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断罪された偽聖女、逃亡先で異世界生活を謳歌する  作者: ほねのあるくらげ


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2 マシュマロ添えのホットチョコレート

 病深(やみ)は、昔からこの世界に根づく災害のようなものらしい。抑えきれないほど病深(やみ)の力が強くなった時、神はそれを祓える聖女を遣わすという。今代の聖女がノアだった。


 病深(やみ)は土地を蝕んで痩せ細らせるが、その恐ろしさはそれだけでとどまらない。病深(やみ)に蝕まれた生命は凶暴なマモノとなり、人を襲うのだ。

 周囲の病深(やみ)を祓っても、一度生まれたマモノは跋扈し続ける。だからノア達の旅路は、ただその地に発生した病深(やみ)の“吹き溜まり”を祓えば終わりというわけではなかった。


 病深(やみ)の“吹き溜まり”を回りつつ、マモノを狩る。討ち漏らしがあってはいけないから、どんな辺鄙なところであっても討伐は念入りに行った。

 もし小さなマモノや、“吹き溜まり”とは呼べないような病深(やみ)の集まりだったとしても、見逃せば後でどんな影響があるかわからないとは王子シメオンの言だ。騎士のバラクは心配のしすぎだと笑っていたが、魔導師のエリヤと聖女のノアがシメオンに賛成したので一行は慎重に旅を進めていた。


 本当は街から街へ、国から国へ一瞬で移動できる便利なものがあるらしいが、それを使うにはお金がかかるし、道中の“吹き溜まり”を見過ごすことになる。だから移動手段は基本的に馬だった。シメオンの後ろに乗せてもらうのだ。

 馬で行けないような足場の悪いところでは、冒険者のラケルに背負ってもらうこともある。どこかの集落でマモノが暴れていて、とにかく急を要するのだとあらかじめわかっているときだけは、エリヤの魔法で転移することもあった。



「ノア様、そのように火に近づいては火傷をしてしまうぞ」

「だって、寒いんだもん」


 シメオンがくすりと笑う。ノアは気にせず火に手をかざした。指先がじんじんする。

 シメオンは親切でノアのことをよく気にかけてくれるが、それがなんだかむずがゆい。同年代に世話を焼かれているからだろうか。旅の仲間の中で一番年が近いのは、一つ年上のシメオンだ。


「バラっくん、早く帰ってこないかなー」


 夜盗や獣がいたら大変だからと、野営の時はいつも騎士のバラクが率先して哨戒に当たってくれていた。不寝番こそ交代制にしているが、バラクも早く安心できる拠点に戻って温まりたいだろう。


 初めは戸惑ってばかりだった焚火を囲んでの野営にもすっかり慣れた。といっても、主に野営の準備をしてくれるのはノアではなく、四人目の仲間である冒険者のラケルだ。


 ラケルは国が決めたノアの同行者ではない。けれど大事な仲間の一人だ。


 王都を発って半年ほど経った時、強いマモノに襲われて苦戦していたノア達に助太刀してくれたのがラケルだった。


 冒険者というのは、古代遺跡の発掘をしたり困っている人達を助けたりする旅人のことらしい。さすらいの何でも屋のようなものだとノアは思っている。


 少し離れた国からはるばるやってきたラケルは、ノア達よりも旅慣れしていた。手際よく火を焚いてくれるし、食べられる野草やキノコもすぐわかる。商人との交渉だってお手の物。野営に適した場所を見つけるのもうまいし、何より料理上手だ。


 王侯貴族のシメオンとバラク、魔法でなんでもできてしまうので逆に魔法以外のことができないエリヤ、そして現代日本で生まれ育ったノア。四人に足りない部分を、ラケルは補えてしまえる。だからぜひ一緒に来てくれと懇願し、なし崩し的にラケルも旅に同行してもらえた。

 ラケルは、今ではすっかりなくてはならない存在だ。半年間の苦労の記憶はすっかり嘘みたいになっていた。


「おいノアさん、寒いならこれでも飲んでろ。ほら、髪が燃えそうじゃねぇか。聖女様が火あぶりなんて笑い話にもなりゃしねぇ」


 ラケルに渡されたのはホットチョコレートだ。

 木製のコップに、彼の髪と同じ色の飲み物が注がれている。真っ白でふわふわのマシュマロも乗っていた。その甘い香りに思わず笑みがこぼれる。


 ここは異世界だ。多分この飲み物は本当はホットチョコレートという名前ではなくて、原材料もノアの知らないものなのだろう。だが、ノアの耳にはそう聞こえるし、そういうものなのだと思っている。

 不思議と言葉が通じているのはきっと神の御業だろうし、ノアにもわかるように現地の言葉が翻訳されているのかもしれない。中には翻訳できない言葉もあるが、そういうものは大体この世界独自のものだ。類似したものが地球にあれば、その単語があてはめられていた。


