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断罪された偽聖女、逃亡先で異世界生活を謳歌する  作者: ほねのあるくらげ


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3 夢のごちそう

 国中の病深(やみ)を祓ったノア達の凱旋に、ラケルはついてこなかった。自分は国に選ばれた同行者ではないからと笑ったラケルに無理強いをすることはできず、結局ラケルとは途中で別れることになったのだ。


 ノアのさびしさを感じたのだろう。いつでも彼に会えるように、エリヤは魔法のお守りを用意してくれた。

 転移陣と、伝話蝶だ。転移陣は使い捨てだが、呪文を唱えて魔力を注げば複数の陣の間を一瞬で移動できるらしい。この世界の人間ではないノアに魔法は使えないが、エリヤに頼めばいつでもラケルのところに転移させてくれるはずだ。

 伝話蝶は、地球で言うところの携帯電話のようなものらしい。高価なものなので、個人で所有している一般人は少ないという。

 伝話蝶の使用自体に魔力は必要ないらしいから、ノアにも扱えるはずだ。転移陣と伝話蝶を、ラケルは苦笑交じりに受け取ってくれた。


 今はラケルと離れてしまうが、それは永遠の別れではない。ノアが望めば、いつでも彼に会えるのだ。さびしさはすぐに消えてなくなり、ノア達は旅のはじまりと同様四人で王都を目指した。

 王都に帰ったら盛大なパーティーがあるとシメオンは言った。ノアの食べたいものを食べたいだけ食べられるとエリヤは笑った。聖女一行の帰還なのだから当然だと、バラクも調子を合わせた。


 ────けれど。二年ぶりに戻ってきた王宮は、なんだか少しおかしかった。


 帰ってきたノア達を迎え入れたのは、物々しい雰囲気の兵士達だった。シメオンとエリヤは怪訝そうに顔を見合わせている。これは普通の対応ではないのだろうか。いつの間にかバラクとははぐれていた。


 ノアを聖女と呼んだ大司教はどこにもいなかった。大司教だけではない。ノアによくしてくれた人達は、一人として見当たらなかった。

 二年ぶりだから、彼らの顔をよく覚えていないせいだろうか。だから彼らを見つけられないだけで、本当はこちらを睨みつける人の群れに混じっているのかもしれない。


 日本にいた時はともかく、この世界に来てから遠巻きにちくちく刺されるような目で見られたのはこれが初めてだった。

 どういう風に受け止めればいいのかわからなくて、とりあえずにっこり微笑みかけてみた。「媚びを売るしかできない」「頭の悪い小娘」「どれだけ図太いんだ」ひそひそ囁かれる言葉は、ノアの耳にもちゃんと届いた。


(知ってるよぉ。ノアはバカだもん。だから、ノアにはこれしかできないの)


 ノアは弱い。悪意に悪意で返しても、悪者にされるのはきっとノアだ。だって、母のトモダチやカレシに無理やり組み伏せられそうになった時、母に怒られるのはいつもノアだったのだから。

 男に噛みついたって、与えた痛みの倍以上の痛みをもってその男に殴られるだけ。家庭訪問に来る先生も、役所の人も、ノアが騒がなければそのまま何もしないで帰ってくれる。


 幼い頃は、母と離れたくない一心で口をつぐむことを選んでいた。今は、どうせ誰もノアの話は信じないから口を閉ざしていた。それに、もしも騒げば母に怒られて叩かれて、「祈愛のあちゃんはママのことが嫌いなの?」と泣かれた時の繰り返しになるだろう。反抗するだけ無駄だ。


 だからノアは、悪意には好意か、無関心で返すことにしていた。

 愛想よく従順に振る舞っていれば、それ以上ひどいことはされないし、可愛がってもらえることもある。

 人形か何かのようにおとなしくしていれば、すぐに飽きられる。

 なんだって同じだ。弱くて可愛いものをことさら虐めようと思うのはよほどの異常者ぐらいだし、反応のないサンドバッグなんて殴ってもつまらないだけだろう。


 笑うノアを見て、ノア達を見ている城の人々は満足げな顔をしている。侮蔑の色はまだあるが、それは敵意と呼べるほど刺々しいものではなくなった。

 頭の弱いノアの姿に、自分達の意見こそ正しいのだと思ったのだろう。主張を裏付ける証拠を提示すれば、人々はひとまず満足する。

 そこからさらに追撃が来るか、あるいはそこで攻撃の手をやめてくれるかはその時次第だ。だから敵意が緩んだ隙にそれを見定めて、次の行動に移らないといけない。


 ノア達を見ているだけの城の人々の横を通り過ぎ、謁見の間に通された。国王と王太子、それから何人かの偉い人と、先回りしていたのかバラクがいた。バラクは青い顔でうつむいていた。


 けれど彼らを通り越して、ノアの目に留まった人がいる。王太子の横に立つ女性だ。この世界の人は、外国人のような目鼻立ちをしているが……彼女は、どう見ても日本人だった。


