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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第四章 百物語編

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29話目 件の如し


 事務所の窓から覗く木々は末枯(うらが)れ、孟冬(もうとう)がすぐ近くまでその足音を響かせていた。窓を開ければ空気は澄み渡り、ふと息を吸えば見藤の肺を冷やす。


 空を見上げれば、その蒼は絵具で大きく広げられたかのように薄く、淡い控えめな美しさを醸し出している。まるでここ最近の忙しさが嘘のようだ。

 しかし、ちらりと事務机へ視線を戻せば、送られて来た茶封筒の山。現実を目の当たりにし、見藤は深い溜め息をついた。



 斑鳩によって告げられた、怪異事件・調査に忙殺される日々の再来。

 久保は退院したものの。依然、自宅で療養中だ。東雲にも久保が回復するまで、無理に事務所に顔を出さなくともよいと伝えている。そうなれば、必然的に見藤の負担は大きくなる。ここ数日、見藤は事務机にうつ伏せて仮眠をととっている。


 調査による実働、そしてキヨへの報告書。その全てを見藤一人で担う。そうなれば、身の回りのことなどおざなりになるのは必然だ。短く切り揃えられていた髪は少しだけ襟足を伸ばし、前髪は目にかかるため、適当に掻き上げている。更に、顎には無精ひげが蓄えられていた。


 変化があった事と言えばそれだけではない。事務所内を浮遊する認知の残滓が異様に数を増やしたのだ。以前であれば、猫宮により残滓は食われ、猫宮の腹の中に納まっていたのだが――。


 見藤はちらり、とソファーに寝転がる猫宮を見やる。以前にも増して、腹回りが太くなっているような気がする。その体形は小太りな猫、というよりもまるで冬毛に身を包んだ狸のようだ。


(少し痩せさせるか……。流石に)


 見藤は密かに決意した。

 猫宮は腹が満たされたのだろう。ソファーで仰向けに眠りながら「ぷぅぷぅ……」と独特な寝息を立て始めたのであった。



 そうして、いつもの日課を終えると、見藤は再び事務机に向かう。積み上げられた茶封筒の一番上に置かれたもの。それは速達で送られてきたもので、急を要するのだろうか。しかし、この封筒。いつここに置いたのか記憶が定かではない。

 見藤は面倒くさそうな表情を浮かべ、封筒を開封する。そこには一枚の写真が同封され、依頼内容が書かれた書類が入っていた。


「……(くだん)


 ぽつり、と呟いた。その手に持った写真に写っていたのは、牛の体を持ちながらも、顔は人のそれだ。体は小さく、子牛のようにも見受けられる。


 見藤はこの封筒をいつ置いたのか曖昧だった。慌てて、封筒の消印を確認する。すると、そこには昨日の日付が記されていた。ほっと、息を吐く。


 (くだん)とは牛から生まれながら、人語を操る妖怪だ。時代によって予言の内容は様々だが、主に疫病の災厄を予言し、厄除招福の方法を教示するという伝承が数多く残っている。

 近代ともなれば、予言は作物の豊凶や流行病や干ばつ、戦争など重大なことに関するものとなり、そして、それは間違いなく起こる、とされた。

――件はいつの時代も生まれてから、三日後に生を終える。


 封筒が速達で送られてきたのは、恐らくこれが理由だろう。件がいつ現れたのか定かではないものの。大方、残り一日から一日半で件の命は終わりを迎える。

 通常であれば伝承に倣い予言を残し、その生を終える。だが、写真に写る件は存在、生まれが伝承と異なっていた。


 見藤は書類に目を通し、ぽつりと呟く。


「認知によって生まれた件……。また、珍しい事が起こったもんだな」


 そして、異なっていたのはそれだけではない。認知によって生まれた故に、この件は予言を持たない。


 見藤は写真を机に置き、書類の内容に細かく目を通していく。その内容に思わず眉を寄せた。


 怪異という存在が、以前よりも多くの人に認知された結果。その認知は底上げされ数多の怪異の力を増幅し、集団認知によって怪異を生み出す。

 怪異らによって引き起こされた事件や事故、問題を解決するためにキヨの元へ情報は集約される。そこから更に見藤のような(まじな)い師へと調査、問題解決を行うようにと依頼の振り分けが行なわれるのだが――。


 この一件。これは見藤へ振り当てるに然るべきだというキヨの判断力は、さしずめ達目の士と言ったところだ。

 見藤は溜め息をつくと神棚へと視線を向け、そこに住まう彼女を呼んだ。


「霧子さん、いるか?」

「ん、何よ?」


 見藤の問いに答えるように、霧子が姿を現す。神棚から降り立つようにふわりと、着地した彼女の動きは可憐だった。しかし、事務所の空気に触れると体を震わせ、自身の体を抱き寄せた。


