴のどこが良いのか全くもって理解出来ないが、玲司は俗に言うイケメンらしい。あたしのとってはただの変態だ。
『みーおーちゃあああああんっ!』
「(うわっ、最悪っ)」
だって、あたしにだけスキンシップが異常に激しいのだ。
廊下の端の方から叫びながらこちらへ走ってきた玲司は、逃げようとするあたしの後ろから容赦なく抱きついてきた。
『みおちゃん何してるの?』
「うざい。キモい、死ね」
玲司は何とかして後ろからあたしの顔を見ようとするけれど、言葉で阻止する。目の前の女の子はさっきよりも酷い顔で、こちらをギロリと睨みつけている。このシチュエーション、全然笑えない。
『で、君は俺のみおちゃんに何か用事でもあるわけ?』
『俺のみおちゃんってどういうこと…?さっきこの子聞いたら付き合ってないって言ってたのに…!』
『付き合ってはないよ。それでも俺のみおちゃんなんだよね』
玲司がそうハッキリ言えば、女の子は泣きながら走り去って行った。何だか可哀想に思えた。
女の子を見送った後は、玲仁を引き剥がして右手を顔の隣に挙げる。
「じゃ、あたし家に帰るから」
そう言って去ろうとするが、玲司はポニーテールをした自慢のロングヘアーを掴みあがった。首がぐわんと後ろに行き、そのまま抱き寄せられる。
「ちょ、なにしてくれんの!髪の毛から手を離してっ」
『帰ろうとするみおが悪い。ってか今日朝からずっと機嫌悪くね?』
「……、」
『みーおー』
「……、」
『みーおーちゃーん』
「エセ玲仁」
『なにがエセだよ、てめえ』
みんなの前ではこんな汚い言葉を使わない玲仁。学校では優等生で通っているが、全然優等生じゃない。
玲司にはお兄ちゃんが居る。お兄ちゃんは元ヤンで、あたしのお兄ちゃんと同級生。玲司のお兄ちゃんは超がつく程の口の悪さ、プラス喧嘩早さを持っていて、兄弟である玲司もそれを持ち合わせている。みんなの前では隠しているが、いつか化けの皮を剥いでやりたい。
『みおちゃんは引きずられて帰りたいんだな、分かった』
「何、言ってんの!望んでない」
『じゃあ俺に謝れ』
「い・や・だ!」
うちのお兄ちゃんは今は静かに玲司のお兄ちゃん、総司(Souji)くんと一緒に、大学生活1年目をエンジョイしている。
去年までは、大変だったのだ。総司くんもお兄ちゃんも暴走族に所属してた所為で、抗争があったときは血まみれで帰ってきていた。とは言っても大抵は自分の血では無く、浴びた血らしかったのだが、それでも怪我をして帰って来ることもあった。怪我をすれば、うちに来て手当てをしていたのだ。無茶をするなと言ってもする年上二人には、散々な思いをさせられたものだ。
その上、あたしには超がつくほどの過保護っぷりで、自分は暴走族だった癖に不良とは関わるなと言う。いやいや、玲司のこと何とかして欲しい。目の前にいるだろ不良が。玲司だからと二人とも安心しているのだろうが、コイツが一番危険だ。
『みお、今日も俺の晩飯宜しくな』
「何言ってんの、自分で作れば良いじゃん」
『だるい。兄貴の分も作るんだろ。なら良いじゃん』
「総司君は玲司と違って、まだ礼儀があるの!玲司はお礼ひとつも言わないからヤダ」
『やっぱみお機嫌悪いな』
「話しにならない」
これがいつもの風景だ。家が隣同士の所為で、必然的に一緒に帰ることになる。とはいっても半ば強引に一緒に帰らされているだけ。これを見た玲司のファンの子は怒り狂って、あたしにとばっちりを浴びせてくるのだ。もうこんな日常にも慣れてしまった。
あたしたちは電車通学だ。公立高校の中で普通の偏差値に位置するこの学校は意外と荒れている。校則もゆるゆるで、つけまつげをパタパタさせた女の子や、髪の毛をエゲつない色に染めた男子などもいっぱいいる。
『みお。俺、定期忘れた』
「はあっ? どこにっ?」
『家に。だからお金出して』
「行きはどうやってきたの?!てか、何であたしが出さなきゃいけないわけ?」
『財布から金出すのめんどくさい』
いちいち癇に障ることを言って嫌がらせをしてくる。玲司を無視して、定期を出し改札口を通って一人スタスタと駅のホームに向かう。
と。マナーモードにしていた携帯がポケットの中で震え始めた。誰かと思いディスプレイを見る。
「もう!玲司かよ」
通話拒否をしてイヤホンを耳にねじ込み、好きなアーティストの曲を流す。いきなり頭に衝撃が走り、その衝動でイヤホンが片耳はずれてしまった。後ろを振り向けば、玲司が睨みつけていた。もう勘弁して。
『みおちゃん、俺を置いていくなんて酷い真似してくれるよね』
「なに言ってんの?ここで待ってたでしょ、あたし」
『音楽聞こうとノリノリだったクセに、どう見ても待ってくれているようには思えなかったけどね』
「なにその顔……」
