契約婚なのにびっくりするほど大切にされたので、愛しい夫を毒義親から守ることにしました。
いざ契約結婚の条件を知った時、私は声に出して「うわ」と言ってしまった。
条件その①。
朝は必ず義母に挨拶し、一日の予定を報告すること。挨拶を怠り無礼を働いたり虚偽の申告をした場合は鞭打ち十回を受け入れること。
条件その②。
夫となるレイド辺境伯ルシオの時間を一時間以上独占しないこと。
条件その③。
夫となるレイド辺境伯ルシオの衣食住や交友関係に口出ししないこと。それらを監督する権利を有するのは親のみであること。
条件その④。
夫となるレイド辺境伯ルシオおよび子供に対して、妻は要求、躾、叱責することを禁ずる。子供の教育方針は代々受け継いできた家のしきたりにのみ準ずる。
条件その⑤。
四年以内に男児をふたり産めなかった場合、離縁するか、レイド辺境伯ルシオは義母が選んだ妾とのみ閨を共にすることとする。
条件その⑥
以上の条件を全て満たしていたとしても、妻の立場をふりかざし思い上がった仕草を見せたら、その日のうちに離縁されることを、了承すること。
届けられた契約書にはあと二十ヶ条くらいあるが、一事が万事こんな感じで。
私は一周まわって読みながら笑ってしまったくらいだった。
それでもこのお見合いを受けなければならないのは、実家の事業が傾いているからだ。
泣いて引き止める両親を説き伏せ、話し合って受けることを決めた。
そんなわけで、私は開き直り、半分くらい物見遊山みたいな気分でお見合いに赴いた。
一体どんな怪物姑とマザコン野郎が出てくるのだろうと思ったのである。
こんな異常な家に嫁いだところで、向こうがそう遠くないうちに追い出してくれる。それなら結婚して、必要なお金をたんまり貰って、ヤバい家の見学をして、笑い話の種を獲得してさっさと追い出されようと、そのくらい開き直っていたのだ。
だが、私の目論見は外れた。
「あなた」が。
──とても誠実で、優しかったから。
◇
「お逃げ下さい。私と結婚してはいけません」
そう言われたのは、お見合いのためにセッティングされた、王都の流行りのカフェの中だった。
光と緑と花に溢れたガーデン席が見合い会場。
早めに着いた私は両親と離れ、化粧室で一度身なりを整えていた。
それから席へ向かう途中で、物陰に優しくさらわれて。
私は目をぱちくりした。
釣り書の肖像画で見た、レイド辺境伯ルシオが目の前にいたからである。
「え…………あ、あの?」
「大変なご無礼をどうかお許しください。私はルシオと申します。あなたの今日の見合い相手です」
「……ルシオ様。ええと、私はフィリアと申します」
「フィリア様。今すぐにお逃げください」
「いやあのちょっとお待ちになって」
怖いくらい真剣に逃げろと言ってくる黒髪の美丈夫──ルシオ様に、私は混乱しつつ質問した。
「あの、どうしてそんなことを」
「母に会わせたくないからです。挨拶などしたら、きっと貴女のトラウマになる」
「それは逆に話してみたいんですけど……」
「駄目です。本当に辛い思いをなさる」
「気になりすぎる……」
挨拶ですらダメとか、どんだけ凄い姑(仮)なんだろう。
そう思いつつ、私は目の前のことも気になった。
私は意外だったのだ。
このルシオという男性、全っ然マザコンに見えないのである。
お顔立ちは文句なしの美丈夫で、辺境伯らしく武術を嗜むのか、体つきは大きく逞しい。
が、物腰は柔らかく、女性相手に威圧しないよう気遣っている気配があった。
マザコン特有の女性蔑視あるいはオドオドした感じがまるで無い。
物陰に連れ込まれたのは驚いたが、まるで社交ダンスのターンのように軽やかだったので痛くもなかったし。
服装もなんらおかしな所はなく、王都にふさわしい仕立ての良いものを着ている。
つまり、お母さんが買ってきた古めかしい服を着てる、みたいな感じでもない。
自分というものを持っている。
落ち着きがある。
それなのに、あの異質な結婚契約書。
チグハグさに私は興味を持った。
「あの、ルシオ様。このお見合い……というか結婚の契約書は、ルシオ様がお書きになりましたか?」
「いえ。母が暴走して、お見合いの話を私が知る前に勝手に送ってしまったのです。写しは母の部屋の金庫にあるとかで、見ることすら……」
「それはまた」
どうやらこのルシオ様も相当困っているらしい。
だからひとまず逃げろと心配しているわけで……。
しかし、こちらも実家の事業を立て直すためにはお金が必要なのだ。
