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断罪された偽聖女、逃亡先で異世界生活を謳歌する  作者: ほねのあるくらげ


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1.5 あったか豆スープ

 妙な夢を見た。近所の神社で、喋るキツネに会う夢だ。


 いわゆるお稲荷さんかもしれない。何を話したかはもう思い出せないけれど、渡された本に自分の名前を書いたのは覚えている。お稲荷さんはそのまま消えてしまった。


 自分が夢を見ているねむっていることはわかったけれど、まだ眠かったから。だからノアは、そのまま眠り続けた。


「ここ……どこ……? 確かわたし、ビルから飛び降りて……変なパソコンと話して……な、なんで生きてるの!? 夢じゃなかったってこと?」


 身体が重い。目を開けられない。頭がぼうっとして、何も考えたくない。

 八歳の時、当時の母のカレシに蹴り飛ばされて壁に頭をぶつけた時のようだ。けれどあの時とは違って痛みはなかった。


「えっ!? 何言ってるんですか!? い、いやいや、何かの間違いですって! わたしはただの社畜です、聖女とかやめてください!」


 周囲がうるさい。だが、そのざわめきを意味のある言葉として聞き取ることができなかった。唯一、近くで響く女性の声だけが耳に届いたが、やはりノアの中ではそれも耳障りな雑音でしかない。


「ほら、こっちの女の子のほうがよっぽど聖女みたいじゃないですか!? 若くて可愛いし! そうですよ、きっとこの子が聖女でわたしはそのおまけなんです! だからわたしに何の責任も仕事も役職も負わせないでください! そんなの必要ないんです、欲しいのは休暇と自由です! じゃあ、そういうことで! わたしのことは構わないでください、金輪際かかわらないでくださいね! 訴えますよ!」


 静寂が戻った。ああ、これで何も気にせずまどろみに身を委ねることができる。ふわふわした、不思議な感覚に。


 それからどれほど眠っていただろう。ふと目を開けると、まったく知らない部屋にいた。


「お目覚めになりましたか、聖女様」

「せーじょ……さま……?」


 知らない人達がノアを見ている。彼らは安心したような顔をして、次々に跪いた。口を開いたのは、この場で一番年上に見える老爺だ。


「突然のことで驚かれたと思います。もう一人の女性も、気が動転していらしたようで……」


 ここにいる人達の代表格なのだろう、ノアに話しかけてくる老爺は申し訳なさげに眉根を寄せている。もう一人の女性とやらに心当たりはなかった。


 エリガンテ王国の大司教だと名乗った老爺はノアのためにグラスに水を注ぐ。老爺の名前は、耳慣れない異国の響きだった。


 聞いたことのない国で日本人には到底見えない人達に囲まれ、見覚えのない部屋で寝ていた。けれどそのことに恐怖など感じないまま、ノアは水を飲みほした。何かがヘンだと理解できるほど、ノアは頭がよくなかった。

 果物か何かで味をつけられているのか、ほのかに甘くて飲みやすかった。


「聖女様、御名をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「みな?」

「ええ。聖女様のお名前をお聞かせ願えれば、と」

「ノア。八重坂(やえざか)祈愛(のあ)だよ」

「では、ノア様。貴方は神が我々に遣わした、潤実(みつ)の聖女であらせられます」

「?」


 大司教の話は小難しくてよくわからなかったが、要約すればここは地球ではないどこか別の場所で、ノアはこの国を救わなければいけないらしい。


 この国は今、病深(やみ)という禍々しい力に覆われて衰退しているそうだ。それに対抗できる唯一の手段が聖女(ノア)だという。


 話の途中でお腹が鳴ってしまったが、大司教達は笑いもせずに食事の支度をしてくれた。

 丸くて柔らかいパンと、何か豆のようなものがたくさん入っている温かいスープだ。「粗食でお恥ずかしいですが」と言っていたが、美味しくて食べやすい。穏やかな味が寝起きの身体に染みた。


「つまり、ノアが必要ってこと?」


 確認の意味を込めて尋ねる。

 世間話の延長のように気軽な問いに、大司教は一も二もなく肯定の返事をして深々と頭を下げた。他の跪いている人達も、口々にノアへ救いを求めている。

 その献身の見返りに、大司教はノアの望む物はなんでもくれると言った。役目を果たせば元の場所に還れるだろう、とも。


「わかった。ノア、やるよ。聖女になって、みんなを助ける!」


 でも、報酬なんてどうでもよかった。だってこの人達は、ノアがいないときっとすごく困るのだろう。

 だから、なんとか助けたい。それに、この人達はノアにご飯をくれた。ご飯をくれるのはいい人だ。


(あかねちゃんに会えないのは寂しいけど……でも、ノアがいないほうがあかねちゃんも幸せだよね)


 大司教は何度も何度もお礼を言った。それからしばらく休んだ後で、ノアはこの国の王だという人に会った。国王もノアを聖女と呼んで、大司教と同じことを頼んできた。

 旅の支度はすぐに整えられた。ノアがこの国にある程度慣れたら出発するという。


 なるべく速やかに各地の病深(やみ)を祓わないといけないからと、ノアの旅にはごくごく少ない人数が同行することになった。

 第二王子のシメオン、宮廷魔導師のエリヤ、そして騎士のバラク。みんないい人そうで安心した。嫌われないように愛想よく接しようと心に決めて、ノアは病深(やみ)を祓う旅に出た。

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