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【完結】禁色たちの怪異奇譚~ようこそ、怪異相談事務所へ。怪異のお悩み、解決します~   作者: 出口もぐら
第四章 百物語編

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28話目 流布の始まり③


 そうして、見藤が事務所に帰り着いたのは、その日の昼間だった。


 見藤の片手には行きと違った荷物が提げられている。それは明日の朝にでも食べようと途中、寄り道をして買ってきたパンだ。冷めても香ばしい匂いを放ち、食欲をくすぐる。もちろん、霧子の分も忘れない。彼女が好む、甘めのスイーツブレッド。


(霧子さん、この味が好きだったよな)


 見藤はふっと目元を綻ばせた。

――まだキヨの元で見習いをしていた時分。キヨには明かしていない、霧子の存在。霧子と束の間の休息を取る時に、いつも見藤が買っていたパンだ。


 見藤はキヨと過ごしたゆったりとした時間に、過去の淡い幸せなひと時を思い出したのだ。昔、気まぐれに通っていたパン屋に立ち寄ったのだった。


 見藤はローテーブルにパン屋の袋を置く。背負っていたバックパックを肩から降ろすと、これから起こるであろう事象を予見し、面倒くさそうにソファーへと投げる。


 (ばく)が引き起こした、社会現象にまで発展した今回の事象。またも、キヨへの報告書に追われることは目に見えている。そう考えるとスーツの仕立てなど、途端に面倒になる。それ故に、見藤の身なりはいつまで経っても使い古されたスーツなのだ。それに加えて、霧子と一緒に出掛けると、ついつい彼女のものばかりに財布の紐が緩んでしまう。


 見藤は悩む仕草をするも、怠惰的な思考を口にする。


「スーツの仕立て……どうするかな。近々でいいか」


 独り言を呟いていると、背後に感じる慣れ親しんだ気配。


「おかえり。どうしたの?」

「ただいま、霧子さん」


 その声に振り返れば、霧子が不思議そうに見藤を見つめていた。彼女は長袖に控えめなレースのひだを持たせた可愛らしいワンピースを着ている。

 見藤はほっと、一安心。この間のように、化粧着姿で出て来られては堪ったものではないと、頬を掻いた。


 見藤はキヨから言われたことを霧子に伝えた。すると「ふーん」と、なんとも曖昧な返事をするだけだった。

 どうやら霧子にとって、あまり興味がないことのようだ。見藤は申し訳なさそうに眉を下げ、荷解きを始めた。


 一方の霧子は、実のところ見藤と一緒に仕立てに出掛けたいと考えていたようだ。だが、素直になれず、素っ気ない返事をしてしまったことを悔いていた。

――いつも彼女を想い、一緒に出かけようと誘うのは見藤だった。


 霧子はぎゅっ、と胸の前で手を握り、意を決して口を開こうとする。しかし、言葉がでない。既に口付けをする仲だというのにどういう訳か、その一言を口にすることができない。霧子は溜め息をつき、肩を落とす。


 すると、なんとも呑気な声が事務所に響いた。


「よぉ、見藤いるか?」

「……」


 その声に霧子は肩をびくりと震わせ、姿を消してしまった。見藤が言葉を掛ける間もなく、霧となって消える彼女の背を見送るだけだった。


 見藤は声がした方を振り返る。すると、そこにいたのは斑鳩だ。見藤は低い声で彼の名を呼ぶ。


「おい、斑鳩」

「悪い、悪い。取り込み中だったな」

「余計なお世話だ」


 斑鳩は見藤と霧子のやり取りを目にしていたようだ。悪びれる様子はないが、謝罪の言葉を口にする。


 どうやら霧子は斑鳩が苦手のようだ。それもそのはず――、斑鳩は見藤に取り憑いている怪異である霧子を良く思っていない。今回、霧子を襲った集団認知による禍害の収拾を担った斑鳩。

 それはあくまでも、友である見藤に頼まれた為に彼女の認知を分散し、その害が及ばないようにしただけだ。それを霧子も感じ取っている。故に、声を聞いただけで姿を消してしまった。


