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断罪された偽聖女、逃亡先で異世界生活を謳歌する  作者: ほねのあるくらげ


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11/13

10 お金は食べられない(ごはんは買える)

*


 ノアがエンドゥリター王国で着々と新生活の準備を進めていたころ、エリガンテ王国の王宮は異様な緊張感に包まれていた。


 その理由は、つい先刻城を訪れた国賓達にある。 


(大司教達の引き渡しを求めて聖地から使者が来ることは予想していたが、まさか聖主本人が来るとはな)


 謁見の間に立つ王太子サウルは苦み走った顔で使者たちの様子をうかがう。玉座に座る父王はすっかり委縮しきって顔色をなくしていた。


 相対するは五人の高位聖職者。彼らの中央に鎮座するのは贅を凝らした立派な輿こしだ。

 輿は中の様子をうかがうことのできない造りになっていて、扉も固く閉ざされている。その中には、星樹教の頂点に立つ存在がいた。 


「みな、われ自らが来た理由がわからぬという顔をしておるな」


 聖職者達は誰も口を開いていない。声は、輿の中から聞こえていた。男とも女とも、子供とも老人ともつかないような、不思議な声音だ。 


「理由がわからぬというのならばそれでもよい。われの思っていた以上に、愚かな者がいたというだけのことだ」

「……聖主猊下、お言葉ですが」


 王は脂汗をぬぐいながらなんとか口を開く。 


「五国一聖地条約に則って、ラザロ大司教達は聖地に送還させます。確かに少しばかり長く拘束しすぎたかもしれませんが、それでも猊下のお手を煩わせるほどのこととは……」

「上に立つ者の振る舞いで民の暮らしが左右されるは仕方なきこと。だが、一部の愚者を理由にしてわれが民のすべてを見捨てることはない」


 しかし聖主は、王の言葉にはまるで取り合わない様子だった。 


此度こたびの愚行、何もかもわれの耳に入っておるぞ。われが遣わした者に粗相したようだな」


 王や重臣達が顔を青ざめさせる中、サウルだけは堂々としていた。 


「聖女ナオミには本当に申し訳ないことをしてしまいました。まさか恐れ多くも聖女を騙る者が現れるとは思わず。今、国を挙げて魔女を捜索しているところです」


 これは嘘だ。ノアがいなくなってナオミだけが手元に残った時点で、サウルの目的はほとんど達成されている。

 すべての憂いを断つためにもノアを始末しておきたいというのが本音だ。だが、エリヤは転移魔法を使ってすぐに逃亡し、残ったシメオンとバラクも知らぬ存ぜぬを貫いていた。そのせいで、ノアがどこに行ったのかはまったく掴めていなかった。

 どこにいるかもわからないノアを探す。そんなことに時間や人手を割くよりは、ナオミを使った・・・今後の策のために回したい。 


「ほう。では、そのナオミは今どこに?」

「貴賓室にてお休みいただいております。病深やみを祓ってくださった聖女なのですから、もちろん最高の待遇でもてなしを」

「そうか。ではお前達は、もう一人の者には何をした」


(……やはりか。聖主は、余がノアを断罪しようとしたことが気に入らないというのだな)


 内心の苛立ちをおくびにも出さず、サウルは姦計を巡らせる。

 ノアの処遇に疑問を唱えたのがただの高位聖職者なら、事故を装って道中で始末することも考えたが……さすがに聖主に手出しはできない。なにせ、地上に降りた神であると経典に書かれ、信仰を集める存在なのだから。 


(いや。本来聖主は、誰の前にも姿を見せないはず。国主との謁見においても自分は輿に乗ったままという無礼ぶりだ。ならば誰にも知られぬように、余の息のかかった者に挿げ替えてしまっても……)


 問題は、その隙があるかどうかだ。聖主を囲む高位聖職者達はそう簡単に金で転びはしないだろう。替え玉の用意だってしていない。


「先ほどお前は、聖女、魔女という言葉を使ったが。実にくだらぬ。それは人が勝手につけた呼び名であるぞ。われの契約者に貴賤はなし」

「しかし猊下、あの女は病深やみを吸っていたと自白しました。あの女を放置していれば、三百年前にキアーヴァ王国で起きた魔女災害の再来になるかもしれません」


 魔女災害。それは、初めて『渇虚からの魔女』が観測された伝説の大災害だ。


 各地の病深やみを吸い取っては勢力を増し、マモノ達を率いて破壊と殺戮を振りまく異様な女。


 人々は彼女を『渇虚からの魔女』と名付け、恐れた。

 当時、潤実みつの聖女とともにこの世界にやってきたというその女は、多大な犠牲の果てに勇士達に討たれたが、激しい戦の中で聖女も命を散らし、一つの国が消えてなくなった。聖女、そして魔女が降臨したキアーヴァ王国だ。