 見藤はそんな霧子の様子を目にすると、ふと思い至る。――そう言えば、事務所の窓は解放したままであった。冷たい空気に晒された中で仕事をすれば頭も冴え作業が捗る、という訳だ。だが、見藤の中で優先すべきは霧子だ。


「ごめん、寒いな」

「へくちっ」


 可愛らしいくしゃみをする霧子に、申し訳なさから思わず眉が下がる。見藤は立ち上がると、窓を閉めるために背を向けた。


 霧子はもともと体温が低いということもあり、寒さが酷く苦手なのだ。見藤は少し厚手の長袖シャツ一枚という格好をしているが、霧子はニットにティアードスカートという厚着具合。

 霧子は窓を恨めしそうに睨みつけた後、ぶるっと大きく身震いをしたのだった。見藤は窓を閉め終えると、霧子を振り返り呼んだ理由を話し始めた。


「ここに怪異を今日、明日ほど居座らせたいんだが……」

「…………」

「ついでに言うと、できれば霧子さんの力でそいつを匿ってやって欲しい。まぁ、一応……俺も姿隠しの覆いは作っておこうと思うが、念のためだ」

「……どうしたの?」


 いつになく真剣な眼差しを向ける見藤。それを不思議に思った霧子は首を傾げる。

 霧子に協力を仰ぎ、さらには扱う(まじな)いに関しても、ことの大きさを物語っていた。


 今回の依頼。見藤は霧子の力を借り受けようというのだ。

 霧子は怪異としての特質的な力によって、彼が持っていた深紫(こきむらさき)色の眼の残滓を白澤から隠していた。その力と、見藤が「姿隠しの覆い」と呼ぶ、怪異を目に映す素質がある者から隠してしまう(まじな)いを施すという。その呪いは同じく呪いによる捜索の目からも、対象の姿を隠すことが可能だ。



 霧子は首を傾げる。視線は見藤を見据えたまま、ソファーへと腰を下ろした。見藤も書類を片手にしながら、隣に座った。霧子が見えるように、書類を手に持ったまま広げる。霧子はそれを覗き込んだ。

 見藤がそっと口を開く。


「これだ」


 霧子が見せられた書類、それはキヨからの依頼書だった。霧子は覗き込んだまま、静かに目を通している。そして、書類の後ろに添付されていた写真を受け取る。

 そうして、霧子は書類を読み終わると、大きく溜め息をついた。


「はぁ…………。私が言うのも違うけれど、人の欲深さは時に異常な執着を見せるわね」

「ごもっとも」


 霧子の言葉に、見藤は眉に皺を寄せながらそう答えた。



 依頼書には「(くだん)に予言をさせないよう、その存在を隠滅すること」要約すると、そう書かれていたのである。


 文面だけを読み取れば、予言をさせないように件を殺してしまえ、と読み取れる依頼だ。しかし、キヨはわざわざ見藤に依頼を寄越した。――それが意味すること。長年キヨの手となり足となり、怪異に関わる調査等を担ってきた見藤が読み取るのは簡単なことだった。


 それは不埒(ふらち)な輩を牽制する目的があるのだろう。予言を持たなければ、(くだん)の妖怪としての役割は空白となる。空白の予言を都合のよい予言に書き換え、利益を得ようとする姑息な人間がいる。それは人の欲深さが招く行動だろう。


 霧子の言葉は愁いに充ちたものだった。怪異を使い、利益を得ようとする人の欲深さが垣間見えたためだろう。


 見藤の視線は霧子が持つ、件の写真に注がれている。霧子はちらりと見藤を見やると、自然な仕草で見藤の首に手を回し、後頭部を撫で始めた。それは彼女なりの、見藤を慰める仕草にも見てとれる。


 突然のことに見藤は驚き目を見開いた。だが、その目はすぐに細められ、瞳は霧子を映す。彼女の表情は心配しているような、どこか不安げな表情をしていた。

 見藤は突然の触れ合いに動揺しながらも、彼女の胸中を知ろうと理由を尋ねた。


「……ん、どうした?」

「悲しそうな顔、してたから」


 霧子の言葉に、見藤の目は伏せられ、少しだけ揺れた。固く結ばれた口が言葉を紡ぐのに少しばかり時間を要す。


「…………分かっちゃいるが、……看取るのは辛いものがある」


 見藤の言葉は、紡ぐにつれて消えそうな声音となっていった。


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