ランナー
とうとうやってきたマラソン大会。グッグッと屈伸して、何度かその場でジャンプする。よし、絶好調だ!
天気も良好、風は微風、やや追い風か。さあ、行くぞ!
ピストルの音とともに、ぼくはかけだした。さぁ、冒険の始まりだ! 必死に腕をふる。よし、一番先頭だ……って、あれ、あれれ。どんどんからだが重くなっていく。それに、一人、また一人とぼくを抜いていく。あぁ、やっぱり今日もびりっけつか。
でも、そうだ。ぼくには順位なんて関係ない。この五キロを完走する。それだけが目的なんだから。
足を骨折して、ずっと走ることができなかった。もともと運動神経ゼロのぼくが、それだけのハンデを負ったら、もうどうにもならないよ。退院したのが先週なんだよ。 運動神経ゼロなんだよ。
そんなの関係ない! 弱音をはく自分を一喝する。ぼくは約束したんだから。病室にいた一つ下の女の子。来月手術だって言ってた。すごい怖がっていたから、ぼくはかっこつけちゃって、言っちゃったんだ。「マラソン大会で一位になったら、がんばって手術受けるんだよ」って。
そうさ。ぼくみたいなやつが、一位になんてなることはできない。最初からわかっていたよ。でも、それでも、せめて完走くらいしないと、あの子に胸をはって会いに行けないじゃないか!
心臓がバクバクする。目の前がふらつき、足はまるで棒のようだ。それでも走る。いや、歩いたってでも、這ってでもいい! ぼくはゴールする! あの子に勇気をあげられるように!
いつもはきつくなって、リタイアしてただろう。そうさ、ぼくは意気地なしだから。でも、今日は違った。ぼくは今日、立派な『ランナー』だったんだ。
もどしそうになってきた。たまに足がよろめき、そのたびにスピードが落ちていく。もうほとんど歩いているけど、まだ足は止まっていない。あの子のためだ、いや、もうそれも関係ないかもしれない。とにかく前へ! 前へ、前へ!
……ゴールが見えてきた。今まで何度、立ち止まりそうになっただろうか。目がまわる、吐き気も限界だ。足の感覚はもうない。でもあと少しだ、あと少し、あと少し……。
歓声がぼくを優しく包み、そしてぼくは意識を失った。あの子の笑顔が、空のかなたにうっすらと見えていた。