「そうだな。しかし、われは最初から人に説いていた。われが招きし契約者を粗雑に扱うことなかれとな」


 星樹の神の名において遣わされた、病深を清める使者のことは確かに経典に書いてある。神は使者と契約を交わし、病深を清める代わりに願いを叶えてもらうらしい。


「契約者が憂いなく病深と向き合えるよう、その心を常に満たしてやれと、われは幾度となく伝えてきたはずだ。しかしキアーヴァの民はそれに背いた。その結果が、お前達が魔女災害と呼ぶ現象である」


 聖主は厳かにそう告げた。誰一人として口を挟めない。 


「エリガンテがキアーヴァの二の舞にならなかったのは、その陰で尽力した者がいるからであろうよ。魔女災害を未然に防ぎし者は、真に賢く心ある者だ。優しき民がいたことを、われは誇りに思おうぞ」


(神の威光を借りるだけの偶像にんぎょうめが。一体何が言いたい) 


「せめてもう一人の契約者のことは、これからも粗相なきように扱え」


 輿の中にいるのは一体誰なのか。誰もその姿を見たことのない、神の言葉の代弁者は続ける。


われはできる限り、俗世のことに干渉はしとうない。お前達がどうなろうと、何をしようと、それはお前達の選択の結果だということを忘れるな」


 その言葉を残し、聖地からの使者達は帰っていった。


「くそっ!」


 聖主に余計なことを言われたせいで、ノアを断罪した自身の正当性が揺らいでしまうような気がする。

 苛立ちを感じながら回廊を歩くサウルが向かった先は、ナオミにあてがった貴賓室だ。

 ドアの前に立つ二人の衛兵が、サウルを見て敬礼をする。 


「……」


 サウルは深呼吸をして、理想的な好青年の仮面を被った。 


「待たせたな、ナオミ。余だ」


 ノックをすると、恐る恐るといった様子でドアが開いた。 


「王太子殿下……」

「ただのサウルでいいと言っているだろう」


 サウルはくすりと微笑み、ナオミの手を取って手の甲にキスを落とす。ナオミは顔をこわばらせていたが、どうせそのうち落ちるだろう。 


(しょせんこの女も、麗しき宝石彫刻インタリオになびく程度の女だ。余が籠絡することなどたやすい。ミラセス公爵にできて余にできないわけがないのだからな)


 サウルはナオミを抱き寄せ、長く黒い髪の毛先に触れた。 


「あ、あの……。サウル……さん。わたし、言う通りにしましたよね……?」


 そんなサウルの思惑とは裏腹に、ナオミは真っ青な顔で縮こまっている。愛しい恋人を迎えた女の姿にはとても見えない。


「セトは……セトは無事なんですか。約束しましたよね。のあって子を捕まえるのに協力すれば、セトを解放してくれるって」


 サウルの腕の中にいながら、ナオミは他の男の名を口にした。


 ミラセス公爵セト・リュガー。麗しき宝石彫刻インタリオの二つ名を持つ、この国の若き宰相の名だ。

 彼は異母弟シメオンに並び、サウルが目障りに思ってやまない青年でもあった。宰相などというのは名ばかりで、実際は血筋と顔の良さでたぶらかした女達を侍らすだけの無能だからだ。 


「あれからもう何日も経ってます。でもわたしはこの部屋に閉じ込められたままで、セトにもまだ会えてません」


 恐怖を押し殺しながらも意見する姿は、いじらしいと言えなくもない。潰してしまいたくなる程度には。 


「セトは貴女を捨てたのだよ。もともと恋多き、だらしない男だ。貴女とのことなど、奴にはただの遊びにすぎなかったのだろう」


 サウルは笑って嘘をつく。 


「ナオミ、貴女は何か勘違いをしているようだ。余はセトに対して何もしていない。王太子の想い人に粉をかけたのはやりすぎたと、奴は反省していたのだ。自戒の意味を込めて、自主的に髪を切っただけさ」