「傷つくことになっても構いません。正直に申し上げると、実家の事業のためにはご縁が必要なのです」
「いくら必要ですか」
「えっ」
「ご協力しましょう。全額とは言えないかもしれないが、私の使うあてのないポケットマネーから継続していくらかお渡しすることはできる」
「なぜそこまで……」
「あなたは善良な方に見えるから」
私は驚いてしまった。
この人、マザコンではないが、性善説とかを信じているタイプかもしれない。
私は確かに悪人では無いつもりだが、そんなに言うほど善人でもない。どちらかというと若干破天荒な方だし。
必要以上のお金をゆすられるとか思わないのだろうか。というかまだ迷惑をかけられてすらいないのに。
「それは申し訳ないですし……それに大丈夫ですよ。正直物見遊山みたいな気分なので」
「も、物見遊山!?」
「四年経ったら即別れさせられそうですし」
「別れさせられる!?」
「男児をふたり産めなかったら強制離縁、あるいはお姑様の選んだお妾さんがルシオ様のベッドに押し込まれることを了承するという契約なので」
「…………ッ」
あまりに酷い内容にか、ルシオ様が声を無くして青ざめた。
なんか可哀想。
……そう、なんだかこの人、可哀想だった。
「あのですね、でも、ダラダラした契約結婚で一生縛られるよりは良いかもって思ってますし。ね?」
「ね、では……。いやしかし確かにあなたにとってはそうなのかもしれないが、しかし」
「お困りなんですよね? 契約結婚自体はルシオ様もなさりたいご様子」
「う……」
「後継者がいらっしゃらない?」
「…………、ええ。そうなのです」
ルシオ様がほとほと困った様子でぽつりぽつりと言うには、主だった親戚は十年前の魔獣大発生──スタンピードで亡くなってしまったのだそうだ。
そうして残ったのは、当時十歳だったルシオ様とその母、ギレイア様。
家臣は多少残っていたのでレイド辺境領は存続できたが、この環境でギレイア様が歪んでしまった。
環境──つまりは息子が成人するまでの一時的な一人天下。
得た権力が大きすぎるが、急な上に期間限定なせいで領地の後のことを深く考えられていなかった。
どこか、責任が権力に比例していない状態。
そのせいで物語に出てくる傾国の皇太后みたいな、独善的で傲慢な振る舞いをするようになったらしい。
それを諌められるほどの家臣は残っていなかったし、なにより、壊滅状態の辺境領では傲慢さは輝くリーダーシップと取られることもあった。
実際にそれで乗り切れた局面もあったらしく、家臣達はギレイア様に頭が上がらないらしい。
実際は母の領地経営を見てヤバイと焦ったルシオ様が幼いながらに細かい問題を片付けまくったから領地が回っていたそうだ。
「そういうわけで、敵は強大なのです。あなたの人権が危ない」
「もう敵って言っちゃってるじゃないですか」
「貴女にとってはそうかと……」
ふと思った。
「なら、貴方にとってはどうなのですか?」
「……え?」
「ルシオ様にとっては、どうなのですか?」
私は、思ったことを聞いてみた。
するとルシオ様は──ぽかんとした。
ちょっと可愛いくらいの、思いがけないことを言われたという顔で。
「私、ですか?」
「ええ。ルシオ様にとって、ギレイア様は敵ですか? それとも味方ですか?」
実母なのだから味方だろう。
しかし。
もし今、そうハッキリと言ってくれるのなら契約結婚を諦める踏ん切りもつく。
お金がないと実家が大変なことになるのだが、しかし、毒親とマザコンのタッグを相手に四年は……やっぱり辛いだろうからだ。
彼の母が領地で権力を持っているという話を聞けば、尚更。
他の年配の貴族の後家さんになるなど、道はまだないこともない。
「敵……、味方……、………………」
ルシオ様は、思ってもみなかったことを聞かれたというような、どこか無垢な顔でつかの間考え込んだ。
静かに見守る。
すると。
ルシオ様は。
──瞳を閉じて、困った、という顔をした。
今にもポッキリと折れそうな、氷漬けの薔薇のような微笑みを浮かべて。
「この世で最も憎い魔王。そう思います。……しかし私は魔王城の掃除夫で、やらなければならないことがあり、そこから逃げられない」
「……」
「敵ならば、もっとよかった。……これで答えになりましたでしょうか」
その答えと表情を見て、私はハッキリと思った。
──この人、可哀想だ。
彼は家族を知らないのだ。
本来なら最も「家族」であるはずの実母を憎むほどに、ボロボロになり、傷つけられ。
本来なら最も心休まるはずの実家は、彼にとっては敵の根城と化して。