口角を上げて何かを企んでいる顔をしている玲司に恐怖を抱く?ここはお兄ちゃんに頼ろう。いつも理不尽な玲司でも、お兄ちゃんには弱い。
「(あ、電車来た…!)」
無視を決め込んで、電車の中に入り席に座れば、玲司も隣に腰を下ろした。
基本的に公共の場ではエセ玲司が発動する為、さっきみたいにはウザくはならないが視線が痛い。
『俺さー、みおちゃんが大好きだから夜ご飯宜しくね』
「キモい、ウザい、死ね」
『やっだなー、みおちゃん』
あたしがここまで言えるのはエセ玲司の時だけだ。一般モードに戻れば、手や足が出てくる。
学生の帰宅ラッシュのこの時間帯は学生カップルも多く、電車の中だと言うのにイチャイチャしている姿が目に入る。
『携帯で何してるの?』
「……、」
『みーおーちゃーん』
エセ玲司は嫌いだ。気持ち悪いし、スキンシップが異常に激しくなる。横でなんとか構ってもらおうとしている玲司をスルーし、携帯でお兄ちゃんに報告メールを打つ。
『ねーねーみおちゃんってb…』
「黙って、玲司。お兄ちゃんにメール打てないから」
『みおちゃん、やっぱりブラコn…』
「じゃないから」
あたしは断じてブラコンでは無い。そこだけはちゃんと分かってもらわないと。メールを送信し、窓から見える風景をぼーっと見つめる。
あたしと玲司の家は親が自営業をしているため、帰ってこないことが多い。だからあたしがいつもご飯を作っている。
今日の夜ご飯はどうしよう。いっそ面倒臭いから水炊き鍋にしてしまおうか。
少し蒸し暑くなってきた時期に鍋と言うのはミスマッチだけれども、四人分のご飯を作る方が面倒臭いし、鍋なら明日の朝ごはんもうどんを入れればいいから、楽だ。
「玲司、帰りスーパー寄るから」
『りょーかーい。夜ご飯作ってくれるんだ?』
「あたしは心が広いからね。誰かさんとは違って」
『酷い言われようっ』
顔は笑っているけれど明らかに目は殺気に燃えている玲司の右手は、ぐっと握りしめられている。表情と体の動きがアンマッチすぎて、笑いを堪えるのに必死だった。
「ただいまー」
『お帰り、みおちゃーん。お邪魔しt…』
『てめえ、みおに汚い手で触んじゃねーよ』
『あ?玲だけのみおちゃんじゃn…』
兄弟喧嘩を始めた二人を置いてキッチンへと向かう。冷蔵庫を開けてみれば、お酒がいっぱい敷き詰められていて溜め息が出た。
「総司くん、またお酒持ち込んだの?」
『総司だけどみおちゃんどうしたのー?』
小走りで玄関からやってきた総司くんは、エセ玲司と同じくあたしに抱きつこうとするが、それを玲司が蹴りを入れて阻止した。体幹があるから、蹴られてもビクともしていない。
『いってーな、玲司お前殺すぞ』
『黙れ、兄貴』
また兄弟喧嘩を始める二人に段々苛々してくる。黙って冷蔵庫に食材を入れて、ため息をついた。
「ねえ、総司くんはコンロ出して。玲司は邪魔だから土鍋に水入れて沸騰させといて!」
『チッ』
『み、みおちゃん…』
「で、お酒持ち込んだの?」
『まあ、ね。ちょっとパーっとしようかなって思っt…』
「パッとじゃないでしょ?今日休みだからって、お酒飲み過ぎたら明日大学行けなくなるの分かってるよね?」
『ご、めんね、みおちゃん…』
総司君はあたしに頭を下げれば、とぼとぼとリビングへと戻っていった。
冷蔵庫から野菜を出して切って、大きなザルの中に盛っていく。ふとテーブルの方に目を向ければ、お兄ちゃんと総司くんと玲司が休憩していた。
「お兄ちゃん! お肉出しといて!」
『りょーかーい』
「総司くんショウガすっといて!」
『分かったー!』
「玲司は鍋の中に昆布いれて!」
『りょー』
それぞれミッションを与えて、自分の仕事に戻る。正直、あたしはあまり料理が得意ではない。別に料理をしたい訳じゃないけれど、他三人が全くやる気がないので仕方なくしている。
そんな心が広いあたしでも譲れないものがある。
「ちょい待ったあ!それフライング!』
『はあ?どこがだよ!』
『箸持ってスタンバイはフライングじゃねーの?』
『相馬(souma)アウトー』
「お兄ちゃんアウトー!」
そう、それは食べるタイミングだ。ご飯はいつも戦争だ。油断してると全部食べられてしまうから、みんなで一斉に料理にお箸を付ける決まりを作ったのだ。
もしフライングをすれば罰金を払わなければならない。
『相馬、罰金払えよー』
『うっせえ、総司』
お兄ちゃんは財布から500円玉を取り出して罰金貯金箱に入れる。ちなみにこの罰金貯金箱に入ったお金は年末に回収をして、全て食費代に回す仕組みだ。
「じゃあ食べるよ!」
『『『……スタートおおおおおお!』』』
お兄ちゃんの言葉の合図でみんなが一斉に鍋の中にお箸を入れ始めた。これがあたしと玲司の濃い日常である。