「わ、おいしそぉ! ありがと、ラケルくん!」


 ノアのはしゃいだ声音に、ラケルの頬がわずかに緩む。可愛くて素直な年下の少女にデレデレのラケルに気づいたのは、最年長のエリヤだけだ。


「ノアちゃん、舌を火傷しないように気をつけるんだよ」

「わかってるってぇ」


 ノアは両手でホットチョコレートを抱え、息をそっと吹きかける。自分のコートをかけてくれるエリヤの忠告を聞きながら、ノアは水面に生まれるさざ波をうっとりと見つめた。


「エリヤねえ、コートありがと。あったかいけど、エリヤ姉は寒くないの?」

「お姉さんのことは気にしないでいいの。だってお姉さんはノアちゃんで暖を取るからね!」

「きゃー!」


 エリヤに抱きつかれ、ノアはクスクス笑う。楽しそうなノア達を男性陣二人が羨ましげに見ていたが、残念ながら彼らに割って入る勇気はなかった。


 エリヤの飾り気のないシンプルな黒いコートは、小柄なノアをすっぽり覆い隠す。エリヤに抱きしめられていることもあり、すっかり寒さは感じなくなっていた。

 ショートカットで長身のエリヤは、同性のノアから見ても格好いい。エリヤが好むマニッシュな装いは、中性的でクールな雰囲気のエリヤによく似合っていた。


 煌々と燃える火を眺めながら、仲間達と共にほっと息をつく。その時間がノアは好きだった。


 襲ってくるマモノは怖いし、怪我をしたことは一度や二度ではない。病深(やみ)を祓うのだって、とても痛くてつらいことだ。けれど、この時間があれば頑張れた。何度だって立ち上がれた。


「地図によると、この近くに町があるようだ。明日寄っていかないか? そろそろ食料の補給や装備の点検をしておきたい」

「なら、手に入れた素材の換金をしないとね。だいぶ溜まっているはずだし、ちょうどいいだろう」


 シメオンとエリヤが明日の予定を立てている。哨戒に行ったバラクは、そろそろ戻ってくるだろう。


「ノアさん、何か食べたいものはあるか? 町に寄るなら、何かしら買えるだろ。作れるものだったら作ってやるぜ」

「ほんと? やったぁ! じゃあ、煮込みハンバーグが食べたいな」


 ノアが何を頼んでも、ラケルは軽く引き受けてくれる。最初の頃は恐る恐るリクエストしたものだが、今でははっきりと頼めるようになった。

 ホットチョコレートに口をつける。身体の内側がじんわりと暖まっていった。

 

*


「うッ……う、ぅ……あああああッ……!」


 痛い。苦しい。怖い。それでも、“吹き溜まり”に突っ込んだ腕は下ろさない。


「ノア様……!」

「ノアさんに、近づくんじゃ──ねぇッ!」

「マモノめ、お前達の相手は我々だ!」


 少し離れたところでマモノ達を相手取りながら、シメオンが心配そうにノアを見る。ノアに肉薄しようとしたマモノを、ラケルが遠くに蹴飛ばした。すかさずバラクがそのマモノを斬り伏せる。


「ノアちゃん、ノアちゃん、大丈夫だからね……私達が、ついているから」

「エ……リヤ……姉……」


 空いたもう片方の手を強く握ってくれるのは、ノアを抱き締めながら魔法でマモノを屠るエリヤだ。こうやってノアが病深(やみ)を消している間、他の仲間は病深(やみ)の影響で凶暴化したマモノを狩ることでノアを守ってくれている。


 病深(やみ)の祓い方なんてノアは知らない。聖女にだけ引き起こせる奇跡だなんて曖昧な言い方しかされなかったからだ。手をかざして祈っても効果はなかった。初めて“吹き溜まり”を見た時は大いに戸惑ったものだ。


 けれど偶然病深(やみ)に触れた時、なんとなく理解した。こうやって触っていると、病深(やみ)はノアの中に吸い込まれてどんどん消えていくのだ。きっと、これが病深(やみ)を祓うということなのだろう。


 病深(やみ)を吸い取っても、異変らしい異変は腕に妙な紋章が浮かぶことぐらいだった。その紋章は数時間、遅くても数日経てば消えてしまう。最初は不安に思ったが、今では気にすることもなかった。


 “吹き溜まり”の病深(やみ)がすべて消え、ノアはその場に崩れ落ちそうになった。エリヤに支えられているが、それでも疲労感はごまかせない。


「すごいよノアちゃん、君は本当によくやってる。頑張ったね。私達のためにここまでしてくれてありがとう」

「ノア様、貴方のおかげでまたこの地に緑が戻るだろう。本当に、貴方の献身にはどう報いればいいか……」

「……えへへ。でも、まだ終わりじゃない……から……」

「ノアさん、無理に喋らなくていい。もう休め」


 エリヤからノアを預かり、背負ってくれるのはラケルだ。ラケルの背中は何故だか安心できる。ラケルの体温を感じながら、ノアは静かに目を閉じた。


 今日は町の宿に泊まったが、寝る前にラケルはホットチョコレートを淹れてくれた。いつもよりマシュマロが多いのは、“吹き溜まり”の後の恒例行事だ。


 明日、町の人達が感謝を込めた宴をしてくれるらしい。今日はもうノアに無理をさせたくないが、彼らの厚意は無下にできないというシメオン達の配慮の結果だ。

 自分達がやったことで、沈んだ町に活気が戻るところはノアとしても見ておきたかった。だから、滞在を一日延ばすのは賛成だ。


 ホットチョコレートをゆっくり飲みほして、旅の仲間達に笑顔を見せた。


 ハグして、と無邪気に両腕を広げたときの反応は様々だ。エリヤはぎゅっと抱きしめてくれるし、シメオンは手を取ってキスしてくれる。バラクは困ったように微笑みながらハイタッチして、ラケルは頭をくしゃくしゃに撫でてくれる。