 サウルがナオミを見つけたのは、今から一年ほど前のことだ。


 やけに羽振りのいい、見慣れない髪と目の色をした女がいる──そんな噂を耳にして、サウルは彼女を探そうと思った。『羽振りがいい』『見慣れない色の髪と目』という情報から、お忍びで来た異国のやんごとなき身分の令嬢だと思ったからだ。

 サウルは立場こそ王太子だが、その座にあぐらをかいたことはなく、自分の地位を盤石することに余念がなかった。

 現王妃の息子であり民衆や臣下達から評判のいい異母弟シメオンが、いつこの座をおびやかすかわかったものではないからだ。だから、後ろ盾として使えるツテはいくつあっても困らなかった。


 王都の郊外にある宿屋で暮らしていたナオミを部下が見つけ、サウルは言葉巧みに彼女を王宮へと連れ込んだ。


 結局彼女は異国の令嬢ではなかったが、それよりもっと重要な存在──一年前に降臨した聖女ノア、その陰に隠れていたもう一人の聖女だった。


 ナオミは臆病で凡庸で、けれどどこか生意気で、自分に甘くて自堕落な一面のある、そんな女だった。

 恐らく、普段のサウルなら歯牙にもかけなかっただろう。恋愛対象として見ることもないような、取るに足りない女だ。


 だが、ナオミの持つとある不思議な力・・・・・・・・は、サウルを瞬く間に魅了した──この女だけは絶対に手中に収めなければいけないと。


 それ以降、サウルはナオミを王宮に閉じ込め、機嫌取りに奔走し、彼女こそが真の聖女であり王太子妃の最有力候補であると根回しした。その結果、聖女ノアの評判が下がろうとどうでもよかった。 


(余がそこまでして囲い込もうとしたこの女を、ミラセス公爵は図々しくも奪おうとした。これだからあの男は嫌いなのだ)


 好待遇で迎えてやったにもかかわらず他の男にしっぽを振る恩知らずのナオミと、自分の知らないところでいつの間にかナオミと親しくなっていた女たらしの遊び人。サウルの怒りを買うのには十分だ。


 そこでサウルはその忌々しい関係性を踏みにじって利用してやることにした。


 ナオミのもとにセトの遺体を届けてやってもよかったが、相手は腐っても宰相位につく公爵で、現王妃をはじめとした貴婦人達からも可愛がられている。下手につつけば現王妃を刺激し、より面倒なことになりかねない。いずれセトを亡き者にするつもりはあったが、それは今ではなかった。


 だからサウルは優しく・・・セトを説得し、女のようなあの長い髪をばっさりと切って二度とナオミにかかわらないよう求めた。


 断るのならばその時こそお前の地位どころか命もないと剣を手にして告げた王太子に、お飾りの宰相は何を思ったのだろう。

 彼はサウルの要求を飲み、銀糸の髪といつも身に着けている髪飾りを引き換えにしてナオミの安全の保証を求めた。赤く染まった、見慣れた髪と髪飾りを見せられたナオミが混乱しながら泣きわめき、セトの無事を懇願したのと同じように。 


「貴女をもてあそんだ男のことなど忘れてしまえ。ナオミ、貴女には余がいるだろう?」


 甘い笑みを浮かべたサウルは優しくナオミに囁く。ナオミはびくりと震えるも、泣きそうな顔でそれを受け入れた。


 ナオミが聖女として病深を祓ったことはない。少なくともサウルの知る限りでは。


 だが、そんなことはどうでもいい。


 仮にナオミに病深を祓う力がなかったとしても、その力の有無など重要ではなかった。


 だってナオミは、その手から大陸中のありとあらゆる国の貨幣を生み出すことができるのだから。


 その力さえあれば、エリガンテを富ませ、あるいは他国の経済を破壊することもできる。人智を超えたその御業は、まさしく神の遣わした奇跡の存在と呼ぶにふさわしい。


(逃がすものか。無限の富を生む、この奇跡の女は誰にも渡さない)


 ナオミの頭を優しく撫でる。けれどナオミを見つめるサウルの眼差しは、狡猾な蛇そのものだった。


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