 逃げるようにその場を後にした霧子の残滓を目で追い、今度は恨めしそうに斑鳩に視線を戻す見藤。そんな彼を困ったように眺める斑鳩は、またもや申し訳なさそうに口を開く。


「いやぁ、悪い」

「何が」

「怪異の認知の分散なんだが……」

「やめろ、聞きたくない」


 見藤は思わず言葉を遮った。霧子の認知の分散は既に行われ、上手くいっている。そうなると、この先の斑鳩の言葉は見藤にとっては面倒事だと分かりきっている。

 しかし、そんな制止など斑鳩には関係ない。


「どうにも、お前に取り憑いている怪異が映った例の動画がきっかけでなぁ。世間に怪異という人ならざる存在がいる、という認知が広まった。今までそういう存在を認識していなかった人の層までだ。そうすると、だ。集団認知は分散しても、分散しても、怪異という全体的な存在の底上げをしてしまってだなぁ……困った」

「……お前な! 俺に言うな、仕事が増える! 夏でもないんだぞ!!」


 斑鳩の言葉に思わず声を荒げる見藤。

――そう。繁忙期は心霊現象や怪談話などが世間に流行する、夏だけであって欲しいものだ。それに加えて、あの夏の忙しさは見藤には(こた)えたのだ。

 しかし、斑鳩はわざとらしく肩をすくめて反論する。


「いや、俺はちゃんと仕事を果たしたぞ!! お前に憑いている怪異の認知はもう十分にほとぼりが冷めてるだろうが!」

「うぐっ……」


 斑鳩にそう言われてしまえば、ぐうの音も出ないのは仕方ない。実際、斑鳩のその認知の操作がなければ依然、霧子は集団認知の禍害に晒され続けていたはずだ。


 斑鳩に反論できず、珍しく悔しそうな表情を浮かべる見藤。あの夏のような怪異調査に忙殺される日々は、勘弁願いたいと思っていたのだが――。見藤は溜め息と共に項垂れる。


 そんな見藤を慰めるように、斑鳩は背中を景気よく叩いた。斑鳩はにやりと笑っている。その表情を見れば、慰めるつもりなど毛頭ないことが(うかが)える。

 見藤の神経を逆撫でするには十分だった。


「まぁ、詳しい依頼や調査内容は、いつものようにキヨさんから割り振られるだろうから。頼むぞ」

「……何も言ってなかったぞ、あの婆さん!!」

「なんだ、顔を見せに行っていたのか。どうりで昨日は留守だった訳だ。はっはっは、流石の曲者具合だなぁ」

「はぁ……」


 斑鳩から聞いた言葉に思わず、はっと顔を上げ、その次には大きな溜め息をついた。


 今朝まで一緒に居たというのにも関わらず、そのような事は一言も口にしていなかった。おおよそ、キヨは面と向かって見藤に依頼すれば断るだろうと踏んでいたのだ。

 こうして、斑鳩に霧子の認知の分散の成果を引き合いに出させ、見藤が断る術を断ってから、ことを知らせる。なんともうまい具合に仕組んだものだ。


 すると突然、斑鳩の声音が変わった。いつも、悪ふざけをする悪友の彼ではない。


「そう言えば疑似的な夢遊病、伝播する悪夢は収束に向かっているぞ。お前に頼んで正解だったな。で、例の神獣はどうした?」

「どうにも」


 斑鳩の鋭い眼光が見藤を射抜いた。見藤は間髪入れず、言葉を返す。

 見藤の脳裏に、キヨが言っていた言葉が思い出される。(ばく)を封印した朱赤の匣。それに目を付ける者がいる、という言葉だ。

 そんな見藤の様子に、斑鳩は溜め息をつく。これ以上の追及は無益だと言わんばかりに、首を横に振った。


「…………。まぁ、いい。上には適当に言い訳しておく」

「助かる」

「いいってことよ」


 このやり取りは二人だけの内密なものだろう。

 組織に属する斑鳩はどのような形であれ、上の指示には従わなければならない場合がある。しかし、それを上手く掻い潜る手腕を持つのも確かだ。

 斑鳩は乱暴に後頭部を掻くと、ふぅと一息ついた。


「まぁ、とりあえず。今後の依頼、調査はそういった方向で」

「はぁ…………、仕方ない」

「また何かあれば連絡する。見藤、お前もたまには、こっちに連絡寄こせよ」

「しばらくは遠慮願う」

「ははっ、じゃあな」


 斑鳩はそれだけ言い残して、事務所を去って行った。


 一難去ってまた一難。今まさに、見藤はそれを体感していた。再び、怪異事件・調査に忙殺される日々が戻ってこようとは――。


 見藤は神棚を見上げながら人知れず、一際大きな溜め息をついた。

――新しいスーツを仕立てに行くのはもう少し先になりそうだ。その時は霧子を説得し、ゆっくり時間を設けて一緒に吟味するのもいいかもしれない、そんな思いが見藤の中に芽生えたのであった。


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