 ノアは一人ではない。だから、痛くても苦しくても、頑張れる。


*


 旅の間、仲間達とはたくさん話した。ノアのことも、彼らのこともだ。


 密かにエリヤに憧れているシメオンに対して、エリヤを慕う会の会長として宣戦布告した。元の世界に帰る気はなく、このままここで暮らしたいとバラクに呟いた。ラケルの作ったご飯ならいくらでも食べられると豪語した。楽しかった。


 シメオンは異母兄である王太子サウルを慕っていて、一部の佞臣が自分達を仲違いさせようとするのが嫌だった。だから自分から旅への同行を願い出たという。

 死んでしまった前の王妃の子であるサウルは、今の王妃とその子であるシメオンに対して固い態度を崩さないらしい。できるなら異母兄とも仲良くなりたいと、シメオンは悲しげに目を伏せた。


 王太子としての政務のために王宮を離れられないサウルに代わって聖女の旅に同行すれば、自分も王族の一員であり彼を支える者の一人だと認めてもらえるかもしれない……それが、シメオンの希望だった。


 エリヤは平民出身だが、飛び級で学校を出て宮廷魔導師に引き立てられたらしい。日本にはなかった役職なので、それがどれだけすごいことなのかノアにはよくわからなかったが、きっとめったにないことなのだろう。


 好きな時に好きなだけ魔法の研究をするためには、病深(やみ)の脅威をどうにかしないといけなかった。それに、病深(やみ)とマモノについてもっと詳しく調べることができれば、未来に役立つ研究成果を残せるかもしれない。

 そうすれば、今後同様の災害に見舞われても、聖女一人に無理をさせずに被害を軽減できる。それが、エリヤの希望だった。


 バラクは名門貴族の嫡男として生まれ、それに誇りを持っている。もしかしたらバラクは、ノアをどう扱えばいいのかわからないのかもしれない。聖女でさえなければ、ノアはバカで素性の知れない異邦人なのだから。


 それでもバラクは、壊れ物を扱うように丁寧に接してくれる。だからノアも、彼にも愛想よく振る舞っていた。そのかいあってか、バラクも少しずつノア達に歩み寄ってくれたらしかった。


 ラケルはエンドゥリターという国の出身らしい。エンドゥリターはこの国ほど病深(やみ)に悩まされているわけではないが、それでも他人事ではなかった。

 彼は十五歳の時に家を出て、それから五年間ずっと世界各地を回っていたという。珍しい食材や調理方法を探すための旅の傍ら、路銀を稼ぐために冒険者になったそうだ。


 ノアの旅路への同行を、ラケルは最後の旅にするつもりだという。この旅が無事に終われば、ラケルは祖国に帰って家業を継ぐらしい。料理上手なのは、実家が食事処だったからのようだ。

 平和になった世界で、みんなで何かを食べにラケルの家に行こうとノアが言うと、ラケルは照れたようにそっぽを向いた。この約束が、ラケルの希望であればいい。


 マモノを狩り、病深(やみ)を祓い、仲間達と絆を深め、ノアは旅を続けた。気づけばノアは十七歳になっていた。


 そしてノア達は、この国に巣食う病深(やみ)の大元を見つけた。これを祓えば、向こう百年は病深(やみ)の侵食を抑えられるという。


 ノアは迷わずに、その大きく昏い病深(やみ)に立ち向かった。


 苦痛に耐えきれず、噛まされたエリヤの手袋をボロボロにしてしまった。生理的な涙はとめどなく流れるし、なんだか無性にさびしかった。


 胸が苦しくて、落ち着かなくて、ずっとエリヤにしがみついていた。ラケル達にも手を握っていてほしかった。

 ラケルとシメオンはすぐにマモノを片付けて傍に来てくれて、ずっとノアの名前を呼んでくれた。手を伸ばせばちゃんと握り返してくれた。バラクも、恐る恐るノアに触れてくれた。


 どれだけの長い間病深(やみ)に触れていたのかは覚えていない。気づいた時には、その大きな大きな病深(やみ)はなくなっていた。


 心に大きな穴がぽっかり空いたような気がして、けれどどうしてそんな風に思うのかわからなくて、わからないけど泣きじゃくった。


 とにかく感情を表に出したくて、意味のないことをとりとめなく叫んだりした。

 エリヤも、シメオンも、ラケルも、バラクも、ノアが落ち着くまでずっと待っていてくれた。ノアに寄り添って、話を聞いてくれた。そうしているうちに、わけのわからない心の穴が埋まっていくような気がした。


 その日のホットチョコレートは、いつもよりしょっぱかった。けれど、いつもと変わらず優しい味がした。

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