 エリヤが跪いたので、ノアもとりあえず真似をしてみた。シメオンも跪いて口を開く。


「国王陛下、王太子殿下。聖女ノア様は国中の病深を祓い、帰還を果たしました」


 城に来たばかりの時は自信と歓喜に満ちていたはずのシメオンだが、妙な空気に当てられたせいか声音は少し固くなっていた。


「あ、ああ。大儀であった」


 そう言った国王の目は少し泳いでいる気がする。緊張しているのか、その表情はこわばっていた。


「はっ。聖女ノア様、ときたか。シメオン、お前は本当に愚かだな。その目は節穴なのか?」

「何をおっしゃるのです?」


 棘のある声の主は、王太子のサウルだった。サウルはつかつかとシメオンのもとに歩み寄る。シメオンは戸惑ったように異母兄を見上げた。


「衛兵! その詐欺師を捕えろ!」

「きゃっ!?」

「ちょっ!? そ、そこまでしなくてもいいでしょう!?」


 跪いていたノアは、たちまち兵士達に身柄を取り押さえられた。女性の驚いた声も聞こえる。


「黙っていろ、ナオミ。その売女ばいたは、裏で何を考えているのかわからないのだ。手心を加えるわけにはいかない」


 しゃがみこんだまま、上体をぐっと背中から抑えつけられる。痛かった。こんなに大勢いる前で乱暴なことをされるとは思っていなかったから、頭が真っ白になる。


 そんなことになったのは、母に内緒で母のトモダチが自分の知り合いを呼んで家に上がり込んできた時以来だろう。

 けれど兵士達はノアの服を脱がそうとはしなかったので、失っていた声が戻る。抑止の叫びも救いを求める嘆きも意味などないと知っているから上げる気はないが、対話の余地ならあるかもしれない。


「王太子……でんか、これはどういうこと……です……か? ノア、ちゃんと病深を祓ってきた……き、きましたよ」

「口を開く許可は与えていない。下民ごときが余に話しかけるな、汚らわしい」


 前言撤回。サウルは聞く耳なんて持っていなかった。びりびりと感じる強い悪意は、どうにもできない類のものだ。

 この人は、ノアのことを心から嫌っている。ノアには心当たりなんてなかったけれど。


「サ、サウル様、その子を離してあげてください」

「ナオミ、そなたは優しすぎる。案ずるな、ここは余に任せておくといい」


 女性がもう一度進言する。だが、サウルは意にも介さない。女性はまだ何か言いたそうだったが、サウルに一瞥されるとぐっと押し黙った。


「皆の者、聞け! この女は畏れ多くも聖女の名を騙り、二年もの間我々を騙し続けてきた! 神に選ばれし聖女を詐称して王の前に現れるなど、神にも人にも仇なす大きな罪だ!」


 サウルは芝居がかった仕草で朗々と声を張り上げた。何を言っているのかまるでわからない。


「偽の聖女が国費を使い込んでのんびりと遊興にかまけている間、国を護っていたのはここにいる真の聖女、ナオミだった! しかしこの詐欺師はナオミの功績すら己の手柄とし、ナオミを日陰に追いやっていたのだ!」


 知らない。知らない。そんなことは知らない。ノア達は何か勘違いをされているようだ。だから、はっきり正しておかないと。


「……待って。王太子、ノアのことはなんて言ってもいいよ」


 税金の使い込みなんてしていない。マモノを倒し、動物を狩り、採集をして、自分達でお金を稼いできた。病深を祓ったお礼として食べ物やお金をもらったこともあったけど、それは正当な報酬のはずだ。


 感謝の気持ちを形にしたもの。くれるというからもらっただけだ。無理やり奪ったことはないし、町の人達の生活に影響が出るほどたくさんせしめたわけでもない。責められるいわれはなかった。


「でも、ノア達の旅が遊びだったなんて言わせない」


 確かに、大切な仲間との旅路は楽しかった。痛くて怖いこともたくさんあったけど、それ以上にきらきらしていた。

 その部分だけ切り取って、『遊んでいる』と言われるのならそれまでだ。でも、救世の使命を帯びた過酷な道のりは最初から最後まで苦難で満ちていないといけない、なんていう決まりはないだろう。


「シメオンさま達を──ノアの友達を、馬鹿にしないで」


 ノアはまっすぐに王太子を見据える。これだけは絶対に言ってやらないといけないことだったから。


 シメオンはいつだって、人々のことを考えていた。エリヤはそんなシメオンをよく助けていたし、ラケルはノア達を導いてくれた。バラクはいつも冷静で、何があっても落ち着いていた。


 マモノの群れに囲まれた村を守るために、シメオンはとっておきの作戦を考えてくれた。

 エリヤとバラクは的確にそれに応えたし、ラケルの支援がなければ成功はなかった。

 ノアも避難誘導を一生懸命にやった。泣き出した幼子をあやしたり、動けない老人をおぶったりした。


 困っている人と出会っては、彼らの悩みに寄り添った。多くの人を助けた。たくさん感謝もされた。ノア達の旅がすべて遊びだったというのなら、彼らの言葉さえ嘘になる。


 ────ノア達を信じ、歓喜の涙を流して抱き合っていた人々の笑顔は、誰にだって否定させない。

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