彼がこんなに大人びて立派なのは、自分で自分を守り、戦ってきた結果なのだと、ハッキリわかった。
だから私は。
彼を。
──助けることにした。
「では参りましょう」
「え」
「魔王の元へ。私、きっと、貴方を魔王城から救出するために生まれたのかもしれません」
「え!?」
「さぁ!」
なんだか面白くなってきてしまって、私は笑った。
ルシオ様の手をきゅっと握る。
「私が家族を教えてあげます。貴方を守ってみせる。だから契約結婚しましょう!」
私の家族は経営に失敗するようなウッカリ者だけど、私をのびのびと自由に育てて愛してくれた。
このお見合いだってきちんと話し合って決めたことだったし、家族は四年経ったら迎えに来てくれると約束してくれた。
私は家族を恨んでいなかった。
純粋に恩返しをしたいと心から思っていた。
私は、「家族」を知っている。
この人に、それを教えてあげたい。
どうしてだか強く、強くそう思った。
きっとちいさな頃から苦労して、あの契約書と同じようなとんでもない生活を強いられてきたのだろうこの人を、救ってあげたい。
「……フィリア様」
「はい」
ルシオ様が、すす、と視線を上げた。
そして上目遣いで、そっと、こう言った。
「私も貴女を守る。……だから、教えて欲しい。……家族を」
いじらしいったらなかった。
◇
そんなわけで乗り込んだるは魔王の鎮座するガーデンカフェのテラス席である。
私とルシオ様が出会ったのはお見合い開始の三十分前だったので、約束の時間には間に合った。
私の両親の前には、グレーの髪をキッツイ巻き髪にした魔王……もといギレイア様が彫刻のように綺麗に座っている。
そのギレイア様は、揃って登場した私とルシオ様を見て目を見開いた。
「ルシオ」
「母上」
ルシオ様は、怖がってはいないものの、少しぎこちない顔をした。
長年の支配の影響は色濃い。
「帰りますよ。こんな所にいると肺が穢れます」
「母上、何を」
「そこな娘は見合いの席で抜け駆けをしました。私の監督できない場所でお前をたぶらかした様子。視界に入れ続ければ脳まで穢れてしまうことでしょう」
おお、マジですごい。天然記念物級の毒親確定だ。
「レイド辺境伯夫人」
「話しかける許可など出していない。黙りなさい小娘」
「私も小娘などと呼ぶ許可は貴女に出しておりません」
「帰りますよルシオ。その虫ケラから一刻も早く離れなさい」
その瞬間ギレイア夫人の顔に白いショートケーキが衝突した。
全員──いいや、私の両親以外があんぐり口を開けた。
「黙って聞いておればつけ上がりおって。私の娘を虫ケラだと」
見たことない形相でキレてる。あ、あれ?お父様?そんなキャラだったっけ?
びっくりしてる間にギレイア様の頭にチョコレートケーキが飛んだ。
「わたくしも娘を虫ケラと呼ばれて黙ってはおれませんわ」
お母様まで乗った。
凄いことになってきたぞ!
正直心が踊ったのだが、ルシオ様にとってギレイア様は実母だ。食べ物なんかぶつけられて流石に怒ってやいないだろうか。
そう思って横を見たら、ルシオ様がイキイキとした輝く笑顔でラズベリーケーキを持ち上げたところだった。
それを見て。
一瞬考えて。
私も、ブルーベリータルトを手に待った。
「ルシオ様。こうなっちゃいましたし、もうお嫁には行けません。なのでウチに婿に来ませんか?いい感じの持参金付きで」
「ぜひそうしたい。持てるだけ持っていきます」
「辺境領はどうしましょう」
「私たちの子供が継げるまでは家臣たちに託しましょう。母を担ぎ上げたのは彼らなので頑張ってもらいます。なお、爵位は母ではなく私が持っているので問題ありません」
その場の勢いって凄い。ルシオ様と意気投合している様子を見て、うちの両親もなにやら納得している。
こうして私とルシオ様は、初めての共同作業を行ったのだった。
……なお、これで本当にすべての問題が解決した訳では無い。
ギレイア様はやっぱり魔王だったし、ルシオ様には思ったよりも深い闇や事情があったし、その他にも問題は沢山あったけれども。
様々な困難を乗り越えたあと、私が約束した「家族」にはなれたということを、ここにご報告する。
もし面白ければ、評価やブクマで応援していただけると励みになります。
↓こちらの短編も個人的お気に入りなので、読んでくださると嬉しいです…!
・あなたが死んで、あなたへの愛を知りました。契約結婚も悪くないですね。
・君を愛することはない? そういう事はもっと早く言えこのバカ!
それではここまでお読み下さり、誠にありがとうございました!