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断罪された偽聖女、逃亡先で異世界生活を謳歌する  作者: ほねのあるくらげ


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8 クロックムッシュと甘いカフェオレ

 ラケルの伝話蝶がひらひらと飛びはじめたのは、夕飯を終えてすぐのことだった。 


「ラケル! ノア様は近くにいらっしゃるのか!?」


 ラケルの人差し指に留まった蝶から聞こえるのはシメオンの声だ。 


「もちろん。ちゃんとウチで保護させてもらったぜ」

「シメオンさま! そっちは大丈夫? あのあとどうなったの?」


 ノアの声を聞き、シメオンは安心したようだ。 


「こちらは問題ない。ノア様を転移させた後、エリヤもすぐに転移で逃げた。近いうちにノア様達のところに顔を出すだろう」

「エリヤ姉、捕まってないんだね。よかった。シメオンさまとバラっくんは?」

「僕は直轄領での謹慎処分だ。バラクは勘当されたが、僕と一緒に領地に行ってもらう」

「……大変なことになってる?」

「そうでもないさ。堂々と王都を離れられるし、勘当された以上バラクに対して家族という人質は使えなくなった。バラクが勘当されるのは、さすがの兄上も予想外のことだったらしい」

「そうなの? でも、家族は家族、だよね?」

「バラクは中々の役者だぞ。勘当するような家などもう知らないと、大立ち回りを決めてな。兄上はもう、バラクの家族は人質としては使えないと判断したようだ」


 ノアがエンドゥリターでの新生活の準備を進めている間、エリガンテではまだ騒動が続いていたらしい。 

 だが、ノアにとって重要なのは、大事な仲間達が難を逃れたということだけだから、それ以外のことやその過程などはどうでもよかった。 


「ほとぼりが冷めるまで、僕とバラクは僕の直轄領で雌伏の時を過ごすことにする。必ずノア様の名誉を回復させてみせるから、どうか今は耐えてほしい」

「ノアは平気だよぉ。ノアが聖女じゃなくても、ノア達ががんばったのはほんとだもんねっ」


 蝶に向かってノアは微笑む。その笑顔をシメオンが直接見ることはできないが、それでも喜びは伝わったようだ。 


「ありがとう、ノア様。……それから、申し訳なかった。怪しまれないように演技する必要があったとはいえ、僕は獄中のノア様にひどいことを言ってしまって……」

「気にしてないよ? シメオンさまは嘘がへたっぴだったから。それにシメオンさま、ノアのこと守ってくれたんでしょ。ごはんもくれたし」

「ノア様……」

「ノアさんのことは俺に任せとけ。王子、そっちのことは頼んだぞ。あのクソ王太子とぽっと出聖女に思い知らせてやれよな」

「ああ、もちろんだ」


 ラケルとシメオンは何やら固く約束している。別にノアは仕返しがしたいとか、名誉を回復させたいとか、そういう難しいことは考えていなかったが、やる気の二人にわざわざ水を差すつもりはなかったので黙っておいた。ノアが変に口を出して話をややこしくしたら二人に悪い。 


「ノア様の元気そうな声が聞けて安心したぞ。それではおやすみ、ノア様。また折を見て、バラクやエリヤからも連絡させよう」

「うんっ。おやすみなさい、シメオンさま」


 聞かないといけないことがあったのを思い出し、ノアは慌てて言葉を続けた。 


「あのね……全部終わってからでいいから、またみんなで美味しいごはん、食べられる?」

「もちろんだとも!」


 シメオンは力強く返事をする。それだけ聞ければ十分だ。ノアが安堵の笑みを浮かべると、ラケルがノアの頭をくしゃくしゃに撫でた。


 *


 ラケルの家の二階には広い空き部屋が一つあり、そこをノアの部屋にしてくれることになったのだが、いかんせん家具が何もない。

 そこで一時的にベッドはラケルの部屋のものを借り、ラケルは居間のソファで寝ることになった。今日は家具屋や雑貨屋を回って、ノア専用の家具や日用品を買う予定だ。 


「ついでにカフェの内装も揃えないとな」


 朝食はクロックムッシュとカフェオレだった。ノアのカフェオレは砂糖多め。甘くて美味しい。 


「お店、備え付けのカウンター以外なんにもなかったもんね」


 昔は酒場だったとは思えないぐらい、一階の店はがらんどうだった。閉業したときに、一斉に処分してしまったのだろう。 


「椅子もテーブルも、かなり年季入ってたしなぁ。閉めるときにまとめて捨てちまったんだ。お前が店を開く時は、お前だけの店にしろよって親父に言われててさ。ただ継ぐんじゃなくて、お前なりの信念をもって店を開けろって」

「ラケルくんのおとーさんとおかーさんは今どうしてるの?」


 何気なく尋ねると、ラケルはわずかに言い淀んだ。


「……マモノに襲われて、な」


 踏み込んではいけないことだったのはさすがにノアにもわかった。 


「ご、ごめんね、ラケルくん」

「いいんだ。もう何年も前のことだから」


 ラケルはからっと笑っている。 


「食ったら出かけようぜ。今日も買うものがたくさんあるからな」

「うんっ」


 あつあつのクロックムッシュを懸命に口に運ぶ。とろとろのチーズと濃厚なベシャメルソースは幸せの味だ。さくっとしたトーストともよく合った。 


「これもカフェのメニューにしよ。モーニングだよ、モーニング」

「モーニング?」

「午前中限定のメニューってことだよ! 朝ごはんなの」

「なるほどなぁ」


 知ったかぶりの知識を披露すると、ラケルは真面目にメモを取る。ノアはなんだか得意な気分になった。 


「飲み物とパンのセットとかどぉ? スクランブルエッグとか、オムレツとか、目玉焼きとかもほしい!」

「ノアさんが食べたい朝メシの話じゃねぇよな? それでいいけど」


 今度作るからな、とラケルは微笑む。ノアはご満悦で頷いた。


 本当は、スクランブルエッグなんて食べたことはなかったし、朝にオムレツなんてしゃれたものを作ってもらったこともない。

 朝は食べないか、食べても菓子パンだ。一か月に一回ぐらいは、ベーコンが焦げて黄身の潰れた目玉焼きを朝ごはんに食べることもあったけど、それを作るのはノアだった。 


「パンはクロックムッシュ、クロワッサン、シンプルなトースト。卵料理はスクランブルエッグ、チーズオムレツ、ベーコンエッグ。この六種類から好きに選べて、つける飲み物は紅茶かコーヒー、カフェオレかミルク……ジュースも必要だな」


 ラケルはさっそくモーニングのメニューを考えてくれているようだ。

 ノアが「作って!」と言えば、きっと彼は本当に作ってくれる。母と違って、約束を反故にはしないのだ。

 それがどうしようもなく嬉しくて、なんだか少しむずむずして。幸せな気持ちに耐え切れなくなって、ノアは甘いカフェオレに逃げ場を探した。

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